第50話:断罪イベントを待つのがだるいので、セルフで壇上に突撃します
――燦然と輝くシャンデリアの光が、見渡す限りの大理石の床を黄金色に染め上げていた。
王宮最上階に位置する【天上の大広間】。
普段は国家の戴冠式や戦勝祝賀会など、歴史の転換点となる最高峰の国家的行事にしか開放されないその広大な大広間は今、華やかに着飾った名門貴族の子女たちと、その親たる高位貴族、王国の重臣、さらには周辺諸国から招かれた特使たちで埋め尽くされていた。
王立貴族学園、卒業記念大祝賀パーティー。
それは学園の三年間を締めくくる儀式であると同時に、これからの王国のパワーバランスを決定づける、貴族社会最大の社交界決戦の場でもある。
会場のあちこちで奏でられるオーケストラの優雅な弦楽四重奏。
銀のトレイに載せられた最高級シャンパンの泡の弾ける微かな音。
色とりどりのドレスを纏った令嬢たちの香水の甘い香りと、礼装に身を包んだ令息たちの誇らしげな談笑。
そのすべてが、輝かしい未来と青春の栄光を謳歌していた。
――しかし。
そんなキラキラとした祝祭の空気の真ん中へ、大広間の大扉を蹴破らんばかりの足取りで足を踏み入れた私は、心底から煮え滾るような「戦闘意欲」をその身に漲らせていた。
(……来たわ。ついにこの時が来たのよ……!)
私は制服ではなく、今夜のためにわざわざ新調させた特注のイブニングドレスの裾をサッと翻した。
選んだ色は、深紅。
血のように鮮やかで、夜の闇を切り裂く業火のように禍々しく、誰がどう見ても「これぞ悪逆非道を極めた悪役令嬢の戦闘服」としか言いようのない、派手極まりないデザインだ。
胸元は大胆に開き、スカートには黒レースのフリルが幾重にも重なり、背中には豪奢な黒羽のショール。
おまけに髪は高く結い上げ、深紅のルビーのティアラをこれ見よがしに頭頂部へ輝かせている。
清純さ? ゼロよ。
慎ましさ? ゴミ箱へダンクシュートしたわ。
どこからどう切り取っても、高飛車で、傲慢で、周囲の生徒たちを見下し尽くす「希代の悪女」のビジュアルを完全再現してやったのだ。
そして――何よりも。
私のドレスの左胸の裏地、心臓のすぐ真上に設けた特製の隠しポケットの中には。
昨夜、私が深夜二時半まで睡眠時間を削りに削り、前世の社畜時代に培ったプレゼン能力と始末書作成スキルのすべてを注ぎ込んで書き上げた、あの【自首のカンペ(告発原稿)】が、羊皮紙三枚の分厚さでしっかりと収められていた。
(ふふふ……! 完璧だわ。準備は万端よ!)
私は扇子をパチンと鳴らし、胸を張って大理石の通路を大股で進んだ。
イメージせよ。
原作乙女ゲーム『王冠のロンド』のクライマックス。
卒業パーティーの華やかな喧騒の中、ヒロインを虐め抜いた悪役令嬢が会場に現れた瞬間、正義の糾弾者たちが壇上から彼女を指差して断罪を開始する、あの王道のシナリオを!
(さあ来なさい! いつでも受けて立つわよ!
誰が最初に私を指差すかしら? 生徒会の役員? それとも日頃私を妬んでいた高位貴族の令嬢たち?
『エレオノーラ様、貴女の悪行はすべて調べがついております!』って叫びながら、近衛兵を呼ぶがいいわ!
そうしたら私はふてぶてしく高笑いしながら、『フン、バレてしまっては仕方ありませんわね!』と胸を張って壇上に上がってやるんだから!!)
そこからの流れは完璧にシミュレーション済みだ。
告発原稿を懐から取り出し、自らの大罪――夜会サボり、市場買い占め、国宝横領、結界私物化、スラム強制工事、演習林爆破、他国軍への津波攻撃を一つ残らず自白する。
会場中がドン引きし、満場一致で「国外追放!」の怒号が巻き起こり、私はその日のうちに荷物をまとめて南の島へ高跳び。
波の音、ヤシの木、そして一生働かなくていい不労所得ニート生活へ直行である!
胸を高鳴らせながら、私はこれ見よがしに顎をツンと上げ、周囲を威圧するように冷酷な緋色の瞳で睨み回した。
――だが。
「…………あれ?」
大広間の中央まで歩み進めたところで、私は違和感に眉をひそめた。
静かなのだ。
いや、静かというより――異様なのだ。
私が大理石を踏みしめて一歩進むごとに、周囲で談笑していた貴族たちや卒業生たちが、まるでモーセの前に立ちはだかった紅海のように、サササッと音もなく左右へと綺麗に割れていく。
そして、誰もがグラスを持つ手を止め、息を呑み、私の深紅のドレスを見つめて――。
「……あ、ああ……」
「なんと……なんという神々しいまでの覇気であられるか……!」
「あの深紅のドレスを見ろ……。あれは、アウグスブルク高地にて五千の鉄騎兵を無血で鎮められた、あの【軍神】の紅蓮の戦装束を模したものであろう……!」
「慈愛の聖女でありながら、国を害する悪意に対しては一切の容赦を持たぬ、王国の守護竜の如き絶対の威厳……! 美しい……恐ろしいほどに美しい……ッ!」
ヒソヒソと交わされる、震えるような感嘆の囁き声。
誰一人として、私を糾弾しようとしない。
指を差す者もいなければ、「無礼な悪女め!」と罵倒してくる者もいない。
あるのはただ――畏怖。
崇敬。
そして、神社の御神体が参道を練り歩いているのを拝む村人のような、純度百パーセントの信仰の眼差しだけだった。
「……な、何なのよ、これ」
私の口の端がピクピクと痙攣した。
違う。こんな反応を求めているのではない。
私は悪役令嬢としてヘイトを集めに来たのだ。なぜ、深紅のド派手な悪女ドレスを着てきたのに、「軍神の覇気」などと勝手に神格化されているのか。
(お、落ち着きなさい、エレオノーラ。まだよ、パーティーは始まったばかりだわ。
きっと、皆の前で堂々と糾弾するタイミングを見計らっているのよ。壇上に誰かが立つその瞬間を待っているのよ……!)
私は自分にそう言い聞かせ、壁際の給仕からシャンパングラスを奪い取るように受け取ると、一人で壁際に陣取って待機した。
退屈だ。
誰も話しかけてこない。半径十メートル以内に誰も近づいてこない。
シルヴァンの「不可侵領域令」が効きすぎているせいで、貴族たちが私の視界に入るだけで「聖女様の領域を汚してしまうのでは」と怯えて後退していくのだ。おかげで周囲だけぽっかりと無人の結界空間が形成されている。
時計の針を見れば、すでにパーティー開始から三十分が経過していた。
あくびが出そうになる。
前世の社畜時代、金曜日の夜に開催された全社懇親会で、誰とも会話が弾まずに壁際で一人ひたすらローストビーフを貪っていたあの虚無の時間がフラッシュバックする。
(だるい……。誰でもいいから早く糾弾しなさいよ。
『エレオノーラ、貴様の罪を暴いてやる!』って言いに来なさいよ。
こっちは徹夜でカンペを推敲して、喉の調子も完璧に整えてスタンバイしてるのよ!? 待ち時間が長すぎるのは、プレゼン前の精神衛生上最悪なのよ!!)
私がシャンパンを喉に流し込み、心の中でイライラと文句を並び立てていた――その時だった。
――ポロロロロロ……ン。
突如として、優雅に響いていたオーケストラの演奏がピタリと鳴り止んだ。
会場の魔導シャンデリアの光がスッと一段落とされ、大広間の正面奥――一段高く設置された【大講壇】へと、一条の眩いスポットライトが集中した。
ザワ……と、会場中の貴族たちが息を呑み、一斉に壇上へと視線を向ける。
「……ッ! き、来たわね!!」
私の心臓が、歓喜の跳躍を見せた。
壇上。ついに、断罪の舞台が整ったのだ!
さあ、誰が現れる!?
学園長か? 貴族院の重鎮か? それとも、正義感に燃える風紀委員か!?
カタ……カタ……と、靴音を響かせて壇上へと歩み出てきたその人物の姿を見た瞬間、私の期待は――メガトン級の混乱へと叩き落とされることとなった。
「……は?」
私の喉から、気の抜けた声が漏れた。
壇上に現れたのは、糾弾者などでは断じてなかった。
眩いばかりの純白の礼装に身を包み、胸元には王家の象徴たる黄金のサッシュを斜めに掛けた、絶世の美青年。
プラチナブロンドの髪を完璧に撫で付け、その碧眼を熱っぽく潤ませながら、壇上の中央へと進み出てきたのは――他ならぬ王太子、レオポルト・フォン・アウグストその人だった。
しかも。
彼の両腕の中には――。
(……な、何あれ……?)
大人の上半身ほどもある、規格外に巨大な【真紅の薔薇の特大花束】が、これでもかと抱え込まれていたのだ。
一本一本の薔薇には、朝露のようなダイヤモンドの粉末が散らされ、ライトを浴びてキラキラと眩い光を放っている。推定本数、数百本。普通に持ち上げるだけでも筋トレになりそうなほどの質量の愛の塊。
レオポルトは講壇の中央に立つと、壇上に設置されていた【音声拡声用の魔導具(水晶球のマイク)】を、恭しく優雅な手つきで指先につまみ上げた。
そして――会場の全聴衆を見渡し、その視線を、壁際に立つ私へとまっすぐにロックオンしたのだ。
「――我が学園の誇り高き卒業生諸君。そして、王国の未来を支える諸侯たちよ」
魔導具を通じて、レオポルトの甘く、透き通った美声が大広間の隅々まで木霊した。
会場中の令嬢たちが「キャッ……殿下……!」と頬を染めて胸を押さえる。
レオポルトの口元に、これ以上ないほど甘やかで、そして狂気的なまでに情熱的な笑みが浮かんだ。
碧眼に宿るのは、一切の政略も打算もない、純度一万パーセントの崇拝と愛の光。
「今夜、この栄光ある門出の場において……俺には、国王陛下の名代としてではなく、一人の男として、全霊を賭して語らねばならぬ言葉がある」
レオポルトは花束を抱え直し、私に向かって、劇場の主役のように片手を差し伸べた。
「エレオノーラ・フォン・グランヴェル。……我が魂の光、我が唯一無二の至宝よ。
お前がこの国にもたらしてくれた奇跡の数々……民を救い、軍を救い、千年の呪いを解き放ち、隣国の大軍を一人で鎮めたその気高き歩みを、俺は片時たりとも忘れたことはない。
……今日、この良き日に、俺はお前に誓おう。
この命のすべてを、この王冠の栄光のすべてを賭けて――」
(…………っっっっ!!!!)
その言葉の続きを予想した瞬間。
私の脳内で、前世の社畜時代に叩き込まれた全リスク管理アラームが、大音量でけたたましく鳴り響いた!
(死ぬ……ッ!! 死ぬわ!!
告白だ!! あいつ、全貴族の前で公開プロポーズをかまそうとしているわ!!
『俺の妻になってくれ、共にこの国を治めよう』とか何とか言い出して、花束を押し付けられる気よ!!)
背筋を駆け上がる、凍りつくような戦慄。
想像してみろ。
この何千人もの大貴族と国王が見守る卒業パーティーの壇上で、王太子からの感動的な公開プロポーズが成立してしまったらどうなるか!?
会場中は万雷の拍手。
婚約は「国家公認の絶対不可侵の婚姻」へとグレードアップ。
外堀どころか、内堀も本丸もコンクリートで完全に埋め立てられ、私は明日から毎日十六時間、国家の書類にハンコを押し、外交交渉で頭をすり減らす超絶ブラック終身雇用――【王妃ルート】へ永遠に幽閉されてしまうのだ!!
「待ちなさい……! 待ちなさいよバカ王子!!」
私の額から脂汗が吹き飛んだ。
悠長に断罪を待っている場合ではない!
あいつがあの台詞を言い切ってしまったら、その瞬間に私の人生はゲームオーバーだ!
南の島が消える!
ヤシの木が消える!
私の愛しのエンドレス有給休暇ライフが、大気圏外へと吹き飛ばされてしまう!!
「悠長に告白なんてさせてたまるもんですかァァァァッッッ!!!!」
ブチィッ!!と、私の中で最後の理性のワイヤーが音を立てて弾け飛んだ。
私は手にしたシャンパングラスを、近くの給仕の銀トレイへ「ガチャン!」と力任せに叩きつけた。
そして――深紅の豪奢なドレスの裾を、両手で豪快に、太もものあたりまでバッとたくし上げたのである!
優雅な令嬢の歩み?
淑女のカーテシー?
知るか、そんなものは粗大ゴミに出したわ!!
「どきなさいよぉぉぉぉぉぉぉっっっ!!!!」
タタタタタタタタッッッッ!!!!
私は大理石の床をハイヒールで思い切り蹴りつけ、大広間の中央のレッドカーペット目掛けて、猛烈な勢いでダッシュを開始した。
前世の社畜時代、終電のドアが閉まるコンマ五秒前に、満身の力を込めて改札からホームまで階段を三段跳びで駆け抜けた、あの伝説の【限界社畜ダッシュ】の完全再現である!
「な……な、何事だッ!?」
「エレオノーラ様が……走っておられる!?」
会場の貴族たちが度肝を抜かれて悲鳴を上げた。
だが、誰一人として私を止めようとはしなかった。
壇上の護衛についていた近衛騎士団長マティアスに至っては、大剣の柄からパッと手を離し、「全兵、散開ッ! エレオノーラ閣下の進路を妨げるなァッ!!」と叫んで、近衛兵たちを左右に跳び退かせたのだ。
モーセの海割りどころではない。
完全に、滑走路が私の目の前に敷設されていた。
「エレオノーラ……!?」
壇上のレオポルトが、花束を抱えたまま目を丸くした。
彼が「俺の言葉に応えて、駆け寄ってきてくれたのか……!」と、感動に瞳を潤ませて両腕を広げようとした――その、刹那。
ダダンッッッ!!
私は壇上の階段を三段まとめて跳び上がり、壇上の中央へと文字通り飛び込んだ。
そして、抱きしめようと差し出されたレオポルトの両腕を、フットワーク軽くヒラリとダッキングでくぐり抜けると――。
ガシィッッッッ!!!!
「へ……?」
レオポルトの間抜けな声が漏れた。
彼の手の中にあったはずの【音声拡声用の魔導具(水晶球)】。
それを、私は前世の満員電車で吊り革を奪い取るような凄まじい握力と瞬発力で、力づくでグイッと引ったくったのだ!
「よこしなさい、これは私のものよ!!」
「え……エレオ……?」
レオポルトが空っぽになった自らの手を見つめ、ポカンと立ち尽くす。
私は彼を一瞥もくれず、背中越しに肘でクイッと押し退けると、壇上の最前列――全聴衆を見下ろす真ん中へと、ドカリと仁王立ちした。
ハァ、ハァ、ハァ……。
全速力で走ったせいで、息が激しく乱れている。
だが、右手にはしっかりと握りしめられた拡声魔導具。
そして左手は――ドレスの隠しポケットへと突っ込まれ、昨夜書き殴ったあの羊皮紙の束を、カサリと音を立てて引き抜いていた。
(……取ったわ。取ったわよ!!)
私の胸の中で、勝利のファンファーレがけたたましく鳴り響いた。
主導権は奪った。
マイクはこちらの手にある。
悠長なプロポーズなど、言わせはしない。
この国の未来を決めるのは、王太子の愛の告白ではない。
私自身の、命を削った【セルフ告発(大暴露大会)】なのだ!!
私は乱れた前髪をサッと払うと、拡声魔導具を口元へとビシッと突きつけた。
――しかし。
私が「さあ、聞いて驚きなさい!」と口を開く、まさにその一瞬前。
大広間を支配していた空気は、私の予想していた「突然の乱入に対する怒りや困惑」などとは、銀河系の彼方ほどにかけ離れた方向へと、猛烈な勢いで転がり始めていたのである。
***
「…………ッッッッ!!!!」
壇上の脇で、魔導具を奪われた王太子レオポルトは――。
自らの胸に両手を当て、その場に崩れ落ちそうになるのを、激しい感動によって必死に耐えていた。
視界が、熱い涙で滲んでいく。
心臓が、早鐘のように胸壁を打ち鳴らしていた。
(エレオノーラ……ッ!!)
レオポルトの脳内で、今起きた出来事が、神代の神話の一節となって再構築されていた。
ドレスの裾をたくし上げ、周囲の制止など目もくれず、疾風のように壇上へと駆け上がってきた彼女の姿。
そして、己のプロポーズの言葉を遮り、自らの手から拡声魔導具を奪い取った、あの迷いのない手つき。
(そうか……! そうだったのだな、エレオノーラ……!!)
レオポルトの胸を、言葉にならない激しい慟哭が締め付けた。
(俺の拙い言葉など待たず……!
愛の告白などという、ちっぽけな個人の情愛に甘んじることなく……!
お前は、自らの声で……自らの言葉で、この国の未来を、民の進むべき道を、今この場で宣言しようというのだな……!!)
そう、レオポルトには見えていた。
深紅のドレスを翻し、壇上に毅然と立つ彼女の姿。
あれは乱入などではない。
王国の真の守護者たる【軍神聖女】が、時代の転換点において、自らの意志で玉座の前に立ちはだかり、歴史を動かそうとする崇高なる戴冠の瞬間なのだ!
(ああ……なんて凛々しく、なんて美しいんだ……!
俺はお前の隣に立つ男として、どこまで未熟だったのか……!
お前は最初から、一国の王妃の枠など遥かに飛び越え、この大陸全土の未来を見据えていたというのに……ッ!!)
レオポルトは抱えていた巨大な薔薇の花束を、まるで神への供物のように胸元に抱きしめ直すと、濡れた瞳でエレオノーラの背中を、ただただ崇敬の念で見つめ続けた。
そして――その熱狂は、大広間を埋め尽くしていた数千人の貴族たち、重臣たち、そして生徒たちへと、野火のように一瞬で燃え広がっていた。
「……見ろ……!」
「エレオノーラ様が、自ら講壇へ立たれたぞ……!」
「殿下のプロポーズを遮り、自ら魔導具を手に取られた……! これは……これは、聖女様自らの【国家統治宣言】ではないのか……!?」
ざわめきが、急速に静まり返っていく。
咳払い一つすら許されない、神聖なる沈黙。
大広間にいたすべての人間が、息を呑み、拳を握りしめ、あるいは胸の前で祈るように手を組みながら――壇上の中央で仁王立ちする、深紅の令嬢の「最初の一言」を、固唾を呑んで待ち構えていたのだ。
***
(……あれ?)
拡声魔導具を口元に構えたまま、私は眉根を寄せた。
静かすぎる。
衛兵が駆け寄ってこない。
貴族たちから「無礼者!」という怒号が飛んでこない。
それどころか、会場中の数千つの視線が、まるで宗教画に描かれる救世主の降臨を見つめる信徒のように、キラキラと涙ぐんだ瞳で私に集中しているのだ。
背後をチラリと振り返ると、レオポルトが花束を抱えたまま、なぜか感極まった顔で「さあ、お前の言葉を……!」とコクコク深く頷いている。
(……な、何なのよ、この空気。
まあいいわ! どんな勘違いをしていようと、今から私が放つ言葉を聞けば、全員の脳天に雷が落ちてドン引きするに決まっているんだから!!)
私は大きく息を吸い込んだ。
左手に握りしめた羊皮紙――【極悪非道リスト】を、バサリと広げる。
前世の社畜時代に培った、腹式呼吸による通る声。
マイクの感度は最高。




