第5-5話 ノームって、何だ!?
「自己紹介は済んだ様だねぇ!?」
やって来たのは、フード姿に杖を持ったの女術師。アゲハ達にスリープの術式を食らわせた張本人だ。そして背が低い。石畳の上にしゃがみこんでいるアゲハ達と、目線の高さがほとんど変わらない。杖は人間の背丈に合わせて作られているのか、彼女の身長よりも長い。レッカはその姿に既視感があった。
「ボルド…」
「あぁ!?」
女術師の目がピクリと動くが、レッカは、
「ああごめん、人違いだった。知り合いに似てたんでね…」
ボルド…『南都』の職人街のミスリル武具店で働く、人懐っこいドワーフの少女。
「はん!大方ドワーフにお友達でもいるんだろ!!」
女術師はレッカのミスリルアーマーを睨みながら吐き捨てる様に言った。
「あんた等も、ドワーフ…」
ヒサゴの言葉に女術師は大声で、
「『ノーム』!!人間どもに尻尾を振った奴等と一緒にすんな!!」
ノーム…ヒサゴも聞き覚えがあった。ドワーフによく似た、背の低い亜人。
「あんた等は明日からウチ等の目的のために、化け物退治をしてもらう!!死ぬまで出られないから逃げようなんて思わない事だね!!安心しな!!武器は戦う時に返してやる。ただ…」
ノームの女術師は懐から一巻のスクロールを取り出し、アゲハを睨む。
「…これはそこのあんたが持ってた物だね。呪文詠唱を必要としない魔法…あんた等も使えるんだねぇ…」
スクロールの表紙には、"Sleepbubble programmed by Ageha"
アゲハはハッと顔を上げる。
「そ、それはあたしの…!!」
「ウチ等が根の国にいた頃、魔神との契約で手に入れた力…作り手がいなくなって、とうに伝承が途絶えた技術を、どこから人間どもが手に入れたやら…」
「だめ…それ…返して!!開かないで!!」
アゲハは狼狽する。
「あんた等の力になるくらいなら、ウチが使ってやろうじゃないの!!」
ピっ!!ノームの女術師はスクロールの封を破る。
クルクルクルクル…アゲハが絶望の表情を浮かべる中、スクロールは軸を中心にひとりでにめくれ上がって行く。
spell sleepbubble(position,rstart,nmax,ft,phit,thetat)
:
deltad=1.0
d=rstart*deltad
:
「むっ………こ、これは………」
ノームの女術師にとっても覚えのある感覚だった。あの、魔神語で書かれた呪文書を開いた時の様な…
:
form bubble(b,position,rstart,d,i2max,nitrogen)
do while stopbubble=false
call clustersource(a,sleepgas,mole*nmax,position)
call clustersource(a,smoke,mole,position)
input(stobpubble)
:
loop
:
カラン!「くっ!………うぅぅ………」
手に持っていた杖を思わず落とす女術師。虜囚達の前で痴態を見せる訳には行かない。喘ぎ声を必死に留めようとしたが…
:
c=a+b
force(c,ft,phit,thetat)
:
「ううう…うおおお"お"お"ぉ"ぉ"ぉ"ぉぉぉ~~~っ!!!!!」
ついには負けて獣の様な汚い雄叫びを上げ、果てる。
:
end spell
「はぁ…はぁ………」
荒い息をする女術師。後には、白紙になったスクロールの残骸が残された。
「おい、何事だ!?今の声は!?」
「新しい家畜に何かされたのか!?」
向こうからフードやマスク姿のノーム達が何人かやって来るが、女術師は赤くなった顔を隠す様に、
「な…なんでもないっ!!奴等の呪文書を接収しただけだ!!」
そう言われて仲間のノーム達も怒気を抑え、
「やはりお前だけで尋問するのは危険では無かったのか…!?」
気を取り直す様に落とした杖を拾うと、
「…魔人語を人間の言葉に近い形で書き下す事で読みやすくして、自由に造れる様にしたのか…で!?この術式の用途は何だ!?」
「………」プイと横を向くアゲハだったが、
ゴン!「ぐ………っ!!」次の瞬間、苦悶の表情でその場にうずくまる。女術師が長い杖の先で鉄格子の向こうからアゲハの腹を殴ったのだ。
「言えっ!!もうこうなったらあの術式はウチの物になったんだろう!?」
「………スリープの…術式………大きさを………自由に変えられる………」
アゲハが殴られた腹を押さえながら、切れ切れの息の中でようやくそう言う。
「ほう………」
女術師がくいと口角を上げる。
「………心の中で…"True"と、念じるまで、スリープの球は…大きくなって行く……"True"と念じれば…球の拡大は止まって………飛んで………行く…」
「そりゃあウチにゃうってつけじゃあないかい!!」
女術師はフードの向こうで喜んでいる様だった。スリープで相手を眠らせて誘拐したり始末したりする手口を多用していた様なので、この術式は有用だった。
「行くよ、お前等!!こいつらには明日から早速『仕事』をやってもらおう。じゃあ、ゆっくり休んどきな!!」
そう言い残して女術師は、他のノーム達を連れて牢獄の前から去って行った。静寂が訪れてからどれくらい経っただろうか。キュリアがようやく口を開いた。
「私達、『南都』に帰るのは数日後と言って出て来ましたから、捜索隊が出されるのは少なくともその後という事に…」
「…捜索隊なんか出ないと思うよ。あたい等は脱走したって思われるだろうね。」
ヒサゴが冷徹に言った。
「そんな!私達に脱走する理由なんかありませんわ!!ランクCで、実績もちゃんと、パレードまで…」
「…危険な任務をたて続けにさせられて見世物にされて、ついに心折れたかって思われちまうんだよ!!」
「脱走だったらそれこそ追手が来るだろう!?行方不明冒険者捜索クエストで…」
「その行方不明冒険者捜索クエストをこなしてる『冒険者ハンター』が、まともに仕事してないって、あたい等が一番知ってるだろう!?」
「「「………」」」
再び沈黙が牢獄の中を覆った。
「…どのみち、待ってても助けなんて来ないって事よね………」
最後にアゲハが言った。




