*12* 一人と一匹、叱られて、甘やかされて。
「二ヶ月だぞ、お前が町を出てから」
「……はい」
「お前の知り合いがいる隣国の街までの道程が、三週間から一ヶ月かかるのは分かってる。向こうに数日滞在してたらこれくらいの帰宅になるのも分かる」
「……はい」
「それはそれとしてもだ、一回も手紙を出さないのは分からん。何だ? お前達はオレが心配しないとでも思ってたのか。ああ?」
早朝でまだ店に店員が来ていないため、いつもは商談に使う部屋でテーブルを挟み、エドからガチ説教をされている。しかも説教の内容が普通にまともだから反論も出来ない。
金太郎と柘榴は自分達は難しいことは分からないとばかりに、店の中を冒険中だ。柘榴はともかく金太郎め……お前はこっち側だろ薄情者。一緒に怒られてくれるのは忠太だけか。
スマホにフリック入力する背中は心なしかしょげている。テーブルの上の忠太とスマホに落としていた視線をちらりと上げると、腕組みをしたエドが朝日に照らされて若干神々しく見えた。表情は阿吽の像みたいだけど、その怒りが心配からきていることを知っている。
だから素直に「ごめんなさい」【はんせい してます】と頭を下げれば、エドはそんなこちらを見て溜息をついた。そうして膝を大きな音を立てて叩くと、ぐっとテーブルの向こうから身を乗り出す。
「自分の店を放ったらかしってのも駄目だ。お前達は職人だから、出かけるなとは言わん。だが放ったらかして行くなら、何時頃帰るってのを客に言伝する人間がいる。そのために手紙を出す必要があるんだ。分かるな?」
「はい」
【かえすことばも ありません】
「客は、常連以外は簡単に離れるもんだと思え。オレ達商売人のルールと、お前達職人のルールが違うのは分かる。だが一度店を構えたら、客はお前達を商売人のルールで扱うんだ。いつ行っても留守な店に客はつかん」
指摘のどれもがその通りだ。スマホでピンを立てて目的地に飛べるようになってから、移動時間を考えなくなっている自覚がある。あまり良くない傾向だとは薄々感じていた。
普通は一ヶ月かかる道程をたった一瞬で帰ってこられる。駄神にもらったスキルの中では破格に使える能力だ。でもこのスキルのことは誰にも話していないし、迂闊に話せない。勿論エド達にも。
話せば仕事は増えるだろうけど、それで増える仕事が安全だとはあまり思えない。それに結局それっぽい言い訳を並べたところで、私が時間を軽視していたことに変わりはなかった。怒られるまで気付けないとか情けない。
「そうだよな……ごめん。店を構えるってことを甘く考えてた」
【きもに めいじて おきます】
再び忠太とそろってエドに頭を下げていたら、不意に視界の端に背中に金太郎を乗せている柘榴が映った。じっとこちらを見つめるその瞳からは、何故か《そいつ、処す?》と聞いているような圧を感じる。
その不穏な圧力を感じ取ったのか、背中に乗っていた金太郎が柘榴の後頭部を叩き、こちらに向かって頷いてくれた。おぉ……保護者してる。薄情者が遊んでるとか思って悪かったな――と。
「おう、分かれば良い。それでだな、お前の店の方角から帰って来る連中に声をかけて、出来上がりがいつになっても構わないと言ってた客からだけ、住所と欲しい商品の話を聞いてまとめたメモがここにある――が。オレも商売人だ、タダではやれねぇ」
【なら それ いくらで うって くれますか】
「やっぱりこの手の話は、チュータの方がしっかりしてやがるな。まぁこの情報に値段をつけるとなりゃあ……ヤキイモと浅漬け、それとホシイモを、明後日までに用意出来るだけ全部うちに卸してくれ。ああ、でもその時にうちへの卸値を下げたりするなよ」
「えっ……それだとエドの旨味が全然ないだろ」
「無鉄砲な娘が無事に帰ってきて、ホッとしねぇ親はいねぇ。それにお前達の留守中、客から散々突き上げくらってたんだよ」
「エドは私の親じゃないだろ。レティーのために貯金して、将来のために店をもっとでかくしないと」
「マリ、そこは突っ込まねぇとこだぞ。レティーがここにいたって、オレと同じことを言うさ。娘ってとこにこだわりがあるなら、養子縁組でもするか?」
厳しめに叱ったあとはカラッと許す。からかいまじりに「ん? どうだ?」と笑うエドがこんなに悪人面なのに客に頼りにされているのは、こういうところだろう。いつまで経ってもこの優しさには慣れない。
気恥ずかしくてふわふわする。サイラスのところで散々甘やかされて帰って来たばかりで、ただでさえふわふわしてるのに。助けを求めて忠太の方を見ると、スマホに【おとこおや むすめによわい うなずいとく おとくです】と打ち込んで、サムズアップを決めていた。
「チュータもそこは言わねぇで良いんだよ。それで、どうするんだマリ。仕事を受けてくれるのか?」
「あ、もっ、勿論受ける! 今から作って来るから待っててくれ! あと他にもアクセサリー、あるだけ全部持ってくるから!!」
「馬鹿、明日で良いってんだ。今日は帰ってゆっくり休め。それとほれ、これがメモだ。持っていけ」
そう言って手渡されたメモを受け取って礼を述べ、やる気満タンで久し振りの我が家へと帰路についた。そして――。
「良かった……ほとんど常連だ。でもご新規もちょっと入ってるな。誰か知り合いからの紹介かも」
【じょうれんは くらーくおやこと へんたいと こるてすふじん ですね】
「大口の太客だな。ブレントさんとローガンは、たぶん共同出資の商品かな。コルテス婦人はなんだろ?」
【あたらしい おしの におわせ ぐっず いくつか ほしい とのこと とくに ぶんぼうぐけい】
「本を読むんだからブックマーカーとかどうだろ。推しのカップリングとかあるなら、別にいくつ挟んでも良いものだし、同じ頁で向かい合わせにして使ったりとか出来るだろ。ブックカバーは同人誌って規制本じゃないから難しいよな。あとは……そうだな、メガネチャームとか? 仕事や創作に使うペンを入れるペンケースをデコるとか」
【まり さいこう てんさい だいさんせい】
「手放しすぎて怖いって。でもまぁ、その方向でいこうか」
正直これは楽しそうで仕方ない。サイラスのところから帰ってきたばかりだから、尚更かもしれなかった。次の即売会はいつなのかまだ分からないけど、あとで手紙を出して、どんな作品なのか献本を送ってもらえるように頼もう。
あとはその時までに献本の内容を確認して、しっかりデザインを固めておかないとだ。当日は忙しくてデザイン画を確認したり出来ないだろうからな。
「ブレントさんとのところは、あとで直接行ってみよう。いてくれると良いんだけど、あの人も多忙だもんな――って」
【れべっか から てがみ ですね】
「えーっと内容は……ああ、ウィンザー様用に、あのダンジョンで熟成させてるポーションをダースで注文出来るか? ってさ。また何か無理をやらかしたんだろうな、あの人」
【ひとまず よんごうびんの おおきさで おくりますか】
「だな。ちょうど良さそうな瓶を百均で買おう。あとこれは直接配達するか。デイビスも大きくなってるだろうし、金太郎もベルにも会いたいだろ?」
妹分の名前を出されて大きく頷く金太郎。柘榴はそんな金太郎の顔をまじまじ眺めて、フンスと鼻を鳴らした。ベルと会ったらどうなるのか気になるな。
ちなみに飲み屋に並んでいるのは一升瓶だが、四合瓶とは一般的にスーパー何かで売られているお酒の瓶で、一本が約720mlのものだ。こっちの方がポーション用の小瓶をダースで買うよりも、お財布に優しい。
まぁ、もうそんなに仕入れの金額に気を使わなくても良いんだけど……前世でお金には散々悩まされたからな。最近だと無駄遣いばっかりする駄神もいるし、そう簡単に人の金銭感覚は変わらないのだった。




