第1-10話 あたし達の牙って、何だ!?
もう100年近く前になる。
この世界…『湾岸地帯』に、一組の男女が訪れた。
既に壮年の域に差し掛かっていた彼等は自分達を、『冒険者』と名乗り湾の東の最奥、肥沃な三角州に築かれたこの国の都…『奥都』に拠点を定めると、『湾岸地帯』の各地を冒険して回り始めた。
街道の安全を脅かす危険なモンスターを退治し、ダンジョンを攻略して宝物を持ち帰り…荒涼たる北岸から、温暖な南岸まで…
当初は冷淡な目で見つめていたこの国の人々も、2人が実績を積んでいくと徐々にその周囲に集まってきた。ある者は助けを求めて、またある者は報酬と財宝と戦闘と名声と、そして何より冒険を求めて…
こうして『奥都』に冒険者ギルドは作られ、彼等が去った後も、その後を継ぐ者達によってその活動は維持された。
しかしこの国にも軍隊と、騎士団は存在する。民の平和は本来、その様な者達によって維持されるべきだし、何より名目上は一般人である冒険者が自衛以上の武装を所持する事を、その様な者達が快く思う訳がない。
100年、良く保った物である。冒険者は時代の徒花として消えて行く運命の筈だった。しかし、
十数年前のある日、『湾岸地帯』を揺るがす大事件が起きる………
※ ※ ※
スライム退治の前夜…
とある酒場でささやかな宴が催され、ヒサゴとレッカと、そしてアゲハの、ヒーラーのいないたった3人の、女ばかりのパーティーは結成された。
そして2日後、つまり、スライム退治の翌日、『南都』、冒険者ギルド…
※ ※ ※
クエストボードには多種多様な依頼が掲示されていた。スライムやゴブリン退治、市民からの依頼、行方不明冒険者の捜索(生死問わず)…ピっ! その中の1枚をはがしたヒサゴは、アゲハとレッカと共に、それを受付へと持って行った。
「これ受けます。」
ヒサゴがそう言うと、受付嬢はそれを確認した上でサインし、
「かしこまりました。それでは、『テアリング・ティース』討伐クエストは、『ファングドフラワー』様が受注されました。」
「あん………!?」
『酒場』で飲んでいたスカーは呟いた。それから『酒場』の端の極彩色の祭壇の向こうにある掲示板…ギルド所属パーティー名が掲げられている掲示板を見た。ランクCパーティーの欄に自分達のパーティー名、ランクDパーティーの欄…一番最後に、あった。”Fanged Flowers”。
「『牙持つ花』、か…勇ましいのかなよっちいのか分からん名だな…」
スカーがそうぼやいた頃、ヒサゴ達3人…『ファングドフラワー』は、最後に『酒場』の隅の祭壇に祈りを捧げると、ガランガランとドアベルの音を響かせてギルドを出て行っていた。残された男性冒険者達は、
「女共がモンスター退治かぁ…」「へっ!どうせ泣いて帰ってくるのが落ちさ!!」「その祭壇の、仲間入りだけはかんべんだぜぇ!!」「いくら新入りを加えたからって、『北都』でも駄目だったもんは『南都』でも駄目に決まってるだろう!!」
最後にどっと笑うと、自身の前のジョッキに意識を戻した。
※ ※ ※
数刻後、『南都』東部の、『廃都』へと続く街道…
ガラガラガラ…「助けて下されぇぇぇ〜〜〜っ!!!」
1台の荷馬車が、街道を疾走していた。その後ろには、十数羽のウサギが群れなして追いかけている。血走った目で…元々ウサギの目は赤いので見分けがつきにくいが…
ウサギ達と荷馬車との距離は、段々と縮んで来る。うち一羽の体当たりが荷馬車の後ろに当たりそうになった時、
ボ ン ! どこからか飛来した火の玉がウサギに当たり、巻き添えを食った数羽のウサギが丸焼けになる。
キっ!! 残る数羽のウサギと、荷馬車の御者が、一斉に火の玉が飛んで来た右を向く。そのはるか彼方、草原の真ん中に、いた。とんがり帽子に黒マントの、杖を掲げた人物が………
アゲハだ!!
「だーいじょーうぶですかーーー!?」
「もう少しで『南都』です!全速力で走って下さーい!!」
レッカとヒサゴの声もした。
荷馬車の御者は、声の主も杖の魔法使いも女性である事に少し驚いたが、
「は、はいぃぃ!!」
とだけ返事をして、馬に鞭打ち馬車を走らせる。
「全く驚いたよ…街道歩いてたらいきなりあんたが走り出すんだからね…」
「あの人が、襲われてたのが見えたの。」
「目がいいんだね…スカウトのあたいが形無しだね。」
ヒサゴにそう言われて、アゲハの短く尖った耳がピコピコ上下に動いた。
「それにしても、ウサギが荷馬車を襲うなんて…ネームドが出たせいだね、やっぱり…」
野生動物の中には、定期的に他よりも強い個体が現れ、人間達から決まった個体名が付けられる。そう言った『名前持ち』が出現すると、群れが大きくなり、狂暴性も増す。たとえ本来おとなしいとされる生物であっても、である。そして行き着く先は、畑を荒らすか、今回の様に旅人を襲うか…いずれにせよ、誰かが駆除せねばならない。そこで、冒険者の出番である。
タッタッタッ…!! 仲間が焼かれたのに恐れもせず、残る数羽のウサギ達はアゲハ達へと突進する。
「さあて…ヤンチャなウサちゃんにお仕置きしないとね…」
ヒサゴが言う中、アゲハが目を凝らす。
(もう少しで射程距離…範囲は…)
ウサギ数羽分の円をイメージし、唱える。
「ラン、エリアファイヤー!!」
ボ っ!! ウサギ達のいた範囲が丸く火を吹き、そこを通りかかったウサギ達が一瞬で絶命する。まだ2〜3羽のウサギが火の海から逃れる事が出来たが、ヒサゴの射る矢と、ショートソードに持ち替えたレッカによって狩られる。
(指定箇所を中心に、指定範囲に火ダメージを与えるエリアファイア…射程も短いし範囲から逃れられる危険性もある。そもそも飛んでる敵には効果が無いわね…)
タッタッタッ… 左から小さないくつもの足音がする。そこにはさらに数羽のウサギが駆け寄っていた。
「ラン、ファイヤーウォール!!」
ボ っ!!アゲハ達の左側に火の壁が立ち上がり、そこにぶつかったウサギ達は丸焦げになる。
(指定幅、指定高さの火の壁を生じるファイヤーウォール…射程はエリアファイヤーよりさらに短いし、避けられたり火傷覚悟で突破される危険性がある。おまけにどっちも魔力消費が大きい…)
そう考えると、『火を球にして飛ばせる魔法』の使い勝手が良すぎるのだ。
「夕ご飯に、兎肉のソテーを、食べたい、ね!!」
ショートソードを振りながら、レッカが言うと、
「あんた、あれ見てよくそんな事言えるね!!」
アゲハの魔法で生きたまま焼かれるウサギの群れを指差してヒサゴが言う。
「いいじゃない!?私は食って体力つけるのも仕事だし…」
その緩い会話にアゲハは眉をひそめたが、すぐに正面に向き直る。ザっ…!!アゲハ達の正面に現れる新たなウサギの群れが現れたのだ。それを見たヒサゴも少し緊張した声音で、
「とりあえず…あいつ倒したら、今晩のおかずが一品増えるよ。」
新たな群れの中心の一羽は他より一際大きく、凶暴そうだ。間違いない、こいつが今日のターゲット…
「『切り裂く歯』か…でも、歯よりも牙だ。アゲハ!」
「ええ…」
すぅ…アゲハは息を吸い込み、叫ぶ。
「ラン、ファイヤーボール!!」
ボ ン!! 掲げたアゲハの左手から火の玉が射出され、『テアリング・ティース』へと着弾する。
ボ ォ!! 取り巻きのウサギ達を巻き添えにしながら、アゲハが造った地獄は燃える。タッタッタッ!!火の海から飛び出す影が1つ!全身火だるまになりながら、なおもアゲハ達へと突進する『テアリング・ティアーズ』だ!!ヒュン!正面からヒサゴの放った矢が飛んで来るが、タっ!!『テアリング・ティアーズ』はそれをサイドステップで避ける。サクっ!!避けた先に待ち構えていたヒサゴの剣が振り下ろされ、『テアリング・ティアーズ』は、片耳と、首を切り落とされ、絶命する。自慢の前歯はアゲハ達に届く事は無かった…
タッタッタッ…無数の小さな足音が遠のいていく。ボスの死によって、彼等は元の無害な野生動物に戻るだろう。そして、これで街道に平穏が訪れるだろう…
「終わりだね…」「ああ…引き上げようか。」「そいつの死体、持って帰るの忘れないでね…」
アゲハ達は丸焼けのウサギの死体を袋に詰めると、街道を西へ…『南都』へと、引き上げて行った…
※ ※ ※
数十分後、『南都』冒険者ギルド、カウンター…
ドサっ!! 袋が放られた音が鳴り響くと、『酒場』の男共が一斉にカウンターに並んだ3人の女の方を向いた。
「嘘だろ…」「あの女共が…」「『北都落ち』が…」
モンスターの死体袋を持って奥へと引っ込んで行った受付嬢が戻って来て告げる。
「確認しました。『テアリング・ティース』、討伐クエスト、コンプリート。報酬は銀貨でよろしいですか?」
「あ、あたしは金貨で…」「じゃあ残りは銀貨と銅貨で。」
じゃらっ!! 1枚の金貨と銀貨と銅貨の詰まった袋が2つ並べられた。
「「やったぁ!!」」
ヒサゴとレッカが飛び上がって両手をパン!と打ち鳴らす。アゲハは黙って1枚の金貨を受け取った。
「ケっ!!たかがウサギだろ!?」「その程度で喜んでんじゃねぇよ!!」
『酒場』の男共から冷淡な反応が上がったが、
「あ、そうだ。さっき東の大門から『南都』へ入って来た農夫の方が、『ここへ来る途中にモンスターに襲われていた所を、女の冒険者に助けられた』と感謝されてましたよ。」
受付嬢にそう言われて、『酒場』の男共は黙るしか無かった。一部始終を『酒場』の片隅で眺めていたスカーは、
「新たな商売敵、出現、か…ま、それはそれでいいか…」
そう呟くと、自分のジョッキをあおった。
「早速メシにしよう!!」「アゲハ!あんたも食べるでしょ!?」レッカとヒサゴが嬉しそうに言う。レッカは本当に兎肉のソテーを食べるつもりなんだろうか…
「あー、あたしこの後やりたい事があるから…」
そう言って、アゲハは冒険者ギルドを出て行った…
ガヤガヤと騒々しいギルドを背に、アゲハは思った。
(あたしは『北都』へ帰る。そのために『南都』で実績を積む。そのためにも…あたしは知らなければならない。魔法を…ロクスケの術式を…!!)
アゲハもまた、自分の『牙』を研がねばならないのだ…




