第5-9話 ノーム女術師のスリープバブルって、何だ!?
『南都』路地裏通り、ロクスケの呪文屋…
「それじゃ、アタシは失礼するよ…」
大家は今度こそ呪文屋を出て行こうとする。だがその後ろ姿はもうロクスケの目に入っていなかった。
(あんな夢に意味なんてある訳無い。予知夢だって、『象牙の塔』のじじい共ですら否定してたじゃないか…)
ロクスケは自分にそう言い聞かせたが、
『助けて………』
昨夜のアゲハと思しき女性の懇願が、何度も何度も脳裏に響き渡った。
(何で………こんなに気になるんだよ………)
※ ※ ※
身動きが取れなくなった上に魔法で強化された剣で脇腹を刺し貫かれ、ステゴザウルスが息絶えた、その戦いの一部始終を、離れた場所から監視していたフード姿のノーム達は、
「あの新入りの女ども…信じられん。」「ステゴザウルスを、あんなにあっさり…」
呆然とする左右の2人とは対照的に、真ん中の女術師は高笑いした。
「あーーーっはっはっは!!そうかいそうかい!!『南都』を襲おうとしてたトライセラタップス!あれを倒した冒険者パーティーってのは、あんた等だねぇ!?こりゃとんだ拾い物だ!!」
「そっちこそ…あれを送り込んだのは、あんた等だね!?」
ヒサゴが左手を上げると、他の4人がじりじりと移動を始める。
「不可抗力ってもんさねぇ!!ま、あんた等には明日っからもジャンジャンダイナソー共を倒してもらうよぉ!!ウチ等の悲願達成のためにねぇ!!!」
言われて左にいたノームの男性は手招きし、
「ほら!今日はもう終わりだ!!こっちに来い!!牢に戻るぞ!!」
ここでヒサゴはアゲハ達と目配せし、アゲハ達は頷く。そして、ステゴザウルスの死体を背に、ヒサゴ達は距離を取って散開しだした。前方左にレッカ、右にエーコ、中央にヒサゴ、後方左にアゲハ、右にキュリア。互いに十分距離を取り、かつ、誰かが攻撃を受けたらフォロー出来る、遠からず近からずの距離…
「歯向かう気か…!?バカな奴等!!おい!眠りの呪文を…」
ノームの男が促すが、女術師は首を振り、
「だめだね。あの距離じゃ、スリープの術式で全員を眠らせる事は出来ない…だが………」
ここでノームの女術師はニヤァと笑い、
「あんた等バカかい!?こんな時にうってつけの魔法を、つい昨夜ウチが覚えたの、忘れたのかい!?」
それから女術師は杖を5人に向け、術式を走らせる。
「エクスキュート、スリープバブル!!」
アゲハから奪った、新たな眠りの術式を!!
次の瞬間、女術師の杖の先に、薄っすらと白い球の様な物が現れたかと思うと、白い球は徐々に、徐々に、大きさを増して行った。
「大きさを自由に変えられるスリープの呪文…なあるほど…術者にも今現在の大きさが分かる様に、色を付けて可視化してるのかい…」
これを使って5人全員を覆える程広範囲に効果を及ぼす催眠ガスの球を作り出せば…
「あんた等の無駄なあがきも終わりだよぉ!!観念しな!!」
「…あのトライセラタップス!もしあれが『南都』まで来ていたら、どれだけの人が死んでたと思ってるの!?」
ヒサゴが叫ぶと、ノームの女術師は平然と、
「知った事っちゃ無いねぇ!!あんた等の祖先がウチ等にした事の罰としても、全然足りないねぇ!!」
そうこうしてる間に白い靄…眠りの泡は、小柄なノームの身体の何倍もの大きさに達した。
「これだけ大きければ十分かねぇ…さすがに結構魔力を使ったねぇ…」
そろそろ頃合いか…ノームの女術師は心の中で、念じる。
("True"!!)
これで眠りの泡は杖を離れ、標的目掛けて飛んで行く…そのはずだった。
だが………
白い靄は杖から離れる様子は無い。それどころか、変わらず大きさを増して行っている。
「お…おい!」「何やってる!?早く撃て!!」
左右のノームの男達が促すが、女術師は顔を真っ青にして、
「そんな事言っても………止まらないんだよぉ!!!」
第5-5話で示した、スリープバブルの術式のソースを、もう一度よく読んでいただきたい。
do while stopbubble=false
call clustersource(a,sleepgas,mole*nmax,position)
call clustersource(a,smoke,mole,position)
input(stobpubble)
:
loop
doの中には催眠ガスと色付けのスモークの生成と、input文。これを、変数"stopbubble"に"True"と入力するまで続ける事が想定されている。
だが、input文が入力している相手は、"stobpubble"という別の変数。ここにいくら"True"を入力しても、"stopbubble"にはデフォルトの"False"が入ったまま、延々とループを続ける事になる。
つまりスリープバブルの術式には、変数のスペルミスによるバグがある。ロクスケも非難していた通り、客が使う術式としては、本来あってはならぬ事。
だが、この状況では………
昨日、ノーム達に囚われた時、女術師はスリープの術式を使っていた。彼女は虜囚を無力化する際に、スリープ系の呪文を多用するらしい。ならばとアゲハは、無限ループバグ入りの欠陥術式を女術師に構築させた。彼女があのスクロールを使う様に、狼狽して返すように懇願する演技で誘導して…そして、術式の説明を求められた時も、一次的に拒絶する事で、この術式が、アゲハ達にとって使われたら都合の悪い物だと誤認させた。
昨夜、ノーム達が牢屋を去った後、アゲハからこの事を説明されており、モンスターを倒した後の散開は、それを受けての行動だった。もっとも、エーコにとっては、ダイナソーを倒すという前提自体が信じられなかったのだが…あの時、アゲハは言った。
「…どのみち、待ってても助けなんて来ないって事よね。だから…あたし達だけの力で、ここから抜け出さないと……」
そして、今、この事態に至る。
ノームの女術師の顔色が、青を通り越して白くなって来た。目線が覚束なくなり、口元には泡すら浮かべている。無理もない。催眠ガスの分子生成に、延々と魔力を奪われ続けているのだから…
「おい、これ…」「まずいんじゃねぇのか…!?」
魔法に疎いノームの男達もさすがに状況を察し始めた。女術師の頭上に掲げられた眠りの泡は、既に直径十数mに達していた。
「…そろそろヤバいかな…みんな!!」
ヒサゴが告げると、他の4人も昨夜の計画通り、再びヒサゴの周りに集まる。アゲハは杖を掲げ、
「ラン、ファイヤーウォール!!」
ボっ!!5人の周りに、炎の壁が立ち上がった。ただし昨夜、大急ぎで術式を書き換え、形状を術者を中心とした円形にも出来る様にしていたため、5人を取り囲む形になっていた。次の瞬間、
パ ン ! ! 催眠ガスの内圧に耐え切れなくなって、バブルは弾けた。
「「うぉ………っ………」」
ノームの女術師が気を失って倒れ、左右にいたノームの男達が、催眠ガスで倒れた。それだけでは止まらなかった。白い色を着けられた催眠ガスは、瞬く間に周囲一帯に広がって行った。魔術師1人分の魔力全てを吸い取った大量の催眠ガスは、他に逃げ場の無い谷間全体を覆い、牢獄の周囲にいたノーム達と、柵の向こうの集落のノーム達と、広場一帯を徘徊していたダイナソー達を、残らず眠らせた。
元教え子であるシンコの報告から、催眠ガスは火か熱で無力化される事は分かっていた。炎の壁が消えた頃、アゲハ達5人だけが、眠らずにその場に立っていた…
周囲の安全を確認した後、ヒサゴは言った。
「…それじゃあ、ここから脱出しようか…」
※ ※ ※
ロクスケの呪文屋…
「やっぱり気になる!!」
「あぁ………!?」
背後からロクスケの叫び声が聞こえ、大家の老婆は反射的に振り返った。ロクスケは既にカウンターから出て、大家の隣を駆けていた。
「ちょっと!あんた、どこに行くんだい!!店はどうすんだい!!」
叫ぶ大家にロクスケは振り向きもせずに、
「あんた、店番しててくれ!!」
バタン!ドアが閉まり、ロクスケは店を出て行った。店内に残された大家は、
「ま、待ちな!!あ、アタシに魔法の事なんか分かる訳ゃ無いじゃなーーーい!!!」




