第1話 発症~搬送
題名の通りだが、つい先日、わたしは脳梗塞を発症して1週間ほど入院した。
幸い、症状としては比較的軽い範囲のものですでに仕事にも復帰しているが、あまりに突然の発症ですぐに気付けなかったということもあり、参考までにわたし自身の症状と経過についてお伝えできればとおもい、このような形で記すことにした。
わたしは専業の小説家ではないので、普段は都内のとある会社に勤めている。特に、この3月下旬は期末&新年度進行が重なりいつもよりも業務負荷が高かったように思う。
3連休を控えた前日の夜。この週は日常業務以外の打ち合わせなども多く、退勤時間を迎える頃には傍目から見てもかなりヘトヘトになっていたはずだ。連休明けには職場のレイアウト替えで、席が移動する。荷物をそそくさとまとめて、わたしはさっさと職場を出た。
今にして思えば、この日退勤してから、翌日の朝――いや、目覚めるまでの記憶がない。特筆すべき内容がなかったのか、それとも。今になっては知る由もない。
帰宅するとすぐに夕食を済ませて、その日は比較的すぐに眠りについたはずだった。
ダンナとは勤務の時間も曜日もバラバラだ。わたしは土曜の朝は比較的ゆっくり寝ているので、目が覚めた時には出かけていることが多い。8時過ぎにうっすらと目を覚ました後、10時ぐらいまで再び寝た後に起きたはずだ。
違和感は、すでにこの時にあった。
上体を起こした時に、低血糖でのめまいによく似たふらふらとした感覚と、全体的な脱力感。普段から低血糖を起こしやすいので、ある意味慣れっこのようにもなっていて、一瞬思案したあとわたしは再び横になった。
ただ、わたしはこの時点で大事なことに気付かずにいた――いや、感じてはいたが、それをスルーしていたというのが正しいだろう。脱力感は左手だけに起きていた。その時のわたしは、それが予兆だということをキャッチできていなかった。
次に目が覚めたのは昼過ぎで、やはり違和感が残ったままだったが、それでも空腹のせいだと思い込み昼食を摂ってまた眠りについた。夕方になるとダンナが帰ってきて、わたしは目を覚ました。「おかえり」とかけた声が、明らかに呂律が回っていない。わたしはダンナに聞いた。
「ねえ、わたし話し方おかしくない?」
実際には、こんなに明瞭に発音できていない。意識は明確なのに、呂律が全く回っていない。舌が腫れているような動かしにくさがあり、ダンナは少し首をかしげた。
「アレルギーかね…」
わたしはナス科の野菜――ナス、トマト、ジャガイモにアレルギーがあり、以前生トマトを食べた後に唇と舌が腫れあがったことがあった。確かに、その時にも見られたように喋りづらく口が上手く動かない。ただ、向こう1日以内にそれらを食べた記憶がない。
わたしは首をひねりつつ、冷蔵庫の中の有りもので夕食を支度した。やはり、左手は力が入りづらく、手に持った皿を落としそうになり右手でなんとか支えてテーブルへと持って行った。
夕食を食べ終えても症状は変わらなかった。さすがにダンナもそれを怪しんだのか、わたしに聞いた。
「それ、本当にアレルギーだけか? 他に何か症状ないか?」
ダンナにはまだ伝えていなかった脱力感のことを伝えると、サッとダンナの顔色が変わった。彼はわたしに確かめるように聞いた。
「あるのは喋りにくいのと、脱力感? 他には?」
それ以外の自覚症状として、倦怠感と発熱のような症状があった。それを言うと、ダンナはすぐに救急車を呼ぼうと主張したが、わたしは躊躇した。実際に熱は37度を超えていて、懸念としてまさか、新型コロナウイルスに罹患したのでは?――と考えた。むしろ、発熱がある中で救急車を呼んでしまっては迷惑にならないか(安静にしなければいけないのでは)、と尻込みした。それを聞いたダンナは半ば呆れ気味にわたしを叱った。
「言ってる場合か! 大きな病気だったらどうすんだ?」
それを聞いてもなお、わたしは救急車を呼ぶという判断はできずにいた。すると、ダンナは119ではない別の電話へ連絡を入れ、会話を始めた。救急安心ダイヤル(#7119)。まさしく、この時のわたしのように救急車の利用を迷うケースの時に判断を仰ぐための窓口だ。しばらくダンナはやり取りを続けると、電話を終えてわたしに言う。
「すぐに病院に行け、って。これから救急車来るから、支度して」
「えっ!? だって化粧もしてないし、荷物すぐに支度するなんて」
「だから言ってる場合かよ! (替えの必要なものは)後から持ってくから、とりあえず今日明日手元に必要なモノ持って、ほら行くぞ!」
ダンナに促されるまま手元のバッグに雑に荷物を詰めて外へ出ると、外にはすでに救急車がやってきていた。しかも、わたしが普通に歩いていることに救急隊の人は驚いたようだったが、ともあれストレッチャーに乗ると救急車はサイレンを響かせて動き出した。




