意味不明
初デートの翌日。
昨日の疲れがまだ残っているものの、悠月はいつも通りバイトへと向かった。
「いつも元気ないけど、今日は特にそう見えるよ」
少し忙しくしていると、澪が話しかけてきた。
「えっと、昨日ちょっと疲れてしまいまして……でも仕事に支障はないと思いますので、ご安心ください」
「ん?何かあったの?」
「別に。一日中振り回されてただけです」
「相手は男?それとも女の子?」
澪は一瞬で距離を詰めた。
そのキラキラした目に気圧されて、悠月は思わず二歩ほど後ずさった。
「えーと……女性の方ですけど……どうかしましたか??」
「もしかして彼女さん?」
「いいえ、ただの知り合いです。知り合ってまだ日も浅いですし……」
「へえ〜、そうなんだ?知り合ったばかりなのにデートしちゃうなんて、脈ありじゃん!」
「はい?」
「あの子、もしかしたら初鹿野さんに興味あるのかもよ?」
「それはないです」
悠月は迷うことなく、その勝手な憶測をバッサリ否定した。
彼の考えは少しも変わってはいない。
ひまわりが自分に絡んでくるのは、ただの偶然が重なった結果に過ぎない。
「創作のインスピレーションが欲しいな~。恋バナがあったらぜひ教えて!応援してるよ」
「だから違うって言ったじゃないですか……?」
勝手に喋って、勝手に行ってしまう。
その背中を見送りながら、ついため息を漏らした。
時間が経つにつれて、疲労はじわじわと積み重なっていった。
それでも悠月は、なんとか気力だけで退勤まで持ちこたえた。
店を出ると、沈みかけた太陽が街をオレンジ色に染めていた。
その光を浴びた瞬間、張り詰めていた神経がふっと緩んだ。
思わずあくびをこぼした、その時。
ポケットのスマホが震える。
取り出して画面を見ると、ひまわりからの着信が表示されている。
なぜ急に掛けてきたのかは分からないけれど、とりあえず応答ボタンを押す。
「あっ。悠月さん、夜暇?」
「たぶん暇じゃない」
「えー、残念だな。本当は収録の後、一緒に晩ごはんでもどうかなって思ってたんだけど」
「そうか。他にないなら切るぞ」
「ったく……昨日デートしたばっかなのに、なんでそんなに素っ気ないんだよ〜!」
「じゃあな」
雑談に付き合う気力もなく、そのまま電話を切った。
すると、怒り顔のスタンプが立て続けに届いた。
どう返せばいいか分からないので、無視することにする。どうせ本気で怒っているわけじゃないし。
ふと、スマホに付いた月のチャームに目が留まった。
これは昨日の帰り道、ひまわりにうるさく言われたので、仕方なく付けたもの。
(でも……悪くない、か)
そう思いながらスマホをポケットにしまい、病院へと続く道を歩き出した。
*
「昨日楽しかった?ちゃんとリフレッシュできた?」
悠月が病室に入ると、星絵は好奇心いっぱいの目で問いかけた。
「死ぬほど疲れてただけだ」
「でも、その顔は楽しそうに見えるよ?」
「まぁ、どうかな」
そう言いながら、悠月は袋の中からお土産を取り出した。
ぬいぐるみを見た瞬間、星絵の目がぱぁっと輝いた。
「ほら、遊びに行っても、ちゃんと姉さんのこと忘れてなかったよ」
「ありがと!」
ぬいぐるみを受け取ると、星絵はぎゅっと抱きしめ、顔をすりすり押し付ける。
もし魂でも宿っていたら、きっと天国気分だろう。星絵みたいな美人にここまで愛されるなんて。
あまりの可愛さに、悠月はこっそりスマホを取り出し、この光景を切り取ろうと――。
「ちょっと!何しようとしてるのよ!」
「あっ、バレたか」
まだ撮っていないのに、星絵はすぐに気づいてしまった。
慌ててぬいぐるみを顔の前にかざして隠すと、その拍子で目がスマホに付いたストラップに留まった。
「え?それって……もしかして昨日あの子がくれたプレゼントなの?」
「ああ、これ?昨日交換したやつ」
「へぇ〜、そういうことか」
「なんだよ、その顔」
星絵はニヤニヤしながら、意味ありげに悠月を見ている。その視線に、悠月は嫌な予感を覚えた。絶対に何か勘違いしている。
「まさかそこまでやるなんてね、弟くん」
「えっ?どういう意味……?」
問い返しても、星絵は何も説明する気はないらしい。
ぬいぐるみをぎゅっと抱きしめたまま、楽しそうに笑っているだけ。
「それは自分で気づかなきゃダメだよ。そういうのって他人が口出すもんじゃないし。……にしても、月って頭いいくせに、そういうところはほんと鈍いよね」
「はいはい、そりゃ悪かったな」
結局、何のことか分からない。
だけど、あの笑顔を見ると、まぁいいかと思えてしまう。




