第3話 復讐完了?スッキリするはずが……
黒井詩織とマッチングしたあの日から2日経ち、俺は大学の食堂に訪れていた。
昼休みは同類と共に、ここで日替わりメニューを食べるのが大学でのルーティーンだ。
ちなみにこの食堂はキャンパス内の最上階にあり、壁一面がガラス張りになっている。
料理がこじんまりした学食でなければ、まさに景色が綺麗な高級レストランと言っても差し支えないだろう。
あぁ、この晴れ渡る青空をバックにして、黒井詩織のおパンツ写真を眺めるのは実に良い。
メシモク女だったとはいえ、この大学で一番のルックス。
そんな美少女が恥じらいながらスカートをめくった写真が、今俺の手元にあるなんて。
「山田、何真剣に見ているんだ?」
鼻の下を伸ばしスマホをじーっと眺めていると、同類が覗き込もうと接近してきた。
俺は慌てて彼の頬に拳を入れる。
「あ、ごめん」
「殴ったな......親父にも打たれたことないのにー!」
同類はそう叫び、頬を擦りながら料理を注文しに行った。
黒井の痴態がバレるのは俺にとって、彼女の弱みが無くなることになる。
この弱みは俺だけが握っていないと意味がないのだ。
と、同類の背に敬礼して謝罪していると、隣からも叫び声がした。
顔を向けるとそこには、水をこぼした黒井詩織の姿が。
彼女は俺と目が合うと、引きつった表情に変化する。
女友達らしき人物が心配する声をかけても、耳に入らず棒立ちだ。
ハハハ、俺はこれを待っていたんだよ!
黒井よ、パンツをスクショされただけで許されると思っていたのか?
「さぁて、何食べようかなぁ。黒毛和牛のタン元と、シャトーブリアン......は無いよなぁ。うーん」
そう1人言をいうと、彼女は女友達に愛想笑いをしてトイレへ行くことを告げる。
そして人混みを小さな身体を活かして華麗に通り抜け、俺の隣へ辿り着く。
彼女はメニューを選ぶ素振りをしながら、声をかけてきた。
「ね、ねぇあなたもしかして」
「え? 知らないなぁ。うーん、これ......食べたら思い出すかも」
俺は大盛カツカレーを指し、彼女の目を点にさせた。
そこへ間髪入れず、スマホの画面を見せつける。
「あー! すいません、大盛カツカレーを1つ!」
黒井は厨房で調理しているおばさんに、そう声をかけた。
「えぇ、お嬢さんこれ1人で食べきれるかい?」
おばさんがそう言い返すと、彼女はショーケースに置かれているサンプルを見た。
すると黒井はゆっくりと、こちらへ顔を向ける。
「あなた、ここ、これを食べたら3万チャラってことなの? ねぇ、そういうことよね?」
彼女は震えた声色でそう話してきた。
あぁ、これだ......あの黒井詩織が困った顔がたまらない。
学部主席で誰にでも愛想が良くて、だけど裏ではクズな一面があって、そんな彼女がヒエラルキー下位の俺に支配されている。
「えぇ、お腹空いていたから大丈夫です」
彼女は俺が黙り込んだことを変に捉えたのか、返答を待たず注文を再度お願いした。
おばさんは「はいよ」といって、お玉をルーの入った鍋へくぐらせる。
並々注がれるルーよりさらに大きなライス、男の俺でも食べきれるかわからない。
きっと体育会系のサークルに入ってる奴ら用なのだろう。
黒井は重いダンベルを持つようにそれをトレーに乗せ、女友達のいる方向へ歩き出した。
去り際俺へ「これでいいんでしょ?」と、涙目になりながら喋りかける。
「さぁ、何のことかな? おばさん、カツカレー並みで!」
俺がそうスルーするようにいうと、彼女は目を鋭くさせる。
「しょうがないな、残り2万に減らしてあげるよ」
軽々とトレーを持って立ち去る俺を見て、彼女は歯をギシギシさせて苛立ちを現した。
しかし女友達と再会すると黒井はコロっと態度を変え、笑みを絶やさなくなる。
「えぇ、詩織ちゃんそれ食べきれるの!?」
女友達が彼女の持ち運ぶ料理のサイズに驚くと、周囲は黒井に注目した。
有名人でもある彼女の話とあって、目立つと相応に悪い噂も耳に入る。
「黒井さんて見かけによらず大食いだったんだ。案外男っぽいのかなぁ」
「あぁ、普段は小食らしいわよ。なんでも、学食はお口に合わないんだって。それなのに珍しいわね」
こんな感じで彼女の勝手なイメージが噂に尾ひれがついて、各グループごとに出来上がっている。
だが大半のグループの共通認識としては、彼女が金持ちの子だという話だ。
俺もクタクタのクマさんパンツを見なければ、その噂を信じていたところ。
貧乏だから主席をとって、奨学金免除されるぐらい頑張ったのに......社会は厳しいねぇ。
君が思い描いていた理想像のままだったら、俺も仕返しなんてしなかったのに。
いや、黒井に同情なんてするものか。
メシモクで男を餌食にするような卑劣な女に、俺は屈しない。
とりあえずあの店の支払い代分ぐらいは、もう少し黒井の困った顔を見させてもらおう。
俺は同類と飯を食いながら、目をバッテンにして苦しそうにカレーを頬ばる彼女を見た。
リスが頬袋に木の実を溜めるように「フガフガ」と鼻息を荒くし、何とか完食したようだ。
「うわぁ、黒井さんって結構ガサツなんだぁ」
「ねぇー」
大盛りのせいか、普段のお淑やかな食べ方からかけ離れたものとなっていた。
彼女を見る周囲の目や、隣に座る女友達ですら引いた態度をとっている。
必死に取り繕って、「お腹いっぱーい」と笑顔を浮かべるも、引いた雰囲気は僅かにしか緩和できなかったようだ。
まぁ、今日のところはこれで見納めとするか。
俺は彼女より一足早く、食堂を立ち去った。
その後、講義を一通り終えてキャンパスの出入り口をくぐる。
オレンジ色の空に数秒ほど感傷に浸っていると、背後から人影が。
振り返るとそこには、微笑んだ顔の黒井詩織がいた。
彼女は風に靡く髪をかき上げ、周囲に人気がないことを確認する。
そして誰もいないのがわかるとムスっと眉をしかめ、口を開いた。
「あ、あのさヤマハルさん? 貧乏っていったじゃん! まだ金を奪う気なの?」
「う、奪うって......そっちがメシモクにしようとしたんじゃ」
「うるさい! あんたのせいで私の大学でのイメージにヒビが入ったのよ。」
この女、まだ反省していないのか。
噂が耳に入ったから少しは手加減しようと思ったが、路線変更だ。
俺はスマホをちらつかせ、彼女に話しかける。
「わかったわかった。次に俺がお願いすることしたら、借金はチャラだ。画像も消すし、もう黒井に嫌がらせもしない」
そういうと彼女は「ホント?」と、嬉しそうに目をキラキラさせる。
はぁ、クソなのに仕草と容姿で可愛く見えるの死ぬほどうぜぇ。
でもまぁいい、その可愛さが仇となる良い作戦を思いついた。
「あぁ、お願いって言うのはこれ」
それから翌日、学部共通の講義へ出席した時のことだ。
俺は黒板から遠くに座り、講義室全体を俯瞰できる位置にいた。
理由はもちろん、電車の角席と同じだ。
「おいあれ、黒井が……」
講義に使うノートを取り出していると、隣で同類が肩を叩く。
俺はニヤニヤしながらノートを机へ置いた。
そしてゆっくり、彼が指す講義室の入口に目をやる。
そこには初めて会ったあの時と同じ、肩と谷間が見える露出の多い服装のマリアさんがいた。
周囲は普段の黒井の姿とのギャップに、ざわつきを抑えられずにいた。
「あれ本当に黒井さんかな?」
「そりぁだって、顔一緒じゃん」
「だよね、でもどうしちゃったんだろう」
「あれじゃない? 変な男と連んで、その影響受けたとか」
ギク......当たらずとも遠からず。
女の子の勘は鋭い。
近くの女の子たちは、止まらず噂話を続けた。
「あぁ、それありそう! でも元からその気あったんじゃない? なんか黒井ってさ、ぶりっ子しててキモかったし」
「それなぁ。男子にチヤホヤされてニコニコしてるのとか、ないわぁって思ってたんだよね」
「でもこれで露骨に男子からアプローチされるんじゃない? あんな私らでも引く服着てんだし」
案の定、彼女は講義室の全ての同性から敵意を向けられた。
男子からは普段とは違い、エロい噂が飛び交う。
「実は頼んだらヤラしてくれるのか」と、話が出る始末だ。
席に着くまでの黒井を観察したが、気のせいか昨日昼飯を食べていた女友達がいない。
もしかして、あの姿を見て彼女から離れたのだろうか。
まぁいい、これで俺の彼女への仕返しは完了した。
やり過ぎとか思うかもしれないが、メシモクの恨みを忘れるな。
黒井詩織……お前は言ってもわからないだろうから、自分が下位ヒエラルキーと同等に落ちて、少しはこっちの身になりやがれ!
「皆さん、うるさいですよ。えーでは、講義始めます。レジュメに目を通してください」
そしてこの講義の間、初めて黒井は教授から一つも質問を当てられなかった。
普段の彼女には、教授も進んで当てていたのに。
こうして黒井詩織の大学でのイメージは、木っ端微塵に砕け散ったのであった。
好きだった女の子にこんなことしてしまったら訳だが、これは……これは全部あいつが悪い!
結局この講義の間ずっと、黒井の様子が気になり内容が1ミリも頭に入らなかった。




