第60話:悪役令嬢、本日も全力で職権乱用(お昼寝)中! 〜自堕落万歳〜
――サワサワサワ、と初夏の薫風が、白樺と菩提樹の梢を涼やかに揺らしていた。
どこまでも抜けるように澄み渡ったコバルトブルーの空。
遮るもののない天蓋からは、柔らかく暖かな黄金色の陽光が惜しげもなく降り注ぎ、新設された【終身名誉守護聖女専用離宮】の広大なテラスを、まるで楽園の舞台のように輝かせていた。
テラスの眼下に広がるのは、王宮の庭園技師たちが総力を挙げて造り上げた、息を呑むほどに美しいイングリッシュガーデン。
白大理石の噴水からは、マイナスイオンをたっぷりと含んだ清らかな湧水が涼しげな水音を奏で、色とりどりの薔薇やラベンダーが咲き誇る花壇からは、鼻腔をくすぐる甘く爽やかな芳香が絶え間なく風に乗って運ばれてくる。
街の喧騒はない。
馬車の車輪の軋みもない。
聞こえてくるのは、葉擦れの音と、遠くでかすかに響く水音、そして木漏れ日の中で羽を休める小鳥たちの、囁くような愛らしい囀りだけ。
そして――その地上の楽園の中心。
テラスの特等席に鎮座する、人間工学と魔導工学の極限の結晶たる【至高のリクライニングシート】の上で、私は――。
山のように積まれたシルクのクッションに全身を預け、薄手のカシミア毛布を胸元まで引き上げながら、心底からの、深くて長い満足のため息を吐き出していた。
「……はあぁぁぁぁぁぁぁぁ。極楽。これぞ正真正銘、完全無欠の天国だわ……」
思わず口から漏れ出た言葉に、嘘偽りは一ミリたりとも混ざっていなかった。
身につけているのは、締め付けなどという前時代的な概念を完全に排除した、極上の肌触りを誇る純白のシルクスリープガウン。
シートの上に敷き詰められているのは、帝室御用達の織物職人が織り上げた極冷接触冷感シルクのマット。肌に触れるたびに、ひんやりとした清涼感が全身の熱を優しく奪い去っていく。
背中を支えるのは、天才魔導具師ヒューゴが開発した反重力ジェルクッション。体重が完全に分散され、腰にも肩にも一切の重圧がかからない。まるで、温かな空気のクッションの上にプカプカと浮かんでいるかのような錯覚すら覚えるほどだ。
私のサイドテーブルの上には、純銀のスタンドに盛り付けられた、宝石のように艶やかなスイーツの山脈が並んでいた。
一口サイズにカットされた冷たい完熟メロン。
黄金色に透き通る蜂蜜をたらりと垂らした、焼きたてのスコーン。
表面をパリッとキャラメリゼした濃厚なクレームブリュレ。
そして、薄口のクリスタルグラスに注がれた、地下氷室でキンキンに冷やされた野生の木苺の天然炭酸水が、涼しげな水滴を纏ってスタンバイしている。
私はフォークを手に取ることすら面倒くさがり、クロエが差し出してくれる銀のスプーンから、冷たいメロンの果肉をパクリと口に運んだ。
ジュワリ、と溢れ出る甘い果汁。
噛む必要すらない。舌の上で芳醇な甘みが蕩け、喉の奥へと滑り落ちていく。
「……んん〜〜っ、甘い! 美味しい! 初夏の味覚最高ね!」
「ふふっ、お口に合いましたようで何よりでございます、お姉様!」
満面の笑みを浮かべ、甲斐甲斐しくナプキンで私の口元をチョンチョンと拭ってくれたのは、男爵令嬢クロエ・ランカスターだった。
原作乙女ゲーム本来の「健気な平民系ヒロイン」枠でありながら、今や王太子そっちのけで私の専属筆頭お世話係として二十四時間体制で張り付いている少女。
彼女は私の横にちょこんと膝をつき、まるで神仏の御神体に仕える巫女のように、熱烈な崇拝の光をその琥珀色の瞳に宿していた。
「こちらのメロンは、大商人カシアン様が南方の直轄農園から『聖女様の喉を潤すため』と、最新の魔導冷凍快速船を飛ばして今朝届けてくださったばかりの極上品にございます!
カシアン様からは『お気に召しましたら、南方の島を丸ごと一つ買い取り、お姉様専用の果樹園として整備いたします』との伝言も預かっておりますわ!」
「島を買い取るって何よ、相変わらずスケールがおかしいわね……まあ、美味しいから許すけれど」
私はふかふかのクッションに首を埋め、青空を見上げた。
南の島。
そう、かつて私が何としてでも逃げ込もうと必死になっていた、あの約束の地。
今や、自分から逃亡するまでもなく、向こうから島ごと私の胃袋のために献上されようとしているのだから、運命の皮肉とは恐ろしいものである。
***
「……ふう」
私は冷たい炭酸水を一口含み、喉を鳴らした。
そして、胸元に手を当て、自らの前世の記憶にそっと意識を向けた。
――前世の私。
それは、日本の片隅にある中小IT企業で、毎日終電まで残業に追われていた、しがない限界社畜OLだった。
毎朝六時に鳴り響くスマホの不快なアラーム音で心臓を跳ね上がらせ、死んだ魚のような目で満員電車に押し込まれ、理不尽な仕様変更を繰り返すクライアントと、責任を部下に押し付ける無能な上司の間で胃をキリキリと痛めつけていた日々。
昼食はコンビニのパサついたおにぎりをデスクの引き出しに隠しながら五分で胃に流し込み、徹夜のデスマーチの夜はカフェイン過多の栄養ドリンクで無理やり脳のブレーカーを上げてキーボードを叩き続けた。
休日は泥のように眠るだけで終わり、月曜日の朝が来るたびに「消えてしまいたい」と天井を見上げて涙を流していた、あの惨めな日々。
そして最後は――繁忙期の金曜日の深夜、オフィスの床に倒れ込み、二十代の若さで過労死という名の理不尽な幕切れを迎えたのだ。
あの時、薄れゆく意識の中で、私が神に祈った唯一の願い。
『もし……もし次の人生があるのなら……絶対に働きたくない……。一生遊んで寝て暮らせる、有給休暇が無限に続く人生がいい……!』
その悲痛な叫びを胸に、グランヴェル公爵家の令嬢として転生したあの日。
私は「二度目の人生は絶対に働かない!」と鋼の誓いを立てた。
そして、過労死確定の超絶激務ポジションである「王妃」の座から逃れるため、悪役令嬢として嫌われ、婚約破棄され、国外追放されて南の島でニート生活を送るという完璧な脱出計画をスタートさせたはずだった。
――なのに。
結果はどうだ?
(……振り返ってみれば、本当に何一つ思い通りにいかなかったわね……)
私はクスクスと、自嘲混じりの笑いを漏らした。
第1話から第3話:夜会をドタキャンして自室で肉を焼いてワインを飲んでいたら、暗殺テロを未然に防いだと勘違いされて王太子の好感度が爆発。
第4話から第6話:悪評を稼ごうと小麦と砂糖を買い占めたら、隣国の経済テロを潰して王都の食糧危機を救い、「慈愛の聖女」と拝まれる。
第7話から第9話:説教がうるさいからと倉の漬物石(国宝ミスリル)を投げつけたら、軍の装備難を救った「軍神の啓示」と騎士団長が忠誠を誓う。
第13話から第15話:昼寝の紫外線と蚊を遮断するために古代結界を張ったら、王都地下の千年の瘴気を浄化して神官長が狂信者化。
第16話から第18話:ドレスの泥跳ねにブチギレてスラムの泥道を石畳で舗装させたら、裏社会のアジトを完全封鎖して闇商人が配下に下る。
第25話から第30話:サボるためにヒューゴに怠惰グッズを作らせたら産業革命が起き、クロエにケーキを押し付けたら狂犬親衛隊第1号が爆誕。
第31話から第36話:昼寝を邪魔した魔獣をデコピンで消滅させて学園トップの座に就き、適当なメモ一枚で学園祭のテロリストを壊滅させて名誉生徒会長に就任。
第37話から第48話:使節団の前であくびをしてハエの話をしたら帝国軍が怯えて撤退し、避暑先で庭の水を撒いたら五千の鉄騎兵が泥まみれで無条件降伏して『軍神聖女』の二大称号を授与。
そして第49話から第57話:卒業パーティーで「私はこれほどまでに身勝手な大悪党です!」と渾身のセルフ自首をぶちかました結果――王太子、騎士団長、神官長、職人、ヒロイン、大商人が全員揃って「聖女様の自己犠牲だ!」と涙ながらに完全論破。国王陛下が土下座して【終身名誉守護聖女】の称号と【国家予算の一割の永久非課税年金】を押し付けてくるという、前代未聞のウルトラ大出世劇!
(……全部よ。最初から最後まで、私の悪行アピールは、ただの一ミリも通用しなかったわ)
私がサボろうとするたびに。
私が贅沢を貪ろうとするたびに。
私が我が儘を爆発させるたびに。
周囲の人間たちは、その天才的な頭脳と重すぎる愛によって、私の行動を「深謀遠慮の救国策」へと勝手に脳内変換し、勝手に国を救い、勝手に私を神格化していったのだ。
当初の目的だった「国外追放」は、完全に木っ端微塵へと消滅した。
「婚約破棄」も、影も形もなく消え去った。
――だが。
「……冷静に考えてみたら、これで百点満点……いや、一億点満点じゃないの?」
私は青空を見上げ、満足げに目を細めた。
そう、前回のあの気づき。
南の島へ追放されていたら、私は年中蒸し暑い熱帯気候の中で、毒虫やスコールに怯えながら、ついてきた十万人の平民たちと一緒に開拓作業で二度目の過労死を迎えていたのだ。
それに比べて、今の生活はどうだ。
贅沢品は頼まなくても世界中から山のように届く。
面倒な人間関係は、周囲の男たちが勝手に排除してくれる。
小難しい国家の政務や書類仕事は、全部レオポルトが嬉々として引き受けてくれる。
お金は毎年、国家予算の十パーセントが永久非課税で無条件に湧き出てくる。
そして何より――周囲の人間全員が、「エレオノーラ様が何もしないことこそが、世界平和への最大の貢献である」と、本気で信じ切っているのだ。
労働義務、完全ゼロ。
収入、事実上の無限大。
社会的地位、国家最高権力。
生活環境、最高峰の魔導テクノロジーと専属介護チーム付き。
(……前世で夢見ていた『不労所得ニート生活』の、これが完全なる究極形態よ……!)
私の選択に、もはや一片の迷いも後悔もなかった。
追放なんてされなくてよかったのだ。
悪役令嬢として嫌われる必要なんてなかったのだ。
世界で一番勘違いされ、世界で一番愛されながら、ただひたすらにダラダラと昼寝を貪り続けることこそが、私の勝ち取った正真正銘のハッピーエンドなのだから!
***
「お姉様、お茶の準備が整いましたわ!」
クロエの弾んだ声に、私は視線を戻した。
テラスの入り口から、何やら騒がしい足音が近づいてくるのが聞こえる。
現れたのは――もはやこの離宮におけるお馴染みの、国家最高首脳陣による「過保護介護オールスターズ」だった。
「エレオノーラ!」
息を切らし、仕立ての良い上着を脱ぎ捨てて真っ先に駆け込んできたのは、王太子レオポルトだった。
その手には、湯気を立てる純銀のティーポットと、眩い白磁のティーカップ。
彼の胸元には、今日も朝から王宮で片付けてきたという、数十件の決裁済みの書類の束が誇らしげに抱えられていた。
「今日の分の国務は、すべて完了させてきたぞ! 貴族院の陳情も、帝国の通商条約の更新も、すべて俺が決裁印を押してきた!
君の安眠を邪魔する公務など、この世に一片たりとも残させはしない!
さあ、君のために王室秘蔵の茶葉から抽出した、至高のダージリン・セカンドフラッシュだ! 俺が淹れたての最高の一杯を味わってくれ!」
「はいはい、ご苦労様レオポルト。そこに置いてちょうだい」
私がベッドの上から適当に手を振ると、レオポルトは「ああ、なんて尊い塩対応……! 今日も君の瞳に映れただけで、俺の命は燃え盛るぞ!」と感涙に咽び泣きながら、恭しくカップをサイドテーブルへ置いた。
そこへ、ズズズズズ……と地響きを立てて割り込んできたのは、油まみれのヒューゴだった。
彼が押し出してきたのは、テラスのパラソルの支柱に組み込まれた、最新鋭の小型魔導具だった。
「おいおい殿下、お茶の前にテラスの空調チェックだ!
エレオノーラ様! あんたが寝そべっているシートの周囲だけ、木漏れ日の角度と風速を秒速0.5メートルに完全固定する【局所薫風維持ジェネレーター】を設置したぜ!
紫外線は百パーセントカット! 空気中の花粉と埃は分子レベルで分解! あんたはただ、そよ風の中で心地よく微睡むだけでいいんだァッ!!」
「ナイスよヒューゴ。あんたのサボり工学は本当に実用的で助かるわ」
「へへっ! あんたの提唱した『至高の怠惰理論』を極めることこそが、俺の職人魂のすべてだからなッ!!」
ヒューゴが胸をドンと叩いて笑う。
さらに、テラスの手すりの向こう――庭園の外周からは、ガチャリと甲冑の擦れ合う重厚な音が響いてきた。
見下ろせば、近衛騎士団長マティアスが、大剣を腰に佩き、威風堂々たる仁王立ちで空を睨みつけていた。
「第一、第二連隊、警戒を怠るなッ! 上空の野鳥の囀り周波数を監視! 聖女様のシエスタの深度を乱す騒音は、音響結界をもって即座に南の森へ迂回させろ!
敷地の外周五キロメートル圏内、蟻一匹の不審者の侵入も許すなッ!!」
「「「はっ!!」」」
千二百名の近衛兵たちが一斉に敬礼を捧げ、真顔で「野鳥と風の音の規制任務」を遂行している。相変わらずの筋肉解決である。
そして、テラスの片隅。
純白の神聖法衣を翻し、黄金の香炉を優雅に揺らしながら、静かに目を閉じて祈りを捧げていたのは、筆頭神官シルヴァンだった。
「主なる神よ、現世の至宝たるエレオノーラ様に、永久の祝福と安らかな眠りを……。
神殿の全結界班により、離宮の全域に『精神安定・超深度安眠結界』を展開中。……聖女様、悪夢も、雑音も、日々の憂いも、すべてこのシルヴァンが神の御名において消滅させてございます。どうか心ゆくまで、至高の微睡みをお楽しみください」
「相変わらず宗教の私物化が凄いわねシルヴァン。まあ、安眠できるなら何でもいいけれど」
私が肩をすくめると、シルヴァンはうっとりとした陶酔の笑みを深め、深々と一礼した。
クロエがお菓子を運び。
ヒューゴが快適空間を創り。
レオポルトがお茶を淹れて公務を引き受け。
マティアスが物理で静寂を守り。
シルヴァンが霊的に安寧を守る。
そして背後では、専属侍女のリディエが完璧なタイミングで冷たいタオルを差し出し、執事クリストフが「本日も聖女様の口座に国家予算の配当金が正常に送金されました」と帳簿を微笑みながら閉じている。
「…………」
完璧だ。
寸分の狂いもない、世界最強の自堕落支援システム。
私はレオポルトが淹れてくれた最高級ダージリンのカップを手に取り、そっと口をつけた。
芳醇なマスカットの香りと、心地よい渋みが口いっぱいに広がる。
温かい液体が食道を通り、反重力クッションに沈む身体の芯へと、じんわりと極上の幸福感を染み渡らせていく。
カップをソーサーに戻し、私はお気に入りのカシミア毛布を、顎の下までふわりと引き上げた。
青空を見上げる。
太陽の光が、木漏れ日となってキラキラと心地よく揺れている。
肌を撫でる風は、完璧な二十二度。
胃袋は最高級のスイーツと極上のお茶で満たされ、全身の筋肉はこれ以上ないほどに脱力し、心地よい睡魔の津波が、ゆっくりと、しかし確実に意識の岸辺を呑み込もうとしていた。
「……ふふ」
私は目を細め、小さく、満足げに息を吐き出した。
「……まあ、働かなくていいなら、これでいっか!」
その一言を最後に。
私は世界で一番幸せな笑みを浮かべながら、ゆっくりと、静かに両目を閉じた。
***
――スゥ……スゥ……。
テラスの静寂の中に、穏やかで、小鳥の呼吸のように愛らしく、透き通った寝息が規則正しく響き始めた。
その瞬間。
テラスにいたレオポルト、クロエ、ヒューゴ、シルヴァン、そして庭園で見守っていたマティアスが――。
まるで神聖な儀式のクライマックスを迎えたかのように、一斉に、息を呑んだ。
「「「…………ッッッッ!!!!」」」
全員が、胸を押さえた。
言葉を失っていた。
目頭を熱くし、震える瞳で、リクライニングシートの上で無防備に寝息を立てる少女の姿を、ただただ見つめていた。
初夏の柔らかな木漏れ日を浴びて、白磁のような肌を桜色に染め、長い睫毛を伏せて微睡むエレオノーラ。
その口元には、この世のすべての苦痛と争いから解き放たれたかのような、どこまでも穏やかで、慈愛に満ちた微笑みが刻まれている。
「……見ろ……」
レオポルトが、震える声で囁いた。
その碧眼から、ポロリと大粒の熱い涙が零れ落ち、テラスの大理石を濡らす。
「見ろ……世界を救ったというのに……。
暗殺を防ぎ、飢饉を退け、千年の呪いを解き放ち、大軍の侵略を無血で鎮め……この国のすべてを一人で背負い続けたというのに……。
己の功績を何一つ誇ることなく……なんと、なんと安らかな寝顔なのだ……」
「ええ……」
クロエが両手を胸の前でギュッと組み、涙をボロボロと流しながら頷いた。
「お姉様は……ただ私たちが幸せに笑っていられることだけを願い、すべての重荷をご自身の心の中に隠して……こうして、穏やかに眠っておられるのですね……」
「へへっ……敵わねえよ、本当に……」
ヒューゴが腕で目元を乱暴に拭い、鼻をすすった。
「あんなにちっぽけな身体で、国ごと世界を背負い込んでやがるんだ……。俺たちが命を削って甘やかすくらいで、ちょうどいいに決まってらあ……」
「主よ……感謝いたします……」
シルヴァンが静かに合掌し、天を仰いで祈りを捧げた。
「現世に降臨せし真の聖女の安寧……。この奇跡の微睡みこそが、我らの信仰のすべて……」
庭園の先で、マティアスが大剣を両手で強く握りしめ、天に向かって無言の敬礼を捧げる。
男たちの、そして少女たちの瞳に宿っていたのは。
未来永劫、決して揺らぐことのない、絶対の誓いの光だった。
「我らが聖女様……」
レオポルトが、音を立てずに膝をつき、エレオノーラの眠るシートの足元へ向けて、魂の底からの言葉を捧げた。
「貴女の安寧は……貴女のこの至高の昼寝の時間は……我々が命に代えても、世界のすべてを敵に回そうとも、永遠に護り抜いてみせます……!」
その誓いに呼応するように。
離宮の敷地の遥か向こう――王都の街並みから、初夏のそよ風に乗って、微かに、温かな調べが届いてきた。
――『ああ、我らの母、麗しの守護聖女よ……』
――『飢えを救い、戦火を鎮め、光をもたらした御手よ……』
――『願わくは、その眠りが永遠に安らかであらんことを……』
王都の広場で、スラムの通りで、パン屋の店先で、畑の真ん中で。
彼女の平穏と健康を祈る数十万の民衆たちが、今日も笑顔で口ずさむ、心からの温かな賛美歌。
その歌声は、神聖な薫風となって離宮のテラスを優しく包み込み、木漏れ日の中ですやすやと寝息を立てる少女の夢を、どこまでも甘やかに彩っていく。
私利私欲と怠惰の限りを尽くし。
美味しいものを食べ、ひたすら二度寝を貪り。
世界で一番愛され、世界で一番勘違いされた我儘悪役令嬢の、至高にして永遠のダラダラ生活は――。
今日も、明日も、そしてこれからも。
最高に平和で、最高に贅沢に、どこまでも幸せに続いていくのである。




