72 婚約者の役目【ソフィア視点】 ②
ソフィアたちと魔導騎兵の戦いが始まろうとした、まさにその時。
「隊長! 我ら諜報部隊一同、馳せ参じました!」
サッと、十名弱のエルフが現れる。
いったいどこから現れたのかと思うような登場だが、マリーやリンシアに戸惑いはない。
そのままマリーは、素早く彼女たちに指示を始めた。
「私たち三人はご主人様がお休みになられる館に攻撃を加えた忌々しい木偶人形を破壊します。その邪魔をされないよう、皆さんは愚かにもご主人様に敵意を向けたあの男を捕えてください」
「「「はっ!」」」
随分と板についた指示を受けた彼女たちは、素早い動きでマルコヴァールに迫り始めた。
「貴様ら! 私を守れ!」
とはいえ、もちろんそう簡単にやられるマルコヴァールではない。
彼が声を上げると、後ろに控えていた護衛たちが前に出て応戦し始まる。
護衛の実力は相当なようで、エルフ族の猛攻を見事に食い止めていた。
そんな一部始終を眺めていたソフィアは、少々戸惑いながらマリーに話しかける。
「なんと言いますか、先ほどとはまた違った意味で、普段とはかなり雰囲気が違いますね」
「ご主人様のたった一人の専属メイドとして当然のことです」
「二人とも、話されるのはそこまで! 来ますよ!」
リンシアの叫びに、二人はハッと視線を前に向ける。
そこには既に魔導騎兵が肉薄しており、巨大な右腕を大きく振り上げていた。
三人がその場から飛び退くと同時に拳が振り下ろされ、轟音と共に大地が陥没する。
一撃でもまともに喰らえばやられてしまう程の火力を有しているのは間違いなかった。
「それでも、私たちのやることは決まっています!」
ソフィアたちは戸惑うことなく、魔導騎兵に立ち向かっていくのだった。
戦闘開始から約十分後。
場は苛烈さを増していた。
「――ハァッ!」
「【影弩砲】!」
ソフィアの剣撃と、マリーから放たれる漆黒の弩が魔導騎兵に命中する。
しかし僅かに傷跡を残すのみで、重いダメージを与えることはできなかった。
(攻撃力はもちろん、硬さも尋常ではありませんね。並の攻撃ではほとんど通用しません……!)
クラウスを相手に挑もうとしていたくらいだ。相当な力を秘めているとは思っていたが、想像以上の性能だった。
ここまで全力を尽くして、戦果は数十の浅い傷と、なんとか斬り飛ばせた左手の小指くらいである。
「二人とも! 左腕の薙ぎ払いが来ます!」
「「――――ッ!」」
リンシアの言葉に従い、ソフィアとマリーが後ろに飛び退く。
二人の前を巨碗が通り過ぎ、生じた強風が髪を大きく靡かせた。
「ふはは! どうしたのですか!? あれだけ豪語しておいて、防戦一方ではありませんか!」
奥では護衛に守られているだけのマルコヴァールが得意げに叫ぶ。
腹立たしい気持ちがないわけではないが、ソフィアは目の前の魔導騎兵だけに意識を向けていた。
(改めて、厄介ですね……)
今、魔導騎兵と戦っているのはソフィア、マリー、リンシアの三人。
マリーは影魔術を得意としており、攻撃・援護共に多彩だが火力に欠けている。
リンシアは風魔術の、中でも支援用の魔術を得意としているようで、風と魔力の流れから敵の動きを読むなど見事にサポートしてくれているが、攻撃には不参加。
本来であればソフィアがメインアタッカーを務めなければならないが、元々の実力差に開きがあるのはもちろん、ブラゼク戦の時と違って宝剣【希望を導く剣】が手元にないことで満足いく威力を出すことができずにいた。
結果、決め手に欠けてジリ貧。
挽回の手がないように思われた次の瞬間だった。
「こちらにいらっしゃったのですね、ソフィア殿下!」
「ご無事で安心いたしました!」
館とは別の駐屯地にいた騎士たちが、ザっと姿を現す。
クラウスと二人きりで過ごすためにお忍びで移動していたソフィアがどこにいるのか分からず、さらには館から戦闘音が聞こえてくるということで焦っていたようだ。
さらに、やってきたのは騎士たちだけではなかった。
「森の中からでも感じるほどの異変が気になりやってきてみれば……いったい何がどうなっているのだ!?」
続けて姿を現したのは族長のセディーアを含めたエルフ族の面々。
大量の救援に驚きつつも、ソフィアは声を上げる。
「マルコヴァール辺境伯がクラウス様に宣戦布告を行い、攻撃を仕掛けてきたのです! クラウス様は不在だったため、私たちが応戦しています!」
「「「なっ!」」」
「私たちだけではなく、恩人であるクラウス殿にまで矛を向けたというのか……許せん!」
騎士たちは驚きの声を上げ、セディーアたちは怒りに打ち震えている。
(突然のことに皆も戸惑っているようですね……ですが、彼女たちさえいれば状況を打開できるはずです!)
ソフィアの中にはある確信があった。
【希望を導く剣】も手元になく、先ほどまでは圧倒的な火力不足に陥っていた。
しかし彼女たちの力があれば、あの魔導騎兵であろうと倒す手段がある。
――そう。愛する婚約者が与えてくれた強力な力が!
「詳しい説明は後で行います! それより、あの魔導騎兵を倒すための力を貸してください!」
「殿下、いったい何をなさるおつもりですか!?」
「決まっているでしょう? クラウス様から授かり、私たちが毎日使ってきたあの魔術を使用します!」
「――はっ! 承知いたしました!」
「うむ、そういうことであれば私たちも力を貸そう!」
騎士とセディーアが同時に力強く返答する。
大樹林の管理権がエルフ族に任されて以降、ソフィアたちの森林開拓に彼女たちが同行し、時には協力して魔術を放っていたためやり方は知っているのだ。
彼女たちはすぐソフィアに魔力を注ぎ始めた。
(魔術発動に必要な魔力があっという間に溜まっていきます。これなら……!)
魔導兵器を破壊することができるはずだ。
そう確信を抱いていると、
「それはもしや、大樹林の破壊に使用されていた魔術でしょうか?」
マルコヴァールからそんな問いが飛んできた。
「ええ、その通りです。この魔術であれば貴方の人形を破壊することが可能ですから」
「なるほど……しかし、本当に使用してよろしいのですか?」
「どういう意味ですか?」
「なに、簡単な話ですよ。まず不可能ですが、仮に魔導騎兵を破壊できたとしても、その時は内部の人間もともに死ぬでしょう。しかし彼はクロード・ローズミストという、私の計画に反抗した罰として、強制的に魔導騎兵を動かすための核にされただけの人間。 彼を巻き込むだけの覚悟が殿下におありでしょうか?」
「――――ッ!」
それはソフィアに大きな衝撃を与えた。
罪のない人まで巻き込むことになると考えていなかったからだ。
「そんな、いったいどうすれば……」
クロードと呼ばれた男性がいる箇所を避けて放つ? いや、この魔術は圧倒的な火力と殲滅力が最大の特徴。手加減などできるはずがない。
「くっ、なんと卑劣な……あの者だけを救う手段を用いようにも、この状況ではどうしようもできん……」
絶望に打ちひしがれている中、背後のセディーアが悔しそうに口を開いた。
その内容に違和感を覚えたソフィアは、肩越しに問いかける。
「セディーア様、彼を救う手段があるのですか?」
「エルフ族に伝わる秘宝の中に一つ、対象者を一度だけ致命傷から守る【神秘のお守り】と呼ばれるアイテムが存在する」
「っ、ならそれを使えば!」
「だが、対象者が装備しなければ効果が発揮されないのだ。透明の魔石に守られてい
る今、あの者に届ける手段は存在しない!」
「そんな……」
せっかく見えた活路だが、一瞬で無に帰してしまう。
外にもう手段はないのか、打ちひしがれた直後だった。
「それなら、問題ありませんね」
「マリーさん?」
至極当然と言った様子でマリーがそう呟いた。
その手には戦闘中に砕け散った魔導騎兵の破片が握られており、彼女は男性に視線を向けた後、もう一度頷く。
「ソフィア様、何か荷物をお貸しください」
「え、えっと、このハンカチでよければ……」
「ありがとうございます。セディーア様、そのアイテムを頂戴しても?」
「あ、ああ。しかしどうやってあの者に届けるというのだ?」
「こうしてです――【追跡転移】」
「「「っっっ!?!?!?」」」
刹那、マリーの姿がその場から消え、ソフィアたちは一斉に声を失う。
「終わりました」
かと思えば、一瞬で再び姿を現した。
あまりにも予想外の光景に、ソフィアは上ずった声をあげる。
「何をしたのですか、マリーさん?」
「目的物を届けてまいりました。こちら、お返しします」
「え?」
ハンカチを受け取りつつ戸惑いながら視線をそちらに向けると、確かに男性の胸元にはお守りがつけられていた。
「いったい、どのようにして……」
「専属メイドの嗜みです。それよりも、これで準備は整いましたよ」
「っ、そうですね……!」
答えになっていないと思いつつ、場は一刻を争うと思い直したソフィアは改めて魔導騎兵に向き合った。
体の内側に溜め込んだ魔力を全て両手に集め――そして、告げる。
「【連結――極過剰連撃・炸裂する爆炎】!」
放たれた炎の奔流は、これまで彼女が放ってきたものとは比較にならなかった。
眩い光を放ちながら、強烈な一撃が魔導騎兵に命中する。
そして、
ドォォォォォォォォォン!
ドゴォォォォォォォォン!
ドドドドドゴゴゴゴゴォォオォォォォォン!!!
クラウスが放つそれには未だ届かないが、普段の数倍規模の連鎖爆発が発生する。
一撃ごとに魔導騎兵の頑丈な胴体が破損されていき、最後の爆破によってとうとう跡形もなく砕け散った。
吹き荒れた砂塵と爆風が消えた後、その場に残されたのは傷一つない男性の姿だけだった。
「馬鹿な!」
魔導騎兵が木っ端微塵に破壊され、さらには内部の男性も無事だという事実にマルコヴァールはここまでで一番の声を張り上げる。
それだけ彼にとっては信じられない光景のようだった。
「さあ、残るは貴方だけです」
「くっ」
大量の魔力行使で疲れ切った体を意思の力で振るい起こし、マルコヴァールを睨みつける。
その険の強さに、彼は思わず一歩後ずさった。
「ありえん、ありえんありえんありえん……まさか上位機が、本人ですらない配下たちの手によって打ち破られるなど!」
普段の落ち着いた様子はどこへやら。
マルコヴァールは珍しく狼狽した姿を見せる。
しかし、それも一瞬のこと。
「……ふー。こ、こうなった以上は致し方ありません」
彼は深く息を吐き、表面上だけは取り繕いつつ口を開く。
「未だ未完成ではありませんが、このさらに上をいく特別機をお見せするとしましょう!」
「なっ! これより上があると言うのですか!?」
「ええ。魔力効率が悪く、搭乗者の魔力が一瞬で枯れる上に短時間しか起動できないという欠点がありますが……なに、傲慢にも私の判断に抗った罪で捕えている貴族たちをまとめて核としてやれば何の問題もありません。今すぐ、責任者であるレヤードに連絡して稼働させてもらいましょう!」
言いながら、マルコヴァールが伝達魔術と思われる青色の鳥を手元に浮かべた直後だった。
城がある方角から、また別の鳥が飛んでくる。
その鳥はマルコヴァールのもとに振り立つと、パクパクと小さな口を開く。
『マルコヴァール様、申し――侵―――手によ――たった今、特別機がそちらに向か――』
所々が途切れてはいたが、それを聞いたマルコヴァールは獰猛な笑みを浮かべた。
「おお、なんということか! さすがはレヤード! 私から指令を送るまでもなく、特別機がこちらに向かっているとは!」
すると直後、ゴォォォを大気が引き裂かれるような音が辺り一帯に響き渡る。
見ると、城の方角から何かが飛んでくるのが見えた。
始めは小石ほどのサイズだったそれは徐々に大きくなり、そして――
とうとうこの場所の上空までやってくると、ゆっくりと降り立ち始めた。
「そんな……」
「なんて大きさだ……」
「これと連戦しろと言うのか!?」
「………………」
先ほどの個体より上だと言っていたのは間違いではなく、新たな魔導騎兵は10メートルに及ばんばかりの巨体だった。
放たれる威圧感は尋常ではなく、魔力を使い果たした今――否、万全の状態であってもこれには敵わないことが分かる。
そしてとうとう、重たい爆音を鳴らしながら魔導騎兵が着地する。
ソフィアたちが絶望の声を上げるのを見て、マルコヴァールの気分は最高潮に達した。
「ふはははは! 見るがよい! これが正真正銘、我らが誇る最強兵器! さあ、今すぐ目の前にいる不届き者どもを排除しごふぁっっっ!?!?!?」
そして次の瞬間、マルコヴァールの体は魔導騎兵が薙ぎ払った巨大な右腕によって弾き飛ばされ、そのまま半壊した館に突っ込んでいった。
「「「――――…………へ?」」」
あまりにも突然の事態に、場は混乱。
ここにいる(マリーを除く)全ての人間が言葉を失った後――魔導騎兵の透明な操縦席に視線を向け、目を見開くこととなった。
それもそうだろう。
なにせマルコヴァールの発言からして、複数の貴族が捕らえられていると思われていたその場所にいたのは――
「クラウス様……?」
――他でもない、クラウスその人だったのからだ。
クラウスは操縦席から辺り一帯を見渡した後、神妙な面持ちを浮かべたかと思えば、ゆっくりと口を開き――
「違うんだ」
開口一番、なぜか自己弁護の言葉を発するのだった。
本作はしばらく火・木・土・日の週4日更新の予定。
次回は8月1日(土)12時頃となります。
それから本作のコミカライズ版が、現在ガンガンONLINE様にて連載中となっております。
村上メイシ先生の手によって最高のクオリティに仕上げていただいているので、楽しめること間違いなしです!
どうぞよろしくお願いいたします!




