第2-5話 毒と薬って、何だ!?
数日後、ロクスケのスクロールショップ…
「いいか!?俺達人間には…いや、生き物には皆、怪我や病気から回復しようとする力が備わっている。指先切ったくらいのかすり傷なら、放っておけば何日かで治るだろう!?」
店内にはいくつもの椅子が並べられ、そこにはローブをまとった治癒術師達が座っている。そして、一番後ろの席にいるのがキュリアだ。ロクスケはカウンターから、術師達に向けて話しかけている。
「治癒系の魔法は、基本的に、この、『自然に治ろうとする力』を強めて、怪我の治るスピードを早めたり、本来は自然には治りきらない怪我を治したりする物だ。」
客に乞われてロクスケは時々、この様な講習会を不定期で開く。そしてキュリアも、冒険者の治癒術師の妨害も敵対もしないと分かると、ようやく彼等に受け入れられ、店にいても警戒されない様になった。
「お前等、まず、各々の頭の中にある術式の1行目を見てくれ…」
ロクスケの言葉にキュリアは自分の頭の中の『ヒール』の術式に目を向ける。
"spell heal(position,rmax,rho,nmax,calorie,distance,levelpar,levelslp)"
「頭の4つの引数だが、まず"position"は術を発動させる場所、左手か、右手か、杖の先端かを選ぶ事が出来る。”rmax"は術の範囲…さっき言った発動場所を中心とした半径だ。」
教卓に見立てたカウンターから、ロクスケは店内の椅子に座る生徒達にはなしかける。
「あと2つは、回復力の濃さを示している。少し難しいかもしれないが、さっき言った球の中に、『回復力の塊』が一様に詰まっているのを想像してみてくれ。"rho"は、『回復力の塊』の、単位体積あたりの個数(数密度)、"nmax"は、『回復力の塊』の中の、回復力の量だ。主にrhoの方をいじって回復力を操作すると分かりやすいぞ。」
生徒の一人が手を上げると、ロクスケが、
「ん!?そこのお前、どうし…」
右手で指そうとして一瞬顔をしかめ、左手で指し治す。するとその生徒は立ち上がり、
「何で術の強さの操作に2つも、引数!?を使うんですか!?」
「中で使っているサブルーチン…術式の『部品』の様な物を、攻撃系の魔法でも似た様な物を流用しているからだ。例えばファイヤーボールの術式では、2つの物質を2:1の割合で混ぜているから、『塊』単位で2:1で混ぜた方が分かりやすいんだ。えーっと…それから、5つ目の引数…"calorie"は、熱だ。生命活動にはエネルギーが必要だからな。それは自然治癒でも同じだ。まあ、単位体積当たりの値になっているから、デフォルトでいいぞ。」
すると別の生徒が、
「残りの5つは何ですか!?"distance"って、何かの距離みたいですけど…」
「これは、患者の痛みを取って、心を落ち着かせるための部分だ。人間の身体には、痛みや暑さ寒さの感覚を感知して、脳に伝達する『線』みたいなのが全身に通ってて、"distance"はその『線』を探知する距離で、"levelpar"は痛覚遮断…痛みを和らげる強さ、"levelslp"は鎮静…心を落ち着かせる強さだ。それぞれ強くすればするほど、効果時間も長くなる。あー…ところで…」
それからロクスケは皆を見回し、
「この中に、術式を詳しく読んだ者はいないか…!?」
誰も返事をしなかった。ゴホゴホっ!誰かが咳をする。
「あー、そうだよな…読まないよな、それが普通だよな…」
『あいつ』は特別だったんだよな…
「…術式を読むと、"paralyze"とか、"sleep"とかいうサブルーチンを引用してるんだ。つまり、痛覚遮断に、ごく弱い麻痺魔法を、鎮静に、ごく弱い睡眠魔法を使っているんだ。」
「それはつまり私達に攻撃魔法を使わせていたと仰るのですか!?」
一番後ろのキュリアが立ち上がって叫んだ。だが周囲の治癒術師達は白けた表情で、
「いや…痛がって不安がってる患者さんを何とかした方がいいよ…」
「暴れて手をつけられない患者さんもいるしね…」
「ていうか、毒と薬は表裏一体って、常識だよね…」
周囲の反応に、キュリアは黙って座るしか無かった。彼女自身にも、心当たりがあったからだ…
「ま、まあ、安全装置をつけてあるから、麻痺や睡眠の強度は、一定以上の強さにはならない様になっている。時間にして、せいぜい8時間…一晩だな。他には何か無いか…!?」
生徒の1人がまた手を上げる。
「あのー、術を発動させる場所は、手のひらか杖の先だけなんですか!?」
「基本的にはそうだ。だが、『ヒール』のスクロールに一緒に入ってた、『ヒールボール』の術式、これは、『ヒール』の回復球に、力を加えて投擲する術式だ。これなら、ある程度離れた場所にいる者にも、文字通り『回復魔法を投げれる』ぞ。」
冒険者の治癒術師なら、モンスターに接近して戦っている前衛の傷を、離れた位置から治癒させる必要もある。
「…私は、その様な物は使いませんわ…」
キュリアが言うと、ロクスケは、
「お前、まだそういう事を…」
「………屋根から落ちた患者さんの、足だけを治した事があったのです…」
ロクスケを含め一同は、彼女の発言の意味を理解出来なかった。
「…落ちた時に腕も打っていたのに、気づかなかったのです………」
その言葉にロクスケは気まずい表情になる。治癒術師達は、
「ああ…触診は大事だよね…」「神殿の治癒術師さんは丁寧に診た方がいいかもね。」「いや、怪我の見落としは、俺達冒険者にとっても死活問題だろ…」
コホン…ロクスケは左手で咳払いをし、
「だったらお前等…『ヒール』に付属している術式に、『スキャンボディ』ってのが付属してるぞ。これは文字通り、相手の怪我や病気を診るための物だ。余裕があるなら回復前に使うといいぞ…まあ、今日はもうこのくらいにしようか…」
ありがとうございました。生徒達は一礼し、椅子を片付けて帰ろうとする。カウンターの椅子に腰かけ、しゃべり疲れたと言う様にため息をつくロクスケ。だがそこに、入口へ向かおうとする人の流れに逆らって、キュリアがカウンターに近づいて来て、
「ラン、スキャンボディ。」
ロクスケに向かって、さっき教わった術式を走らせる。キュリアの視界の陰陽が反転し、黒く浮かんだロクスケの身体の…右手首全体が、赤く変色して見えた。
「やはり…その腕は…」
さっき生徒を右手で指そうとして、痛みで顔を歪めていた。
「ああ…物書きの仕事だからな…」
ロクスケに言われてキュリアと、帰ろうとしていた治癒術師達は店内を見回した。壁いっぱいの棚に並ぶ大量のスクロール、そして、自分達が買った術式…あれらを全部、この店主が1人で書いたのだとすれば…
「お針子さんが、同じ様な病にかかると聞いた事がありますわ…」
キュリアの言葉にロクスケは右手を押さえたまま、
「ああ…あっちも腕や指を酷使する仕事だ…痛てっ!!」
指摘されてさすがに痛くなったらしい。
キュリアはロクスケに向き直り、
「ロクスケ様…今夜の急ぎのお仕事等はございませんか!?」
ロクスケはキュリアの言葉の意味を図りかねていたが、
「ああ…売り切れかかっている呪文書は特に無いはずだ…」
その言葉にキュリアは両手をロクスケの右手に掲げ、
(球体…指の先端から手首までを意識して…痛覚遮断を、強く、長く…)「ラン、ヒール!!」
パァァ…キュリアの掌から放たれた柔らかい光がロクスケの右手首を包み、彼の顔から苦痛が消える。
「痛みが………引いた。」
ロクスケの言葉にキュリアはにっこりとほほ笑んで、
「ご自愛くださいませ…」
「いやー、助かったぞ。ありがとうキュリア…」
そう言ってロクスケは握手をしようと右手を出す………が、手首から先がだらんと下がったままだ。
「ん、んんん~~~っ!?手首が動かない…感覚も、無いんだが…」
慌てるロクスケにキュリアはすまし顔で、
「痛覚遮断を一番強くしてかけましたわ…これで一晩、右手は使えませんね。」
「おま、な、何でそんな事を…!!」
「急ぎのお仕事が無いとの事ですし、左手だけでも一晩なら日常生活は送れましょう。あなたの右手に、一番の薬は休息ですわ。」
言われてロクスケの顔から血の気が引いた。そして、一部始終を見ていた周囲の治癒術師達に、
「お、お前等っ!!状態異常回復魔法を買った奴もいたろう!?お、俺に、『キュアパラライズ』をかけてくれっ!!」
「…ごめんなさい、店主さん、俺、用事思い出したから帰るわ。」「拙者も」「身共も」「某も」「手を休めた方がいいよ。じゃあね…」
治癒術師達は皆、店を出て行った。残されたのはロクスケと、キュリアだけである。ロクスケは自身の動かない右手を指さすと、
「なあ、キュリア…これ、本当に朝までに麻痺は解けるんだよなぁ!?」
「安全装置があって一定以上強く出来ないとの事でしたが!?」
「それを解除したりして無いよな!?」
「私にそんな事は出来ませんわ。」
平然と言うキュリアに、ロクスケは叫ぶ。
「固定パラメータをその場でいじった奴がいたんだよ~~~っ!!」
いくら叫べど右手は動かない。
「き、キュリア…やっぱりお前、変な術式を仕込まれた事、恨んでないか!?」
「その様な事はございませんわ。フフフ…それでは、お健やかに…」
一礼してスクロールショップを出て行くキュリア。一人、店内に残されたロクスケは、
「あ、そうだ。自分で『キュアパラライズ』をかければいいんだ…」
そう言って、腰の短杖を抜…こうとするが………何故か、何もする気が起きない…
「あー…あいつ…鎮静も最強でかけやがったなあ………」
スローモーな間延びした口調で言うロクスケ。
「全く………女ってのは、ああいうのしかいないのかぁ…」
そう言うのが精一杯だった。
結局、翌朝、麻痺と鎮静の効果が切れる頃、ロクスケの腕の痛みもすっかり引いていたのだった。




