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第51話:「私は国庫を食いつぶした大悪党です!」〜渾身の悪行カミングアウト〜

――シーン……。

王宮最上階【天上の大広間】に、針の一本が落ちても響き渡りそうなほどの、完全なる静寂が満ちていた。

無数の魔導シャンデリアから降り注ぐ黄金色の輝き。

大理石の床を埋め尽くす、数百人、数千人もの王国貴族、各国の外交使節、そして全校生徒たち。

彼らは誰一人として身動きすら取らず、グラスを持つ手すら凍りつかせ、ただ一点――一段高くそびえる大講壇の中央に仁王立ちする私へと、祈るような、あるいは息を呑むような視線を注ぎ込んでいた。


私の背後では、巨大な真紅の薔薇の花束を胸元に抱きしめた王太子レオポルトが、碧眼に溢れんばかりの涙を湛えながら、息を殺して私の背中を見守っている。

そして、私の手の中には――先ほど力づくで奪い取った、青白く脈動する【音声拡声用の魔導具(水晶球)】。

左手には、昨夜深夜二時半まで徹夜で推敲を重ね、前世の社畜時代に培ったプレゼン能力と始末書作成スキルのすべてを注ぎ込んで完成させた、三枚の分厚い羊皮紙――【自首のカンペ(極悪非道リスト)】。


(……よし。空気は完全に温まったわ)


私はドレスの胸元に手を当て、肺の底深くまで冷たい空気を吸い込んだ。

心臓がドクドクと高鳴っている。だが、それは緊張ではない。

ここだ。

この瞬間こそが、私の二度目の人生の分岐点なのだ。

過労死確定のブラック名誉職「王妃」の座を完全に蹴破り、長年焦がれ続けた南の島でのエンドレス有給休暇ライフをもぎ取るための、人生最大の勝負所!


(前世の株主総会を思い出しなさい、エレオノーラ!

数々の粉飾決算と不祥事を抱えたワンマン社長が、壇上で開き直って大立ち回りを演じた、あの伝説の緊急記者会見の迫力を再現するのよ!!)


私はスッと顎を引き、深紅のイブニングドレスの裾を威風堂々と踏みしめた。

そして――拡声魔導具を唇の端へとビシッと突きつけ、腹の底から湧き上がる怒声と気迫を込め、大広間の天井を突き破らんばかりの大音声で口火を切った!


「――皆の者、耳の穴をかっぽじって、静粛に聞きなさいッッ!!!!」


ドォォォォンッ!と、私の声が魔導具によって数百倍に増幅され、大広間の四方の壁とステンドグラスをビリビリと震わせた。

広間の貴族たちがビクゥッ!と肩を跳ね上がらせ、前列の生徒たちが息を呑む。


よし、掴みは上々だ。

私は左手の羊皮紙を、バサァッ!と音を立てて全聴衆の前に広げて見せつけた。

そこには、昨夜書き殴ったインクの文字がびっしりと並んでいる。


「今夜、この輝かしい卒業の場において! 誰一人として口にしようとしない【恐るべき真実】を、この私が自ら白日の下に晒してあげるわ!

王太子殿下、騎士団長、神官長、そしてここに集いしおめでたい貴族たちよ! 貴方たちは揃いも揃って、私のことを『救国の英雄』だの『慈愛の聖女』だのと拝め奉っているようだけれど……断じて違うわ!!

私、エレオノーラ・フォン・グランヴェルは――これまで自らの私利私欲と保身と我が儘のために、国家の権力と財政をほしいままに乱用し尽くしてきた、正真正銘の【希代の悪女】よォォォッッ!!」


「「「…………ッ!?」」」


大広間に、電撃が落ちたような衝撃が走った。

貴族たちの表情が、驚愕によってピシリと凍りつく。

ふふふ、驚いたかしら! だが本番はここからよ!

私は羊皮紙の第一項目を指先で弾き、カンペの朗読という名の「セルフ大暴露大会」へと一気に雪崩れ込んだ!


「第一に、王都の食糧買い占め事件よ!

数ヶ月前、市場から高級小麦粉と白砂糖が忽然と姿を消したあの事件を覚えているかしら!? あれは隣国の陰謀を察知した防衛策などでは断じてないわ!

ただ私が! 毎日焼きたてのふわふわタルトと濃厚なパンケーキをたらふく食い散らかしたいという、浅ましい食欲のためだけに公爵家の金庫を開け放ち、市場の全在庫を根こそぎ買い占めさせただけの暴挙よ!

民の飢餓など知ったことか! 後から格安で市井に放出したのも、倉庫で湿気てカビが生えそうになった残飯を処分したかっただけの、ただのゴミ捨てよ!!」


どうだ! 完全なる食糧危機の捏造未遂!

民の命を危険に晒した悪徳商工貴族の所業そのものではないか!

私は休む間もなく、第二のページへと羊皮紙をめくった。


「第二に、近衛騎士団に対する職権乱用と国宝横領よ!

騎士団長マティアスが私の屋敷へ乗り込んできた際、私が足元へ投げつけたあの青白く光る巨大な塊! あれはダンジョンから引き揚げられた国家最高峰の至宝『ミスリル純塊』よ!

軍の予算難を察して下賜したですって!? 笑わせないでちょうだい! ただお堅い説教を聞くのが面倒くさくて眠かったから、家の倉で漬物石代わりに放置されていた邪魔な粗大ゴミを、あの脳筋騎士の頭目掛けて投げつけただけよ!

国家の至宝を私利私欲で投げ捨て、軍の最高責任者を金目で買収しようとした反逆罪よ!!」


言い切った。マティアスへのド直球の侮辱だ。

壇上の脇にいたマティアスが「ぐっ……!」と胸を押さえて目を見開いているのが見える。よし、効いているわね!


私はさらにギアをトップへと叩き込んだ。

第三の項目。神殿への冒涜!


「第三に、神聖なる古代三重結界の私物化よ!

初夏の昼下がり、王都全域を白銀のドームが覆い尽くしたあの事件! 筆頭神官シルヴァンは『我が身を削って王都地下の千年の瘴気を浄化された』などと狂った寝言を垂れ流しているようだけれど……あれはただのエアコンよ!!

窓から差し込む紫外線で肌が荒れるのが嫌だったから! 耳元をかすめた蚊の羽音がうるさくて昼寝の邪魔だったから! 前世の知識……じゃなくて公爵家の禁呪を使って、完全遮光・完全防音・生体侵入絶対拒絶の結界を、ただ私の昼寝部屋のためだけに展開したのよ!

瘴気が消えたのは、ただの結界の排気ガスの余波! 神への祈りなど一ミリも込められていない、純度百パーセントの自堕落の産物よ!!」


シルヴァンの顔色がサッと変わった。

広間の神官たちが一斉にざわめく。いいぞ、もっと騒ぎなさい!


「第四に、スラム街の強制泥道舗装よ!

貧民に雇用を与えた奇跡の福祉政策!? 寝言は寝てから言いなさい!

あの日、仕立てたばかりの最高級シルクドレスの裾に泥水が跳ね上がったことに私がブチギレて、道端の浮浪者どもに金貨を投げつけて『今日中に石を敷き詰めないと叩き出すわよ!』と怒鳴り散らしただけの、ただのパワハラ突貫工事よ!

都市計画の法規を無視した違法建築! 札束で人の横面を張り倒しただけの、絵に描いたような傲慢貴族の暴挙だわ!!」


会場の空気が、さらに一段と張り詰めていく。

貴族たちの目が点になっている。

だが、私の告発はまだ半分だ! ここからがクライマックス、学園と軍事に関わる特大の重罪である!


「第五に、学園祭のテロリスト捕縛劇よ!

一枚のメモで敵の動線を塞ぎ、ピタゴラスイッチで壊滅させただと!? 冗談じゃないわ!

生徒会執行部が私の昼寝を邪魔しに門前へ押し寄せてきたから、手元にあった焼き栗の包み紙の裏に『邪魔、机を壁に寄せろ、木材で道を塞げ、二度と来るな』と八つ当たりで殴り書きして投げつけただけよ!

準備の邪魔をして嫌がらせをするつもりだったのに、勝手にお前たちが深読みして罠を完成させ、ヒューゴの欠陥荷車が突っ込んできただけの完全なる事故よ! 軍略でも何でもない、ただの横暴な職務放棄だわ!!」


壇下の生徒会長ユリウスが、ハッと息を呑んで胸をかきむしる。

そして――最後にして最大の、国家間戦争に関わる決定的な大罪!


「そして第六に……アウグスブルク高地における、隣国バルディニア帝国軍への過剰暴力と残虐投棄よ!!

『軍神』だの『慈愛の聖女』だのと国中がお祭り騒ぎになっているようだけれど、真実はこれよ!

私が山奥の別荘で至高のシエスタを決め込もうとしていたところへ、あの黒光りする鉄騎兵どもが砂煙を巻き上げて私の接触冷感マットと肌をジャリジャリに汚したから!

怒り狂った私が、庭の散水スプリンクラーにヤケクソで魔力を注ぎ込んで、湖一つ分の大津波を引き起こして五千人を泥沼へ押し流したのよ!

毛布とスープを配ったのだって、あんな泥まみれの不審者どもに敷地の前で風邪を引かれて、疫病でも持ち込まれたら私の美肌と安眠が台無しになるからよ!

腐りかけの前日の残り物スープと倉庫の不要毛布を投げつけて、『汚いから一秒でも早く私の視界から消え失せろ!』と怒鳴り散らしただけの、ただの残飯処理とバイオハザード対策よォォォッッ!!」


――ハァ、ハァ、ハァ、ハァッ……!


大広間の隅々まで、私の激しい呼吸音だけが拡声魔導具を通じて木霊していた。

ドレスの胸元が激しく上下する。

喉がカラカラだ。

だが、全部言った。

一文字の誤魔化しも、一切の言い訳もなく、これまでのすべての「奇跡」の裏にあった、私の純度一万パーセントの怠惰と、食欲と、我が儘と、八つ当たりの真実を、赤裸々にぶちまけてやったのだ!


私は羊皮紙をバサリと手元へ下ろし、会場の全聴衆を見据えた。

そして、トドメの一撃。

この演説の真の目的であり、私の人生のすべてを賭けた【最終要求】を、天へと向かって高らかに叫んだ!


「聞いたでしょう、皆の者!!

すべては私の我が儘! 私の怠惰! 私の安眠と贅沢のためだけに引き起こされた、国家を私物化する大暴挙よ!!

このような極悪非道の女、王妃どころか、貴族の資格すらありません!!

レオポルト殿下! 貴族院の諸卿! そして国王陛下!!

この希代の大悪党エレオノーラ・フォン・グランヴェルから、今すぐ公爵令嬢の爵位を剥奪し!

二度と王国の土を踏めぬよう、誰も立ち入れない最果ての【辺境の南の島】へ――今すぐ国外追放なさいッッ!!!!」


――シーン……。


言い切った。

私は拡声魔導具を口元から離し、肩で息をしながら、胸を思い切り反らせて仁王立ちした。

両手を腰に当て、顎をツンと突き上げ、完璧な【ドヤ顔】を決める。


(……ふふ。ふふふ、あははははははッ!!)


私の心の中で、満開の花火が一斉に打ち上がった。

やった。やり遂げたわ!

見たかしら、この完璧なセルフ自首!

自らの口で、国家反逆、経済破壊、職権乱用、非人道行為のすべてを完全に自供したのだ。

これだけの犯罪事実を、何千人もの貴族と王族の前で堂々とカミングアウトされたのだ。いくらおめでたいこの世界の人間たちとて、もはや庇い立てなどできるはずがない!


(さあ来なさい! 満場一致の『追放!』の嵐よ!

衛兵たち、私を捕まえなさい! 手錠をかけなさい!

そして今夜の護送船で、南の島へ私を叩き出しなさい!!

波の音! ヤシの木! ハンモック! 私の愛しの不労所得ニートライフが、今ここに完全開幕するのよォォォッ!!)


私は勝利の喜びに打ち震えながら、大広間の聴衆たちの反応を待った。


――しかし。


「…………」

「…………」

「…………」


大広間は、水を打ったように静まり返っていた。

怒号は上がらない。

罵声も飛んでこない。

衛兵たちが駆け寄ってくる気配すら、微塵も存在しなかった。


(……あら? 静かね。……ああ、なるほど!)


私は心の中でニヤリとほくそ笑んだ。


(ドン引きね! あまりの極悪非道ぶりに、全員が言葉を失って絶句しているんだわ!

そりゃそうよね、今まで『聖女様』『軍神様』と崇めていた女が、実はただの我が儘で国を食いつぶしていた大悪党だったんだもの! ショックで声も出ないのは当然だわ!

ふふふ、いい気味よ! さあ、絶望に震えながら、私に追放令を叩きつけるがいいわ!!)


私は完全なる勝利を確信し、満足げに口元を吊り上げて、大広間の前列の貴族たちを見下ろした。


――だが。

その時、私の視界に飛び込んできた、彼らの「表情」。

それは、私の想像していた「軽蔑」でも、「怒り」でも、「恐怖」でも――断じてなかった。


「…………っ」

「……あ、ああ……」


前列にいた老貴族が、両手で自らの胸を掻きむしり、その場に崩れ落ちるように膝をついた。

その瞳から、大粒の涙がボロボロと零れ落ち、床の大理石を濡らしていく。

隣にいた高位貴族の令嬢たちが、ハンカチを目元に押し当て、息を詰まらせて嗚咽を漏らしている。

生徒会長ユリウスは、唇を血が出るほど噛み締め、天を仰いで震えていた。

近衛兵たちが、兜の奥で歯を食いしばり、涙を堪えるように顎を引いている。


そこに漂っていたのは――。

悪女に対する弾劾の空気などでは、欠片ほどもなかった。


言葉を失うほどの、凄まじい衝撃。

そして――人間の想像力の限界を遥かに超越した、胸を締め付けられるような、あまりにも深くて重い【激しい感動】の嵐だったのだ。


「……え?」


私のドヤ顔が、ピキリと凍りついた。

何かがおかしい。

何かが、根本的に、致命的に狂っている。


その静寂を切り裂くように、私の背後――壇上のすぐ脇から。

パチ……パチ……パチ……と。

涙に濡れた、乾いた拍手の音が、静かに響き始めたのである。

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