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第2-6話 病の前兆って、何だ!?

ロクスケのスクロールショップ…


「『アンチアブノーマリティ』…!?」


対状態異常系の呪文書の棚に並ぶスクロールを手に取ったキュリアは、その表紙に書かれている表題を声に出して読んだ。


「『アブノーマル』………へ、『変態』!?」

キュリアはカウンターのロクスケを、汚い物を見るような目で見つめる。


「『アンチ』だ!あと、『変態(アブノーマル)』じゃなく、『状態異常(アブノーマリティ)』!!状態異常回復呪文の詰め合わせセットだ、それは!!」


「状態異常…ですか!?」

冒険者ではないキュリアには聞きなれない言葉だった。


「ああ…『ヒール』はあくまで怪我の回復で、毒とか麻痺…神経毒とか、他にも、病気を治したりするのは、専用の呪文が必要になるんだ。」


「まあ、神殿にいらっしゃる患者さんは、怪我人だけではありませんからね…」

それからキュリアは値札を確認すると、

「これ、いただきますわ。」

カウンターにスクロールと5枚の金貨を並べる。


「毎度…」

ロクスケが金貨5枚を受け取ると、キュリアはカウンターの『アンチアブノーマリティ』のスクロールを取り、封を破ろうとして…

「ここで開くのか!?」


ロクスケに問われてキュリアは最初に『ヒール』のスクロールを開いた時の自身の痴態を思い出し…


「………一旦お暇しますわ。後で、説明をお願いしますわね。」

そう言い残して、キュリアは去って行くと、入れ違いに大家の老婆が入って来て、


「…あんたに手紙が届いてるよ…」


     ※     ※     ※


『南都ラフカディオ神殿』…


神殿の奥に、普段使われていない物置がある。庭の行き止まりになっていて、滅多に側を通る者もいない場所だ。実はここは、一部の神官が、神殿の内外の『恋人』を連れ込んで、行為にふける場所でもあったのだ。キュリアはずっと、そんな事をする彼等、彼女等の事を不心得だと思っていた。


でも、今日からは、もう…


周囲に誰もいない事を確認しながら物置に入ったキュリアは、入口の扉を閉めると、既に真っ赤になった顔で、スクロールの封を破り………


     ※     ※     ※


オーウェン老高司祭が庭の奥を通りかかると、どこかから女性の喘ぎ声が聞こえて来た。この神殿でもう長い彼は、大体の事情を把握し、苦笑いしながら、


「励みなさい、励みなさい…欲望を知らねば、欲望を御する事は出来んよ…」


声の主がキュリアである事にオーウェンが気づかなかった事が、2人にとって幸いだったろう…


     ※     ※     ※


物置小屋の中…


床には白紙のスクロールが転がっている。上気した顔で荒い息をし、へたり込むキュリアは、


「はぁ…はぁ…ラフカディオ様の御許にいらっしゃるお父様、お母様…キュリアはもう、あなた達と同じ所へは行けません………」


念のため補足しておくが、彼女はただ、魔法の呪文書を開けただけである。


     ※     ※     ※


数刻後、ロクスケのスクロールショップ…


ドアの開く音にロクスケは、読んでいた手紙をカウンターに置いて顔を上げると、修道服姿の美女が入って来た。


「お、おう、キュリア、お帰り。」


「呪文書を読ませていただきましたわ。その…結構、色々な物が入っていた様ですが…」

キュリアがそう問うと、ロクスケは、


「まあ、怪我以外の治療のための、色々な術式の詰め合わせなんだ。まず、『キュアポイズン』…毒の治療は、体内の血が流れる管に入っちまった毒を中和する物だ。毒を飲まされたり、サソリ系の毒を持つモンスターにやられて時に使うんだ。」


「冒険者じゃない方達は…毒で暗殺されそうになった時に使えば良いのかしら…!?」


「いや、一般人は暗殺なんかされんだろ…とにかく、使われてる毒の種類によって、中和剤を変えなきゃならんから、スキャンと同じモジュールで毒の種類を検知して、データベースから対応する中和剤を検索して、血の管の中に中和剤を作り出すんだ。」


「でーた…べーす…!?」

聞きなれない言葉にキュリアは首をかしげる。


「うーん…思いつく色々な種類の毒と、それに対応する中和剤について記した、『書物』みたいな物が、頭の中に作られる…ていう感じかな…!?」


「ああ…そう言えば、非常に重かった様な…」

そう言いながらキュリアが上体を揺らした拍子に、彼女の胸がプルンと揺れる。そっちの方が重そうだ。


「『キュアパラライズ』…麻痺解除は、『ヒール』の説明で話した、感覚を脳に伝達する『線』の伝達をカットするのがパラライズ…『麻痺』で、その伝達カットを回復させるのが、この術式だ。」


「そう言えば(わたくし)がロクスケ様の手を治した時、それをかけてくれと仰ってましたわね…」


「…もうあんな事するなよ。こっちもちゃんと手を休めるから…」


(わたくし)もあの時はやりすぎましたわ…」


「あと、『アンチフィーバー』…これは、『解熱』だ。病気になって熱を出した時、体温を下げるために使うんだ。」


「そう言えば、『風邪で熱を出してもすぐに熱を下げるな』と言いますが…」


「発熱は人体の病気への防衛反応なんだ。その…病気の中には、目に見えないくらいに小さな生物が、体内に入って発生する物があってな…」


「『病気は悪魔の仕業』とも言いますが…目に見えない小さな生き物ですか…(わたくし)にとって『生き物』の範疇を越えた存在ですから、ある意味で悪魔の様な物ですわね…」


「その小さな生物…『病原体』の中には、熱に弱い物もあるから、人間の身体は、熱を出して、病原体を殺して治ろうとするらしいんだ。だから、熱を出してもすぐに下げてはならないんだ。もっとも、発熱は自分自身の体力も奪うから、熱を下げた方がいいんだが…」


「ラフカディオ様は、(わたくし)達をお創りになる際、怪我や病から治ろうとする力も与えて下さったんですね…」


「まあ、聖職者らしい解釈か…あと、『サニティ』…『ヒール』にも含まれてた、『鎮静』の効果だけを独立させた術式だ。」


「あの時皆さんも仰っていましたし、怪我や病気で不安になって取り乱す方もいらっしゃいますから、必要でしょうね…」


「それから…あの呪文書のタイトルにもなってる術式、『アンチアブノーマリティ』だが…これはあらゆる状態異常耐性をごくわずかだが高める術式だ。効果は弱い上に自分にしかかけれないが、24時間…1日効く上、魔力消費もわずかだ。」


「それは…(わたくし)達治癒術師は、病気の患者さんと接する機会も多いですから、必ず1日1回、自分にかけておいた方が良いですわね。」

そう言うとキュリアは自身の豊かな胸に手を当て、

「ラン、アンチアブノーマリティ!!」

パァァ…キュリアの全身が柔らかい光に包まれる。

「これでよろしくて!?」


「お、おう…大体、こんなくらいか。」

キュリアの笑顔にロクスケが戸惑いながらそう言うと、キュリアはカウンターの隅にある紙の束に目をやり、


「お手紙を…読んでいらしたのですか!?」


「あ、ああ…この店について、色々と手伝ってくれてた人からだ…」


「恩人…なのですね。」


「ああ、そうだな。今は、遠い所にいるが…」

そう言ってロクスケは、窓の外の空を見上げ、

「…返事、書いた方がいいのかなぁ…」


「ふふっ…そのお方も、きっと待っていらっしゃいますよ。」


「そうか………」困った様な少しうれしそうな顔をするロクスケ。


「まあ、その方がこのお店に協力されたいお気持ちも分かりますわ…とっても居心地の良いお店ですもの…」


「そ…そうか…」照れた様に顔を掻くロクスケ。


「ええ。こんなに()()で、()()も行き届いていて、棚の商品も几帳面に()()()()されていて………」


「え"………!?」途端にロクスケの顔が凍り付く。そして、「せ…清潔…掃除…整理、セイトンンンンン………」


ガクガクガクガク…!!ロクスケの身体が激しく揺れる。噂で聞いた悪霊付きの様だ。


「ろ、ロクスケ様!?」

慌てるキュリア。


「そ、ソウジ、シマス。セイリセイトン、シマス…」

急に口調がおぼつかなくなるロクスケ。カクカクした動きが、まるで出来の悪い操り人形の様だ。

「ダカラ、ダカラ、ヤメテ…ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"~~~~~っ!!」


「ロクスケ様…!?ら、ラン、サニティ!!ラン、サニティ!!ラン、サニティ~~~っ!!」

ロクスケは悲鳴を、キュリアは術式を絶叫しあった…


     ※     ※     ※


術式の効果もあり、ようやく落ち着いたロクスケは言う。

「…実は、つい1か月程前まで、この店は埃だらけで、雑然としてたんだ。商品のスクロールも雑然と置かれていて…まあ、俺としてはそっちの方が落ち着いたんだが…」


「まあ…今となっては信じられませんわ…」


「それを、さっき言った『協力者』に、無理やり矯正させられたんだ。掃除と、整理整頓を…」


「矯正ですか…具体的に、何を…」

ガタガタガタガタ…ロクスケが再び震え始めた。

「い、いえ、結構ですわ…」

こうなるとそこまでひどい事をしたその『協力者』が悪いのか、そこまでされないと掃除と整頓を身に着けなかったロクスケが悪いのか…

「まあ、その方のなさり様には問題もございましょうが、お店を綺麗にすると言う点では、その方に同意しますわね。」


「なんだよ、お前まであいつの肩を持つのか…!?全く、女ってのはみんな…」


「フフ…では、そろそろ失礼しますわね。その方へのお返事は、ちゃんと考えた方が良いですわよ。それでは、お健やかに…」


一礼して去って行くキュリアを見て、ロクスケは思わず安堵のため息を漏らした。


気が付けば、『協力者』が若い女性である事を話題にするのを避けていたロクスケであった。


     ※     ※     ※


路地裏から大通りに出たキュリア。

「ゴホ、ゴホっ!!」

通りすがりの人が咳をすると、

「神のご加護を…」

その言葉にも、以前より温かみが増した気が、自分でもしていた。


(見る物全てが、輝いて見える…この世の全てが、愛しく思える…)


この世の真理を、知ったから…それを気づかせてくれる人に、出会えたから…


(これからも(わたくし)は、人々を見守る神様の存在を説きましょう…)


そう思うとキュリアは、足取りも軽く神殿へと帰って行った。


わずかに心に残る靄…ロクスケが読んでいた手紙の文字が、女の手による物である事に、目を背けながら…


     ※     ※     ※


「ゴホ、ゴホっ!!」大通りの片隅で、誰かが咳をする。


「ゴホ、ゴホっ!!」通りの向こうで、別の誰かが咳をする。


「ゴホっ!!」「ゴホゴホっ!!」「ゴホゴホゴホっ!!!」


大通りのそこかしこから、咳をする声が聞こえて来た。


「ゴホっ!!」「ゴホゴホっ!!」「クシュン!!」「ゴホゴホゴホっ!!」「ゴホゴホゴホゴホっ!!!」「ゴホゴホゴホゴホゴホっ!!!!」「ハーーーックション!!!!!」


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