第7話 夏が終わり、新たな生活が始まる?
「これで最後!」
黒井はゴミを拾い上げ、袋の方へ放り投げた。
明後日の方向へ向かうそれを、キャッチする側の俺が何とか間に合わせた。
はぁ、ここの砂浜を無造作に走れるなんて当初は予想できなかっただろうな。
眉間に手を添えて影を作り、周囲を見渡す。
夏休み最終日、俺と黒井はついに砂浜から全てのゴミを一掃した。
彼女は完了して早々に、Twitterを更新する。
俺はというと、オレンジ色に染まる水面をぼーっと眺めた。
達成感と虚しさと、色々な感情が込み上げてくる。
それを全部疲労感が緩和してなのか、無気力なまま綺麗な風景を観賞してしまう。
「ねぇ、ヤマハルさん……」
砂浜に腰を下ろして休んでいると、黒井が声をかける。
彼女は手に2本の線香花火を持っていた。
どうやらこの砂浜にあったものらしい。
「夏休みらしいこと一つもしていない」と言われ、俺は渋々受け入れた。
そして当たりが完全に夜になり、スマホの光を頼りにライターに火を灯す。
「うわぁ……綺麗……」
彼女の持つ線香花火にそれを近づけ数秒、シュワシュワと音が発する。
ぷくぷくと火の玉が膨れ、ある瞬間に光の線を飛ばした。
膝下にあるその明かりは、スマホのライトがなくとも薄らと俺らの辺りを照らしてくれる。
波の音と線香花火の儚い光は、この夏を思い出す光景として印象深く残るだろうことを予感させた。
この火の玉が燃え尽きたら、俺らの関係は終わりだ。
結局俺が彼女のことを好きだろうが、嫌いだろうが、最初から今まで利用されているに過ぎない。
「やっぱり……中身もいい子じゃないとダメだよね」
ふいに黒井はそう呟いた。
彼女の顔を見つめると、慈しむような表情をしている。
とろんとした瞳は僅かに揺れていた。
きっと明日からの日々を想像しているのだろう。
また彼女は良い子を演じ、ストレスを溜めながらも勝ち組を目指すのだろうか。
「黒井さんはさ、勝ち組になりたいっていうけど……具体的にどういうものをイメージしているの?」
やべっ、キレられるかな。
若干ビクビクしていると、黒井は普通に話し始める。
「そりゃあ……あぁ、もうわかんないや。正直さ、偶然自販機の前で会った大学の奴。あいつの前ですげぇ取り繕ったら、今までの比じゃないぐらい疲れたんだよね。それ考えたら、優良物件のイケメンと結婚できてもあーなのかなぁって」
黒井はため息を吐き、手のひらに顎を乗せる。
「そういうあんたはどうなの? チャラ男の格好している方が、言いたいこと言えてスッキリするんじゃないの?」
言われてみれば、あの格好していた方が押し殺していた感情を出せるような気がする。
……てか、何だこの雰囲気。
俺と彼女がいて、未だかつてこんな和やかな空気あっただろうか。
それに今気づいたけど、黒井は俺といる時は疲れてないってことなんじゃ。
それってつまり……いや、聞くのは露骨すぎる!
「だんまりか……そうよね、私とあなたって友達でも何でもないしね。もうあまり踏み込まないよ」
そう口にした彼女の手元から、火の玉が落ちる。
後を追って俺の花火も消滅し、視界がぼんやりした。
ポケットからスマホを取り出し、ライトを点ける。
「俺、黒井のことが……」
意を決してそう発したものの、俺は最後まで言うのを躊躇った。
目の前には黒井詩織の姿はなく、無情に小波の音が繰り返されるだけだ。
そう……だよな。
俺は一様最後の言葉として、彼女とのトークに謝罪を残した。
メシモクの恨みとはいえ、やり過ぎた仕返しだと思うからだ。
こうして俺の夏は……終わった。
翌日、俺は揺れるバス車内で吊革に掴まっていた。
日焼けした皮をペりぺりとめくった後、スマホを手にとる。
「うっわキモこいつ」
車内で他の学生が動画を視聴し、そう反応した。
特に気にならなかったが、ある一言で耳を傾けることに。
「こいつさぁ、文学部の誰かに似てない? 名前知らないけど」
「えぇ違うでしょ。だってあいつ陰キャじゃん」
俺は窓に反射して映る、彼のスマホ画面を凝視した。
どうやら夏休み中盤に絡んできたあの男の動画が、思いのほか高評だったようだ。
てかそんな結構再生されてるとか、終わってんな。
俺の大学生活も、黒井同様危ない匂いがしてきた。
黒井に関しては、俺がやったからなのだけど。
そうだ、彼女のTwitterはどうなったんだ?
アプリを起動し、彼女のアカウントページを訪問した。
すると、砂浜の写真が投稿されている。
うーん、昨日の今日で反響は薄いようだ。
だが有名な砂浜のゴミを全部清掃したんだから、こっちから地元の新聞に垂れ込んでもいいレベルのはず。
まぁ、そこら辺は全部彼女のやり方に任すか。
「いやぁ久しぶりだな山田! てっ、お前肌黒いな!」
同類と久しぶりにキャンパスで再会を果たした。
「ふぅ、久しぶりの講義疲れるなぁ」
同類はそう嘆きと共にお腹を鳴らした。
俺はというと、あの夏の地獄を経験したからか何とも感じねぇ。
ていうか今日は黒井と会わないなぁ。
あいつと講義一緒なの午後からだっけか。
まぁ会ったところで、お互い他人の振りするんだろうけど。
そうだよな、モヤモヤした気持ちは俺1人で抱えていた方がいい。
どうせこれからも、非モテ陰キャを直走るだけ。
学内一の美少女、黒井詩織と一夏過ごせただけで儲けもんだ。
「よし、食堂行こうぜ!」
俺は同類に声をかけ、急いで講義室を飛び出た。
そして食堂の入口をくぐり、メニューに目を通す。
その最中、騒ぎ声が偉く耳に入った。
「ねぇ、黒井さんすごい焼けてるよね」
「うん、それにワンピースボロボロ。何があったんだろ」
振り返ると、そこかしこの席で黒井の噂話が。
まだイメージ回復がされていないためか、有名人の彼女に対するヘイトが高い。
彼らのチラチラ見る視線の先には、黒井詩織がいた。
ぽつんと角のベンチに腰をかけ、パンを食べている。
彼女の隣には誰もいない。
そういえば、黒井はあの一着しか夏服は無いと言っていた。
彼女の寂しそうな姿を見て、俺は自らの頬を叩く。
あぁ、まさか俺の仕返しがここまで酷いことになるなんて。
「ちょっと催した!」
俺は同類にそう言い残し、食堂近くのトイレへ駆け込んだ。
鏡を見て、ワックスを髪につける。
オールバックに固め、俺は食堂へ戻った。
「……待たせたな」
同類に声をかけると、彼はしばらくこちらを見て膠着した。
「お前その格好、まさか砂浜のキチガ……」
そう言いかけ、彼は「俺もトイレ」と言ってどこかへ散った。
食堂にいる学生の数人も、あの動画を知っているのか俺に注目している。
「ねぇあの男ってあのYouTubeに出てきた奴?」
「そうじゃね? うわぁないわ、あいつ同じ大学なのかよキモ!」
案の定そこら中で悪い噂が立つ。
俺は一瞬にして友達を失い、大学での居心地が悪くなった。
だがこれでいい。
メシモクの仕返しでやり過ぎた分、これで報いを受けたかわからない。
しかし、少なくとも彼女の噂話の数を減らすことはできるだろう。
「うわキチガ◯じゃん」
役目を果たし、俺は食欲を失った。
食堂を出ようとしたその直後、背後からそう声がかかる。
振り返ると、俺をネットに拡散した男がいた。
彼はニヤニヤと笑みを浮かべ、行手を塞いだ。
「お前そんな格好してるけどさ、本当は陰キャなんだって? キモいしダセェな」
あぁ、最悪な奴に遭遇してしまった。
チャラ男という仮面が、中身を知られるだけで簡単にヒビが入る。
この姿ならビビらず、平気を装えていたのに……。
おどおどしていると、彼はスマホを取り出した。
「今日はお前の交友関係とかインタビューしちゃおっかなぁ。ねぇ陰キャ君、彼女いたことあるん?」
その次の瞬間、縮こまる俺の手を誰かが握る。
小さくて細くて柔らかく、すぐに男の手ではないことがわかる。
腕から上へ、顔を上げるとそこには黒井詩織がいた。
「へ? 黒井ちゃん」
俺もこの男同様、突然の出来事に面を喰らった。
「わ、私が彼の彼女! も、文句あるか?」
照れて顔が真っ赤の状態で、黒井は言い放つ。
男はまたまたと手を振って否定する。
「学内一可愛い黒井ちゃんが、こんな陰キャの彼氏なんてそんな訳……ねぇ?」
すると黒井は恥ずかしそうにしながらも、目を閉じて沈黙した。
こ、これはまさか……キスを待って。
なんで、なんでいきなりこんな。
彼女はつま先で立ち、キスがしやすい位置に自ら調整する。
その姿に周囲はソワソワし、男もまさかという顔を浮かべる。
あぁ、今更周りにどう思われようと関係ないか!
ここでキスしようがしまいと、居心地の悪さは変わらないんだ。
俺は覚悟を決め、彼女の首筋に手を添える。
ドキドキと心拍が加速する中、唇を重ねた。
「嘘……だろ? あの黒井がこんな奴と」
男は呆気に取られ、スマホを下ろした。
「じゃあ、私たち一緒に食べるから! あなたは惨めに男だけで食べてな!」
黒井はそう口にし、俺をバルコニーまで引っ張った。
食堂の連中から逃げるようにここまで来て、お互い肩で息を吐く。
「黒井さん、何であんなこと……」
膝に手をつきながら、そういった。
黒井は頬を染めながらも、キリッとした顔で喋り始める。
「あなたがあの格好していたから、私ももういいやってなったの。だからさ、これからはクズ同士仲良くした方がいいと思わない?」
どうやら俺の行動が逆に、黒井を後押しさせてしまったらしい。
せっかく大学人生を捨てたのに、彼女は自分勝手に振り回しやがる。
俺は彼女と向き合い、深呼吸をして口を開いた。
「あのさ、仲良くするは良いんだけど……あのキスってどっち?」
「どっちって?」
それはもちろん、あのキスの意図が好意なのかどうかだ。
彼女のことだ、俺を完全に道連れにするため行動したのかもしれない。
黒井は靡く髪をかき上げ、ニコッと笑う。
「さぁね……内緒」
そう言って黒井は、手すりに腕を乗せてパンを食べた。
俺は彼女の横に行き、恐る恐る顔を見る。
「……何?」
「いや、クズだなって」
「ふふっ、お互い様!」




