78 後始末を押し付けよう!
「ご主人様、紅茶でございます」
そう言いながら、黒髪の少女マリーが紅茶を運んでくる。
夜空を凝縮したような艶やかな黒髪に、白いメイド服。
彼女は俺の専属メイド兼、暗殺者兼、諜報部隊のリーダーである。
「ああ」
受け取りながら、俺はいつものように状態異常耐性アップと熱耐性アップの魔術を密かに発動する。
これは毒の混入に備えたものだ。マリーが俺の命を狙っている以上、この習慣だけは欠かせない。
一口含む。
うん、今日も美味い。
ただし、その美味さの分だけ俺は警戒心を高めた。
これだけのクオリティを維持してくるということは、それだけ俺を油断させようという狙いがあるはずだからだ。
さすがは俺が見込んだ従者。油断ならない。
(さて……)
そんなことを考えつつ、改めて眼前に目を向ける。
テーブルを挟んで向かい側に座るのは二人。
「クラウス様とのお茶会……何度経験しようと、言葉に表せない感情があります。」
一人は純白の長髪と宝石のように澄んだ青色の瞳が特徴的な少女、ソフィア・フォン・ソルスティア。
ソルスティア王国の第一王女であり、ゲーム『アルテナ・ファンタジア』のメインヒロインでもある。左手薬指には、俺がうっかり渡してしまった【王家一族の指輪】が今日もキラリと輝いていた。
今口にした言葉に表せない感情とは、恐らく敵意を抱いている俺と同じ席に着くことに対する憤怒だとか、大方そのあたりだろう。
「さすがはレンフォード卿の従者。淹れてくれる茶も素晴らしい出来前ですね」
そしてもう一人は、精悍な顔立ちと知性的な眼差しが印象的な貴族の男性、ウィンダム侯爵。
かつてゲームでは眼帯をつけた隻眼の貴族として登場していたが、なぜか今はまだ両目とも健在だ。国王の懐刀と称されるだけあって、その身から漂う存在感は相当なものがある。
なお、一度帰ったはずのこの男がなぜここにいるかというと、レンフォード領での防衛戦後、諸々の後処理があるということで今しがた戻ってきたのだとか。
すると、ソフィアが切り出す。
「それでは、改めて……まことに素晴らしいご判断の数々でした、クラウス様。大樹林の開拓から、エルフ族との連携、そして今回の一件に至るまで……貴方の先見の明には、目を見張るばかりです」
「同感ですね。レンフォード卿の手腕には毎度、驚かされるばかりですよ」
「ぐぅっ」
ソフィアとウィンダムが、それぞれの言葉で俺への称賛を連ね始める。
苦しい。物理的に胃が痛い。
あまりにも嫌みの才能が溢れている二人に対し、俺は憤懣やるかたなかった。
特にウィンダム、コイツに関しては取り返しがつかないことをしてくれた。
そもそもコイツが勝手に襲撃の情報を集めてレンフォード領に持っていかなければ、俺はあんな形で防衛戦の首謀者にされることはなかったはずだ。
紅茶を俺のとサッと入れ替えて、毒に苦しんでもらおうかとすら一瞬思い浮かぶくらいだ。
「それから一つ、お伝えしておかなければならないことがございます」
ひとしきり称賛を並べ終えた後、ウィンダムが神妙な顔つきで切り出した。
「マルコヴァール辺境伯についてですが、捕らえた後に意識を取り戻し尋問を行ったものの、どうにも会話が成り立たない状態らしく……」
「……ふむ」
「そう言われてみると、最後の行動も明らかに不自然でした」
ソフィアが静かに付け加える。
ソフィア曰く、襲撃時のマルコヴァールの動きはどこかちぐはぐだったらしい。
自身と『幻影の手』に繋がりがあることや、クラウスや王家への敵意を一切隠そうとはしていなかった。
しかし老獪なあの男が、あれほど感情的に動くとは思えない。ソフィアはそう強く語っていた。
俺はその理由に察しがついた。
(おおかた、ルシエルによる洗脳か何かだろうな)
ゲームの知識から考えれば、その可能性は十分にある。現時点で既に奴はルシエルの配下なため、何かしらの影響を受けたのだろう
とはいえ、今の俺にはその件について深く考える余裕がなかった。
現状の問題が山積みすぎて、マルコヴァール一人のことにかまけていられないのだ。
どうしたものかと考えていると、ウィンダムが続ける。
「いずれにせよ、マルコヴァール辺境伯が捕えられたことで、此度の任務は終了となります。殿下と私は近々、王都に帰還する予定です」
「……そうか」
任務というのは、俺が大樹林をどう治めるか見るための監視のことだろう。元々はそれを目的に二人はついてきていたはず。
しかしそれとマルコヴァールの逮捕に、いったいどんな関係があるというのか。
首を傾げていると、ウィンダムはさらに話を続ける。
「ところでレンフォード卿、今後のご予定は? これだけの領土が与えられたとなると、また暫く治めるのにお時間がかかると思われますが……」
それが分かっているなら、そもそも与えるな!
そんな本音を飲み込みながら、俺は改めて考える。
確かに、この地をどうするかは大きな問題だ。
マルコヴァール辺境領の規模は、レンフォード領を大きく上回る。
こんな広大な土地まで管理の手が届くはずもないし、仮に上手くいったとしても、それはつまり俺を称賛してくる領民がさらに増えるということを意味する。
それだけは、断じてまっぴらごめんだ。
頭を抱えていると、
「そうすぐに答えの出るものではありませんよね。参考としてですが、まだお伝えしていない情報がありまして」
ウィンダムはそう前置きしてから、捕らえた貴族たちの処遇について話し始めた。
その内容はこうだ。
まず『幻影の手』と繋がっていたマルコヴァール本人とその直属の配下については、明確に国家への敵意を示したため王家預かりとなる。
しかし今回の騒動に巻き込まれた残りの貴族たちについては事情が異なる。
彼らはマルコヴァールに騙された身であり、行ったことも他領への侵攻に留まり国家への反逆とまでは言えない。
ゆえに、その処遇は二つの土地の領主となったクラウスに委ねられるとのことだった。
それを聞いた俺の反応はというと――
(……めんどくさい)
率直に、そんな感想だった。
ただでさえ考えることが多いというのに、どこまで俺に押し付ければ気が済むのか。
そんな風にうんざりしていると、ウィンダムがさらに続ける。
「それからもう一点。ソフィア様を襲撃した魔導騎兵――彼らが『上位機』と呼んでいた個体に搭乗していた貴族の処遇ですが――」
(『上位機』か……報告によれば、確かにその魔導騎兵が襲撃してきて、館を半壊させたという話だったが――いや、待てよ)
その瞬間、俺の頭の中で何かが繋がった。
(――いいことを閃いたぞ!)
俺は椅子の上で小さく拳を握る。
もともと俺は、悪のカリスマとしての格を上げるため、邪悪なマルコヴァールを配下に置くことで自身の悪役っぷりをアピールしようと目論んでいた。
残念ながらそちらは失敗に終わったが、策は一つではない。
マルコヴァールには及ぶまいが、邪悪な意思を持つ貴族を配下とすれば、同じ効果が見込めるはずだ。
そしてその候補が、今まさに目の前に提示されたのだ。
『上位機』を与えられソフィアを狙った実行犯となると、ソイツはマルコヴァールの直属の部下であることは間違いない。
こいつをマルコヴァール領の当主代理として採用してやれば――
方針を決めた俺は立ち上がり、ウィンダムに向けて告げる。
「決めた。その貴族を、マルコヴァール領の領主代理として採用する」
「なっ!」
ウィンダムが目を見開いた。
当然の反応だろう。本来なら王都預かりの身が相当の犯罪者であり、そんな者を当主代理に据えるなど、どう考えても常識の範疇を超えた話だ。
しかし俺は続ける。
「同時に、捕らえた貴族たちの処分もそいつに一任する。いいな? もっともこれは領主である俺の決定だ。異論などあろうはずがないがな!」
「「…………」」
堂々たる宣言に、ソフィアとウィンダムは絶句。
何はともあれ、これで面倒な後処理も丸ごと押し付けられる。
一石二鳥どころか三鳥にも四鳥にもなる画期的な方法だ。
改めて自分の天才っぷりに感心していると、ウィンダムが静かに、しかし深みのある声でこう言った。
「やはり、レンフォード卿……貴方は」
そこで彼は言葉を止め、何かを噛み締めるように目を伏せる。
その表情から、俺への恐怖と嫌悪感が滲み出ているのを感じ取った。
(ふふ、ようやく分かったか。俺がどれほど恐ろしい存在かということを)
称賛続きの日々にうんざりしていたが、久々に恐れてもらえる光景というのはなかなか悪くない。
やはり俺にはこういう反応が似合いというものだ。
俺は心の中で「はーはっはっは!」と高らかに笑い続けるのだった。
第四章、本番スタート!
次回は8月18日(火)12時頃、更新予定です。
どうぞ楽しみにお待ちください!!
それから本作のコミカライズ版が、現在ガンガンONLINE様にて連載中となっております。
村上メイシ先生の手によって最高のクオリティに仕上げていただいているので、楽しめること間違いなしです!
ちょうど本日が更新日で、『第二章 王都編』が開幕したタイミングになります!
読み始めるなら今がベスト!!
この機会にぜひご一読ください!




