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第53話:証言者たちが次々と登壇し、悪行が全部「奇跡」に論破される件

――ズビッ、ズズッ……うわああああんっ!

王宮最上階【天上の大広間】に満ち満ちていたのは、もはや社交界のパーティーなどという生易しい空気ではなかった。

それは、全米が泣いたどころではない。

全貴族、全騎士、全神官、そして全校生徒が、涙腺のダムを完全に決壊させ、シルクのハンカチをびしょ濡れにしながら嗚咽を漏らす、未曾有の【集団感涙セラピー会場】そのものだった。


大講壇の中央で、私は拡声魔導具(水晶球)を両手で握りしめ、青筋を浮かべて仁王立ちしていた。

おかしい。

何かが根本的に、宇宙の法則レベルで狂っている。

私は今、完璧に自白したのだ。

市場の買い占めも、国宝ミスリルの投擲も、古代結界の私物化も、スラムの強制工事も、学園祭のサボりメモも、他国軍への津波攻撃と残飯処分も――すべては自らの食欲と、怠惰と、保身と、安眠のためだけに引き起こした「国家反逆級の大罪」だと、寸分の隙もなくカミングアウトしたはずなのだ。


それなのに。

なぜ、隣に立つ王太子レオポルトは「お前はすべての泥を一人で背負い、国を庇おうとしているのだなァッ!」と感涙に咽び泣いているのか。

なぜ、大理石の床を埋め尽くす貴族たちは「なんて気高い自己犠牲なのだ……!」とハンカチを目元に押し当てて合唱するように号泣しているのか。


「ち……違うわよぉぉぉぉぉぉぉっっっ!!!!」


私は拡声魔導具を口元に力任せに押し当て、喉がちぎれんばかりの絶叫を叩きつけた。

ドォォォォンッ!と大音声が広間の壁を震わせる。


「違うのよレオポルト! 貴方たちの頭の回路はどうなっているの!? 行間を読むんじゃないわよ! 裏の意図なんてミジンコの一粒ほども存在しないのよ!!

私は! ただ美味いタルトとパンケーキをたらふく食いたかっただけなの!

ただ! 涼しい部屋で昼過ぎまで泥のように昼寝したかっただけなの!

国を庇ってなんかいない! 誰の泥もかぶってなんかいない!

私は正真正銘、私利私欲だけで動いていた最低最悪の悪女なのよ! だから今すぐ私を糾弾しなさい! 手錠をかけなさい! そして南の島へ国外追放なさいよぉぉぉぉっ!!」


前世の社畜時代、理不尽な納期短縮を要求してくる鬼上司に向かって「これ以上は物理的に不可能です!」と辞表を叩きつけた時以上の、魂の叫び。

これだけド直球に否定すれば、いくらおめでたい人間たちとて「……あれ? こいつ、本当にただの我儘なんじゃね?」と気づくはずだ。


――しかし。

私が肩で息をしながら全聴衆を見下ろした、その瞬間。


――ドォォォンッッッッ!!!!


重厚な鋼鉄の軍靴が、講壇の階段を力強く踏みしめる音が轟いた。


「…………ッ!?」


振り返った私の視界に飛び込んできたのは、白銀の甲冑を纏った偉丈夫――近衛騎士団長マティアス・ヴァルデンだった。

マティアスは腰の大剣の鞘をガチャリと鳴らし、鬼気迫る形相で壇上へと駆け上がってきた。その琥珀色の瞳は激しい感情で充血し、精悍な顔面を男泣きの涙が激しく洗い流している。

そして彼は、私の正面へと進み出ると、大理石の床に右膝を打ち付け、胸に拳を叩き当てて平伏したのだ。


「エレオノーラ閣下……! 武人として、このマティアス、これ以上貴女様にすべての泥を背負わせるわけにはまいりませんッ!!」


「……は? マティアス?」


マティアスはガバッと立ち上がると、懐から分厚い羊皮紙の束――近衛騎士団の公印が押された【軍部公式記録簿】を取り出し、大広間の全聴衆へ向けて高々と掲げた。


「皆の者、見よッ! これが、エレオノーラ閣下が『説教がうるさくて投げつけた粗大ゴミ』と仰った、あの奇跡のミスリル純塊の真実だ!!」


(えっ、ちょ、何を持ってきたのよ!?)


マティアスの咆哮が、広間の空気を切り裂く。


「当時、我が近衛騎士団は、前年の魔獣掃討戦の激化により装備の損耗が極限に達していた! 予算は削られ、兵士たちの鎧はひび割れ、剣は刃こぼれし、いつ命を落としてもおかしくない危機的状況だったのだ!

そこに……エレオノーラ閣下が下賜された、あのダンジョン原産の特級ミスリル!

我が軍の鍛冶工房において精錬された結果――近衛兵三百名分の最高級ミスリル刀身、ならびに百五十着の軽量複合甲冑が新生したのだッ!!」


マティアスは自らの胸当てを拳で打ち鳴らした。

カィィィンッ!と、澄み渡る金属音が美しく響き渡る。


「その結果! 先日の演習林における地脈暴走、ならびに王都周辺の警備任務において……近衛騎士団の殉職者は、過去最低の【ゼロ】を記録した!!

死ぬはずだった兵士たちが、生きて家族の元へ帰ることができたのだ!

それほどの救国の至宝を……兵の命を救うための奇跡の施しを……! あのお方は『漬物石の粗大ゴミ』と呼び、自らを悪役に仕立て上げて軍の面目を保ってくださったのだぞッ!!」


マティアスは腰の大剣をチャキンと半分引き抜き、血走った眼で広間の貴族たちを睨みつけた。


「我が身を顧みず投げ与えてくださった至宝ミスリルにより、どれほどの兵士の命が救われたか!

あれを横領などと呼ぶ者がいるならば……この近衛騎士団が、軍の誇りと魂にかけて、全力で叩き斬るッッ!!!!」


「「「おおおおおおおおっっっっ!!!!」」」


広間に控えていた近衛兵たちが、一斉に鞘を鳴らして「団長に続け!」「エレオノーラ様万歳!」と怒号のような歓声を上げた。

貴族たちから「ひぃっ!」「滅相もない、横領などと誰が申しましょうか!」と悲鳴のような全肯定が返ってくる。


「ちょ……ちょっと待ちなさいよマティアス!」

私は拡声魔導具を口元に引き寄せ、慌てて割り込んだ。

「本当にただの漬物石だったのよ! 実家の倉の奥で邪魔だったから、当たれば痛いと思って投げつけただけなのよ! 兵の命なんて一ミリも考えてないわよ!!」


「閣下……!」

マティアスは再び涙を溢れさせ、胸の前で拳を握りしめた。

「どこまで……どこまで武人のプライドを傷つけぬよう、冷酷な仮面を被り続けられるのですか……! その深き慈愛、このマティアス、死すとも忘れませんぞ……ッ!」


(通じない! 筋肉の鎧で脳みそまでガードされてるわ、この男!!)


私が頭を抱えて卒倒しかけた、その時だった。


――サラリ……。

清涼な初夏の薫風のような気配とともに、純白の神聖法衣の裾を優雅に翻して壇上へと歩み上がってきた影があった。

筆頭神官シルヴァン・エデルシュタイン。

その怜悧で類まれなる美貌に、どこまでも冷徹で、しかし狂気的なまでに澄み渡った聖職者の笑みを浮かべ、私の前に音もなく進み出てきたのだ。


「マティアス卿の仰る通りです。武力による証明、見事でした」


「シ、シルヴァン……?」

私が引き攣った顔で見つめると、シルヴァンは手にした銀の典礼書を開き、歌うような美声で語り始めた。


「エレオノーラ様。貴女様は先ほど、あの大聖結界を『ただのエアコン』『紫外線と蚊を遮断するための昼寝の私物化』と仰いましたね?」

「そ、そうよ! 美肌と二度寝のためよ! 何か文句がおあり!?」


私が胸を張って言い放つと、シルヴァンはクスリと、慈愛に満ちた(そして完全に狂気を孕んだ)美しい笑みをこぼした。


「昼寝の結界などと仰いますが……あの日、消え去った瘴気こそが、王都を千年にわたって蝕み続けていた最大の呪いでした」


シルヴァンは典礼書の中から、羊皮紙に青白いインクで描かれた【王都霊脈観測魔導図】をスッと引き抜き、全聴衆へ向けて掲げてみせた。


「神殿の極秘記録を開示いたしましょう。王都の地下水脈には、建国以前の魔神戦争の折に封じられた古代の怨念が澱のように沈殿しておりました。歴代の神官長たちが数百年にわたり封印の結界を重ねがけし、誤魔化し続けてきた、国家存亡の時限爆弾です。もしあれが暴発していれば、王都の十万の民は一夜にして死の病に倒れていたでしょう」


広間の神官たちや老貴族たちが、戦慄して息を呑む。

シルヴァンは細められた瞳をゆっくりと開き、その琥珀色の双眸で、私の顔を真っ向から見つめてきた。


「それを……貴女様は、わずか数分で消滅せしめた。

神聖魔導の最高峰に位置する古代三重結界を、詠唱すらなく、魔法陣の展開すらなく展開し、王都全土の土壌と水脈を、根こそぎ漂白するように浄化されたのです。

……『蚊を払うついで』? 『紫外線除け』?

ふふ……神を欺くことはできても、私の目は欺けませんよ、麗しの聖女様」


シルヴァンは胸の前で恭しく十字を切り、大広間へ向けて厳かに宣告した。


「千年の呪詛を浄化するほどの神聖力を放ちながら、それを誇れば神殿の権威が失墜することを察し、あえて自らを『昼寝を愛する我儘令嬢』という世俗の泥に落とすことで、教会の面目を保ってくださった……!

これほどの奇跡を前にして、誰が『結界の私物化』などと呼べましょうか! 神殿評議会を代表し、このシルヴァンが断言いたします。あのお方の御業は、神の御心そのものにございますッ!!」


「「「神の御心だ……!」「本物の聖女様万歳ッ!!」」」


広間を埋める神官たちが一斉に跪き、胸の前で手を組んで祈りを捧げ始めた。


「だ・か・ら!!」

私は地団駄を踏み、拡声魔導具に向かって絶叫した。

「本当に蚊が嫌だっただけなのよ! プ〜ンって耳元で鳴るあの羽音が万死に値するストレスだったから、前世の蚊取り線香のノリで結界を張っただけなの! 神殿の面目なんて知ったこっちゃないわよぉぉぉっ!!」


「ああ……」

シルヴァンはうっとりと目を細め、静かに合掌した。

「どこまでも謙虚で、どこまでも無欲……。その徹底した道化の仮面こそが、貴女様が本物の神の代行者である証左です……」


(ダメだこの美形神官! 宗教的論理武装が鉄壁すぎて、何を言っても神の奇跡に変換されちゃう!!)


私の精神が限界を迎え、膝から崩れ落ちそうになった――まさに、その時。


――ダダダダダダダッッッッ!!!!


「待てェッ! 俺の証言も聞けェッッ!!」


怒号とともに、講壇の階段をドタドタと駆け上がってきたのは――礼装用の上着を脱ぎ捨て、腕まくりをした作業着姿の青年、天才魔導具師ヒューゴ・ベルンハルトだった。

その手には、大人の胴体ほどもある分厚い【魔導論文と特許申請書の巨大な束】が抱え込まれていた。


「ヒューゴ!? あなたまで何しに来たのよ!?」


ヒューゴは息を荒らげ、机の上にその論文の束を「ドゴォォォンッ!!」と地響きを立てて叩きつけた。

油と煤にまみれた顔面から汗を吹き飛ばしながら、彼は全校生徒と貴族たちに向かって吠えたのだ!


「学園祭のメモだぁ!? ただの八つ当たりだぁ!? ふざけるな、エレオノーラ様!!」


(えっ、ヒューゴは怒ってくれるの!? 味方!?)


私が一縷の望みを託して目を見開いた瞬間――ヒューゴの口から飛び出したのは、斜め上どころか宇宙の果てへ突き抜ける大絶叫だった!


「あんたが残したあの適当に見える走り書きメモ……! あれに書かれていた空間魔力の励起術式と、動線力学の構造式を、俺が半年かけて解析した結果がこれだッ!!」


ヒューゴは論文の束をバッとめくって見せつけた。

そこには、幾何学模様と未知の数式がびっしりと書き込まれている。


「外部からの魔力供給なしで、空間の余剰エーテルを直接動力に変換する【至高の怠惰理論】!

『最小の労力で最大の成果を出す』というあんたの工学思想を応用した結果、王国の魔導窯の燃費は三倍に跳ね上がり、輸送用荷車の事故率は九割削減! さらに帝国の最新鋭魔導兵器を百年追い越す、新世代の動力機関が完成しちまったんだよッ!!」


ヒューゴは目を血走らせ、拳を振り上げて叫んだ。


「エレオノーラ様がもたらした『怠惰理論』は、帝国の魔導技術を百年追い越す産業革命を起こしたんだ!

学園祭のテロリストを壊滅させたのも、俺の荷車を暴走させてまで敵の急所を突くための、極限の構造計算だった!

私利私欲で国庫を食いつぶしただと!? ふざけんじゃねえ!!

あんたは私腹を肥やしたんじゃない! この国の……この大陸の未来そのものを創り出したんだァァァッッ!!!!」


「「「うおおおおおおおおおおおおっっっっ!!!!」」」


ドォォォォォォォォンッッッッ!!!!

大広間に、雷鳴のような拍手と歓声が爆発した。


武力において、近衛騎士団長マティアスが「兵の命を救った至宝」として証明した。

宗教において、筆頭神官シルヴァンが「千年の呪いを解いた神の御業」として証明した。

技術において、天才魔導具師ヒューゴが「国家を百年進化させた産業革命」として証明した。

そして政治において、王太子レオポルトが「すべてを背負う至高の愛国心」として証明した。


国家の根幹を支える四大学府、四大権力の頂点に立つ男たちが。

揃いも揃って、完璧な証拠と、論理的(※ただし重度の妄想フィルター付き)な解説を以て――私の渾身の「悪事の告白」を、一文字残らず粉々に論破し尽くしてしまったのだ!


「…………」


私は、両手に持っていた羊皮紙のカンペを見つめた。

手が、プルプルと痙攣している。

白目を剥き、口から魂がエクトプラズムのようにスーッと抜け出していく。


(論破された……)


私の脳内で、前世の社畜時代に手がけた完璧な企画書が、役員全員の「素晴らしい!」「天才的だ!」という大絶賛によって、当初の予定の十倍の予算と責任を伴う超巨大国家プロジェクトへと勝手に格上げされてしまった時のような、絶望の暗黒物質が渦を巻いた。


(全部……! 全部、論破されたわ……!

私の食糧買い占めは『飢饉を防ぐ経済防衛』になり!

私の粗大ゴミ投擲は『騎士団を救う至宝の下賜』になり!

私のエアコン結界は『千年の瘴気の浄化』になり!

私の八つ当たりメモは『百年先を行く産業革命』になり!

私の泥水スプリンクラーは『無血平定の軍神の奇跡』になっちゃった……!!)


完璧すぎる外堀の埋め立て。

私が悪行を叫べば叫ぶほど、男たちが次々と壇上に駆け上がり、客観的証拠(※怪文書含む)を突きつけて「あのお方は尊い!」「奇跡だ!」と上書き論破してくるのだ。

これでは、自首すればするほど、私の聖女性とカリスマ性が天井知らずに跳ね上がっていくではないか!


「な……なんでよぉ……」


私の瞳から、悔しさと情けなさで、ポロリと本物の涙がこぼれ落ちた。

働きたくない。

王妃になりたくない。

ただ南の島で、誰にも邪魔されずに、一日中パフェを食べて昼寝がしたいだけなのに。

なぜ、この世界の人間たちは、寄ってたかって私を神様の座へと押し上げようとするのか。


壇上で膝をつき、絶望に打ちひしがれる私。

しかし――そんな私の姿を見た会場の貴族たちは、またしてもハンカチを目に押し当てて号泣した。


「見ろ……! 己の悪徳を論破され……我が身の至らなさを恥じるかのように、涙を流しておられる……!」

「どこまで……どこまで清らかな御心なのだ……!」

「エレオノーラ様! どうか顔をお上げください! 貴女様こそが、この国の真の国母であられる!!」


地鳴りのような「エレオノーラ様!」の大合唱。

絶体絶命。

完全包囲。

私の国外追放計画は、男たちの狂気的な全肯定の嵐によって、まさに灰燼に帰そうとしていた。


――だが。

その時。

男たちの重すぎる愛が会場を埋め尽くす講壇の階段の下から――。

カツカツカツカツッ!と、軽快にして、凄まじい殺気を孕んだハイヒールの足音が、猛烈なスピードで駆け上がってきたのである。

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