第6話 冷たいコーラに溺れかける!? 山田春樹は熱中症になりかける
あれから数日が経過し、夏休みは丁度折り返しに来ていた。
砂浜でのゴミ拾いも、恐らく100個を超える袋を消耗している。
この作業の進捗具合は、海岸の半分は地面が遠くから俯瞰してもわかる程度だ。
黒井とは会って数分は言い合いするが、作業が始まると沈黙することが多い。
暑い日差しの中、お互い口喧嘩する体力がなくなっているからだろう。
「はぁ、もう疲れたわ!」
そんなある日、彼女は沈黙状態から久しぶりに声を上げる。
麦わら帽子をとり、びっしょりついた汗をタオルで拭きとった。
足取り重くクーラーボックスに辿り着くと、彼女を唸りを出す。
「もう、何も入ってないじゃない!」
そうこちらに愚痴を吐き、彼女は日陰で腰を下ろす。
こっちだって、無計画に君が飲むせいで渇いてるんだがなぁ。
と言い返す気力はなく、俺は黙々と作業を進めることにした。
「ねぇ、そういえばヤマハルさん」
黒井は手を団扇がわりに仰ぎつつ、そう話しかける。
山田って本名伝えたのに、もうマッチングアプリの名前から変える気はないようだ。
「あなた、何で最初に会った時変な格好していたの?」
「変な格好? あぁ、あれは……」
って、危うく騙されても平気を装うためとか馬鹿正直に言いそうになった。
黒井にそんな発言すれば、間違いなく笑われる。
ここは聞こえなかったことにして、スルーしよう。
俺は言いかけて作業を再開した。
彼女も追求するほど興味がなかったのか、とても静かだ。
そう思った直後、脇腹を何かが突く。
「あぁ」と悶絶していると、黒井が隣にいることに気づいた。
どうやらトングで攻撃をしたらしい。
くそぉ、黙ってもダメージが来るとは想定外だ。
「暇なんだから教えなさいよ。あっ、教えたら自販機まで飲み物買ってくるわよ? ここから1番近いところでも、2キロぐらいあるでしょ」
「あぁ、悪くない提案だが……一つ条件がある。絶対理由聞いても笑うな!」
俺は脇腹をさすりながら、そう黒井に返答する。
彼女は「もちろん!」と、鼻から大きく息を吐いた。
その後、俺は彼女に嘘偽りなく理由を明かした。
……のだが。
「アハハ! 流石陰キャの考えることは違うはね! てか、思い出したら吹きそうだわ。病院にぃ、こんなナースいたら退院しないんじゃ〜……ぷぷっ!」
なんじゃこいつ!!!
あの時無視したくせに、こっちの話聞いてたってこと?
話されてるのわかってスルーとか……なおさらクズじゃねぇか。
あぁもう、今からでも遅くない。
こいつのこと嫌いになる方法、考えなければ。
じゃないと俺はまた、こんな地雷を好きになることがこの先沢山あって。
うぅ、考えたくもない。
いや、考えなければ……暑さでまともに思考がまとまらねぇ!
「じゃ、買ってくるから大人しく待ってなぁ!」
黒井は帽子を被り直し、タタタと自販機のある方向へと駆けていった。
俺はドッとため息を吐き、額の汗を拭う。
もうどうでもいいや、とりあえず喉乾いたから余計なことに気を使うのやめよ。
それから数十分が経過したが、黒井は現れなかった。
乾いた喉を絞り出した唾液が通るのも、そろそろ無くなりそうだ。
自販機のある方向を時折見るが、やはり彼女の姿はない。
このままだとガチで倒れる。
俺はトングと袋をその場に置き、フラフラと自販機を目指した。
熱の蓄積されたアスファルトをしばらく歩くと、遠くにポツンと長方形の物体が。
あれだと思い、少し足が速くなる。
しかし、その数メートル目前で俺は物陰に隠れた。
「きた! びっびっび! 今回は同じ大学の有名人、黒井詩織ちゃんの交友関係事情を聞いて行こうと思います!」
ひっそりと覗くと、どうやら黒井は同じ大学の学生に絡まれているようだ。
スマホを彼女に向け、何やら質問を投げかけている。
あれは......もしかしてユーチューバーか?
「えぇ、私なんか質問しても面白くないよ?」
黒井は完全に猫を被り、大学にいる時と同じ振る舞いになっている。
事情を把握している身としては、もはやあの姿に気持ち悪さを感じてしまう。
あぁ、どうでもいいけど早く自販機に辿り着きたい。
でも今出て行ったら、黒井に文句言われそうだしなぁ。
いや、よく考えればこれはチャンスか?
黒井の困った顔、また見れるかも知れない。
俺はもう一度、恐る恐る彼らの様子を伺った。
「またまた......黒井ちゃん可愛い顔してさ、お盛んなんでしょ?」
男がそう質問をすると、彼女は一瞬眉をピクりと動かす。
しかし笑顔で「そんなことない」と切り返した。
その後もぐいぐいと黒井の過去の交友関係を洗い出そうと、インタビューが続く。
黒井は答えたくないのか、どの質問にも濁すような回答を繰り返した。
「ちょっと黒井ちゃん、ちゃんと答えてよ。ナイトプールで黒井ちゃん見たって、知り合い言ってたんだから。もしかして、大学でのイメージ崩したくないのかな?」
嫌見たらしく男は詰め寄り、あの黒井に苦笑いをとらせる。
久しぶりに彼女の苦しそうな表情が現れた。
だけど......だけど何故なんだろうか?
彼女が痛い目にあって嬉しいはずなのに......他人が困らせているのを見ると、もっと腹が立つ。
俺は髪型をオールバックにし、彼らの前に登場した。
「へいお兄さんたち、ちょっと道迷っちゃったんだけど教えてくれないかな?」
チャラ男を演じ、俺は彼へと迫る。
「はぁ、誰お前? 今撮影してんだから邪魔すんなよ......てっおい!」
俺は彼のスマホを奪い、録画を停止させた。
そして地図アプリを見つけ、起動させる。
男は即座に奪い返し、舌打ちした。
「ふざけんなよ! 汗でベトベトじゃねえか。あったまきた」
男は再び録画を始め、今度は俺を撮影し出す。
「てめぇ次にふざけたことしたら、ネットにこればら撒くからな」
俺はもう一度邪魔しようと、腕を伸ばしたが途中で止める。
流石に拡散はされたくないなぁ。
というか、もう熱中症気味で限界だ。
フラフラと足を縺れさせ、俺は彼の胸元にべったりと頭をつける。
汗でビショビショの状態だったのもあり、男の服はずぶ濡れ状態になった。
俺は男に押し倒され、その場に倒れ込んだ。
「きめぇ! お前何してくれてんだよ!」
「大丈夫? インタビューはまた今度でも受けるよ?」
黒井はこっちの心配をすることもなく、男にそう優しい声色で話しかける。
「あぁ、そうしてくれると嬉しいよ。じゃあまたね黒井ちゃん。お前、もう拡散したからな!」
男はそう言い放ち、どこかへ去っていった。
あぁ、まったく散々な結果だ。
黒井には感謝されないし、熱中症で死にかけだし。
このまま死ぬのかな......俺。
そう瞼を閉じた瞬間、頬に氷のような冷たさが伝わる。
驚いて上半身が動くも、何者かに身体を抑えつけられた。
ゆっくりと瞼を開けると、唇に上から汗が垂れる。
どうやら黒井詩織が、俺にまた嫌がらせをしているようだ。
と......思ったが、彼女の表情は嘲笑っているようには見えない。
そう思考を巡らせていると、彼女は俺の両脇に冷たい何かを差し込んだ。
「冷めたっ!」
俺はまた条件反射で動きかけるも、また抑えられた。
今度はしっかり、彼女が腕で起こさないようにしているのがわかる。
「何......してんの?」
そう呟くように声をかけると、彼女はため息を吐く。
そして俺の額に冷え切った缶ジュースを当てながら、口を開いた。
「熱中症対策......缶ジュースだけど。後、口開けて」
彼女はそういうやいきなり、俺の口にコーラを注ぎ込んだ。
仰向けで倒れているのもあって、逆流して溺れかける。
俺は彼女の腕をどかし、今度こそちゃんと立ち上がった。
「溺れ死ぬわ!」
そうコーラを吹き出しながら叫ぶと、黒井詩織は爆笑した。
「アハハ! 元気になったじゃん!」
たっ、確かに喉も潤ったけど。
はぁ、やっぱりもう少し彼女が困っているのを見続けるべきだった。
そう思ったが、俺は地面に散らばる缶ジュースに気づく。
そういえば黒井に俺の金渡していなかったような。
このジュース、もしかして全部自分の金で?
今まで決して自分のお金は使わなかった黒井が......まさか。
顔を上げると、彼女は麦わら帽子で鼻から上を隠していた。
汗か何なのかわからないが、彼女の頬を伝う雫が増しているような気がする。
「ヤマハルさん......悪かった! さっきその……変装馬鹿にしちゃってさ! ぷぷっ、今でも吹いちゃうけど......その、良いと思う! 私にはやっぱ、できないって思い知っから!」
泣いてるのか、汗かいてるのか、笑っているのか。
黒井詩織のその言葉に乗る感情は、まるで分らなかった。
けれど、彼女の今放った言葉は精一杯本音で話したものかも知れない。
少なくとも俺は、そう感じてしまった。
「じゃあヤマハルさん、あなたはそこで休憩していきなよ。私はあなたが休んでいる間に、お金をガッポガッポ手に入れてくるからぁ!」
そういって黒井は缶を撒き散らしたまま、ニシシと笑って砂浜の方へ走っていった。
白いワンピースと麦わら帽子、そして屈託のない笑顔。
幻想に抱いていた彼女は、絵画のような姿をして.....やっぱり現実だ。
でも現実だからこそ、本気でドキドキしてしまう。
やはり俺は、黒井詩織を嫌いになる方法を見つけることはできない。
それでも......彼女との別れは刻々と迫っている事を思い出す。
長いと思った夏休みが、急に短く感じる......俺もわがままなんだろう。




