第2-4話 魔法使いの憂鬱って、何だ!?
翌日、ロクスケのスクロールショップ…
「これでお前は、どんな傷でも、『ラン』の一言で治せる、『魔法使い』になれるぞ。」
カウンター越しにロクスケは、冒険者の治癒術師の耳元に囁く。
「他人を誑かすのはお止めなさい!!」
入口のドアが開いて入って来たキュリアがそう言い放つと、その治癒術師は『ヒール』の巻物を持ったまま、スクロールショップを後にした。ロクスケは、はぁー、と、ため息をつくと、
「営業妨害もいい加減にしろ!お前が来ると、特に治癒術師が寄り着かなくなるんだよ!!」
「あの方はお金を払った後なのでは無くて!?まあ、私にとっては遅かったのですが…」
ロクスケとオーウェンの言葉もあって心の靄の一端は晴れた気がしたキュリアだったが、ロクスケへの不信感はまだ解消されていない。そもそも悪魔とは、供物と引き換えに人々に知恵を授ける存在だ。最終的に人を堕落させるために…
「…ったく、楽しいかよ、こんな流行らねぇ店に嫌がらせして…」
ロクスケの物言いに首をかしげながらも、キュリアは言い放つ。
「私、やっぱりあの様な便利すぎる物は良くないと思いますの。安易な力に頼りすぎたら、人は堕落しますわ。」
罰を与える神様はいない、それでも人は、善く生きねばならないとロクスケは言った。
「あん!?便利にして何が悪い!?詠唱の失敗を、無くそうと言うのだぞ!?」
「そんな物、信念さえあれば、何とでもなります!!」
ピクっ…!!ロクスケの眉がやや吊り上がる。それに気づいてか気づかずかキュリアは続ける。
「頑張って呪文を覚えて、気を付けて詠唱して、間違えない様にしっかりして…」
「おい、あんたっ!!」
カウンター越しにロクスケは噛みつく様にアゲハに詰め寄り、修道服の襟元を掴む。
「ひッ…!!」思わずたじろぐキュリア。
「…『頑張る」に意味は無い。『気を付ける』に意味は無い!『しっかりする』に意味は無い!!」
ロクスケの口調の裏に、なにやら薄ら暗い物をキュリアは感じた。
「…俺は魔術師で、お前は治癒術師だ。だが俺達は、『魔法使い』じゃあ無い。」
『魔法使い』…これまでロクスケが口にするのを2度聞いていたキュリアだったが、この言葉に最も違和感と、危うい物を覚えていた。
「長ったらしい呪文を、発音も、イントネーションも、一切間違わず唱えきって、初めて呪文は発動する。
間違えない様に俺達はいつもいつも、魔法の呪文と首っ引きで、詠唱の練習を欠かせない。
なのに普通の奴等は俺達が魔法を使えて当たり前だと思ってる。
失敗すると激しく叱責される。
『何やってんだ、しっかりしろ』って!!」
不遜だったロクスケの態度が、一変して激昂して…そして、苦痛に歪んでいた。
「失敗をなじられ、非難され、罵倒され、しっかりしなきゃちゃんとしなきゃって気を病んで、憔悴し、魂を削られてく奴等を俺は何人も何人も見て来た。」
キュリアは気づいた。悪魔の正体は、ただの人だった事に。
「魔術師ってのは頭が良くてプライドが高いんだ。
あいつ等の『しっかりしろ』『ちゃんとしろ』を全部聞き届けて、真っ正面から受け止めて、
しっかりしようとして、ちゃんとしようとして、ミス無くしようとして…」
迂闊だった。宗教家として失格だった。
この店主は魔法の呪文屋という、冒険者に関係した生業をしている。なら、彼自身も元冒険者だった可能性が高かった。しかも、あんな奇妙な呪文書を作ったという事は、かなりの腕前だったはずだ。そして、
「やりきれなくて、削られて、すり減って、でも誰にも言えなくて、自分でも認めたくなくて、
ボロボロにされて、それでもあいつ等は『お疲れ様』の一言も無しにゴミ箱に捨てちまうんだ。」
戦いに明け暮れる日々の中で、彼等は身体に傷を負い、何より………心を病んで行く。
「だから俺は、この店を開いた。あいつ等が『魔法使い』をお望みなら、『魔法使い』を用立ててやろうって言うんだ。」
(きっとこれは…)キュリアは思った。そして、自身の襟元を掴むロクスケの手を自身の両手で優しく包み、
「…そんな所から抜け出せて、あなたは幸せだったのでは無くて…!?」
(きっとこれは、他の誰かの事では無い、店主自身の独白ですわ…)
「あ………」
ようやく自分が女性に悲鳴を上げられても仕方の無い所を触っている事に気づき、慌てて手を退ける。キュリアに包まれた手の甲が暖かかった。
「わ、悪い…ま、まあ、確かにあんたの言う通りだな。あの頃の俺は、まともじゃ無かったから。自分が何をやってんのかすら分からなくなって、ついには『ファイヤーボールって、何だ!?』って言っちまって…」
「まあ、店主様の仰る事も分かりますわ。祝詞の唱え間違いは、私達にとっても大問題ですし…」
実際それで、あの怖い女司祭長には何度も叱られている。
「あ、ああ…あんた等は特に、人の命がかかってるからな…」
(そうだ…そんな治癒術師の苦労をも、俺は救いたかったんだ…)
「頭を…少し、お下げ下さいませ。」
柔らかい口調でキュリアにそう言われ、
「…こうか…!?」
カウンターの椅子に座り、少し頭を垂れるロクスケ。その頭にキュリアは、優しく自身の手を置く。
「え………!?」
「幾多の苦しみを越え、数多の人々を同じ苦しみから救おうと、あなたはされていたのですね………」
ロクスケの頭に、キュリアの掌の温みが伝わって来る。
(全く………こいつといいあいつといい、女ってのは何でこんなに………)
「あなたの技は、多くの魔術師達を、『魔法使い』にしたのですね…その行いを、ラフカディオ様は、いつも見守って下さっていますよ………」
「あ、あのなぁ………だから昨日、神はいないって…」
「ええ、善人を祝福する神も、悪人を罰する神もいない。それでも私は、人々を見守る神の存在を説きますわ。」
それは、彼女が悩みぬいた果てにたどり着いた悟りだった。いや、既に彼女の中では出ていた答えだった。『善人を祝福する神はいない』と言われた迷いの中、傷ついた冒険者を癒した、あの時に…
「それが出来る程人は強いのかよ…」
その時、
ガチャっ!! 「家賃を貰いに来たよ…」
表のドアが開き、一人の老婆…大家が入って来て、カウンターに座って頭を垂れるロクスケと、その頭に手を置くシスターの姿を見て…
「邪魔だったかい…じゃあまた後にするよ。」
ドアを閉めて出て行こうとする。
「じゃ、邪魔じゃ無ーい!!余計な気遣いは無用だ~~~っ!!」
クスっ…シスターは微笑むと、
「では、これで失礼しますわ…」
大家と入れ違いに、ドアをくぐろうとする。
「あー…さっきは変な事、聞かせちまったな、あんた…えーっと…」
シスターは表の看板に書かれている、"Rokusuke's Scroll Shop"の文字に目をやり、それから振り向いて、
「『キュリア』、ですわ。ロクスケ様、お健やかに…」
そう言い残して、スクロールショップを出て行った。あとに残されたロクスケに、大家は、
「………あの娘にチクるよ。」
「………そういうんじゃねぇって…」
※ ※ ※
同時刻、『南都ラフカディオ神殿』…
オーウェン高司祭が回廊を歩いていると…
「祝詞を読み間違えるとは何事ですか!!しっかりなさい!!ちゃんとなさい!!!」
バシッ!バシッ!!キャロライン司祭長が、若い司祭達を棒で何度も何度も叩く音が聞こえた。
叩かれている司祭達も、身をすくめながら、何やら言いたげな顔をしている。
「あなた達は!ラフカディオ様から!癒しの奇跡の力を!!授かったのですよ!!!神様に選ばれた自覚を持ちなさい!!!」
女司祭長の顔が般若の様に歪んだ。『ラフカディオ信仰』では、憤怒や嫉妬は罪では無いのだろうか。
「全く………ラフカディオ様はなんで…」
「なんて寛大なのだろう!失敗した者達にやり直しの機会を下さるのだから!!」
オーウェンがキャロラインの言葉を遮る様に続けた。老司祭は若い神官達の肩に手を置き、
「祝詞の詠唱に失敗した後、ちゃんと唱えなおしたんだね!?」
「は…はい…」
若い神官は頷く。
「患者さんの怪我や病気は癒えたんだね!?」
「はい…」
「ならよし!これからはこの様な事が無い様に気を付けてね。もう行っていいよ。」
「はい…」「失礼します…」
一礼して去って行く若い神官達。
「………助けたつもりですか!?」
キャロラインはオーウェンに詰る様に言う。さっきの彼女の台詞の続き、『ラフカディオ様はなんでこの様な者達に奇跡の力を与え、自分に与えなかったのか。』取り様によっては神の意志に不服を述べる、神官にあるまじき不敬に当たる。オーウェンはあの若い神官達だけでなく、キャロラインをも助けた事になる。
「『南都派』は寛容なんだ。大らかな人達ばかりが住む街だからね…」
「『いい加減』の間違いでは!?祝詞を読み間違えたり、フラフラしたり、それではラフカディオ様の御許へ至れませんわ。」
「間違えねば成長出来ないし、迷わねば悟れないよ。患者さんの病状を悪化させたり、死なせたりは、あってはならないけど、それとこれとは別問題だ。」
それからオーウェンは声を潜め、
「あなたもそろそろ『南都』の水に慣れた方がいい。ここはもう、『奧都』の総本山じゃあ無いんだ…」
「黙らっしゃい!!あなた達堕落した『南都派』にお怒りになって、ラフカディオ様は『奧都』に化け物を放ったのですわ!!ええきっとそうですわ!!」
キャロラインは激高し、叫んだ。
「『南都』の堕落にお怒りになって、厳しい戒律を守る『奧都』の総本山を滅ぼしたのかい…!?」
「…深淵なる神様の思し召しは、我々には推し量れませんわ、ええきっとそうですわ!!」
「…大体、なら総本山の教皇様達も堕落していた事になるじゃ無いか…」
「教皇様達は高潔なお方だからこそ、ラフカディオ様のお傍に召されたのですわ!ええきっとそうですわ!!」
キャロラインの言葉は段々支離滅裂になって行った。
「…なら敬虔な『奧都派』である君が生き残ってしまったのは…!?」
「堕落した『南都』の『ラフカディオ神殿』を立て直すため、ラフカディオ様が遣わされたのですわ!!ええきっとそうですわ!!私は一人でも、厳格な『奧都派』を再興してみせますわ!!」
オーウェンはため息をつき、
「まあ…君がそう思うんだったら、そうなんだろうね…」
「まずは先ほど、一瞬でもラフカディオ様の思し召しに疑問を覚えた事を懺悔して参りますわ!!わずかな心の乱れでも大きな堕落に繋がりますわ!!」
奇声を上げて去って行くキャロラインを、オーウェンはやるせない心境で見送った。




