第2-8話 キュリアのヒールって、何だ!?
オーウェン高司祭、倒れる。その衝撃は、神殿内を駆け巡った。
咳が止まらないオーウェンは、神殿のとある一室に横たえられていた。一応、癒しの奇跡を施されていたが、流行り病の老人の治癒には効果が薄い事は、既に経験的に分かっていた事だった。
オーウェンの病室の部屋の廊下には既に、あるいは床に崩れ落ち、あるいは壁に項垂れて、すすり泣く神官達の姿で溢れていた。老いも若きも、男も女も、皆、あの温厚でユーモアに満ち溢れ、そして何故か気品を感じられた高司祭を慕っていたのだ…
「信心深いあなたはこれから、ラフカディオ様の御許へ召されるです。誇りに思いなさい。」
ベッドの上で咳き込むオーウェンを見下ろし、いつもの無表情でそう宣告するキャロライン司祭長に、オーウェンは弱々しい笑みを返す。それから彼女は周囲の神官達に、
「あなた達も悔い改めなさい。不信心者は地獄へ落ち、信心深き者は神様の許へ召されます。」
その言葉に神官達は、絶望と悲しみを新たにした。
普段と変わらない様子で背筋を伸ばし、長い棒を掲げ、静々と神殿の廊下を歩いたキャロラインが、たどり着いたのは、最早祈る者すらいなくなった礼拝堂。
「オーウェン様は、ラフカディオ様の御許へ、行ってしまわれる…」
そう呟き、後ろ手にドアを閉めた彼女は、ガラン!手に持っていた棒を落とし、ヨロヨロと膝から崩れ落ち、縋るように叫ぶ。
「ラフカディオ様、私は………」
オーウェン高司祭は慕われていた。その人格故に、神殿の誰からも…
「この様な事は、望んでおりませんでした………っ!!!」
その嘆きを聞く者は、誰もいなかった…
※ ※ ※
「師父様が………!?」
神殿に戻ったキュリアは、オーウェン高司祭が流行り病にかかって倒れた事を知らされ、愕然となった。
「シスターキュリア、師父様もあなたをずっと待っていらっしゃるわ。早くこちらへ!!」
オーウェンがキュリアを殊更可愛がり、キュリアもオーウェンを慕っていた事を知っていた同僚のシスターは、キュリアをオーウェンの病室へ連れて行く。
「ゴホ、ゴホっ………キュ、キュリア…ン…」
オーウェンがキュリアに気づいて、ゆっくりと顔をこちらに向ける。
「師父様…」
泣き出しそうな顔でオーウェンを見つめるキュリア。
「そんなに…悲しい顔を…しないで…僕はもう、十分に生きたんだ…このまま…ラフカディオ様の御許へ行っても、何も惜しくは無い…ゴホゴホっ!!」
「そんな事を仰らないで下さい…」
「僕は、この運命を受け入れるよ。産まれから逃げ、流行り病の人を死なせた罰で、彼等と同じ病で死ぬ…因果応報だ…」
「運命だなんて…」
それを定める神なんていない、その言葉を飲み込んだキュリアだった。
「…運命からは逃れられないのかも知れないね…僕は若い頃、醜い権力争いに嫌気がさして、逃げた…『南都』へ来たのも、『奥都』…総本山から離れてて、戒律が緩やかだったから……このまま大らかな『南都』の人々に囲まれて、余生を過ごせれば良いと思ってたんだけど…『奧都』は陥落し、王族が『南都』へやって来た。本当に運命からは逃れられない…まあ、そのお陰で、君と再会出来たんだけど…流行り病で死なせた患者さん達は、許してくれまいよ…」
「そんな…伯父様は、優しすぎるだけです!!」
「だから…このまま光の海の彼方へ行き、重い役目を押し付けた弟夫婦と、助けられなかった患者さん達にお詫びしよう。ついでに、ラフカディオ様が本当にいらっしゃるかどうか…この目で見てやろうと思ってる………よ……………」
ゴホゴホっ!!オーウェンは一層激しく咳き込む。キュリアは叫んだ。
「師父様ぁぁぁぁぁ~~~っ!!!!!」
その時だった、
「シスターキュリア!!こんな所で何をしてるのですか!?」
金切り声がドアの方から響き、振り向くと般若の形相のキャロライン高司祭が立っていた。
「さあ早く、オーウェン様から離れなさい!!そして神殿を出て行きなさい!!!」
そう叫んでキュリアを無理やり立たせ、部屋の外へと押し出そうとする。
「し、司祭長様、何故…」
「キュリア、私は先日あなたが、オーウェン様が神の存在を疑う発言をする様に誘導したのを目撃しました。オーウェン様が病に侵されたのも、この『南都』に蔓延る病も、全てその事に対するラフカディオ様の罰ですが、元を正せば、全てあなたの悪意と不信心によるものです!!」
「そんな…」
「加えてあなたは、ここ数日、何人もの病の人を癒してきましたが、あなた自身は病にかかる兆候が見られません!!これはあなた自身が、悪魔と契約している証拠です!!」
「それは違います…」
ロクスケの術式の、『アンチアブノーマリティ』で、病への抵抗力が強くなっていたため。だが、説明しても聞いてもらえそうにない。
「さあ、分かったら出て行きなさい!!『南都ラフカディオ神殿』は、あなたを追放します!!この悪魔!!!!!」
「そんな!!司祭長様!!」
「半端者は神殿を出て行けと言っているのです!!」
バタン!!! キュリアは神殿の外に追い出され、そのドアは固く閉じてしまった。しばしその場に項垂れて留まったキュリアだったが…やがて、後ろを向くと、ゆっくりとその場を歩み去って行った。
最早、今の彼女には、オーウェンを救う事は出来ない。癒しの奇跡も、ロクスケの術式も、流行り病には効かない事が分かっていたのだから………
※ ※ ※
神殿の中では、キュリアを追い出したキャロラインが、
「『南都ラフカディオ神殿』は、これから、腐れて落ちる…堕落の罪への罰を受けて…。信心深き者だけが、光の海の彼方へ行ける。だから………」
キャロラインは天を仰ぎ、呟く。
「キュリア、あなたをラフカディオ様の御許へは行かせない………」
※ ※ ※
ロクスケのスクロールショップ…
「もうすぐ閉店だ………キュリア!?お前…」
ドアの開く音にそう言いながらカウンターで顔を上げたロクスケだったが、キュリアのただならぬ様子に、思わず声を上げた。
「ロクスケ様………あなたに、新しい術式の開発を依頼してもよろしいでしょうか…」
静かにそう訊ねるキュリアに、ロクスケは、
「お前が、今、この状況でって事は、流行り病に関してだよな…!?」
「はい………今の神殿に、流行り病を癒す事は出来ません。何より、神殿でずっとお世話になっていた方が、流行り病に侵されました。大事な方を、『南都』の人々を、私は何としても救いたいのです………」
「ふむ…だが、方法はあるのか!?」
訊ねるロクスケに、キュリアは、
「悪魔の力を借りるのです…」
彼女の提案を聞き終えたロクスケは半ば呆れ、
「これはまた…とんでもない事を考えたな…」
「出来ますわよね…!?」
「分かった。やってやる。だがお前の恩人とやらには、あまり時間が残されていないんだろう!?こっちも急ぐが、一晩だけ待ってくれ。」
「分かりましたわ。明日の朝、もう一度こちらへ参ります。ですがロクスケ様、術式もですが、術式の名前に、何か良い物を考えていただけませんでしょうか!?」
「術式の、名前…!?」
「はい………流行り病の根絶には、神殿の力が必要です。だからこそ、この術式の本質を、特に神殿の方達に知られる訳には行かないのです…この術式の本質をぼかす名前を考えていただけませんでしょうか。」
「俺のネーミングセンスは期待するなよ…まあ、考えておこう。」
「お願い致します。それでは、お健やかに…」
そう言い残して、キュリアはスクロールショップを後にした。
※ ※ ※
辺りはすっかり暗くなっていた。キュリアは路地裏の星空を見上げ、祈る。
「光の海の彼方におわす、創造神ラフカディオ様、どうかロクスケ様をお守りください………」
※ ※ ※
一方、店内で一人、新しい術式の開発に勤しむロクスケ。名前も考えてと言われ、渋っていたが、実は名前の候補は、既に上がっていた。
店内に入って来たキュリアの目元、あれは、泣きはらした跡だった。
夜も更け、作業も順調に進んだその時、
「ゴホっ!」
ロクスケは不意に咳き込む。
「ゴホっ!ゴホゴホっ!!」
咳が、止まらない。身体が、熱い。まさか、俺も流行り病に…!?
「バカな…!?こんな流行らない店で、誰から病原体の感染が………」
言いかけてロクスケは呆然となる。一昨日も昨日も今日も、何人も何人も来てくれる客、定期的に開いていた術式の講習会。流行らない、店だって…!?
「俺とした事が………ゴホゴホっ!!!」
熱が上がり、咳が止まらず、意識が朦朧としながらも、ロクスケは手を止めなかった。
「術式が病原体に感染って、字面だけ見たらヤバい気がするが…ゴホゴホっ!!」
この術式に、キュリアの思いが、いつかあいつが帰って来る『南都』の命運が、かかっている………




