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第3話 リハビリ~退院、その後

 翌朝から、検査と治療、そしてリハビリの日々が始まった。




 ラクナ梗塞は手術などではなく、点滴と錠剤による投薬治療だ。朝夕2回の輸液と、朝夕の2回の投薬を続けていく。心電図の機械を首から提げ、手には点滴が刺さったままの生活はやはり不自由だ。入浴はしばらく許可されなかった。ふらついて倒れたりすることがあると危険、という説明だったが、意識もはっきりしていて、歩行には支障がほぼない。なぜそこまで?と思っていたが、答えは病室にあった。わたし以外の患者さんは麻痺の程度も重く、排泄のコントロールのできない方もいた。歩行もままならず、発語もよく耳を凝らさなければ聞き取れない方もいる。


 どれだけその時の体調がよかったとはいえ、片麻痺の出ているわたしは「重症患者」だったのだ。


 それは、楽観視しようとしていたわたしの期待を叩き潰す現実だった。とはいえ、悲観にくれてもいられない。とにかく、日常に一日も早く戻ることがわたしの目標になった。




 翌日からリハビリ室へ通ってのトレーニングが始まった。理学療法士の方に連れられて行ったリハビリ室はほぼ70代以上と思しき高齢の方ばかりで、わたしの歳に一番近そうな方でも50代ぐらいだろう。そこでまた、主治医の言葉がよぎる。


(普通、あなたぐらいの歳ではならない病気です)


 決して若いといえる年齢でもないが(もう少しすると30代後半)、それでもわたしの年代ではやはり珍しいのだろう。とはいえ、友人・知人でもほぼわたしと同じぐらいの歳で脳梗塞になる方もいないわけではない。わたしの身の回りだけでも3~4人は発症しているのだから、珍しいと楽観できる病気ではない。


 わたしは小さくため息をついて、歩行のトレーニングへ向かった。歩行にはほぼ問題ないことから、理学療法士さんとのリハビリは3日で終わったが問題は作業療法士さんのパートだ。とにかく、左手の指が動かない。わかりやすくお伝えするなら、左手の動かし方が一気にレベル1に戻ったような感覚――小さいナットのような金具を持つと、指が硬直してその金具を離せない。棒に挟まった30個ほどの洗濯ばさみを別の棒に移し替えようとするが、今まで使っていた筋肉が動かせなくなっているので別の筋肉、別の箇所で動かそうとする。だから、少しの作業でも筋肉痛や関節痛がひどい。1時間ほどのリハビリを終え、ベッドへ戻るとわたしはぐったりとして倒れ込んだ。そもそも、脳にダメージを負う病気だ。失った機能を補うためのトレーニングは、脳を酷使するのか頭痛がひどく、ロキソプロフェンをもらいながら氷枕で寝る日が続いた。


 1週間ほどの入院生活は、食事もおいしくシャワーも解禁されてからは比較的快適な環境だったが、同部屋の患者さんとの共存はストレスが溜まるものだった。極度のかまってちゃんなのか、10分に1回ぐらいナースコールを使っては細かな用事を頼む方(もっとも、その方は症状の重い方だったので致し方ないのだが)や、「たのんだ薬がない」、「自分用の献立を持ってこい」といわゆるクレーマー気質の方、ベッドで大声で電話をするわ、テレビを大音量で流すわと自由な方などなど… わたしも入院している身だからとできるだけ我慢していたが、1週間ほどの入院生活の中でMRIにつぐストレスを味わったのがこの共存生活だった。




 1週間ほどの入院生活を経てわたしは無事退院することができ、翌週から仕事に出勤できるようにはなったが、退院後すぐに日常生活が取り戻せたわけでもなく、退院後さらに1週間がすぎた現在でも顔と指先の麻痺は続いている。この終末に集中してタイピングの訓練を行ってある程度は改善したものの、以前のようにスムーズに文字を打つまでには戻っていない。こればかりは、地道にやっていくしかないのだろう。また、顔の左半分に力をこめることがどうしても難しい。もともと早口といわれているわたしは、意識しないと明瞭に発音できない状態だ。


 入退院を巡っては、家族とも色々とぶつかることもあった。ダンナも、少なからず麻痺の残ったわたしにショックをうけたらしい。それは致し方ないこととはいえ、当事者としてはモヤモヤとした気持ちもどうしても残ってしまうものだ。また、心配からとはいえ母の独善的な行動にウンザリしてしまい、母を強く叱ってしまったこともある。私事ゆえに詳述は避けたいが、健康を損なうことが思わぬ事態も招くのだという厳しい教訓にもなった。


 脳梗塞という病気はいわゆる風邪のように身近ではないが、とはいえ日本人の比較的代表的な死因として数えられる。そして、中高年だけが罹る病気でもない。よく、食生活のほかにストレスを溜めないことが重要だと言われ、「ストレスを溜めないことが予防となんの関係が?」と不思議に思っていたが、ストレスのはけ口に暴食、痛飲、喫煙の増加を求めることを考えれば、確かにストレスを避けることも予防となるのだろう。わたし自身の生活を振り返ると、仕事を含めてやはりストレスの多い生活だったのだろうと思う。それに、ストレスのはけ口もやはり「暴食、痛飲、喫煙」だった。こうして執筆をライフワークとする人間にとって、脳梗塞とは心身の自由を奪う恐ろしい病気だと改めて気付かされた。それに、新型コロナウイルスの流行は、基礎疾患を持つ身となったわたしにも脅威だ。いまこのタイミングで身を患ったことの意味をよく考えて、これからを生きていきたいと思う。

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