第5話 砂浜でゴミ拾い。わがまま女に振り回されて......
大学生活2回目の夏休みが訪れた......というのに。
俺はバラ色の学園生活どころか、死神とランデブーする日々がスタートしようとしている。
俺と黒井詩織は色々考えた結果、プラゴミが大量に捨てられている砂浜へ訪れた。
この砂浜海岸は数年前までは有名な観光名所だったそうだが、今は見る影もない。
白かった砂浜が見えなくなるほど、プラごみが一面に広がっている。
ここを清掃する活動をSNSにアップすれば、イメージアップになるのではと提案した次第だ。
なのだが……。
「黒井さん、その格好でゴミ拾いするの?」
待ち合わせ場所へ来たのは、白いワンピースと麦わら帽子を被った黒井詩織。
彼女はサングラスを外し、見下すような視線を向ける。
「ふん、私はただそこで見ているだけ! あなたが捨てるのよ」
「なんで俺だけ? 自分のイメージアップしたいんでしょ?」
俺は少し語気を強め、そう返した。
すると彼女はTwitterの画面を見せ、口を開く。
「私はSNS担当だから、あなたに活動した写真を送ってもらってそれをここに上げるだけ。私はここで拾っている写真を撮るのと、気晴らしに来ただけよ。15分ぐらいしたら帰るから、じゃ」
この女、良い人イメージ作る意味あんのかな。
いや、下手に挑発すればまた包丁持って襲ってきそうだからやめとくか。
俺はトングをカチカチさせ、空き缶やプラスチックのゴミを拾い上げる。
その横で黒井は清涼飲料水のCM撮影でもしているのかと思うような、キャピキャピしたポージングをしていた。
スマホを流木の窪みに乗せ、何度かパシャパシャと音が鳴り響く。
で、写真を確認して無事任務完了......てか?
俺はトングを砂に突き刺し、その辺にあった石ころを海へ投げ捨てる。
ふざけんじゃねぇ!
大学2年の夏休みっていうのは、大学生活でまともに楽しめる最後の夏だぞ?
3年、4年は就活で忙しくなるっていうのに!
恋人欲しいという俺の切実な願いは、叶えられないというのか?
ただメシモク女に復讐しただけで、こんなのあんまりだろ。
おまけに明日からは1人で作業?
嫌だ、俺だけがこんな惨めな夏休みで終わるなんて。
こうなったら、またあの女をこっちに引きずり込むか?
「じゃあ私は帰るから、ちゃんとゴミ拾っといてねぇ」
彼女はそういって、手を振り砂浜を離れようとした。
俺は一か八か、奇策に出る。
「あっ500円玉ゲット! ん、こっちにも!」
財布からなけなしの小銭を取り出し、あたかも拾った風に演技をしてみた。
あいつは貧乏だし、メシモクをするぐらい金にガメツイはずだ。
この作戦にきっと、食いつく。
俺は口笛を吹きながら、ゴミ拾いを継続した。
するとやはり餌として最適だったのか、黒井は目をドルにして踵を返す。
俺のところに駆け寄り、ゴミ拾いを観察し始めた。
彼女が接近したのを確認し、事前に埋めていた500円玉を拾う。
「えぇ!? 嘘でしょ......こんなあっさり1500円も」
俺は彼女の目の前に500円玉を掲げ、砂を落とした。
500という数字がくっきりすると、黒井は物欲しそうに涎を垂らす。
「上げねぇよ? これは俺のだから」
そういって財布にしまうと、彼女は砂浜を見渡した。
「か、かねぇ!!! どりゃぁぁ!」
黒井はそう叫び、ゴミの中を漁り出した。
俺は彼女の手に、自然にゴミ袋を握らせることに成功する。
「かね! かね! かね!」
黒井はそう念仏のように呟きながら、ゴミを袋に詰め込んでいく。
ハハハ、こんな見事にやる気を出すとはなぁ。
まぁいい、とりあえずこれであの女も貴重な夏休みの1日を台無しにした訳だ。
よーし、俺も時間をドブに捨てる仲間が増えてやる気復活!
そう思い、ゴミを一つ拾い上げた直後だった。
「きゃあ!」
黒井の悲鳴が耳に入り、俺は咄嗟に振り返った。
片目を閉じ、左手をさすってる様子を見るに怪我をしたようだ。
尻餅をついた彼女の背から左手を覗くと、手の甲から肘にかけて切ったような傷が。
血が生々しく垂れており、彼女の目の前にある白い砂を赤く変色させるほどだ。
「だから言わんこっちゃない。ちょっと待ってて」
俺はリュックサックから医療キットを取り出し、消毒液を彼女の腕に垂らした。
「いっ……たぁ……」
黒井は片目から涙を落とし、消毒液の刺激に耐える。
俺はと言うと、彼女の腕に包帯を巻きつけて処置を継続した。
のだが途中で気づいたが、俺今……腕触っちゃってる。
アクシデントとはいえ、セクハラとか騒がれないだろうか?
俺が巻きながらビクついていると、そっと手が重なる。
「あっ、ごめんなさい! すぐ離れます!」
咄嗟に腕から手をどけると、彼女は包帯を自ら巻き直した。
処置が完了し、黒井は手をグーパーして痛みの程度を測る。
そしてむすっとした顔でこちらを見上げてきた。
かと思えば、大学で見せるような全力の笑顔に変わる。
「ありがとう、ヤマハルさん」
「へぇ?」
先ほどまでの態度と180度変わった姿に、俺は訳がわからずそう発した。
数秒ほど沈黙が続き、彼女は顔を逸らす。
「あぁもう、これは演技に見えるからぁ私!」
と、よくわからないことをブツブツ呟いている。
そして何やら決心したように、もう一度こちらを見つめてきた。
深呼吸し、黒井はそっと口を開く。
「……ありがと、ヤマハル……さ……ん」
もしかしてその言葉言うのに、めっちゃ照れてる?
あの黒井詩織が?
あぁ、普段から演技し過ぎて営業スマイルが最初出たからか。
俺にはバレてるからか、それだと嘘になると思ってもう一度……。
「あっ、私あそこで探そう! か〜ねっかね〜」
そう言い残し、黒井は歩き出した。
遠くへ行く彼女の耳は、ほんのり赤くなっている。
黒井詩織……クズなくせにそういう仕草するのやめてくれ。
うぜぇ……うぜぇチクショウ!
俺は走り出し、彼女にスペアの軍手とトングを差し出す。
「なにこれ?」
彼女はキョトンとしたまま、差し出したそれを抱きかかえた。
別にさっきのがドキッときたからではなく、これはゴミ拾いの安全を配慮してのこと。
彼女が傷だらけになったら、逆恨みしかねない。
と、心の中で御宅を並べていると、彼女はこめかみに青筋を立てている。
「あんたねぇ、私の分あるなら最初に出しなさいよ」
「いやだから、その格好で大丈夫って確認取ったじゃん」
「はぁ!? あの時はゴミ拾いする気なかったし! 今はする気だから言ってるんだけど、頭大丈夫?」
くっ、クソうぜぇ!
さっきのトキメキ返せやこの女。
「あっそうですか! 以後気をつけます!」
俺は彼女と距離を数十メートル離し、ゴミ拾いを再開した。
黒井も不貞腐れた様子だったが、同じく作業を始める。
そして時刻が夕方になり、今回は終了することに。
これ、全部近くのゴミ捨て場まで運ぶのか。
俺は集めたごみ袋の山に辟易とし、ため息を吐く。
その傍らで黒井は500円玉を嬉しそうに、自身のポケットにしまった。
たくっ、運が良いことに本当に埋もれていた小銭を見つけるなんてな。
でも、あんな小銭1つ探すのに何時間かかっていると思ってるんだ?
よくそれで喜べるよな。
はぁ、まったくため息が止まらないよ。
黒井の事といい、全然減らないプラゴミの山といい。
「じゃあ、私帰るから。早くスマホ出して?」
彼女は突如スマホを取り出し、QRコードを見せつけてきた。
「早くしてよ!」
俺が困惑していると、黒井は頬を膨らませてイラつきを露にした。
仕方なく、コードを読み取ると彼女のラインが追加される。
「あぁ、勘違いするなよ? 画像そこに送ってくれた方が、こっちもTwitterに投稿しやすいからよ。じゃ、さいならぁ」
そういって照れる素振りもなく、黒井は帰っていった。
残された俺は段々と、彼女と連絡先が繋がった実感が湧いてくる。
いやいやピアーズでもマッチするまではやり取りしていたし。
それに、黒井はメシモク女だ。
そう、メシモク女が連絡先に増えただけ......。
と思っていると通知音が鳴る。
スマホの画面を見ると、黒井が画像送れとスタンプを連投していた。
すぐさまゴミ袋の写真を送ると、既読スルーで数分が過ぎる。
あ、まぁ仲良くなるわけではないよな。
そうだ......明日からどうせあいつは来ないんだし。
はぁ、何浮かれてんだよ俺。
そうじゃん......これから夏休みずーっと、1人でゴミ拾いだ。
そして翌日、雲一つない晴天になった。
同じ砂浜に訪れているはずだが、日差しが遮蔽物無しで直接肌に突き刺さる。
数秒ここに立ち尽くすだけで、汗がじんわり滲み出てしまう暑さだ。
あぁ、クーラーボックスに飲み物パンパンに詰め込んだのになぁ。
これじゃあ半日で空になるぞ。
今日から毎日、ここで一人作業かぁ......。
俺は冷たいペットボトルを頬にあて、ぼんやり空を眺める。
「おっはー」
すると突然、幻聴のように黒井詩織の声がした。
まさかと疑いつつ、俺は声の主を探す。
ど、どうやら錯覚したわけではないようだ。
目の前には昨日と同じ格好をした、黒井詩織がいる。
「え、今日から来ないんじゃ......」
俺は何を考えるでもなく、そう呟いてしまった。
そう口にして数秒、すごい寂しがり屋な発言をしたと気づく。
は......恥ずかしい!
真顔で冷静を装うが、内心悟られないかと焦る。
「そりゃ、銭探すため......でしょ」
どうやら態度を見るに、本気でそれを口にしているらしい。
悟られなかったのはいいが、こいつは驚いた。
仮にも大学生1人が、500円玉探しごときにお熱になるとは。
「へぇ、バイトした方が効率良いんじゃないの?」
俺がそう素朴な疑問をぶつけると、彼女はカラっと答える。
「あぁ......良い人でいるの疲れるからねぇ。大学だけでも大変なのに、バイトでもするってストレス溜まりすぎるのよ」
「ふっ、バイトしたら余計にメシモクの餌食が増えるのか?」
「あぁ? うるさいなぁ。ネチネチずっと根に持って。私だってストレス溜まらなきゃ、そんなことしてないのよ。夏服だって、これだけなのよ?」
とまぁ、俺は黒井詩織と言い争いをしながら作業を開始。
そして何故だかわからないが、彼女と口喧嘩していると、暑さも時間も早く過ぎる気がした。
どうやら俺はまた、黒井詩織が好きになってしまったのかもしれない。
理想の女性とはほぼ遠く、メシモクしていたクズなのに......。
あぁ、嫌いになりてぇ。




