第5-3話 『渡河点』観光って、何だ!?
翌朝…
野営のキャンプをたたんだ一行は、再度、『小河』沿いの街道を上流へと進み、陽が南中する前に、平原の真ん中の都市が肉眼で見える距離までたどり着いた。
「あれが、『渡河点』…」
幼女が呟く。周囲を市壁に囲まれた、大きな街。それは『南都』とも変わらない。だが、その周辺に、妙な物が広がっているのだ。
「壁の外に、お家がある…」
それが、『妙な物』の正体だった。『南都』なら、壁…市壁が二重に張られ、内側の市壁と外側の市壁との間に家が建っており、幼女の家もその中の1軒だった。だがこの『渡河点』は、市壁の外側に粗末な家々が広がっているのだ。
※ ※ ※
「ここが…新しい街………」
『渡河点』に着いた幼女は、母親がアゲハ達と荷下ろしをする中、不安げに呟いた。一応、平原との境に木の棒を組んだ防護柵の様な物は張り巡らされているが、石組みの壁の中だった『南都』と比べれば心許ない。
「…ま、『渡河点』は化け物が襲って来ないから…」
「これで大丈夫!なんだろうね。」
努めて明るく言うヒサゴとレッカ。母親に幼女を含めて6人で荷馬車から新居へ荷物を運び入れると、今回のクエストはコンプリートとなった。
「本当にありがとうございました。少ないですが、報酬金はギルドに振り込んであります。」
「お姉ちゃん達、ありがとね。」
そろって頭を下げる2人の隣で、母親に似た顔の女性が一緒に頭を下げた。『渡河点』の男性に嫁に入った、母親の妹らしい。
「いえ、こちらこそ、ご指名いただき、ありがとうございました。」
「新天地での日々に、ラフカディオ様のご加護があらん事を…」
ヒサゴに続いて、最後にキュリアが祈りを捧げた。
母娘と別れて荷馬車に乗って、『渡河点』の門へと進むヒサゴ達。
「さっき見たんだけど、外側の柵の内側に、柵の跡があったよ。」
「柵を外側に作り直して、居住区を広げたって事!?」
「『南都』は東と南の市壁がありますから、あれ以上街を広げられませんからね…」
「土地や貸家の値段も、『南都』の新街区より、こっちの柵の中の方が安いんだろうね。」
周囲に広がる粗末な家々を見つめながら、ヒサゴは言った。
「そういう意味でも、あの母娘は、こっちに来れてよかったんだろうね。次にあたい等がここに来る時は、あの柵ももっと外側に作り直されてるかも…」
やがて荷馬車は『渡河点』の門に至り、衛視と一言二言やり取りをし、門をくぐる。荷馬車を業者に預けると、『ファングドフラワー』の4人は、『渡河点』の大通りに降り立った。
「さて…少し街を見てから、冒険者ギルドで何かクエストを受けてみようか。」
ヒサゴはそう言い、連れ立って大通りを歩きだす。
「何て言うか、その…」通り沿いの建物や屋敷を見回しながら、レッカが言う。「『南都』と比べて、街自体が広いはずなのに、建物一軒の敷地も、広いみたいね。」
「屋敷の庭も広そうだし…」
「やはり『南都』は、手狭な中に無理やり人も屋敷も押し込んでるのですわ…」それからキュリアはボソっと、「…私達人類には、『奧都』が…化け物どもに奪われた大地が、必要なのですわ…」
「…王様達みたいな事、言わないでよ…」
アゲハが呟くと、キュリアも慌てて、
「そ、そうですわね…」
それから再び街並みを見回す4人。
「『渡河点』なだけに、立派な橋もすごいけど…あのお屋敷もすごいね。」
ヒサゴが見つめる先にあるのは、広い屋敷が多い中でも一際広くて立派な屋敷。
「あれは『渡河点』の領主の、公爵様のお屋敷ですわね。」
キュリアが言うと、ヒサゴが、
「それでか…お屋敷の周りの警備が厳重なんだよね。」
公爵邸の周りは、門と言わず高い塀と言わず、あちこちに私兵と思しき目つきの鋭い者が見張っていた。
「ああ、それは、このお屋敷には、公爵様だけでなく………王弟様も住んでいらっしゃるからですわ。」
「王弟って…『南都』の『離宮』にいる王様の弟って事!?何でまた、『離宮』じゃなくて、こんな所に、居候みたいに…」
「それは………王弟様は本来、別の場所の領主なのですわ。ですが、理由あって、領地に入らずに治めていらっしゃるからですわ。」
「へぇ…ちなみに王弟様の本来の領地って、どこさ!?」
キュリアは眉をしかめて、
「………『北都』。」
「ああー…」
聡明な王に対して暗愚な王弟、そういう噂を聞いた事がヒサゴもあったが、これでますます、王弟がどんな人物かはっきりした。
「…『北都』は、冒険者とその関係者だけの、要塞。王弟なんて、見た事無かった。」
吐き捨てる様に言うアゲハの言葉が、それを裏付けた。
※ ※ ※
さて…
一通り街も見回ったため、冒険者ギルドへ行って、何か『渡河点』ならではのクエストを受けてみようかと思っていた4人。その事もあって、ロクスケには出掛けに『何日間か出る』と伝えていたのだが…
「なに…これ…!?」
クエストボードの前でヒサゴは呆然となった。元々大きくない掲示板に、2~3件のクエストしか貼られていないのだ。しかもほとんどがゴブリン退治やら何やらの明らかに彼女等が食指を動かしそうにない物ばかりで、それらもあらかた誰かに受注された後だった。
「あの…他に何か、クエストはありませんか!?」
「ここには貼れない、その…難しい奴は…!?」
ヒサゴとレッカは訊ねたが、受付嬢は困った顔で、
「申し訳ございませんが、ランクCパーティーの皆様のお手を煩わせる様なお仕事はございません…」
彼女等がギルドに入って来て、カウンターでランクCの冒険者タグを見せた時の、受付嬢の微妙な表情の理由が今分かった。『酒場』を見回してみても、退屈そうな冒険者が数人、生あくびをかみ殺している。空気が弛緩していた。酒に酔ってのバカ騒ぎをしている『南都』の冒険者達の方が、よっぽど活気があると言えた。
「『渡河点』は、モンスターに教われる危険性が少ない前提だからね…」
「難易度の高いクエストも少なく、たまに来る依頼も、所属の冒険者に優先して回す…」
「『南都』は冒険者の頂…なんて事!?あたしが言った事が正しかったなんて…」
最後にアゲハも独り言ちた。そう言えば、『南都』の冒険者で、『渡河点』のギルドでクエストを受けた時の事を話す者は、ほとんどいなかった。
「邪魔したね。帰るよ。」
ヒサゴが言うと、他の3人と共にギルドの出口へと向かった。あのクエストボードに貼られているゴブリン退治を受けても、地元の冒険者達の仕事を奪うだけだ。
「お役に立てず、申し訳ございません。」
4人の背中に慇懃無礼にお辞儀をする受付嬢。アゲハは明らかにランクも実力も低そうな『渡河点』の冒険者達を見て、
「…万一ここに危険なモンスターが襲ってきたら、あいつ等にみんなを守れるのかしら…!?」
※ ※ ※
冒険者ギルドから出て来た4人、
「なんか私達、歓迎されてないみたいだったね…」
レッカが言った。さっきの『酒場』にいた冒険者達からは、弛緩した空気と、そして…彼女等への冷淡な視線を感じ取れた。
「あいつ等が、じゃなくて、この街全体が、かもね。難しい言葉で、『排他的』って言うんだろうね。」
ヒサゴも続けた。
「…ま、『豊かな街』が、豊かさを求める移住者を次から次へと迎え入れたら、人で溢れちゃうからね…」
アゲハが言った。
「…しょうがない。予定が少し早いけど、『南都』に戻ろうか…!?」
ヒサゴが3人にそう言ったその時、
「お姉さん達、稼ぎ口をお探しかい!?」
声が、した。ギルドの脇の、停まっている馬車の陰に隠れた、狭い路地から。見るとそこには、マントやフードを着込んだ数人の人物。
「ウチ等がお姉さん達に、いい仕事を紹介出来るんだけど…」
声からすると中心の人物は女性らしいが、異様なのは彼女等の背丈だった。全員が、女性であるアゲハ達の胸にも届かない背の低さだった。
「何か怪しいなぁ…」
ヒサゴが疑う様に言ったが、フード姿の女性は、
「ウチ等も困ってるんだよぉ…」
ギルドにも頼めない事情があるのだろうか。いずれにしても、このまま帰るのも勿体ない。そういう思いが、アゲハ達4人を馬車の脇を抜けて路地に入らせた。
「それで…仕事ってのは…」
ヒサゴが言いかけたその時、
「エクスキュート、スリープ!!」
フードの女はそう唱えた。
(魔法!?)(術式!?)
4人の間に緊張が走った。アゲハは咄嗟に思い出した。『エクスキュート』、その言葉と共に魔法を行使したという者達と遭遇したという教え子の話を。あの時シンコは、咄嗟に炎系の魔法を打ち込んで逃げ切ったという。スリープ系の呪文は催眠ガスを飛ばしている。可燃物なら火で燃えるし、毒なら熱で変質する。だから、
「ラン、ファイヤーボー…」
言いかけてアゲハの口は止まる。ファイヤーボールを、撃つ!?彼女の膨大な魔力で!?この、街中で!?その躊躇が命取りだった。
「う………っ!?」
4人は奈落に落ちる様な睡魔に襲われ、その場にパタンパタンと倒れこんだ。
「…連れて行け。」
フードの女がそう命じると、周囲の者達はアゲハ達を麻袋に包んで、路地を隠す様に停めてあった馬車へと運び込んだ。
程なくして、馬車は、ゆっくりと走り出し、『渡河点』の大通りを行き、門から出て行く。『南都』から来た女ばかりの腕利き冒険者パーティーは、人知れず、姿を消した…




