カウントダウン
一時間前。
病院のとある診察室で。
「……以上の結果から、手術には非常に高いリスクがあります。現段階では、進行を抑える治療を続けるしかありません。ですが……余命はおよそ半年ほどと考えられます」
余命宣告をされたその瞬間、ひまわりはほっと息をついた。
(これでやっと解放される)
今までずっと、ひまわりは母親の望む自分を演じるため、必死に努力を続けてきた。母親の夢を叶えるために、自分の夢も人生も犠牲にして。
まだ幼い頃、父親が亡くなってから、元々優しかった母親はまるで別人のように変わり、人生や交友関係まで厳しく計画し始めた。さらには、自分が叶えられなかった夢を押し付けるようになった。
最初のうちは、ただ母親を悲しませたくなくて、言われるがままに従っていた。
けれど、時間が経つにつれ、「もうやめたい」という気持ちは日に日に強くなっていった。
それでも、母親に逆らう勇気なんて、出せるはずもなかった。
気がつけば、自分の人生を歩くどころか、ただ操られるだけの人形みたいになっていた。
こんな人生、いっそのこと死んだ方がマシだ。
「先生、他に方法はないんですか?お金がどれだけかかっても構いません、お願いします……!どうか娘を助けてください……!」
だが、ひまわりの母親はまだ諦めていなかった。
ひまわりには分からなかった。
母親が本当に心配してくれているのか、それとも、まだ欲を満たすために、自分の人生を操ろうとしているのか。
「……実は数か月前、カナダにいる私の恩師が、このがんに対する新たな治療法を開発しました。ただし、まだ臨床試験の段階です。もしご希望でしたら、私から紹介することは可能です」
「はい……! どうか、よろしくお願いいたします!」
正直なところ、ひまわりはこの操り人形のような人生から解き放たれたいと思っている。けれど、それでもやっぱり、死ぬのは怖い。
でも、生きるか死ぬかなんて、自分で選べるものじゃない。
ただ、母親の決めた道に従うしかないのだ。
その後、まだ退院はできないとのことで、病室に戻っていった。
「とりあえず、しばらくは仕事を休みましょう」
「……うん」
ひまわりは母親に背を向けるようにして、そっとベッドに横たわった。
視線の先にあるのは、どんよりとした曇り空。それをぼんやりと見つめながら、小さな声で返事をした。
「……母さんはまだ仕事があるから、病室で大人しく休んでいなさい。あちこち歩き回って、他の方に迷惑をかけないように」
こんな風に言い聞かされても、ひまわりに従うつもりはこれっぽっちもなかった。
このささやかな自由だけは、誰にも奪わせない。
もし余命が限られているのなら、せめて残された時間くらいは、自分のために生きたい。
やりたいことをやって、行きたい場所へ行って、心から笑って。
人生の最後に振り返った時、思い返すのが操られてばかりの記憶なんて、そんなのは絶対に嫌だった。
ドアが閉まる音がしてから、ひまわりはしばらく天井を見つめたままでいた。
やがて、小さく息を吐き、ゆっくりとベッドから身を起こす。
(よし、絵ちゃんにお見舞い行こうか)
床頭台に目をやると、仕事先で知り合った人たちとクラスメイトからもらったフルーツの盛り合わせが、いくつも並んでいた。
その中から一番高級そうなものを一つ選び、星絵へのお見舞いに持っていくことにした。
「お邪魔します~。」
411号室に入ると、ベッドに横たわる星絵が、片耳だけイヤホンをつけて音楽を聴いているのが目に入った。
「今日も来てくれたんだね。って、もう何も持ってこなくていいって言ったでしょ?」
「手ぶらでお見舞いに来るのは流石に気が引けるし。それにごめんね、外に買いに行けなかったから、もらったものをそのまま持ってきちゃった」
「ううん、大丈夫。ありがとう。次からは本当に気にしなくていいからね。分かった?」
「はいはい、分かったよ」
お見舞いの品を置いたところで、鋭い視線を感じた。
顔を上げると、星絵がじっとこちらを見つめている。
「ん?私の顔に何か付いてる?」
「あんた……大丈夫なの?」
「え?どうしたの、急に。ていうか逆でしょ?私が心配する側なんだけど?」
ひまわりには、星絵がなぜ急にそんなことを聞いてきたのか分からなかった。自分ではいつも通りに振る舞っているつもりだったのに。
「なんかちょっと悩み事がありそうな顔してた」
「……そうかな?気のせいじゃない?」
「もし本当に何かあったら、いつでも私に話してね」
星絵が柔らかく微笑んでくれたその瞬間、胸の奥がじんわりと温かくなった。
飾り気のないその優しさに、心は揺れ動いてしまう。
「絵ちゃんって、本当に優しいんだね……」
星絵は静かに耳を傾け、言葉を遮らず、その続きを待っている。
「私はね、小さい頃から、お母さんの叶えられなかった夢を、代わりに叶えるための道具みたいに生きてきた。今までの人生は、まるで人形みたいで……気づけば、全部お母さんの言いなりだった。だから、自分の意志で何かを選ぶことなんて、ほとんどできなかった」
ひまわりの口調には感情の起伏がなく、あたかも他人の出来事を語っているかのようだった。
それでも、瞳には微かな哀しみが滲んでいる。
「もし、私の母がもっとこんな風に優しくしてくれて、私のやりたいことをやらせてくれて、自分の望む人生を生きさせてくれていたら……それだけでよかったのにね」
せめて死ぬ前に、母とのわだかまりを解き、もう一度だけでも母の愛情を感じてみたい。
それは、彼女がまだ叶えられない願いの一つだった。
「まぁ、昨日は悠月さんにも話したんだけど。なんだか、あなたたち姉弟の前だと、不思議と気を張らずに本音を話せちゃうみたい。こうして口に出すだけでも、少し楽になるし。ありがとうね、聞いてくれて」
「家族の問題は力になれないかもしれないけど……もし少しでも気分転換になるなら、またいつでも愚痴りに来てね?耳を貸すから。もちろん、弟にも遠慮なく頼っていいんだよ」
「はい!」
ひまわりは心の底からの笑みを浮かべた。




