第4話 冒険者と二つ名
彼女の家に向かう帰り道に二人の女性が並んで歩いていた。
一人は面倒くさそうに口をとがらせている学者。一人は感に堪えない様子で学者を質問攻めにしている冒険者アリシア。
もちろん質問の内容は先ほどの現象についてだろう。
「すごいですっ!先程のはいったいどうやって倒したんですか?なんか水がガバァッってなりましたよね!あんなの初めて見ましたっ!というか何でこんなにすごい実力を持っているのに都市に住んでないんですかっ?あっ、まだ名前を聞いてませんでしたねっ。お名前は何て言うんですか?」
「だーかーら。あいつらを倒した方法はさっきから言っているだろう…毒スライムの表層のジェルは毒性を持つ代わりに水に溶けやすくなっているんだ。だから、何も混ざってない純粋な水を使うことであいつらは簡単に倒せる。」
「でもっ、でもあのスライム達は私の武器をいとも簡単に溶かしたんですよっ?」
「あ~、この場所は<龍巣山>と言われるだけあって、何故か龍の魔力であふれてるんだ。その影響かここらのモンスターは通常種から進化し強くなっている。あと落ち着け。」
「な、なるほど……ふぅ~、しかしいくらスライムの進化先が毒スライムといえども、あんなに毒性が強いものでしたっけ?」
「基本、モンスターは自分より強いモンスターの魔力に中てられることで全体的な能力が上がるんだ。ここらのモンスターはほとんどがそうなっている。……ちなみに、さっき使ったのは≪円広の波≫というものだ。知っていると思うが中級の下位魔術だ。…おっ、そろそろ着くぞ!」
家が見えてきた途端に彼女の顔に喜色が現れる。なんだかんだ言って6時間以上この山を探索していたのだ、いくら慣れた場所とはいえ疲れるのは当たり前だろう。
「えっ!…お、お邪魔してもいいんですか?」
「ああ、別にかまわんが。いろいろと聞きたいことやってほしいことがあるしな。なにせ、私はお前の命を救ってやったんだからな。」
「誰も助けてほしいなんて言ってませんっ!」
「…そうか、まぁ別にきたければ来ればいい。ただ帰るのならその刀を返していけよ?」
きっとアリシアにも何かしらの事情があるのだろう。
私は今まで幾度となく人というものを調べてきた。モンスターと並行して。
そこで気づいたのはたった一つ。人は過去にとらわれて未来を予想するといった矛盾だらけの生き物であるということだけだ。
彼女もその一人なのだろう。いや、未来を見ていないだけまだ“楽”なのかもしれないな…
「…すみません。少し動揺してしまいました…。いろいろと助けてもらったのですし、できる限りのお手伝いはします。…よろしくお願いします。」
「ああ、よろしくなー。」
さて、何を手伝ってもらうとするかな…。とりあえず今日は暗いから仕込みをしている間に何をしていたのか聴いておくか。
たぶん、依頼の場所を間違えたくちだろうな。…名前か……なんて答えようか。
――なぁクレム、お前からもらった名前を使ってもいいか?
ほぼ無意識に家の鍵を開け中に入る。アリシアもそれに続いた。
「うわぁ…だいぶ荒れているというか…汚いというか…」
一室しかない部屋には本が床に積まれており、まるで床から本の針が生えているようにも見える。
いつも研究や錬金、加工をする机は材料やその道具で埋まっている。これは汚いというよりは整理が下手というのが正しいだろう。
「失礼なっ!これでも一応整理はしているのだぞ?ごみは毎日処分しているし、その本だってただ床に置いているのではなく、ちゃんとジャンル別に著者の名列順から発行された年月ごとに分けておいているんだ。」
そう言うと彼女はその身体を震わし、薄い胸を張る。そう、例の行動である。
「えっ?…ああ、自慢したいんですね…。と、とりあえずやることパパッとやって寝ましょう!お邪魔させてもらっている身でこう言うのもあれなんですが、今日はいろいろと疲れているでしょうし。さぁさぁ、まずは自己紹介から終わらせましょうか!」
アリシアは両手でパンッと叩くと、明るい声でそう言った。
「さっきも言ったと思うけど、私の名前はアリシア=ルヴィエです。この冒険者証を見ればわかると思うけど、初級冒険者で薬草を集める依頼を受けてるところ、あんな目に……。はいっ、次はそっちの番です。」
アリシアが見せつけてきた冒険者証は偽造されないように魔法道具による結界が施されており、赤く鈍く輝いた初級のそれを表すものとなっている。
「ん、私は…まぁ、笑うかもしれんが慎ましい生活を送りたいからここに住んでいる。一人だと色々大変だが好きなことができるから楽っちゃ楽な生活だ。名前は……二つ名とファーストネームがあるが…どっちが知りたい?」
正直どっちも話したくはない。だが、アリシアは話さないと納得しないタイプの人間だろう。
それに、久しぶりの人との会話だ。私自身気持ちが高ぶっているのも本心かもしれない。
「ん~、どっちもっていうのはあり?」
「別にいいが、多分、私の二つ名は聞いたことあると思うぞ?」
私が言っているのは事実だ。少なくとも王都までは私の名は知られているだろうと思う。それぐらい大きなことをやってしまったのだ…。
「私の名前は≪レイン≫…ファミリーネームがないのは、もともと私が捨てられた子であり名前がなかったからで、これは私の友達がつけてくれたものになる。この名前を付けたとき、例にないくらいの大雨に見舞われていたのがこの名になった理由だろう。」
「なるほど…わたしはそれだけが理由じゃないと思うけどなー。…だって、綺麗な蒼色の瞳をしているもの。」
アリシアは顔をぐっと近づけてそう言った。私自身、自分の身体をよく見たことがないから自分の目の色すら分かっていなかった。
きっと、彼女の顔を見るあたり嘘はついていないようだから、私の目が青いのは本当の事なのだろう。だから…余計に自分のもう一つの名前を教えたくないと感じた。
こんなことに軽い動揺を覚える自分に、所詮私も人の子なんだなぁ…と思う。
「そうか、そういったのはお前が初めてだよ。だから私の二つ名を言う…言いたくはないんだけどな。」
――私に与えられた名は<人殺しの鬼子>…そう呼ばれていたんだ……。




