第2話 検査~入院
救急車に乗ったのは以前に母が救急搬送されて以来2回目だったが、当事者として搬送されるのは初めてのことだった。最も近い総合病院が空いておらず、わたしは救急車で20分ほどの距離にある別の病院へと搬送された。救急車の中では名前、生年月日、今日の日付などを聞かれ、腕を伸ばしてみせるなど初期のチェックと思しき確認があった。意識は混濁していなかったので正確には答えられていたが、とにかく舌が回らない。揺れる車内で、わたしはもどかしさを感じていた。ダンナは、わたしのことを厳しい表情で見つめたまま押し黙っていた。
病院へ到着すると、わたしはすぐに救急救命室へと運ばれた。血圧などを測り、その後しばらくその場で休んでいたが、女性の看護師がやってくるといきなり手の甲に針を刺された。
「ひっ」
突然のことに驚いたが、そこから間もなくわたしを乗せたストレッチャーは院内を巡り始めた。最初にCTスキャンを撮影したまでは良かった。しかし、そのあとすぐに看護師が言い放った一言にわたしは絶望した。
「じゃあ、この後MRIだから」
まさかCTスキャンをしてなおMRIに行かされるとは!その時のわたしはさぞ暗い表情だったに違いない。落胆したわたしに構う暇などなく、ストレッチャーはMRI検査室へと入ってゆく。MRIはこれで2度目だ。2度目だからこそイヤなのだ。激しい音響の響く機械に、上半身を固定されたまま投じられる。趣味の悪いクラブミュージックのような大きく規則的な音が止まると、脳を貫くようなレーザーのごとき音が響く。
ビーーーー! ガッガッガッガッ! ドドドドッ!
実際に出ているわけではないが、そのレーザーで身体を輪切りにされるのではないかという恐怖がわたしを襲う。検査は30分ぐらいは続いただろうか。絶え間ない大音響にさすがに気が狂いそうになる。手元にはもしもの時にと緊急停止用のボタンを握らされていたが、それを押す前にわたしは唯一自由になる両足をバタバタをさせた。
「大丈夫ですか? あと10分程度ですが、我慢できますか?」
機械のすぐ傍から、放射線技師の男性の声が聞こえる。
「だ、大丈夫です、10分なら……」
なんとかそう答えたが、本当は今すぐにでも拘束を取り払って外へ出たい。前回はヘッドホンになおかつクラシック音楽を流してもらっていたので多少は気が紛れていたが、今回は耳栓だけだったのも恐怖に拍車をかけたのだろう。MRIから出てきたわたしは、自分でも分かるほどに呆然としていた。この30分間の恐怖だけでも、今後の健康にとにかく気を付けようと決意させるには十分だった。とにかく、二度とやりたくない。
救急救命室に戻ると、若い女医さんがMRIの画像を見ながらダンナとわたしに説明を始める。眼鏡を外していたわたしにはその画像はほぼ見えないが、症状と検査の内容から、ほぼ予想した通りの答えが返ってきた。だが、
「軽度の脳梗塞ですね――っていうか、安生さん」
「はい?」
「過去にやっていますか、脳梗塞?跡があるんですよね」
その言葉に、わたしもダンナも絶句した。過去にも脳梗塞を発症した形跡があるというのだ。わたしが罹ったのはラクナ梗塞といい、脳の中の細い血管が詰まることで片麻痺の症状が出るというものだ。右脳の真ん中やや後ろに、白い箇所が見える。これが血管の詰まった場所だという。まさか、過去にも発症していたとは? と不思議に思う反面、確かに過去にもしばらく脱力感の続いたことがある。それに、舌が腫れてうまく喋れないと言っていたのも、もしかしたらそれはアレルギーではなかったのかもしれない?――
話を聞くたびに、わたしはゾッとする思いだった。それ以上に、多少予測はしたとはいえ、実際に「脳梗塞」だという現実を突きつけられ、わたしは心の中でつぶやいた。
(――ダメだ、終わった)
わたしの入院手続きを終え、ダンナは沈んだ表情のままタクシーで帰宅していった。4人部屋に入院したわたしはようやくベッドに横たわると、絶望感ばかりが頭をよぎった。幸い、全身に及ぶ麻痺ではないものの、肝心の言葉と指先が不自由な状態で本当に仕事に復帰できるのか。そもそも、入院期間がどこまで及ぶのか。しかも、付き添いもいない深夜の病棟だ。不安ばかりが募る上、他の患者さんの様子が気になって仕方がない。
初日の夜は、ほぼ眠れぬままに過ぎていった。




