第3-3話 魔法格差って、何だ!?
キンダーガーデンにいた頃から、私は身体が大きくて力が強く、ケンカでは男の子達にも負けなかった。
『あいつは将来、戦士になるんだろうな。』
周りの子からそう言われ、私もそうなんだと思っていた。
ただ、キンダーガーデンの先生達は、そんなやりとりを複雑な顔で見つめていたんだと思う。
いつの頃からか、男の子達の背がぐんぐん伸びて、みんな私を追い抜いて行った。
彼等が腕の力こぶを無邪気に自慢しあう中、私の腕は細くて、柔らかいまま…
やがて、キンダーガーデンを卒業した私は、冒険者になり、とある戦士の許へ弟子入りしたが、その時の師匠は、何とも言えない微妙な顔をしていた。それでも、何年後かに師匠からも独り立ちを許された。
私は戦士になった。誰からも期待されないデビューだ…
※ ※ ※
翌朝………
朝もやの中、人影まばらな『南都』の大通りを、走る人影があった。
「ホッ! ホッ! ホッ! ホッ!!」
一定のペースで呼気と吸気を繰り返しながら走る、レッカだった。動かす手足に合わせて、ガチャガチャという音も聞こえる。愛用の鎧を着こんだまま、走っているのだ。当然、重い。だが…
フル装備で走れないと、戦士は務まらない。それが、彼女の師匠の教えだ。
※ ※ ※
「ホッ!」 ブン! 「ハッ!!」 ブン!!
冒険者ギルドの中庭で、愛用の剣で素振りをするレッカ。全て、毎朝の彼女の日課だった。『戦士の身体』を造り、維持するために、欠かせないのだ。
素振りの手を休めて、肩にかけていた布で頬の汗を拭ったレッカは、タコだらけの手のひらを見つめ、
グっ………!! 悔しそうに握りしめた。
※ ※ ※
時は遡る。昨日夕方、ロクスケのスクロールショップ…
「いらっしゃい…お前は確か、アゲハのパーティーメンバーの…」
カウンターで物書きをしていたロクスケは、顔を上げた。
「レッカよ。店主…ロクスケさん。」
レッカは細長い店舗を脛当を着けた足でツカツカと進み、左奥の棚に並んだスクロールの一本、"Fireball programmed by Rokusuke"と書かれた物を突き出し、
「このスクロールを、売ってくれ!!」
「………」
目の前に勢いよく突き出されたスクロールと、レッカの気迫に押されたのか、しばし沈黙したロクスケだったが、
「………それ、開けてみろ。」
「へ………!?」
今度はレッカが呆ける番だった。ロクスケの呪文書を開けたらどうなるか、アゲハやキュリアから聞いておおよそ知っている。
「いいから開けてみろ。」
「あ、ああ…」
ロクスケに言われてレッカはスクロールの薄い封紙を右手の人差し指で破ろうとする。だが…
「………破れない!?」
薄紙一枚が、何故か破れなかった。
ロクスケはフンと鼻を鳴らすと、
「リードプロテクトだ。うちの呪文書、特に最近書いた奴は、一定以上の魔力を持たない奴には開けない封印が施されてるんだ。」
「な、何でそんな物を…!?」
「ここ数か月で本人の意思に反して呪文書の封印をうっかり破っちまった事例が2件も起きちまったからなあ。まあ、そいつ等は魔法使いだったからまだ良かったものの、魔法が使えない奴が何巻も開けちまったら、そいつは何か月分もの生活費が吹っ飛ぶ散財になっちまう。だから用心のためだ。」
レッカは愕然となった。アゲハが息をするように撃っている炎の魔法が、彼女には使えもしないのだ。
「じゃ、じゃあ、私にも使える呪文って、何なの!?」
「ふむ…」
ロクスケはカウンターの下から、珍妙な魔道具を取り出す。左右に紐の様な物が伸びており、本体正面には扇形の板と、左上に伸びる針。
「何、これ…!?」
「魔力を計測する機械だ。左右の紐…コードの先端を左右の手で握って、力を込めてみろ。魔力が強ければ強いほど、真ん中の針は右に振れるぞ。」
「わ、分かった…」
言われるままに左右のコードの先端の金属の棒の部分…テスターを手に取るレッカ。
「アゲハが造った『ファイヤーライト』…『ファイヤーボール』の軽量版は、針が黄色の領域まで来れば使えるぞ。」
針の下の扇状の板は、色が塗分けられていた。今針が指している左が白、そこから中央近くまでが黄色、中央付近が緑、その右が青、右端が紫…
「いくよ………フン!!」
両端のテスターを握ったレッカが思いっきり力むと、針はピクリと動いた。だが白の領域を指したままだ。
「あ、あれ…!?」
自分に魔力があるとしても、左程高くは無いだろうと思っていた。だが、ここまでとは思っていなかった。
「ぐ、ぐ、ぐ………」
テスターがつぶれるくらいに握って更に力むレッカ。だが、針は元の位置からやや上がったまま、動かない。
「ぐ、ぬ、ぬ、ぬ、ぬ…」
港町の『南都』で時折食されている茹でたタコの様に顔を真っ赤にしてもなお、計測器の針は動かなかった。
「もういいだろう、放せ。」
ロクスケが促すが、
「ま、ま、だ、ま、だ…」
一向にコードを放そうとしないレッカ。やれやれとため息をついたロクスケは、カウンターからヌーっ、と、両手を伸ばし、テスターを掴んだままのレッカの両拳の上に、そっと自身の両手を置く。
「あ………」
ペンだこでごつごつした男の手に握られるレッカの手。彼女の顔が赤いのは力んでるせいだろうか…しかしその瞬間、
計測器の針は黄色から緑を経て、青まで到達した!
(こ、この人、全然平気な顔をして、こんな…)
本物の魔術師とは、こういう物なのか…その平然とした顔のまま、ロクスケは告げる。
「この店に、お前にも使える術式は無いだろうな。」
カラン…レッカの両手からテスターが落ちる。握る手をほどいても降ろす事を忘れたまま、レッカは呆然とその場に立ちすくんでいた。ようやく自身が若い女の手を握っている事に気づいたロクスケは、慌てて両手をほどき、目の焦点の合わないレッカに、
「ま、まあ、お前さんには剣があるんだ。別に魔法が使えなくても…」
「………それだけじゃあ、だめだ。」
レッカは言った。最初ボソっと、そして、
「私には、魔法が必要なんだっ!!!」
叫ぶとダっと駆けて店を後にするレッカだった。
一人、店に取り残されたロクスケは、ようやく自身の失言に気づく。戦士レッカには剣がある。だが腕力で男に劣る女戦士は大成しない。それこそ、性差の出にくい魔法にでも手を出さない限り…だが、キンダーガーデンを出た女が戦士にさせられた時点で、魔法の素質は無しと判断されたのだろう。
「俺の店の術式を使えば、誰でも『魔法使い』になれるぞ、か………」
その言葉は、レッカを見た後では虚しいばかりだ…
その時、
「………家賃を貰いに来たよ。」
いつの間にか、大家の老婆が店内に入っていた。
「あ、ああ…ちょっと待っててくれ…」
ロクスケがカウンターの隅から売り上げの金貨を取り出そうとすると、大家はため息をつき、
「全く………この店には若い女しか客が来ないのかい!?しかも今度は手なんかつないでさ…」
「だからそんなんじゃ無えって!!」
魔力測定を見られてたらしい。だがロクスケは、さっき考えてた事を思い出し、
「なあ、あんた…魔法が使えたら、どうする!?」
ロクスケに問われて大家は、
「はあ!?アタシに冒険者になれって言うのかい!?」
「そうじゃなく…その、あんた、魔法みたいな事が出来たらいいなって思った事は無いか!?」
「そんな事、言われてもねえ…」言いかけて大家はしばし考え、「…そうだねえ…こうやって店子から家賃を取って回るのが面倒だから、店子の財布からアタシの財布に直接お金が動いたら、楽かねえ…」
「ふむ…ごく小質量の転移か…いや、ギルドが冒険者相手に所持金を預かって、寮費なんかをそこから天引きしてたけど、そう言うのを一般人相手にやってみるか。お金を預かって、必要な時に引き出す…」
「その仕事はどうやって利益を得るんだい!?」
「多額の金が集まるから、それで金貸しをして利息で…」
「金を預けてる奴がみんな金を返してくれって言ったらどうすんだい!?」
「そう簡単にそうはならんだろう。いや、いっそ、金を数字だけの物にして、数字の増減だけでやり取りすれば…」
大家は呆れて、
「それ、アタシが悪い奴だったら、その数字を勝手に書き換えちまうよ。」
「じゃあ、王様とか大臣とか、偉い奴だけが操作出来る様にして…」
「十年程前に、王位を継いだばかりの幼い王様が、周りの大臣の言いなりになって混ぜ物金貨を出しまくって、物価がバカ高くなった事があったねえ…そんな事がまた起きるんじゃないの!?」
「と、とにかく、ものすごく信頼のおける奴がやれば…」
「そいつが金貨100枚と銅貨100枚を間違えちまったら!?ものすごく信頼のおける奴なんて、いるのかねえ…」
大家とやり取りをしながらロクスケは思った。どうやら一般人にも、魔法のニーズはあるらしい。なら、
魔法の使えない戦士にも、魔法を使える様にした方が良いのだろう、と…




