第3-2話 パーティー内ヒエラルキーって、何だ!?
朝………
まだ低い陽の光が、窓から差し込む。
部屋の中にはベッドと、わずかな簡素な家具だけ。ベッドの上には向こうを向いて横たわる人物、シーツが形作るラインから、若い女性と分かる。
「ん………っ」
陽光の眩しさに、女性はゆっくりと上体を起こす。滑らかな素肌の背中には、天使の翼が生えていたかの様な肩甲骨が浮かぶ。だが、身体の肉付きは薄く起伏も少ない。ショートヘアの顔が、ゆっくりとこちらを向き………普段はこげ茶色のソフトレザーアーマーを纏っている、童顔のスカウト、ヒサゴ…彼女はこっちに気づくと、べぇ、と、舌を出し、
「ごめんね!グラマーなアゲハじゃなくて…」
それからヒサゴは胸元をシーツで隠したまま、両足を揃えてベッドの側に出し、バサっ!!シーツをはだける。胸元や太腿の付け根が、もう少しで見えそうになり………視界は薄暗い真っ白になる。その白い闇の向こうで、ゴソゴソという衣擦れの音が聞こえ………ようやく白い闇…シーツが下に落ちると、そこにはもう、チュニックを着込んだヒサゴが、胸元のボタンを下から順に着けているところだった。それからヒサゴは、部屋の中を見回し、
「あたいが借家暮らし…一国一城の主かぁ………」
それから彼女は陽の光が注ぎ込む窓から外を見渡す。狭く入り組んだ路地に背の低い粗末な建物が並ぶ。そちらとは反対側…西側の窓を見つめると、窓の向こうには、この家よりもはるかに高い城壁、その真ん中には、巨大な門。『南都』、東の大門…
ここは『南都』、東新街区。
増えすぎた『南都』の人口を収容するために、本来の外壁の外に、新たに造られた居住地である…
※ ※ ※
1時間後、『南都』冒険者ギルド…
「おはよう、ヒサゴ。」
ギルドの酒場でアゲハ達『ファングドフラワー』のメンバーたヒサゴを出迎える。
「みんなごめーん、ギルドが遠くなっちゃってさぁ…」
「寮を出るからでしょ!?そんなに私との二人暮らしが嫌だったの!?」
レッカがふざけ半分に言うと、ヒサゴは、
「しょうがないじゃん、もうあそこに住めないんだから…」
ヒサゴはランクCになり、これまでレッカと住んでいた寮の相部屋を出た。冒険者ギルドの寮は低ランク冒険者への生活支援の意味合いもあったため、家賃は安いがランクDまでしか住めない。一人前になって稼げる様になった者は、自分で住む場所を決めて、そこの家賃を自分で払わねばならない。そして彼女が手に入れたのが、城壁の外の借家だったのだ…
「ま、欲を言うとあたいも門の中に住めれば良かったんだけど…路地裏通りにあんな安い借家を見つけられたアゲハは、本当に運が良かったんだね…」
「ヤバい薬を扱ってた事故物件だけどね。あと、水路を挟んだ裏に、変なお隣さんもいるし…」
※ ※ ※
同時刻、ロクスケのスクロールショップ…
「へーーーーーっくしょい!! うぅ…流行り病は治ったはずなのに…」
カウンターでお約束の大きなくしゃみをするロクスケであった。
「…主役なのに、第三部初の出番がこれかよ…」
※ ※ ※
再び冒険者ギルド…
「アゲハさん…事故物件なんて、貸して下さった方に失礼ですわよ…」
キュリアに言われてアゲハはむすっ、と、口をへの字に曲げた。
遠征から帰って来た『ファングドフラワー』に起こった大きな変化…それは、キュリアが新たにヒーラーとして加わった事。パーティーにとっては待望のヒーラーの加入である。まあ、周囲の冒険者達からは冷ややかな目で見られていたが…冒険者…特に治癒術師は、『ラフカディオ信仰』の神官の事を、あまり良く思っていない。と、いうのも、『ラフカディオ神殿』で治癒魔法を習って冒険者になったキンダーガーデン出身者達は、全員、『ラフカディオ神殿』を破門されているからだ。冒険者を穢れだと決めつける誰かさんの一存で…その結果、彼女達4人は、他の男性冒険者達から距離を取られている。そして…
レッカにとって大きな変化になったのは、ヒサゴがランクCに昇格した事。
今までずっと、力で男に劣る万年ランクDの女性冒険者として、ヒサゴと一緒にやって来たレッカ。だが、ヒサゴが昇格して、レッカは思った。
『置いていかれた』、と…
いつも彼女と一緒に軽口を叩きあっていたレッカにも、劣等感と嫉妬心はあった…
「…ッカ! レッカ!!」
「…はっ!?」
ヒサゴに大声で呼びかけられ、レッカは我に返る。
「…もう!待たせたのは悪かったけど、寝ちゃうのは無くない!?クエスト、受けるよ。」
そう言ってヒサゴは、クエストボードから一枚の依頼書をはがす。『洞窟内のトロールの駆除、受注可能パーティーランク、D以上』…
※ ※ ※
クエストの現場へ向かう馬車の中…
レッカは周囲を見回した。
御者席にはヒサゴ、車内にはまたつまらない事で言い争いをしてるアゲハとキュリア。
リーダーのヒサゴはスカウトでランクC、
アゲハは魔術師でランクB、
キュリアはヒーラーでランクD、
自分は戦士でランクD…
(『北都』から来たランクBのアゲハは、明らかに自分より格上の存在だ。
ヒサゴは、ランクでは抜かれたけど、戦闘ではあまり役に立たないスカウト、
キュリアは私と同じランクD。
私は、せめてこの2人にだけは、負けない様にしないと………
そうだ。ヒーラーが入ったんだ。私の力が、十二分に発揮出来る様になったんじゃないか!
私はこれからだ!!)
※ ※ ※
『南都』東部のとある洞窟…
「ラン、プロテクト!!レッカさんどうぞ!!」
レッカの鎧が光の膜で包まれる。
「サンキュー、キュリア!さあ、行くぞ!!」
愛用の剣と盾を構えて、目の前のトロールの一群に突進するレッカ。
「うぉぉぉおおおりゃあああぁぁぁ!!」
トロールに力任せに剣を振り下ろし、相手の拳をシールドで受け流すレッカ。
(戦士は、戦闘の花形だ。魔力という制限のある魔法使いや、戦闘力そのものが乏しいスカウトとは違って…)
レッカが戦闘の花形、そのはずだった…
「ラン、ファイヤーボール!!ラン、フロギストンボール!!ラン、ウォーター!!」
アゲハの杖から炎の球やら氷の塊やらが、次々と生み出され、トロールの群れへと飛んでいく。
(あの娘の魔力はどうなってんの!?)
魔力消費の高いはずの見えない球の魔法も含めて、何発売っても尽きる気配が無い。
「! ヒサゴ、危ない!!」
前衛のレッカの脇を抜けて、1匹のトロールがヒサゴへと迫りつつあった。今切り結んでいるトロールを突き飛ばし、思わずヒサゴに駆け寄ろうとするレッカ。だが、
「ラン、ファイヤーライト!!」
ヒサゴのその一言とともに、彼女が付きだした手のひらから火球が射出され、トロールは炎に包まれた。
(え………)
レッカの意識が一瞬、飛んだ。
「………」
呆然となるレッカに、ヒサゴは事も無げに言う。
「ああこれ!?ほら、アゲハがいろんな魔法の、魔力消費っていうの!?それを軽くして、魔力の低い人でも使える様にしてくれたの。で、あたいもギリギリ、炎の魔法が使える事が分かったから買ったの。ま、1日に2~3発が限界だけど…」
「………」
「………レッカ!?」
レッカの反応に首をかしげるヒサゴ。
「………あ、ああごめん、戦闘中だったね。さあ、行くぞ!!」
我に返った様に振り返り、さっき突き飛ばしたトロールが起き上がったのに立ち向かって行くレッカ。
『やっぱり盗賊は魔法が使えるよね。』『あたいは盗賊じゃない、斥候だ!!』
いつものボケツッコミが無かった事に違和感を覚えたヒサゴだったが、またもや別のトロールが彼女に迫って来たため、その違和感は忘れ去られた。
「ああもうトロールめ、これでもくらえ!!ラン、ファイヤーライト!!!」
洞窟内のトロールの群れは、程なくして全滅した。
クエスト、コンプリート…だが、帰りの馬車の中でも、レッカの動揺は消えなかった。
(ヒサゴが、魔法を………!?)
※ ※ ※
同日、夕方、『南都』冒険者ギルド…
(せめてキュリアより早くランクDを脱出しよう…)
そう思いながらレッカが他の3人とともにギルドのドアをくぐると、待ち構えていたのはギルドの受付嬢。ただし、用があるのは…
「私が………!?」
突然の指名で驚くキュリアの目の前に提示されたのは、真新しい冒険者タグ。
「はい…前回のアースドラゴン討伐が、あなたの戦績として認められました。」
「ですが………あの時私はただの手伝いで…」
「申し訳ございません、私があの時、間違って入隊手続きをしておりました。ですがギルドの決定は今更覆りません。よって、治癒術師キュリアは今この時をもってランクCに昇格です。」
「は、はあ………」
降って沸いた様な話に戸惑いながら、ランクCの冒険者タグを受け取るキュリア。
「ねえ、これって…あたし達をランクCにするため無理やり…!?」
「うん…実際にアースドラゴンを倒した実績のあるパーティーだからね…まあ、これでトロール相手もお終いだね…」
アゲハとヒサゴがヒソヒソ話してる中、レッカの胸の奥底に冷えた物が降りた気がした。
(キュリアが…ランクC…!?アースドラゴン戦には、私も参加してたのに………ヒサゴも、キュリアも、先へと進んでる………
このままじゃあ、私は………)
※ ※ ※
改めてキュリアの昇格祝いをしようと言う話になって、その日は解散になった。レッカは冒険者ギルドを飛び出すと、大通りから狭い路地裏通りへと入り、曲がり角をいくつも曲がった末に、たどり着いた水路の脇の呪文屋…
ドアを開くと、整頓の行き届いた陳列棚の奥のカウンターに座る、冴えない顔の男…
「いらっしゃい…お前は確か、アゲハのパーティーメンバーの…」
店主…ロクスケは、レッカを覚えていてくれた様だ。




