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突然の来訪者

 あの楽しい一日を境に私と旦那様の距離も近づいていったように思う。今では三食一緒に取るようにし、午後は中庭で過ごすのがお決まりだ。侍女からもいつも仲良しですね、と微笑まれた。


 ある朝、いつもより早くに目が覚めた。少し早いが、簡単に身支度を整え階下へ向かうことにする。ちょうど階段の半分位まで降りた時だ。こちらに気がついた男性の使用人が焦ったように駆け寄ってくる。

「奥様、申し訳ありません。すぐお部屋にお戻りください」

 そんなことを言われたのは初めてだ。何かあったのだろうか。怪訝に思ったが仕方ない。部屋に戻ろうと思ったその瞬間、理由がわかった。


 私は動くこともできず立ち尽くしてしまった。階下に元婚約者が、殿下が現れたのだ。

 殿下も私と出くわすとは予想していなかったのだろう、一瞬驚いたような顔を見せたが、すぐに口をへの字に結んだ。私は慌てて階段を降り、頭を下げる。


「久しぶりだな、ブランシェ」

 不機嫌そうな声音だ。私は顔を上げず言葉を返す。

「殿下もお変わりないようで……」

 どうしてこんなところに来たのだろうか。まさか旦那様が私をいらなくなってしまったのか。急に不安がこみ上げてくる。

「おまえがここで大人しくしているか確認しに来てやったのだ」

 こちらの心を読んだかのようにそう告げられる。


「どうしたのー?」

 その時能天気そうな女性の声が近づいてきた。誰だろう。

「ああ、ドルチェか。さっさとこんな田舎から帰るぞ。何もありゃしない」

 その女性は王宮の舞踏会、私が婚約破棄を告げられたあの日殿下の隣りにいた人だった。

「あらぁ?」

 私がいることに気がついたのか気まずそうな様子で、それでも殿下にしなだれるように寄り添う。もう婚約者ではない相手なのに、唇を噛み締めてしまう。でも決してあの女性に嫉妬しているからではない。ここを何もない田舎だと決めてかかる殿下に苛立ったからだ。


 女性の後ろから旦那様がおろおろした様子で早足でやって来る。そして私のことを心配そうに気にかけ、隣に立ってくれた。そんな旦那様が私は好きだ。優しくて、少し不器用な彼が好きなのだ。


「……私は」

 突然口を開いた私に殿下が眉を上げる。

「あ?」

「私は旦那様が好きです!」

「へ?」

「私は旦那様とここにいられて幸せです、王都にいた時よりずっと……」

 勢いよく告げてしまった後、顔を青くする。なんてことを口走ってしまったのか。

「も、申し訳ございません」

 頭を下げるが許してもらえるだろうか。暫く沈黙が続き、身を縮ませる。

「に……二度と王都に来るんじゃないぞ!」

 凍った空気を切り裂くように殿下が言い放った。私は頭を低く下げたままやり過ごした。やがて二人分の足音が遠ざかり、聞こえなくなった。


 頭を上げようとしたが、ふらりと立ちくらみを起こしてしまう。旦那様が慌てた様子で抱き止めてくれた。

「ブランシェ、すまない。あなたが困っていたのに何も言えなかった」

「いえ旦那様が傍にいてくださり心強かったです」

 そう言うと旦那様が頬を赤く染めた。

「その……さっきあなたが言ってくれたことだが」

 殿下に言った言葉を思い出し、私の顔も赤く染まっていく。


 何か言おうと思うのに旦那様に面と向かって言うことはできず、二人で顔を見合わせたままモジモジしてしまう。

 そんな様子をいつから見ていたのだろう、使用人がコホンと咳払いをした。

「旦那様、奥様、お食事の準備が整っております」

 その言葉に私達は慌てて、食堂へ向かったのだった。

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