第4-17話 新刊販売会って、何だ!?
『南都』では3日に1回…日付を3で割った余りが1の日に、バザーが開かれる。
大通りに露店が並び、大勢の買い物客でごった返すのだ。
そして、バザー会場の端に、今回、売り手側として初参加の店があった。
「はぁー…だる…なんで呪文屋なのに呪文を店で売っちゃいけないんだよ…」
バザーの前日、呪文屋のカウンターで納得いかない顔のロクスケはボヤいた。
「しょうがないじゃない。大家さんからクレームが来たんだから。」
アゲハがロクスケを宥めた。
『ファイヤーキューブ』等のキューブ系の呪文書は、新人冒険者向けに先行販売していたが、今回、一般のお客向けにも販売される事になったのだ。だがここで1つ問題が発生した。
新刊の発売日には大勢のお客が訪れる事が予想される。そしてロクスケのスクロールショップは路地裏通りの奥。
狭い通りで通行の邪魔になるか、押し合いへし合いで怪我人が出るか…
かくして、大勢の人を集めるスペースが確保できるバザーの日が発売日にされてしまった。
「流行らない呪文屋、だったのになぁ…」
ロクスケは贅沢なボヤきを口にし、
「…まあ、お前等、よろしく頼むぜ。」
目の前のアゲハ達に告げると、
「任せときなさい!この術式はあたしが作ったんだから!!」
アゲハがその豊満な胸をポンと叩いた。
「私も売り子としてお手伝いさせていただきますわ。」
キュリアも対抗するかの様に修道服の下の胸を揺らした。
「お前等も、当日は頼んだぞ。」
ロクスケはアゲハの隣に立つシンコに言うと、
「はい…精一杯、勤めさせていただきます。」
シンコは控えめな返事をした。
「シンコちゃん、シティーアドベンチャー…街の何でも屋も、冒険者の大事な仕事よ。」
ヒサゴがにっこり微笑みながら言うと、
「でもよぉ………なんんんっで俺達まで駆り出されるんだぁ!?」
店に呼び出されたもう一人の冒険者…スカーがぼやいた。
「…言ったでしょ!?シティーアドベンチャーも冒険者の大事な仕事だって。あんた等にしか出来ない役目があるんだからさあ…」
ヒサゴがからかう様にスカーに言う。
オホン…ロクスケが咳払いを1つすると、
「じゃあ…当日の打ち合わせをするぞ…」
※ ※ ※
そしてバザー当日…
大通りの端のロクスケの露店には、ロクスケ本人を挟んで、左右にアゲハとキュリアが並ぶ。3人は売り子だ。
目の前の売り台には、魔法の呪文書が山と積まれていた。『ファイヤーキューブ』の様なキューブ系の攻撃、弱体、回復、強化呪文、そして、『ウェポンアーツ』のモーションデータ。
露店の前にはきっかり20人の列。実はもっと並んでいるのだが、少し離れた広場に待機させられているのだ。
「こんなにたくさんの人が…俺の呪文書を買いに…」
ロクスケは柄にもなく感動に目を潤ませている様だった。
「冒険者だけじゃなく、市井の魔術師や、『河口』を拠点にしてる冒険者も来てるんじゃないかな!?それに、スカウトの中にも魔法が使える奴が増えたし、『ウェポンアーツ』も、レッカのモーションデータ目当てで買いに来た戦士もいるだろうし…」
誘導係のヒサゴが言った。
「ほら、ロクスケ!皆さんに挨拶して!!」
アゲハに促されてロクスケは、集まったお客に宣言した。
「お待たせしました。これより新刊呪文書の販売を開始します!!」
パチパチパチ…集まった客達から拍手が起きた。
※ ※ ※
「「「キャーアゲハ先生~~~!!」」」
列の先頭に並んでいたのは、女性魔術師の3人組だった。ワイバーン討伐の直前に、ギルドの酒場で、アゲハの術式を買おうと噂話をしていたのをヒサゴに目撃された、あの3人だ。
「アゲハ先生!!先生の呪文書、すっごくよかったです!!」
「読んだ瞬間、身体の芯がフワーッと熱くなって、天にも登る心地でした!!」
「新刊も期待してます!!はぁはぁ…」
3人の顔は既に上気していた。人目をはばからず荒い息をし、腰をもじもじさせている。
「あ…ありがとう…」
その勢いにアゲハは戸惑いながら、
(そうか…彼女達、女性冒険者達は、力で男に劣るから、ずっと不遇だったのか…あたしの術式が、彼女等の戦う力になってるんだ…)
と、納得し、彼女達を見つめながらにっこりと微笑み、こう告げた。
「…皆さんに、女に産まれた事の悦びを感じさせて差し上げます!!」
「「「キャ~~~~~!!!」」」
3人から黄色い歓声が上がる。それを見ていたヒサゴは、
「…これ、魔法の呪文書の話だよね…!?」
今に当局から、ロクスケの呪文書の販売を禁止されるのでは無いか、と、妙な心配が過ぎった。
「キューブ系の攻撃、弱体魔法、1部ずつ下さい!」
「私も!」
「アゲハ先生の魔法、全部揃えてます!!」
3人はそろって新刊を手に取って行く。
「ありがとう、あなた達。ところで、あたしの術式を全部持ってるんだったら………」
アゲハは売り台の端を見つめ、
「………フレイムボールは!?」
売り台の端には、例の欠陥魔法、フレイムボールのスクロールが、わずかではあるが置かれていた。
「「「………」」」
途端に、3人の表情が冷ややかになる。
「ねぇ、あんた達、フレイムボールは!?」
「…他のお客さんもいるから…」「…長居しちゃ迷惑よね…」「アゲハ先生、これからも頑張って下さい。失礼します。」
そそくさとその場を去って行く3人。
「ちょ、ちょっとぉ~~~!!誰かあたしの、フレイムボール買ってぇぇぇ~~~!!」
アゲハの叫びがバザー会場にこだました…
※ ※ ※
販売会は順調に進んだ。
露店の前には常に20人くらいの短い列。その一番後ろに並ぶ客は、『列の途中です。最後尾ではありません。』と書かれた大き目の木札を頭上に掲げている。露店前の行列が短くなったのを確認したヒサゴが、向こうの広場に手を振って合図を送る。
広場にはさらに長い行列が作られていた。一番後ろには、『最後尾はこちらです。』というプラカードを掲げたオンセが立っていた。露店前に来た客は、ヒサゴによってこちらに並ぶ様に誘導されるのだ。
ヒサゴの合図を受けたシンコは、
「今から私が肩を叩いた方は手を上げて下さい。」
そう告げて、こちらの行列の先頭から、
「1、2、…」と、次々と並んだ客の肩をポンポンと叩いて行く。そして20まで数えたところで、
「それでは、今、手を上げている方、誘導に従って移動して下さい。」
「列、移動しまーす!!」
そう言いながら、レッカが20人の行列を露店前まで誘導して行った。
「先頭の方、私の所まで列を進めて下さーい!!」
シンコに言われて、残った列も移動する。
広場の隅ではテントが立てられ、セイスが待機している。彼は空を見上げて、
「今日はあんまり暑くならなくてよかった…熱中症で倒れるお客さんが続出したら、僕の『ヒール』じゃ魔力が足りるかどうか…」
※ ※ ※
「はーい、みなさーん、こちらの最後尾に並んでくださーい!!」
レッカが20人の行列をぞろぞろと連れて来て、露店前の行列の後ろに付け、一番後ろの客が『列の途中です』の木札を受け取り、頭上に掲げた。
「お疲れさん、レッカ。」
「ヒサゴもお疲れ。」
互いに挨拶を交わす、ヒサゴとレッカ。ヒサゴは整然と並べられた行列を眺め、
「この行き届いたシステム、誰が考えたんだろうね。」
「さあ…」
レッカも、そう答えるしか無かった。
次にヒサゴは露店の売り台に詰まれた巻物の山を見つめて、
「あれ全部、ロクスケが1人で書いたのかなぁ…」
「さあ………」
レッカも、首をひねるしか無かった。
最後にヒサゴは、目の前と、はるか向こうの広場に並ぶ長蛇の列を見つめ、
「そして…この『南都』には、一体何百万人の魔法使いがいるのかなぁ…」
「………さあ…」
「こんな列に並んでられっか!!」
「俺達を先にしろ!!」
不意に、戦士とスカウトと思しきガラの悪い2人組が、露店前の列に割り込んで来る。ルールを作ったその時から、ルールを破る者が現れるのも自明だった。しかし…この様な事態も想定済みだ。
「お客さん、困りますねぇ…」
「こっちで『お話』、しましょうかぁ!?」
2人組の左右と背後に、スカーと、彼のパーティーメンバーの戦士達が並び立つ。顔に浮かべるにこやかな笑みが却って威圧的だ。
「ヒっ!?な、何だよ、お前等!?」
「何で俺達がこんな目に合わなきゃならねぇんだよ!?」
ガラの悪い2人組が思わずすくみ上る。威圧感という点ではスカー達の方が上だった。
「ああ、本当に何で俺達がこんな事しなきゃならねぇんだろうなぁ!!さ、こっち来てもらおうかぁ!?」
スカー達に両腕を掴まれて、ガラの悪い2人組は行ってしまった…
※ ※ ※
「ありがとうございましたー。」
キュリアが深々とお辞儀をして客を送り出し、顔を上げた刹那、向こうの方に人影が見えた。メイド服を着た、どこかの貴人の屋敷で働いていると思しき女性達。
「…」
キュリアは両手で顔を隠す様にして後ろを向くと、商品を補充しに行くかの様に見せかけて、こっそり露店を離れて行った…
※ ※ ※
「あの子等、ちゃんとやってんのかねぇ…」
バザーに来ていた大家の老婆は、大通りの端までやって来た。この向こうに、ロクスケの呪文屋の露店があるそうだ。
「…家賃を払えない程売れないのもごめんだけど、面倒起こされるのもごめんだからね…」
そして、大家の老婆は目にする。
ロクスケとアゲハが、2人並んで呪文書を売る姿を…!!
「新刊、1部下さい!!」
「…こちら金貨2枚になります。」
「新刊、魔術師用を全部1部ずつ下さい!!」
「ありがとうございます!金貨6枚になります!!」
不愛想ながら声を出すロクスケと、目を見張る様な美人のアゲハ。その2人が、奇妙に調和していた。
まるで共に呪文屋を営む夫婦の様に…
フっ………口元に微かな笑みを浮かべて、大家の老婆はその場を後にした…
日がまだ高い頃に、「ロクスケの呪文屋、完売しましたー!!」という、アゲハの声が響いた。
※ ※ ※
店じまい後…
アゲハを中心に、左右に並んで歩くキュリアと、ヒサゴ。
「へへ…あたいも買っちゃった、これ!」
ヒサゴは一本のスクロールを取り出す。『ヒール』の呪文書だ。
「あら!?私の癒しの奇跡では不足だと仰るの!?」
半ばふざけて言うキュリアに、
「念のため、だよぉ。スカウトは切れる手札を増やさないと、ね。」
ヒサゴはスクロールを懐にしまった。
「はぁぁぁぁぁ~~~!!疲れたぁぁぁ~~~~~!!!」
唐突に両手を振り上げて大声を上げるアゲハ。今日は一日中、接客で疲れた。
「まだ疲れてはだめでしょう!?後片付けもあるのですから…」
窘めるキュリアに、
「疲れたなんて言ってる割には、アゲハ、楽しそうじゃん。」
軽口を叩くヒサゴ。
「楽しい、か…」
アゲハは呟いた。全く、その通りだった。
「それにしても、さ、今日、あの露店に並んでた呪文書、ロクスケに教わったんだろうけどアゲハ、あんたが考えて作った物なんだよね。」
そう言えば、そうだった。
自分が作った物が、皆に求められ、感謝されて、売れて行く。
それが、楽しい。
数か月前、ロクスケの呪文屋を手伝っていた時にも感じた楽しさ。
冒険者になってからずっと、戦いの日々だったから、新鮮だった。
『物作り』が、こんなに楽しいなんて…
「で、さ、アゲハ…」
一呼吸置いてヒサゴが問う。
「…あんたやっぱり、年季が明けて冒険者辞めたら、ロクスケの呪文屋で働こうなんて思ってるの!?」
「………っ!!」
反対側にいたキュリアが一瞬、険しい表情になった。
だがその時…
向こうで露店の後片付けをしているロクスケの許に、大家の老婆が訪れていた。
「…お疲れさん、大盛況だったね。」
「ああ…」
「あのさぁ、ロクスケ…」
大家は微かに微笑んだまま、言った。
「…あんた、アゲハちゃんといつ結婚すんの!?」
向こうから来たアゲハ達3人に、ロクスケと大家は気づいていなかった。
「「「!!」」」
思わず固まるアゲハ達3人。
「あんたの家は店舗として借り続けて、アゲハちゃんの家に2人で住めば、家族が増えても丁度いいさね。」
そう言う大家に、ロクスケは素っ気なく答えた。
「あいつと結婚!?する訳無いだろう!?」
「………っ!!」
後ろを向いて、そのまま逃げる様に駆けて行くアゲハ。
(アゲハさん!!)
後を追うキュリア。
そのまましばらく走り、待ち行列を作ってた広場まで来たところで、アゲハはようやく立ち止まり、次いで追いついたキュリアも立ち止まり、はぁ、はぁ…と、2人して荒い息をする。気まずい沈黙を破ったのはアゲハだった。
「ま、まあ、あたしも術式づくりは、冒険者としての戦力強化のためにやった事だし。」
見た事が無いようなにこやかな笑みを浮かべて明るく言うアゲハ。
「冒険者の年季だってあと何年もあるんだから、先の事なんてまだ考えられないし、それに魔術師だったら、魔術師の弟子を育てたり、私塾を開いて子供達に読み書きを教えたりする道もあるし。あ、そうだ!いっそもう一度、『北都』の冒険者パーティーへの復帰を狙ってみるのもいいかも…」
「アゲハさん………」
心配そうに言うキュリアにアゲハは、
「それにしても…あたし達も周りって、本っ当にろくな男がいないわねーーー!!!アハ、アハハ………」
笑い過ぎたアゲハの目じりに、微かに涙がこぼれていた…
※ ※ ※
一方、アゲハとキュリアがその場を去った後もヒサゴは、物陰に隠れてロクスケと大家のやり取りを聞いていた。
「あいつと結婚!?する訳無いだろう!?」
素っ気なく言うロクスケに、大家は、
「じゃああのシスターさんかい!?それとも他の誰か…!?あんたの周りには美人ばっかりだからねぇ…」
ロクスケは、はぁー、と、ため息をついて、
「…俺は誰とも結婚なんてしねぇって。」
「…なんでそんな!?お金の問題なら、店も繁盛してるし、養育費だって家賃だって、このまま行けば払いきれるだろう!?」
「あのなぁ………俺は『世捨て人』だぞ。」
うんざりする様にロクスケは言った。
「『変わり者』、『役立たず』、『しっかりしろ』、『ちゃんとしろ』、『何言ってんだか分からねえよ』、『また難しいことばかり言って』、そういう言葉を、周りの奴等からずっと浴びせられて来て、人と接する事自体、苦痛になって、『北都』からも、冒険者からも、『奧都』奪還の使命からも逃げて、『南都』の路地裏に引きこもってたんだ。何で今更、他人との共同生活なんてしたがると思う!?」
大家の老婆は、何も言わなかった。
「あいつだっていずれ、俺の事を愛想つかして離れてくに決まってる!!それこそあいつなら、もっとましな相手を見つけられるだろう。それが、お互いにとって一番いいんだよ。」
「………ま、あんたの言う事は分かったけど、そういう生き方してたら、歳取ってからが寂しいよ。じゃあね。」
そう言い残し、大家の老婆は去って行った。そして…
物陰から一部始終を険しい表情で聞いていたヒサゴも、大家が去った後、足音も立てずにその場を後にした…
こうして、呪文屋ロクスケの新刊販売会は、売上と来客数という点では大成功の内に幕を下ろしたのだった。




