71 婚約者の役目【ソフィア視点】 ①
「クラウス様との時間が、全く足りません!」
マルコヴァール辺境伯領の領都から程近い、クラウスたちに与えられた仮拠点の館にて。
ソフィア・フォン・ソルスティアは思わず不満を口にしていた。
数十日前にこの場所へやってきてから、【冥府の大樹林】の開拓を進める日々。
魔術の腕はグングンと上がり、時には出現する魔物も巻き込んで討伐することで実力も上がっているが、せっかくの遠征任務だというのクラウスと共に過ごす時間があまり取れていなかったのだ。
「ま、まあ、魔術を放った後は疲労で動けないことが多かったからもありますが、今となっては随分慣れてきましたし、セディーア様たちの協力を得られたおかげで随分と余裕も出てきました。エルフ族の方々から協力をいただけるようになるなど、我が国の歴史を振り返っても例がありません。さすがはクラウス様です! ……こほん。それはさておき、せっかくなので《《将来の夫婦としての時間》》を過ごしたいところですが……」
誰に対してから分からない言葉を口にしながら、クラウス用の執務室に辿り着いたソフィアは数回ノックする。
「どなた様でしょうか?」
「ソフィアです。クラウス様に用件があって参りました」
答えると、数秒ほど間があった後、ゆっくりと扉が開いていく。
入室の許可が出たということで足を踏み入れたソフィアは、中の様子を見て小首を傾げた。
「あら? クラウス様はいらっしゃらないのでしょうか?」
中にいたのはメイド服を着た黒髪の少女マリーに、身軽な服装をしたエルフ族の少女リンシアの二人だけ。
どちらもクラウスに仕える者たちだが、この場に彼女たちの主人であるクラウスがいないのが不思議に思えた。
「……そうですね、ソフィア様ならよろしいでしょう」
そんな前置きの後、マリーが説明を始める。
マリーやリンシアはクラウスからの命を受け、日々マルコヴァールの情報を集めていた。
そしてそのうちの一つを聞いた途端、クラウスが真剣な表情を浮かべて一人でどこかに向かったとのことだった。
「そうですか。マルコヴァール辺境伯の情報を……」
マルコヴァール。この辺境伯領を治める貴族であり、過去の実績から見ても領主としての腕前は確か。
しかし、父であるアルデン国王陛下は彼に裏があると考えており、此度の任務でも十分に注意するようにと言い渡されていた。
国王の右腕とも名高い宰相のウィンダム侯爵が付けられたのも同様の理由だ。
何はともあれ、そんなマルコヴァールについて何かを知るや否や行動したのであれば、急を要する何かが起こっているのかもしれない。
――それが起きたのは、そんな風にソフィアが分析している最中のことだった。
ドォォォオオオオオン!
「「「――――ッ!?」」」
突如として、館を揺るがすほどの激震と爆音が鳴り響く。
ソフィアたち三人は何事かと困惑するように目を見合わせた。
「まさか襲撃でしょうか?」
「ご主人様がいないタイミングを狙ってかもしれません」
「我が主がいない間に失態を犯すわけにはいきません。一刻も早く状況を確かめましょう!」
三人はこくりと頷き、すぐに館の外へと飛び出す。
そして次の瞬間、ソフィアたちは驚きに目を見開くこととなった。
「これ、は……」
彼女たちの前に現れたのは、高さ5メートルを優に超える巨大な魔石人形。
一目見ただけでもただならぬ威圧感を発しており、並の魔物とはとても比べ物にならない存在であることは明らか。
そんな魔石人形が両碗を大きく振るい、館に攻撃を加えていたのだ。
人形の胸元だけが透明な半球状となっており、中には茶髪の男性の姿が見える。
そのため一瞬、彼が人形を動かしているのかと考えるも、目を閉じており微動だにしていない様子からどうにも確信を得ることができなかった。
そんな風に困惑するソフィアの横では、
「これは、地下空間で開発されていた……!」
「リンシアさん、ご存じなのですか?」
何か心当たりがある様子のリンシアがそう呟いた。
ソフィアが尋ねると、彼女は小さく頷く。
「はい。先ほどお伝えした、我が主が聞くや否や動き出した情報とも一致するのですが、城の地下空間にて開発が行われていた魔導兵器だと思われます」
「っ! これだけの兵器が、マルコヴァール辺境伯の根城で……!?」
つまりこの襲撃には、マルコヴァールが関わっているのだろう。
では、一体何のためにこの場所に襲撃を加えたのか、ソフィアが考え始めた直後だった。
「おやおや、せっかく私たちが秘密裏に開発していた新兵器のお披露目舞台だというのに、レンフォード卿は不在でしたか」
「――ッ! マルコヴァール辺境伯!」
声がした方に視線を向けると、そこにはマルコヴァールの姿があり、ソフィアは驚きに目を見開く。
後ろにはフード付きのコートを羽織った数人の護衛を伴っているものの、まさか注意深い彼がこのタイミングで姿を現すとは考えていなかった。
それもわざわざ目的について語りながら、だ。今の発言が確かならば、彼はクラウスを狙っているということになる。
クラウスはこの地にいるほんの僅かな期間に数々の偉業を成し遂げてきた。
これまで誰もが叶えられなかった【冥府の大樹林】の開拓に加え、誰にも靡かないはずのエルフ族を配下に加える。
その他にも、レンフォード領の評判が上がってきたことによりマルコヴァール領から移動する者が増え、マルコヴァール領内ですら現在進行形でクラウスへの評価が上がり続けている。
この地を治める領主として耐え難いことではあるかもしれない。
ただ――
「マルコヴァール辺境伯。貴方はクラウス様を狙っているようですが、彼は国王陛下から直々にこの地を任されやってきています。そもそも彼に協力することは貴方に下された罰則でもあります。それを否定してクラウス様を傷付けようとすることは、陛下へ逆らうのと同意です!」
力強いソフィアの糾弾に対し、しかしマルコヴァールが動じることはなかった。
「否! それは間違いですぞ、ソフィア殿下」
「え?」
「これはあくまで領地と領地の問題なのです。一介の王女様では知らないかもしれませんが、我ら辺境伯領はレンフォード領から長年手酷い苦痛を味わされ続けてきました。私は民を守るため立ち上がったにすぎないのです。王族とはいえ、それに横から文句を言われる筋合いはありません。どうしても文句があるようなら国王陛下に報告し、この場に来て裁定を言い渡していただいても構いません。もちろん、そのために殿下がここを去るというのでは手出しせずお見送りいたしましょう」
「――――ッ!」
予想外の言葉に、ソフィアは小さく眉をひそめた。
マルコヴァールの言葉は決して全てが間違いという訳ではない。領地間の争いに王族が介入するのは推奨されていないのだ。
彼の告げたレンフォード領から被害を受け続けていたという発言を否定する材料も、今この場にはない。
彼の言う通り、本来であればソフィアは今すぐ国王陛下に報告し、どう動くべきか判断を仰ぐべきだろう。
それらを全て把握したうえで、ソフィアは首を左右に振った。
(辺境伯の主張は明らかに一時凌ぎの建前。しっかりと調査を行えば、クラウス様があくどい行いをしていないことなどすぐ明らかになるでしょう。それを辺境伯が把握していないとは思えません……そのことが指し示す事実は一つ)
マルコヴァールは今、クラウスを葬るための時間さえ稼げればいいと考えているのだ。
その後に訪れる自身の破滅すら、もはや考慮のうちに入っていないように見える。
老獪な彼からは想像できない、刹那の感情に従った愚かな行動。
それが今、ソフィアにとってそれが何より厄介であることは確かあった。
(王族である私が今、辺境伯に敵対するのを避けた方がいいのは事実――ですが!)
決意と共に、ソフィアはマルコヴァールを真っ直ぐ見据える。
「申し訳ありませんが、その提案はお断りさせていただきます」
「ほう。この場で私と敵対すると?」
「ええ。それが私の――王女など関係ない、クラウスの婚約者としての判断です!」
力強い宣言にマルコヴァールは目を見開く。
しかしその直後、耐え切れないとばかりに大きく口を開けた。
「ははは! そうですか、ならば仕方ありません! 我らが生み出した魔導兵器の力を以て、その判断が間違いであったことを教えてあげましょう!」
瞬間、一時的に動きを止めていた魔石人形――魔導兵器が再び動き始める。
中にいる男性ではなくマルコヴァールの意志で動かしているのかもしれないと考えながら、ソフィアは背後にいるマリーとリンシアに問いかける。
「私はあの兵器を破壊しようと思います。お二人も協力してくれますか?」
「はっ! 我が主に仇を為そうとする者を通すわけにはいきません!」
「もちろんです。それがご主人様の専属メイドである私の役目……それはそうと、先ほどの発言に気になるところがあったのですが、あとで事細やかに聞かせていただけますか?」
「マ、マリーさん? 以前の王都でも同じことを思いましたが、何だかいきなり雰囲気が怖く……」
そんな会話を繰り広げつつ、とうとうソフィアたちと上位機の戦いが始まるのだった。
本作はしばらく火・木・土・日の週4日更新の予定。
次回は7月30日(木)12時頃となります。
それから本作のコミカライズ版が、現在ガンガンONLINE様にて連載中となっております。
村上メイシ先生の手によって最高のクオリティに仕上げていただいているので、楽しめること間違いなしです!
どうぞよろしくお願いいたします!




