第54話:元ヒロイン・クロエの涙の絶叫「お姉様を悪女と呼ぶ奴は私が許しません!」
――カツカツカツカツカツカツッッッ!!!!
王宮最上階【天上の大広間】に、空気を切り裂くような、凄まじい緊迫感を孕んだハイヒールの足音が響き渡っていた。
全校生徒、高位貴族、王家の要人たち数千人が、ハンカチを目元に押し当てて感涙に咽び泣く大講壇の真下。
そのレッドカーペットを踏みしめ、まるで怒れる獅子のような気迫を全身から噴き上がらせながら、壇上の階段を一気に駆け上がってくる一つの華奢な人影があった。
「…………ッ!?」
大講壇の中央で、右手に拡声魔導具(水晶球)を握りしめ、左手に渾身の自首カンペを持ったまま、魂が口から半分抜け出していた私は――その靴音を聞いた瞬間、バッと弾かれたように顔を上げた。
(あ……足音……!? この、怒りに満ちた猛烈な突進の気配は……ッ!?)
私の胸の中で、消えかけていた灰の中から、ボオオオッと一筋の猛烈な希望の火の粉が舞い上がった。
視線を凝らす。
男たちは全員ダメだった。
王太子レオポルトは「お前はすべてを一人で背負う気高い聖女だ!」と号泣し、
近衛騎士団長マティアスは「横領と呼ぶ奴は叩き斬る!」と抜刀して男泣きし、
筆頭神官シルヴァンは「千年の呪いを解いた神の御業!」と宗教的論破をかまし、
天才魔導具師ヒューゴは「百年先を行く産業革命だ!」と特許論文を叩きつけてきた。
国家の四大権力を握る男たちが、揃いも揃って狂気の妄想フィルターをフル稼働させ、私の渾身の悪行カミングアウトを木っ端微塵に粉砕してしまったのだ。
だが――まだだ。
まだ、最後のピースが残されていた。
男たちが全員、愛の重すぎるポンコツ狂信者へと成り下がったとしても、この世界には、物語の絶対的な理を司る【正義の執行者】が存在するはずなのだ。
(そうよ……! クロエ! 原作乙女ゲーム『王冠のロンド』の正真正銘のヒロイン、男爵令嬢クロエ・ランカスターよ!!)
階段を駆け上がってきたのは、可憐な淡いピンク色の祝賀ドレスを身に纏い、肩を激しく上下させて息を切らす、あの小柄で愛らしい少女だった。
その大きな琥珀色の瞳は、激しい怒りと激情によって燃え盛らんばかりに爛々と見開かれている。
(キタ――ッ!! 本物の救世主のお出ましよ!!)
私は心の中で、スタンディングオベーションを捧げながら快哉を叫んだ。
思い出せ、これまでの歴史を!
私はあの子に出会った初日、貧乏男爵令嬢だと見下すような傲慢な態度で呼び出し、「これでも食らいなさい!」と食べきれなかった王室御用達の高級マカロンや濃厚タルトや山盛りパフェを、胃袋が破裂する勢いで無理やり口に押し込んでやったのだ!
あれは紛れもない、悪役令嬢による陰湿極まりない【嫌がらせ】! カロリーの暴力による【胃もたれ拷問】!
しかも、あの子は本来、レオポルトと結ばれて幸せになるはずの運命の相手なのだ。
その王太子が、目の前で私に狂気的な愛を叫び、巨大な薔薇の花束を抱えて号泣しているのである。ヒロインとして、プライドをズタズタに引き裂かれ、嫉妬と憤怒で腸が煮えくり返っていないはずがない!
(さあクロエ! 私を糾弾しなさい!
『この悪女は私に食べきれないほどのお菓子を無理やり食わせて胃袋を破壊しようとしました!』って!
『殿下の愛を奪い、私を虐げた大悪党です!』って、全校生徒の前で大声で告発なさい!!
ヒロインの涙の告発さえあれば、いくら男たちが狂っていようと、貴族社会の良識が目を覚まし、私への追放令が可決されるはずよ!!)
私は縋るような、期待に満ち満ちた熱い視線をクロエへと送った。
早く! 早くその華奢な人差し指をビシッと私に突きつけて、「この悪女め!」と叫びなさい!
クロエは壇上に駆け上がると、ドレスの裾をバサリと翻し、一直線に私へと向かって突進してきた。
そして――。
(……え?)
私の予想では、彼女は私の正面に立ちはだかり、胸ぐらを掴むか、ビンタを張るか、あるいは指を差すはずだった。
だが、クロエは私の目の前まで到達するや否や――クルリと、鮮やかなステップで反転したのだ。
そして。
私を己の小さな背中の後ろへとすっぽりと隠すように庇い、
大広間にいる数千人の貴族たち、生徒たち、重臣たち、果ては王太子レオポルトや国王陛下に向かって、両手を仁王立ちのように腰へと当てて――。
ドガァァァァァァァァンッッッッ!!!!
大広間の大理石の床を踏み鳴らし、獲物を睨みつける雌獅子のような凄まじい形相で、会場全体を睨みつけたのである!
「……は?」
私の口から、間抜けな声が漏れ出た。
え?
背中を向けてる? 私を……庇ってる……?
その刹那、クロエは私の手元にあった拡声魔導具(水晶球)の柄を、猛烈な力でグイッと自らの口元へと引き寄せた。
そして――少女の細い喉から放たれたとは到底信じられないほどの、大気圏を揺るがすような【狂気の咆哮】を炸裂させたのだ!
「――お姉様を悪女と呼ぶ不届き者はッッ!!
このクロエ・ランカスターが、生涯を賭けて絶対に許しませんッッッッ!!!!」
ピキィィィィィィィンッッッッ!!!!
魔導具を通じて数百倍に増幅されたクロエの金切り声が、大広間のシャンデリアを粉々に割らんばかりに響き渡った。
広間の貴族たちが「ヒッ!?」と悲鳴を上げて仰け反り、最前列の令息たちが耳を押さえて縮こまる。
(……は????? お姉様?????)
私の脳みそが、音を立てて硬直した。
お姉様? 誰のこと? 私?
悪女と呼ぶ奴は許さない? いや、私自身が「私は悪女です」って自首したばかりなんだけど!?
しかし、クロエの瞳からは、すでに大粒の涙がボロボロと、滝のように零れ落ちていた。
その琥珀色の瞳は激しい怒りと、狂信的なまでの崇拝の炎で血走り、彼女の全身は小刻みに、しかし力強く怒髪天を衝いて震えていた。
クロエは全校生徒へ向けて、指先を突きつけながら、喉を引き裂かんばかりに絶叫した!
「貴方たち、恥を知りなさいッ!!
先ほどから聞いていれば……あのお方が、世界で一番気高く、世界で一番お優しいあのお方が、ご自身を『悪女』と蔑まねばならぬほど追い詰めたのは、他でもない貴方たち無能な貴族どもの怠慢でしょうがッ!!」
(えっ、ちょっとクロエ!? 全貴族を敵に回すような暴言を吐かないで!?)
私の静止の念など微塵も届かない。
クロエは胸をかきむしり、壇上の手すりに身を乗り出して、涙を撒き散らしながら演説をぶち上げた!
「お姉様は……お姉様は仰いました! 『食糧を買い占め、贅沢三昧をするためにスイーツを貪った』と!
『クロエに胃もたれするほどの甘味を無理やり押し付けた』と!!
……笑わせるなッ!! 誰があのお方を責め立ててよいものかッ!!」
クロエの胸元が激しく波打つ。
彼女は講壇の階段の下にいる、同じクラスの女生徒たちを涙ながらに睨みつけた。
「知っているでしょう、貴方たち! 我がランカスター男爵家が、どれほど困窮を極めていたかを!
領地の不作が続き、税も納められず、学費を工面するために私は何日も何日も、固くなったパンの耳を水でふやかして飢えをしのいでいた!
制服の裏地は擦り切れ、お腹が鳴るのを必死で手で押さえながら、華やかなサロンの隅で惨めさに震えていた私の姿を、貴方たちは嘲笑っていたはずだわ!!」
生徒たちの一部が、気まずそうに視線を逸らし、俯いた。
クロエの声が、悲痛な慟哭へと変わる。
「その私を……! 誰にも貧しさを打ち明けられず、飢餓と絶望の中で死にかけていた私を……!
ただ一人、見つけてくださったのが、あそこに立たれるエレオノーラお姉様だったのよッ!!」
(いや、ただ単に賞味期限が今日までのケーキを処分したかっただけで――)
「あの日、お姉様は私をサロンへと呼び出された!
そして……テーブルの上に並べられたのは、平民や下級貴族には一生手の届かない、王室御用達の最高級マカロン、濃厚ショコラタルト、山盛りのフルーツパフェ……!
お姉様は言ったわ! 『残さず全部その胃袋に収めなさい! 一口でも残したらタダじゃ置かないわよ!』と!!」
クロエは両手で顔を覆い、しゃくりあげるように号泣した。
広間の貴族たちも、固唾を呑んでその言葉に聞き入っている。
「……気づかないとでも思ったのですか、お姉様……ッ!
もし……もしあのお方が、『可哀想に、お腹が空いているのでしょう』と施しのように恵んでくださっていたら……!
持たざる私の、下級貴族としての最後のちっぽけなプライドは、粉々に打ち砕かれていたはずです!
施しを受け取る恥ずかしさに耐えかねて、私はあの場で舌を噛み切っていたかもしれない……!
だからこそ! あのお方はあえて腕組みをし、冷酷な悪役を演じ、『残したら承知しない』と命令という名の【義務】を与えることで……!
私のプライドを、一片たりとも傷つけることなく! 最高級の滋養と甘味を、私の胃袋へ届けてくださったのだッ!!」
「「「あああああああああっっっ……!!!!」」」
大広間の令嬢たちから、一斉に悲鳴のような嗚咽が漏れた。
ハンカチで顔を覆い、何人もの令嬢が膝から崩れ落ちる。
「なんて……なんて繊細で、気高いお心遣いなのだ……!」
「持たざる者のプライドを守るため、自ら悪役に身をやつされるなんて……!」
「聖母だ……本物の慈愛の聖母様であられる……ッ!」
(ち・が・う!! ただの嫌がらせよ! 胃もたれして苦しむ顔が見たかっただけの八つ当たりよ!!)
私の脳内ツッコミの絶叫は、もはや現実の音波として出力することすら叶わなかった。
なぜなら、クロエの狂気的な演説は、ここからさらに一段と凶悪なギアへと叩き込まれたからだ!
「それだけではないわッ!!」
クロエはガバッと顔を上げ、涙で濡れた瞳を爛々と輝かせながら、壇上のレオポルトをビシッと指差した!
「お姉様は、私にお腹いっぱいのスイーツを食べさせた後、何と仰ったか覚えているかしら!?
『何か困ったことがあったら、殿下に相談しなさい。あの男を頼りなさい』と……!
至高の婚約者たる王太子殿下の庇護すらも、持たざるこの私へ譲ろうとされたのよッ!!
ご自身は公爵令嬢という重責に縛られながら……飢えていた名もなき男爵令嬢に、国の頂点に立つ男の隣の席すら分け与えようとなさったのよ!!
これほどの……これほどの無私無欲の愛が、この世のどこにあるというのよォォォッッ!!!!」
「う……うおおおおおおおおっ……!!」
指差されたレオポルトが、抱えていた薔薇の花束に顔を埋めて、文字通り子供のように声を上げて泣き崩れた。
「エレオノーラ……! お前は……俺の愛すらも、持たざる者を救うための盾として差し出そうとしていたのか……! どこまで……どこまで俺を恥じ入らせれば気が済むのだァッ!!」
(いや、ただ単に面倒くさい王太子を押し付けて、私は婚約破棄されて南の島へ逃げたかっただけなんだけど!?)
もうダメだ。
ヒロインが完全に壊れている。
本来なら王太子と惹かれ合うはずのヒロインが、王太子を「施しの道具」として認識し、私への狂信的な百合の忠誠心を全開にして暴走しているのだ!
クロエは壇上の中央、私の真正面に立ち塞がると、両手を広げて全校生徒と貴族たちに向かって仁王立ちした。
その顔には、一国の軍勢をも単身で薙ぎ倒しそうな、鬼気迫る覚悟が宿っていた。
「いいこと、皆の者!!
あのお方を……私を救い、国を救い、飢えを満たしてくださった至高のエレオノーラお姉様を、悪女と呼んで追放しようというのなら……!
このクロエ・ランカスター、今この場でランカスター男爵家の貴族籍を破棄いたしますッ!!」
「「「な……なんですってェェェェェッッッ!?!?!?」」」
大広間に、雷撃が落ちたような衝撃が走った。
貴族籍の破棄。名門学園の卒業パーティーにおいて、生徒が自ら貴族の身分を捨てるなど、前代未聞の暴挙である。
しかし、クロエの瞳には一片の迷いもなかった。
「お姉様が南の果ての辺境へ追放されるというのなら! 私も平民に身を落とし、お姉様の専属メイドとして地の果てまでついていきます!!
お姉様のドレスの裾を持ち! お姉様のお食事を作り! お姉様の安眠のために二十四時間団扇を扇ぎ続けます!!
いいえ、それだけではありません!!」
クロエは胸の前で拳を力強く握りしめ、天を仰いで絶叫した。
「救国の聖女を追放するような恥知らずな国家など、こちらから願い下げです!
もし……もし万が一にもお姉様への追放令が下されるようなことがあれば!
私は王都中の平民たちを組織し! 学園中の生徒たちを率いて!
追放を叫んだ愚かな貴族院とこの国そのものを、民事裁判と武力蜂起の両面から徹底的に訴えてやりますわァァァァッッッッ!!!!」
「「「おおおおおおおおおおおおっっっっ!!!!」」」
広間を埋める生徒たちから、地鳴りのような賛同の歓声が沸き起こった。
「そうだ! 俺たちも貴族籍を捨てるぞ!」「エレオノーラ様を追放するなら国を訴えるぞー!!」「お姉様万歳! 聖女様万歳!!」
(ちょ……ちょっと待ちなさいよぉぉぉぉぉっ!!
なんでヒロインが国家反逆のテロ組織のリーダーみたいになってるのよ!?
訴えるって何よ!? クーデターじゃないのそれ!!)
私の背筋を、巨大な氷柱が突き刺さった。
追放されたいのに。
私が追放されたら、この狂犬ヒロインが率いる全校生徒の反乱軍が王都を焼き尽くしかねない勢いなのだ。
外堀を埋められるどころか、私の周囲に核地雷が敷き詰められてしまったではないか!
――しかし。
悪役令嬢エレオノーラの退路を断つ「最後の致命的な一撃」は、まだ終わっていなかった。
「……ふっ。若き令嬢の魂の叫び、実に見事なものにございますな」
大広間の後方――各国の要人や大商人が集まる最上級VIP席の暗がりから。
低く、滑らかで、大人の色気と底知れぬ凄みを湛えた美声が、静かに響き渡った。
「……ん?」
会場中の視線が一斉にその男へと向けられた。
人垣がサッと割れる。
現れたのは、仕立ての良い漆黒の高級燕尾服に身を包み、銀の懐中時計の鎖を揺らしながら、優雅に歩み出てきた男。
隣国バルディニア帝国の密偵であり、王都の裏社会を牛耳る大陸屈指の大商人――カシアン・オルロフだった。
(カ……カシアン!? なんであんたまでここにいるのよ!?)
私の心臓が、ドクンと嫌な音を立てた。
カシアン。かつてスラム街の地下にアジトを構え、王都の食糧枯渇作戦を仕掛けていた裏社会の黒幕。
私の気まぐれな小麦買い占めとスラムの突貫工事によって拠点を物理的に完全封鎖され、恐怖のあまり私の経済的配下へと下った男だ。
カシアンは壇上の手前まで歩み寄ると、胸に手を当て、完璧な貴族の礼を捧げた。
その口元には、百戦錬磨のフィクサー特有の、冷徹にして絶対の忠誠を秘めた笑みが刻まれていた。
「我がオルロフ商会も、僭越ながら証言いたしましょう」
カシアンは懐から、金色の封蝋が施された【商業帳簿の機密写本】を取り出し、大広間の貴族たちへ向けて軽く掲げてみせた。
「エレオノーラ閣下は先ほど、『スラム街の工事はドレスの泥跳ねに怒っただけのパワハラ突貫工事』と仰いました。
……くくっ、どこまで底知れぬお方か。
諸卿、真実はこうです。当時、あのスラム街の地下には、隣国の不穏分子が構築した巨大な密輸拠点と非合法のアジトが存在しておりました。王国の衛兵すら踏み込めぬ、王都最大の治安の癌細胞です」
カシアンは鋭い眼光を広間の重臣たちへと向けた。
「それを……エレオノーラ閣下は、軍隊を一兵も動かさず、血を一滴も流さず……あえて『ドレスが汚れたから道を直せ』という我儘な名目を掲げて私財を投入し、スラムの貧民たちを破格の日当でホワイト雇用された。
その結果、何が起きたか?
アジトの真上には分厚い御影石が敷き詰められ、密輸ルートは物理的に完全封鎖。大金を手に入れた貧民たちは犯罪組織から足を洗い、スラムは一夜にして王都で最も安全な商業特区へと生まれ変わったのです」
カシアンは壇上の私を見上げ、深々と、魂の底から畏怖するように頭を垂れた。
「我が組織の心臓部を、ただの公共事業の皮を被せて合法的に圧殺されたあのお方の深謀遠慮……。
エレオノーラ閣下の経済的知略により、王都の闇組織は浄化され、真っ当な経済活動へと生まれ変わりました。
我が商会の全資産、全情報網は……本日ただいまより、未来永劫、エレオノーラ閣下の御足元に捧げられております。……あのお方を悪女と呼び、追放しようとする者がいるならば、我が商会は王国の全経済活動を即座に停止させ、兵糧攻めにかける覚悟でございますぞ」
「「「ヒィィィィィッッッ!!!!」」」
大広間の財政文官たちが、恐怖のあまり泡を吹いて卒倒しかけた。
経済の心臓部を握る大商人が、公爵令嬢一人のために国家の経済を人質に取ると宣言したのだ。
武力。
宗教。
技術。
王権。
民心。
そして――経済。
六大勢力の頂点に立つ者たちが。
全員揃って壇上を取り囲み、完璧な論理と証拠と狂気の忠誠心を以て、私の「悪事」をあますところなく「救国の奇跡」へと完全に塗り替えてしまった。
「…………」
私は、手に持っていた自首のカンペを見つめた。
パラ……と、指から力が抜け、三枚の羊皮紙が壇上の大理石の床へと虚しく落ちていく。
視界が、真っ白だった。
脳内の思考回路が、完全に機能を停止していた。
(……埋まった)
私の魂が、口からスーッと完全に抜け出していった。
(外堀どころじゃないわ……。
内堀も、天守閣も、抜け道も、地下通路も……全部、全部コンクリートで固められた上に、周囲に地雷原と最新鋭の対空ミサイル網を敷設されちゃったわ……)
誰も、私を糾弾しない。
誰も、私を追放しようとしない。
それどころか、私が「悪女だから追放しろ!」と叫べば叫ぶほど、周囲の人間たちが「なんて尊いのだ!」「追放するなら国を滅ぼす!」と狂乱して結束を固めていくのだ。
絶体絶命。
脱出確率、マイナス一億パーセント。
私の愛しの南の島が、ヤシの木が、ハンモックが、銀河系の彼方へと完全に光速で消滅していくのが見えた。
大講壇の中央で、深紅のドレスを着た悪役令嬢エレオノーラは――。
両目を完全にぐるぐると回し、立ったまま綺麗に【白目】を剥いて硬直してしまったのである。
――しかし。
この時、天上の大広間の外――王宮の前庭に向かって。
彼女の「セルフ自首」の演説を聞きつけた、さらなる【未曾有の災厄】が、地鳴りのような足音を立てて雪崩れ込んできていることなど。
意識が宇宙空間を彷徨い始めた元社畜OLは、まだ知る由もなかったのであった。




