*11* 一人と一匹、心配性な親父にどやされる。
酒の失敗をまんまと祖父の家でやらかした翌日。早速座敷で寝落ちたらしい私が目を覚ますと、書き物机に向かっているサイラスの背中があった。
少しの間ペンが紙を引っかく音に耳を澄ましていると、サイラスのマネッコをして黒板に絵を描いていた輪太郎とココが、私の起きた気配に気付いてサイラスの膝を突いた。ゆっくりとこちらを振り向いた彼は、穏やかに微笑んで「おはようございます、マリ」と小さく挨拶してくれる。
こちらも「おはよう」と小声で返し、眠っている柘榴と忠太を起こさないよう、そっと立ち上がってドアの方を指さす。すると輪太郎とココも立ち上がり、先にドアの前で待機する。どうやら一緒に外に出てくれるらしい。
唇に人差し指を当てたサイラスが視線で〝いっておいで〟と促すので、忠太達をおいて輪太郎と外に出る。羞恥で薄雲る心とは裏腹に、小屋の外はとても綺麗な秋晴れだった。
寝ぼけた頭をはっきりさせようと深呼吸をすれば、畑と森から街中では感じることのない腐葉土と濃い緑の匂いが肺を満たす。どこからか薄く朝靄で煙る景色の中、名前も知らない小鳥達の鳴き声が聞こえてくる。まだ朝露でキラキラしているサツマイモや野菜の葉が綺麗だ。
タオルを持った輪太郎について小川に行き、顔を洗うついでに寝癖を整える。ゴーレムなので簡単には水に溶けない輪太郎ではあるものの、やっぱり小川に近付けすぎるのは怖いので、タオルを持ってきてくれようとするのを制止して受け取りに行く。
小川から戻ると、私とタッチ差で起床したらしい忠太が、葉っぱに溜まった朝露を使って顔を洗っているところだった。こうやって見ると、しみじみメルヘンの住人だなと感じる。
しばらく後ろからスマホカメラを最大倍率にして動画を撮った。だって葉っぱを少し傾けて朝露のシャワーとか……可愛いが過ぎるだろ。しっかり堪能したところで声をかけると、葉を傾けすぎて濡れネズミになった忠太が振り返り、すぐに恥ずかしそうに葉陰に隠れて身支度を整えていた。
結局全然起きる気配のなかった柘榴は揺り起こして、スマホで注文した猫用ブラシで軽くブラッシングしてやり、サイラス達と談笑しながら朝食を楽しんだのち、久々にマルカのエドの店を経由して帰宅することにした。
「今回は――ってか今回も、昨夜も随分迷惑かけてごめんな。ていうか、明日からまたこの畑のナスで浅漬け作ったり、焼き芋を焼かなきゃだから、毎日来るんだけどさ」
「ふふ、迷惑だなんて水臭いですね。お酒で楽しくなってしまうのは、あの子でも見たことがありますから。それにマリ達が来てくれると、いつも楽しいですよ。ですから、気にしないでください」
そう言って穏やかに笑いながら、麻袋にお土産用の野菜を詰めて持たせてくれる祖父。密かに憧れてたあのシチュエーションである。オニキスから譲ってもらった〝緑の指〟もあるし、来年はトウモロコシも植えてみよう。
「そっか、ありがと。それにあの文字のことも解読してくれて助かったよ」
「ああ、ですが……まだ半分だけですし。僕の経験則と、自分なら小説にする時ここに何を書くかに当てはめてのことですから、あの解読で合っているかも分かりません」
サイラスが作家としての想像力を使って当てはめてくれた内容は、ΨΦΔΔ■ΣΨΦと、ΔΔΦ//ΨΨΦというものだ。もうあと少しなんだけど、当てはめた内容が正しくても間違っていても、どちらにしても何だか不穏である。だって駄神とその同僚の考えることだし。でも――。
【むから ゆう うまれない せんぱいの けいけんそく よそく ひじょうに ゆうよう】
「そうそう。ただ漠然と怖いよりも断然良いよ。ちゃんと改めてお礼がしたいからさ、何か考えといて」
「そう言ってくれると嬉しいですね。ですがこの小屋を綺麗にしてくれたことで、お礼は充分すぎるほどもらっていますよ」
「駄目だって。ここは皆で寛げるように改築したんだから、サイラスへのお礼にはならないだろ?」
【したしい なかほど ほうしゅう ちゃんと せいきゅう して】
自身の手柄を誇るでもなく、どこまでも奥ゆかしい祖父を私と忠太で一気にたたみかけていると、彼を虐めていると勘違いしたココが遠慮がちに脚を突いてくる。
するとその背には金太郎が跨り、どうどうとばかりにココの羽根を撫でた。見た目があまりにもチョ◯ボ。
幼チョ◯ボの相棒として、クマのマスコットで新しくゲームが作れそうだ。戦闘力が可愛いで表示されるなら、五万可愛いくらいあるだろう。輪太郎はそんな一羽と一体を拾った棒で地面に描いていく。芸術家肌な子だ。
そこに肩からぬるりと下りた柘榴が加わってより一層賑やかになった。百貨店の迷子センターみたいだ。その内に喧嘩しだすやつ。
サイラスはそんな風に自分の足元で遊ぶ愉快な孫達を見下ろして、本当に楽しげに「分かりました。ではまた何かお願いごとを考えておきますね。五日ほどお時間をいただきます」と笑った。
その答えを聞いて安心したら、スマホでピンをマルカの町の街道沿いにある岩陰に立てて、人差し指で画面をタップ。瞬き一つ、呆気なく拠点の町と目と鼻の先まで飛んだあとは、周辺に人がいないのを確認して街道に出て、まだ人気の少ない町の入口を通り抜ける。
開店したばかりのパン屋の前を通ると、女将さんから「マリじゃないか、久し振りだね! これ少し焦げちまったから、良かったら持ってきな」と、そこまで焦げていないパンを三つもらったので、代わりにサイラスに持たせてもらった野菜の中から、丸々したナスを三本譲った。
それからエドの店につくまでのさほど長くない道のりで、同じようなやり取りを四回ほどして。やっとエドの店の裏口に立つ頃には、金太郎がいなかったら肩が抜けそうな荷物の重さになっていた。
ちなみにズラッと並んだ保冷庫のドアを開けたところ、相変わらず勝手に近隣の酒場の酒瓶や野菜が詰め込まれている。これは早くうちの商品を卸さないと棚を乗っ取られるな。
金太郎に預けきれない荷物を地面に置き、上階まで聞こえるようにドアをやや強めに叩く。待つこと少し。店の中からドタドタと階段を駆け下りてくる足音が聞こえたので、三歩くらいドアの前から離れた――その直後。
勢い良く開け放たれたドアから「誰だこんな早朝に! どうせマリと忠太だろ!? 帰りが遅くなるなら手紙の一通くらい寄越せ、心配させやがって!!」と。太陽と見紛う頭の輝きを持つエドが飛び出してきたのだった。




