第1-9話 虫籠から出された蝶って、何だ!?
両親の顔は覚えていない。
5歳で孤児になったあたしはキンダーガーデンに入れられた。
幼いあたしには、それしか道が無かった。
やがて魔法使いの資質が見込まれたあたしは『象牙の塔』に引き取られた。
親の無いあたしには、それしか道が無かった。
『象牙の塔』のお師匠様の下で、あたしは懸命に魔法の修行に勤しんだ。
何も無いあたしには、それしか道が無かった。
魔術師として認められたあたしは、『北都』で冒険者パーティーに入って、モンスターとの戦いの日々に明け暮れた。そのせいで前任者のロクスケを追い出されたけど…
自身のこれまでの養育費を支払うには、それしか道が無かった。
そして、あたしは『南都』へやって来た。
※ ※ ※
盗賊とビキニアーマー女戦士を捕縛した翌日、『南都』の東、『廃都』から続く街道…
アゲハ、ヒサゴ、レッカの3人はフィールドにいた。クエストは昨夜の内に既に受注してある。街道の害獣駆除。
「あたい達がモンスター退治かぁ…」
「一応、私は戦士なんだけどね…」
ヒサゴとレッカが言った。腕力で男に劣る女性の上、2人しかいなかったため、ずっと敬遠して来た戦闘が前提のクエスト。アゲハの加入と、彼女の助力によってシティーアドベンチャークエストが完遂されたため、ついに2人もその一歩を踏み出す事にしたのだ。
「大丈夫。あたし達にも出来るって事、みんなに見せてやろう…」
最後にアゲハが言った。3人の目の前には、小さな洞窟、そして…
「いるね…」「ああ………」
ヒサゴとレッカが声を潜めて言った。洞窟の入口付近には、ぷよぷよと蠢く、緑色の不定形な存在が数個…いや、数匹。あれで生き物…モンスターらしい。
「スライム………」
アゲハが言った。初心者の標的となるモンスター。だが丸腰の一般人が襲われたらひとたまりもない。
「ま、安心したよ。アゲハがいきなりドラゴン狩ろうとか言い出さなくてさ…」
おどけた様にヒサゴが言う。アゲハは落ち着いた口調で、
「あそこから始めましょう、いいわね!?」
ヒサゴとレッカは頷いた。戦力も経験も足りない2人は、最弱モンスター退治から始めなければならない。
「でもさ…あれってダンジョンの奥で天井にへばりついてていきなり落ちて来て、少しずつ全身溶かしてくって聞いたけど…」
「うぇ〜〜〜…」
その姿を想像したのかレッカが嫌な顔をする。
「でもあいつら、外にいるね…」
洞窟の入口をぶよぶよと動くスライム達を指差す。
「おまけにあいつら、柔らかすぎて剣が効かないって聞いたけど…」
「初心者冒険者の練習相手、よね…!?」
「そこは後で説明するわ。」アゲハが杖を構える。「そろそろ始めるわよ。」
アゲハの左右でヒサゴとレッカが、それぞれ弓と剣を構える。
「詠唱の時間稼ぎは………いらないね!?」
「ええ…」
すぅ…アゲハは息を吸い込み、左手を前に掲げ、
「ラン、ファイヤーボール!!」
その一言で、アゲハの左手から火球が現れ、放たれ、
ボ ン! 1匹のスライムに着弾した火球は、瞬く間に周囲のスライムの一群に燃え移り、あっという間に炎に包まれた!!
「すご…!!たった一言で…!!」「まさに、『火力』、だね…」
ぶよぶよと身体を震わせながら燃えて行くスライム。幸運にも炎から逃れた者も何匹かいるが、
「わ、私達も!!」ザクッ!! レッカが剣を振り下ろしてスライムを斬り倒し、
ヒュン! トスッ!! ヒサゴが放った矢がスライムの核を貫き、ぶよぶよと絶命する。
「矢が勿体ないかな…」ヒサゴは弓を背負って両腰から短剣を抜き、
「シュっ!!」逆手に持って最後のスライムを斬り裂く!スライムを焼いていた魔法の炎は多くのスライムを焼き尽くすと程なくして鎮火し、スライムの一群は全滅した。
クエスト、クリア。後はスライムの死体の一部を切り取って冒険者ギルドのカウンターに持ち帰れば、報酬が貰える。
「それにしても…やっぱり剣も矢も通じるじゃん…」
ヒサゴが自身が斬ったスライムを見下ろしながら呟いた。
※ ※ ※
『南都』への帰り道…
「あたし自身受け売りで、上手く説明出来ないんだけど…」アゲハが言った。「…ヒサゴが言ってた、ダンジョンの奥のスライムは動物、浅い階層やフィールドのスライムは植物らしいの。」
「動物と…」「植物…!?」ヒサゴとレッカは首を傾げる。
「動物のスライムは柔らかいから、剣が通じにくい上に、天井からの不意打ちが出来る程の運動能力があるけど、植物のスライムは…木は硬いから斧で切れる上に、そもそもあまり動けないでしょ!?」
「うーん…」「そんな物かな!?」
「おまけに植物だから、定期的に陽の光を浴びないといけないから、ダンジョンの奥に居られないのよ。」
「そもそも全然違う物なのか…」
「斥候ギルドの親方が、『お前等もいつかダンジョンに潜る時は気をつけろよ』って言ってたけど…」ヒサゴが未だ陽光高い天を仰いで呟いた。
「あたい達がそんなになれる訳無いじゃん…」
「そだね…」
レッカもそれに同調する。
「…と、とにかく、今日のクエストは成功よ。」
そう言いながら、アゲハは思った。長い呪文詠唱を必要としない、詠唱中断の危険性も低い、ロクスケの魔法の術式。認めたくないけど、これは大きな戦力になる。これからの『南都』での冒険者活動には、特に…
「ヒサゴ達だってちゃんと戦えたじゃない。帰って報告しましょ…」
あらかたあんたが倒したんだけどね…ヒサゴはその言葉を飲み込んだ。
※ ※ ※
数刻後、『南都』冒険者ギルド、『酒場』…
「なんで………」
信じられない物を見て呆然となるアゲハ。そこにいたのは、彼女が訴えたはずのビキニアーマー女戦士。周囲には彼女の『自由恋愛』相手の男性冒険者達もいる。
「厳重注意されたけどぉ、クビにだけはならなかったわぁ。ま、当分『自由恋愛』は自粛だしぃ、『奉仕活動』が義務付けられたけどねぇ…」
最後は忌々しそうに言うと、周囲の男達が、
「ざまみろ女どもぉ!!」
「…お上の肝いりで始まった制度だ。『品位を貶める行為』をしちゃだめだけど、落伍者を出す訳にも行かないんだろう。」
ヒサゴが言った。
「そこのあんた!!」ビキニアーマー女戦士がレッカを指差し、「あたしがあんたの鎧を着たら、動けないでしょうねぇ!!」次いでヒサゴとアゲハを指差し、「鍵開けも魔法も出来ない!モンスター退治も街の何でも屋も出来ない!!結局あたしが『養育費』を払うには、このビキニアーマー着て『戦う』しか無いんだよぉ!!」ヒサゴとアゲハも何とも言えない気持ちになった。解っていた。戦う術が手に入った自分達は、まだましなのだ…
「じゃ、これからワイバーンバリスタでの寝ずの番だからねぇ…」
そう呟いて、ビキニアーマー女戦士はツカツカとギルドを出て行こうとする。アゲハ達とすれ違いざまに、
「忘れんじゃないよ…あたしがいるから、あんた達は男共に襲われずに済んでんだよぉ…」
男達を連れて、ビキニアーマー女戦士は去って行った…
「…あれはどういう事…」
アゲハがカウンターに詰め寄ろうとしたが、
「おっと、待ちなぁ姉ちゃん…」
スカーと呼ばれている頬に傷のある冒険者がアゲハを呼び止める。ずっとアゲハに『酌をしろ』としつこく絡んで来ていた、粗野で下品な男だ。
「………あんた、『北都落ち』なんだろぉ………!?」
カっ………!!その言葉を聞いてアゲハの顔が怒り顔のまま赤くなる。
「偉そうな事言ってっけど、『北都』のエリートパーティーをお払い箱になった落伍者なんだろ、ああ!?」
アゲハが無言でスカーを睨みつけるが、スカーは止まらない。
「きれいな虫籠に飼われていたのは昔の話、今じゃ俺等と同じ、ゴミ漁りの害虫よぉ!!お高く止まってねぇで、仲良くやろうやぁ!!」
ギリっ…!!奥歯を噛む音が聞こえ、
「アゲハ…」
心配そうにヒサゴがアゲハを見つめる。
「…精算、お願い。」
それだけ言い残して、アゲハはとんがり帽子の前をグイと下げると、逃げるようにギルドの入り口を出て行った。ガランガランと、ドアのベルが耳障りな音を立てる。
「楽しみだなぁ!!お前はいつまで保つのかぁ!!」
スカーの声と、男共の笑い声が、背後に響いた。
※ ※ ※
『南都』の大通りをズカズカと歩きながらアゲハは思った。
(両親の顔は覚えていない。5歳で孤児になったあたしはキンダーガーデンに入れられた。幼いあたしには、それしか道が無かった。)
すれ違う人とぶつかりそうになりながらも、道を譲ろうともしない。しまいには通行人から彼女を避けて行った。
(やがて魔法使いの資質が見込まれたあたしは『象牙の塔』に引き取られた。親の無いあたしには、それしか道が無かった。
『象牙の塔』のお師匠様の下で、あたしは懸命に魔法の修行に勤しんだ。
何も無いあたしには、それしか道が無かった。)
やがてアゲハは大通りを外れ、狭い路地裏へと入って来る。
(魔術師として認められたあたしは、『北都』で冒険者パーティーに入った。やっと見つけた、あたしが輝ける場所。あたしは来る日も来る日も、モンスターとの戦いに明け暮れた。ようやく手に入れた自分の居場所を失わないためには、それしか道が無かった。)
路地の曲がり角を何度も何度も曲がり、路地は段々細くなる。
(そして…あたしは『南都』へやって来た。
あたしは『南都』冒険者ギルドで実績を積み、『北都』に帰る。
『北都』の冒険者パーティーを…輝ける場所を失い、『北都落ち』したあたしには、それしか道が無い。)
建物の隙間から見える海峡向こうの『北都』の街明かりを見つめながら、アゲハは細道を歩き、やがて一軒の小さな家にたどり着く。看板すら上がっていないその店のドアを、アゲハは開ける。
(大丈夫。何もかも失ったあたしだけど、そのための手段は手に入れた…)
ギィ…耳障りな音を立ててドアを開けると、薄暗い店内は壁じゅう背の高い棚で覆われ、棚という棚にはスクロールが雑然と置かれている。そしてその奥には、白紙のスクロールにペンで術式を書き込む、チュニックを着た暗そうな男。ドアの軋む音が聞こえていた筈なのに、アゲハが近づいてようやく顔を上げ、終始不機嫌そうな声で言う。
「…いらっしゃい…何だ、またお前か。」




