第2話 黒井詩織はクマさんパンツ!?
「えっと、黒毛和牛のタン元とシャトーブリアンくださーい」
黒井は席に案内され、腰を下ろした後すぐさま注文を行った。
店員は少々慌ててハンディを取り出し、注文を繰り返す。
彼女が笑みを絶やさず注文を終えると、俺の方へ店員が顔を向けた。
あぁ、黒井詩織……君がまさかベテランメシモク女だったなんて。
注文を止められないため、先手打って案内された直後にいう......完全に手慣れてるよ。
おまけに1万超えたら、こっちもヤケクソにならざるを得ない。
案の定メニュー表を開くと、1品で角牛の5倍から10倍はある。
ドリンクだけで700円って、頭おかしいだろ。
冷や汗を垂らしていると、店員と黒井がニコニコと俺が注文するのを待ち望んでいる。
俺は小さく「コーラで」と頼み、「以上でよろしいでしょうか」という店員に無言で頷いた。
「ふふ、お肉楽しみだねぇ」
黒井は店員が去った後、おしぼりで手を拭きながらそういった。
本来なら学内一の美少女、黒井詩織と一緒に食事できているのは泣けるほど感激するはずなのに。
何故だろうか、俺は今彼女より財布の中を見て泣きそうだ。
しかしまぁ、なんと印象が変わることだろうか。
大学で見せる彼女の笑顔と同じはずなのに、出会ってから見せるそれは悪魔のよう。
あぁ、俺の理想の女性像が完全に砕け散った。
これから俺は誰を理想に恋人を探せばいいのか、考えるだけで憂鬱だ。
「ねぇ、ヤマハルさんってチャラそうだけど......結構大人しいんですね」
あ、忘れていた。
今の俺はチャラ男だから、自分じゃない!
そう、今日の出来事は全部この変装したチャラ男の体験。
俺は水を飲み干し、彼女に話し返す。
「えぇ? そんなことないけど......マリアさん、すっごい可愛いね。病院にこんなナースがいたら、患者さん退院したくないんじゃ......」
なりきることを決意したが矢先、彼女は俺の話を無視して運ばれてきたお肉に手を出した。
キラキラと瞳を輝かせ、網へそれを投入していく。
眉をしかめ、自身の丁度いい焼き加減になるのを真剣に見計らっていた。
あ、あはは......なにこれ?
「お待たせしました、コーラです」
俺はそっと机の端に置かれたコップを掴み、無心でゴクゴク飲み干した。
あぁ、早く帰りたい。
それから数十分後、机の上は空の皿で埋め尽くされる。
黒井は少し膨れたお腹をさすり、「食いすぎちゃった」とてへぺろした。
「それじゃあ、そろそろお会計しよっか。あ、私ちょっとトイレ行きたいから先に払っといて」
そういってそそくさと、彼女は席を離れる。
これは十中八九、「奢れよ」という合図。
店員も皿を下げ、レシートを伝票立てに入れた。
いよいよメシモクの餌食になるのか。
黒井詩織……3ヶ月ぶりのマッチングが、理想の彼女が、この日マリアに出会ったせいで全部パーだ。
チャラ男のせいにするには、キャパシティオーバーにも程があるだろ!
俺は財布の中をもう一度確認し、伝票を握りしめた。
この金を払うということは……餌食にされてきた非モテ陰キャの無念を晴らさないも同義!
許せん、許さんぞ黒井詩織!
かくなる上は……。
「お待たせー、会計終わったぁ? てっ……何これ、どういうこと?」
彼女はトイレから戻ると、信じられないと目をパチパチとした。
当然だ、伝票が置かれたままなのだから。
俺は不敵な笑みを浮かべ、説明した。
「え、自分の分は払った? もしかして私の分は、自分で払えってこと?」
「当たり前ですよ」
俺がそういうと彼女は笑みが崩れ、睨みつけてきた。
「ちょっとヤマハルさん、礼儀がなってないんじゃないの? 普通こういう場って、
男が払うものでしょ?」
「まぁ、人によって価値観て違いますから」
「あんまふざけたことすると、叫ぶわよ? 私、可愛いからそうしたらどっちが悪者になるか......わかるわよね?」
黒井......確かに3万払うのは痛手かもしれない。
しかし、払えない額でもないのに意地でも金を出したくないのか?
見下している相手に負けるのが腹立つとか、そんな理由だろうが。
俺は仕方なく胸ポケットに入れていたスマホを取り出し、彼女に見せつける。
「なっ......録音してたの!? ふ、ふざけるな!」
彼女は机に身を乗り上げ、スマホを奪おうと腕を伸ばした。
俺は間一髪それを避け、彼女の腕を掴んだ。
振り払おうとする黒井の力は、男の俺からすると冗談のように弱く感じた。
その瞬間、心の奥底でゾクゾクと何かが震える。
あの黒井詩織が俺なんかに困らされて、こんな必死になって。
「ストップストップ、落ち着いてよマリアさん。いや、黒井詩織さん」
俺がそうボソっと話すと、彼女はバタバタさせた身体を一瞬で硬直させた。
「あなたなんで私の本名を......」
困惑する彼女に、俺は伝票を突き付ける。
「理由を話して欲しければ、この3万払ってくれるかな? あんまり往生際が悪いと、この録音どうにかしちゃうよ」
軽い脅しのつもりだったが、黒井は途端に大人しくなり席に戻った。
そして顔を下に向けたまま、話し返してきた。
「......持ち合わせがないから、また後日に」
「はぁ? 黒井さん、まだごねる気? しょーがないな、割り勘でもいいよこの際」
困らせるのがいいが、やはりメシモクを意地でもしようとする彼女に腹が立ってきた。
俺は録音をちらつかせながら、机をコツコツと指で叩く。
本性を出した彼女だったが、俺の言動にビビったのか震えた声で再び喋り出した。
「本当に......お金がなくて、その......」
やべぇ、なんか泣き出しやがった。
黒井さん、俺はもう君がわからないよ。
いや、演技の上手い彼女だからきっとこの顔も嘘に違いない!
「なら財布見せてよ」
そう手を伸ばすと、彼女は俺の腕を両手でつかんだ。
「ちょっと、トイレ一緒に来て」
「へ?」
俺は予想外の行動に意表を突かれ、彼女に引っ張られるのにブレーキを掛けなかった。
何が何やらわからぬまま、トイレ前へ辿り着くと彼女は頬を染める。
「私がお金ないの、信用してないんだよね。いいわ、見せてあげる」
彼女はそういって、ぎゅーっと目を閉じた。
ロングスカートの裾を両手で掴み、ぐいっと自らの胸元まで上げる。
そう黒井は耳を赤くしながら......おパンツを見せてきたのだ。
しかも、ただのおパンツではない。
クマのプリントが入った、使い古してクタクタになったもの。
彼女は恥ずかしそうにそれを見せ、口を開く。
「私これ、中学から履いてるぐらい貧乏なんだから。だから、本当にお金ないの!」
黒井......君は文学部の首席じゃないのか?
なんて馬鹿なんだ。
脅している相手に、自ら弱みを晒すなんて。
俺はすかさず、彼女の痴態をスクショした。
「ふぇ!? あ、あなたなんで撮って......」
彼女は暗い影を顔に浮かべる。
俺はスマホをポケットにしまい、オールバックを解いた。
元の姿を見ても多分、彼女は気づかないだろう。
でもいいや、これはメシモク扱いされたことや俺の幻想をぶち壊した彼女への、最高のやり返しになるんだから。
「黒井さん、仕方ないからこのお店の代金は俺が払っておくよ。でも、必ずこの3万返しに来てよね。......じゃあ」
黒井は俺が立ち去るのを見て、声を掛けようとしたが踏みとどまった。
恐らく写真を消してと言おう思ったのだろうが、逆なでしたらヤバいと、すぐに切り替えたのだろう。
まぁいいさ、君にはこれからもっと困った顔をしてもらうんだから。
俺は会計を済ませた後、道すがらずっとスマホで彼女の恥ずかしそうにパンツを晒す姿を見続けた。
あぁ、なんで知りたくもない一面知っちまったんだろう......クソっ!




