第2-3話 教義って、何だ!?
光の海の中に、ラフカディオ様は降り立ち、
光の粒を一掬い、ラフカディオは掬い上げ、
優しくこねて、七度丸め、
我らの世界、ラフカディオ様は造りぬ。
御身に帰依し奉らん。
新たなる世界を、ラフカディオ様は見下ろし
光の粒を一つまみ、ラフカディオ様は振り撒き、
木々を作り、獣を造り、
最後に人を、ラフカディオ様は造りぬ。
御身に帰依し奉らん。
~ラフカディオ神讃頌歌より~
※ ※ ※
「シスターキュリア!!」
『南都』の『ラフカディオ神殿』の、掃き清められた廊下を静かに歩くキュリアを、枯れた声が呼び止め、キュリアは振り向いた。声の主は、女司祭長だった。老眼鏡をかけ、ケープを目深にかぶり、そして、胸の前で長い木の棒を両手で掲げる様に持っていた。因みにこの木の棒は、宗教儀式で用いる錫杖の類いでは無い。
「はい、キャロライン司祭長…」
キュリアは静かに振り返ると、女司祭長…キャロラインは厳しい口調で言った。
「あなた、最近、悪所に出入りしている様ですね!?」
「その様な事はございません…」
「下賎の者と交って、化け物退治をしたでしょう!?」
「救いを求められ、応じたまでです…」
「口答えは許しません!!下賎な荒事など、下賎な親無しにやらせればいいのです!!我々神に仕える者の手は、清らかでなければなりません!!」
私も奥都陥落で両親を失った親無しなのですがね、その言葉を、キュリアは寸出のところで飲み込んだ。
「こ、この『南都』には、何十万もの民が住まい営んでおります…」
「それがどうかしましたか!?滅ぶならそれが、ラフカディオ様の思し召しなのでしょう!?」
「本気で仰ってますか…」
「口答えは許さないと言ったでしょう!?いずれにせよ、悪所への出入りは事実ですよね!?」
「ですからその様な事は…」
心当たりは、あった。路地裏通りの呪文屋。
「嘘をつくのは何よりも許されない大罪ですよ!?」
「嘘などついては…」
キュリアの言葉は途中でか細くなった。キャロライン司祭長は両手の木の棒をキュリアの顔の中心に当てると、
「ケープが曲がっています!!」ピシャン!キュリアのケープを被った額を叩きつける。傍目から見ても曲がっていたようには見えないし、今ので余計に曲がったのではないだろうか。
「背筋も!歩幅も!!性根も!!!みんな曲がって、乱れています!!!!」
その度にピシャリ!ピシャリとキュリアの身体の至る所を棒で叩きつける。
「そして、行動の乱れは、心の乱れに繋がり、汚れた人々との交わりは、魂の汚れに繋がります。」
「………っ!!」
キャロライン司祭長の言葉に、キュリアは頭をすくめた。この女性はいつも、戒律に厳しい…
「大体あなたは何ですの!?いつもいつも、フラっと神殿に現れたと思ったら、またフラっとどこかへ消えてしまって…」
「………誰も偽らぬ者などいるのでしょうか…」
思わず漏れたその一言が、キャロライン司祭長の逆鱗に触れた。
「地獄が待っていますよあなたにはっ!!」
女司祭長が木の棒を一段と高く振り上げたその時、
「まあまあ司祭長様…」
老人の声がして、廊下の向こうから、白髪の司祭が歩いて来て、キュリアの隣に立つ。
「彼女はまだ若いんだ。世俗に触れて学ぶ事も、信仰の道には大切だよ…」
「ですが、オーウェン高司祭…」
女司祭長は内心苦々しげに言った。彼…オーウェンはいつも、キュリアの肩を持つ。
「それに、路地裏通りは悪所では無いよ。あそこの人達は、経済的に恵まれないだけで、あそこに住む信者様も大勢いらっしゃる。その上、キュリアが街を歩き回っているおかげで、怪我をされた方が救われたそうじゃないか…」
穏やかだが何故か力の様な物を感じるオーウェンの口調だった。
「そもそも、嘘をつくのが良くないなら、キュリアだけでなく、僕も、そしてあなたも、親につけられた名前じゃなく、聖別名を名乗ってるね!?これは、俗世の人々には嘘をついている事にならないのかい!?大体僕なんて、オーウェンって、頭に"Unkn"をつけたら、『誰だか分からない』になってしまうじゃないか。」
キュリアと、キャロライン司祭長は呆けた。
「おおっと、それだと真ん中の"e"が一つ余計になってしまうね、あっはっは!」
ラーラーラー…オーウェンがわざとらしく笑う中、遠くからラフカディオ神讃頌歌が聞こえて来た。
「………良いですか!?ラフカディオ様はあなたの行動を全て見ておられますよ!!」
毒気を抜かれたキャロライン司祭長は、それだけ吐き捨てて、去って行った。オーウェンはキュリアの肩をポンと叩きながら、
「…彼女も君の事を心配してるだけだよ…」
「はい…師父様…」
老高司祭が歩み去るのを見送るキュリア。その脳裏に浮かぶ文字列…
"spell heal(position,rmax,rho,nmax,calorie,distance,levelpar,levelslp)..."
キュリアの心は一段と重くなった。嘘をつくのは罪、行動の乱れも罪、汚れとの交わりも罪、なら…
彼女の頭の中に妙な術式を植え付けられた自分は、いかなる地獄へ落とされると言うのか………
※ ※ ※
「やはり何とかして下さいまし!!」
その直後、路地裏通りにあるロクスケのスクロールショップを訪れたキュリアは、開口一番にそう叫んだ。
「うぉっ!?な、何だいきなり!?」
カウンターの中のロクスケは面食らい、客の魔術師は「じゃ、じゃあ、俺はこれで…」と言い残して、そそくさと店を後にする。
「店主様の怪しげな呪文がの頭の中にあっては、私はラフカディオ様に地獄へ落とされてしまいます!!」
「お前なあ、何を言って…」
「汚れに触れては、ラフカディオ様の下へは行けなくなります!!」
気がつけばキャロライン女司祭長と同じ様な事を言っていたキュリアであった。
「『地獄』に、『汚れ』ねえ…」キュリアの言動を反芻して、ロクスケは言う。「あのなあ…『ラフカディオ信仰』の教義に、そんな物、無いぞ!?」
「な、何を仰るんてすか!?偽りで人を惑わす事も、ラフカディオ様が許しません…」
「だからそれも無いって…『ラフカディオ信仰』の教典にあるのは、『ラフカディオがこの世界を創った』という事実だけだ。」
「で、ですが…」反論しながらもキュリアにも心当たりがあった。『我らの世界、ラフカディオ様は造りぬ。』讃頌歌にあるこの一節が、『ラフカディオ信仰』の教典にある全てだ。「で、でも高司祭様達が...」
「『正直であれ』『高潔であれ』『謙虚であれ』…それらもみんな、後世の後付けだ。宗派によって、緩やかか厳しいかの違いだ。そもそもこの『南都』の宗派は、かなり教義が緩やかなはずだが…!?」
「では、何で...」何で私は、あんなに怒られなければならなかったのか…!?
「そりゃ、その方が、世の中が円滑に回るからだろう!?みんなが好き勝手に誰かを殺したり、盗んだり、嘘をつきあったり、傷つけあったりしたら、世の中がメチャクチャになっちまう。」
「知ったかぶりの妄言を…」キュリアの否定は途中で途切れた。ロクスケは一時期、『ラフカディオ教団』で修行をしていた時期があると言う。完全な部外者とは言えない。それに…彼女自身の『ラフカディオ信仰』への知識の方が、実は覚束ない事を自覚しているのだ。キュリアが押し黙ったのを見て、ロクスケは続ける。
「創造神はただ、俺達を創っただけ、俺が読み解いた限りでは、それだけだった。俺達人間に『善行せよ』と命じてもいないし、『悪行すべからず』と禁じてもいない。」
「こ、混沌主義者なのですか、あなたは…」
「…善人を天国へ上げる神も、悪人を地獄へ落とす神もいない。それでも人は、善く生きねばならんという事なんじゃ無いのか!?」
「!!」稲妻に打たれた様な衝撃を受けるキュリア。それから口の中で何やらブツブツとつぶやいた後、ゆっくりと後ろを振り向き、ヨロヨロと入口のドアに手をかけ、その刹那に振り向いて、
「………それが出来る程、人は強くはありませんわ。」
そう言い残して、去って行った…
※ ※ ※
路地裏の狭い道を大通りへと戻るキュリア。彼女の頭の中の、忌まわしい術式は消えないまま、心の靄も晴れないまま。しかも、その靄の向こうに、微かな光が見えている事が、却って厄介だった。
この世の全てはラフカディオ様の思し召し、なら何故、ラフカディオ様は人々に不幸をもたらすのか。
ラフカディオ様は人々を見守って下さっている。なら何故、人は怪我や病を負うのか。
その不条理の理由の一端が、分かった様な気がしていた。
「ラフカディオ様は世界を創った、ただ、それだけ…!?」
もしラフカディオ様が、ただ世界を、そこに在る全ての物を創っただけだとすれば、
それ以外の事を、何もしていないとすれば…
人の世に災いが絶えないのも無理は無い。
そして、この世界を創っただけのラフカディオ様の、この世界の創り方も完璧かどうかも怪しいなら、
ラフカディオ様に創られた人が怪我や病を負うのも道理だ。
ラフカディオ様は、善人に祝福を与えもせず、悪人を罰しもしない。その証拠に、
この様な不遜な考えに至った彼女自身に、今に至るまで何の罰も与えていないでは無いか。
ここまで考えている間に、いつの間にかキュリアは大通りに出ていたらしい。
「痛たたたたっ!!」「い、急いで!!」「ギルドまで戻れば、誰か治癒術師が…」
向こうから数人の男女が歩いて来た。鎧やローブに身を包んで武装した、冒険者と呼ばれる者達だ。装備はキュリアの目から見ても貧弱で、先頭の鎧を着た女は、腕を押さえている。どうやらヒーラー無しのパーティー構成で、クエスト中に怪我をしたらしい。
「お待ちなさい!!」
すれ違いざまにキュリアは叫ぶ。
「何、シスター!?」「俺達、急いで…」
怪訝な顔の冒険者達に、キュリアは女戦士の怪我をした腕に両手を当てる。
「ラン、ヒール!!」
パァァ…!! キュリアの両手から暖かい光があふれ、女戦士の腕の怪我がみるみるうちに癒えていった。
「け…怪我が…」「助かった!!ありがとう!!」
口々に礼を言う冒険者達に、キュリアは笑顔を取り繕い、
「ラフカディオ様は、いつでもあなた方を見守っておられます。お健やかに。」
そう言い残して、去って行った。
※ ※ ※
『南都ラフカディオ神殿』…
「おかえり、キュリア………何か、あったのかい!?」
キュリアを出迎えたオーウェン高司祭だったが、彼女が浮かない顔をしている事に気づいた。
「師父様、その……」ロクスケが言っていた、『神は世界や自分達を創っただけ、それ以上の何も人間に求めていない』という言葉の真偽を問おうと思って、キュリアは言葉を選んだ後、「………神様は、どの様な存在なのでしょうか………」
「ふむ…」オーウェンは右手であごをなでながら、「…そう言えば、僕は神様にお仕えして結構長いけど、神様のお姿を見た事も、お声を聞いた事も、一度も無いねぇ…」
「師父様が………!?」一瞬驚いたキュリアだったが、すぐに冷静な顔に戻り、「………でも師父様は何かいい加減な所がありますから…」
「あっはっは…手厳しいねぇ…」自分のおでこを叩いて優しく笑うオーウェン。そしてその優しい顔と声のままで、「…キャロライン司祭長に言われた事を気にしているのかい!?」
「え…ええ………私って、だめですわねぇ…迷ってばかりで、悩んでばかりで………」
「迷わねば、悟れぬよ。大いに迷って、悩んで、考えるといいよ。その結果、得られた答えが、何であれ、君にとっての悟りだ。」
「師父様………」キュリアの心の靄の中の光が、はっきり見えた気がした。オーウェン高司祭と、あの呪文屋の悪魔のお陰で………
「キュリア…」オーウェンは右手をキュリアに伸ばし、キュリアは跪き、頭を垂れる。オーウェンはキュリアの頭に手を置いて、
「君に、ラフカディオ様の祝福があらん事を………」
そんな2人のやり取りを、物陰から見つめていた者がいた。
長い棒を持ち、無表情の奥にどの様な感情を隠しているか分からない女司祭長だった………




