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もう一度中庭へ

 侍女が戻って来てくれてから段々と食事をとれるようになった。完食すると褒めてくれるので、小さな子どもになったようで気恥ずかしいが、少し嬉しい。食べ物を美味しく感じられるのが嬉しい。

 それから暫くは部屋から出るのが怖くて部屋の中で生活を続けた。侍女が町で勧めてくれた刺繍をしたり、市井で流行っている恋愛小説を貸してくれたりと少しずつ楽しみなことが増えていった。

 やがて部屋の外にも出られ、今では以前と同じよう食堂で食事を取ることもできる。一緒に食事はとれないが、彼女が傍にいてくれるだけで心強い。本当は彼女と共に食事をしたいのだが、さすがにそれは許されないだろう。

 ただ、未だに中庭には出られないでいる。あの男が庭にいるかもしれないからだ。


 ある日の昼食後、侍女が声をかけてくれた。

「奥様、お天気も良いですし中庭に行きましょう」

「でも……」

「大丈夫、大丈夫ですから」

 彼女に優しく背を押されるまま中庭へ出る。やはりこの庭はいつ見ても可憐な花々が咲いている。誘われるままにベンチのあるところまで行けば、そこにあの男の姿はなかった。

代わりにテーブルと椅子が出ている。椅子に腰掛けるよう促され、ワクワクした気持ちが広がっていく。


「食後のお茶をどうぞ」

 侍女が焼き菓子をのった小皿を持ってきてくれた。さらに温かい紅茶も淹れてくれる。久々の外の空気が心地よい。

 優しい甘さの焼き菓子を口に含み、思わず笑みがこぼれる。その瞬間、視線を感じた。

 慌てて菓子を飲み込み、振り返る。するとあの男が屋敷の2階からこちらを見ていた。しかし私が気づいたとわかったのかさっと窓から離れていった。楽しい気持ちが萎んでいく。私の様子に気がついた侍女が心配そうに気遣ってくれた。

「どうされましたか?」

「旦那様だわ。私を見張っているのよ」

 ため息をつく。

「旦那様は奥様のことを心配されているのですよ」

「まさか。私がいると迷惑なのよ」

「そんなことありません。あの方は、旦那様は家に来て、もう一度来てほしいと頭を下げられたのですよ」

 そんな馬鹿な。使用人に頭を下げるなんて、あの男がする筈はない。

「奥様の元気がなくなり、自分では何もできない、と」

「そんな……」

「私では奥様にご迷惑をかけてしまうからと初めは断るつもりだったのです」

「あなたのせいではないわ」

「でも旦那様に何度も何度も頼みこまれたのです。それに奥様のことが心配だったので」

「ありがとう、また来てくれて」

「私もまた奥様にお仕えできて嬉しいです」

 目を潤ませながら侍女が話したことが嘘だとは思えない。でもやはり彼女の言ったことは信じられない。あの男が私を心配していたなんて信じられない。それでも彼女がまたここに来てくれたのは嬉しい。

 私は紅茶の残りを飲み干すと空を見上げた、こんな日がいつまでも続けばいいと思いながら。


 その日からまた昼食後中庭に行くようになった。毎日ではないけれど、外の日差しを浴びたい時に出てみるのだ。美味しいご飯のおかげか最近少し肉がついてきた気がする。運動も兼ねて散歩するのも楽しみの一つだ。


 相変わらずあの男と直接顔を合わせることはない。けれども時々視線を感じる。そんな時彼は何か言いたげな、物悲しげな表情を見せる。だから話しかけようかと近づこうとすると、さっと逃げるように離れていく。わけがわからない。

 でも私はあの男がいなくても侍女がいてくれればいいのだ。たとえ屋敷から出られなかったとしても。



 ある日の午後私は図書室で本を探し出した。気になっていた古典の小説だ。天気の良い日なので外で読書を楽しもうと思ったのだ。探し出した本を手に、中庭へ出た。

 お気に入りのベンチの前まで行くと先客がいる。あの男だ。

 いつも私がいる時はいないのに、今日に限ってなぜいるのだろう。でも彼はベンチに腰掛けたままスゥスゥと寝息を立てている。

 彼の足元に何か布が落ちている。あれは膝掛けだろう。私は手に取ると、軽く汚れを払い、彼の膝にかけ直してやった。一応は夫なのだ。それにしても寝顔だけは穏やかだ。

 ふと近くをもう一度見れば、少し離れたところにもう一つベンチが置かれていた。真新しいものだ。

 一瞬悩んだが、私はそこで読書を楽しむことにした。どうせ彼は寝ているのだ。構わないだろう。日差しを浴びながら、本を開く。暖かな日差しは気持ち良い。私は小さく欠伸をしながらも文字を目で追いかけた。


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