第2-2話 治癒の奇跡って、何だ!?
人は、生きている限り、いつかは必ず傷や病に会い、そしていつかは必ず老いて、死ぬ。それはこの世界においても同様である。
故に、この世界においても、人々の傷や病を癒す者達は存在する。創造神ラフカディオ信仰の神官達も、それらの中の1つである。
彼等は祝詞を謡い、治癒の奇跡を行い、いくばくかの喜捨と引き換えに、人々の傷や病を癒す。
これは、創造神ラフカディオの神官に与えられた、崇高な使命の1つである…
※ ※ ※
『南都』の路地裏通りを、その場に似つかわしくない人物が歩いていた。
修道服をまとった美貌のシスター…キュリアである。
すれ違う住人達はその稀なる訪問者に訝しみ、あるいは修道服の下に隠した女の身体に情欲を抱き、あるいはその整った顔に浮かべた興奮とも怒りとも取れる表情に近寄りがたい物を感じ、ズカズカと大股で通り過ぎるに任せていた。それに…
最近、この辺りは魔法使いが良く来る。シスターの来訪も珍しい事では無かったからだ。
彼女がたどり着いた先は、水路の橋の側の、ロクスケのスクロールショップ…
ガチャっ!!「て………」「店主さん!すごいですね!!あの呪文!!!」
ドアを開けて開口一言、キュリアの叫びはブった切られた。カウンターの前の若い魔術師が、興奮気味に店主…ロクスケに話しかけていたからだ。
「『ラン、ファイヤーライト』って!!それだけで火球の呪文が出たんですよ!!」
(わ…私の状況と同じですわ…!!)
反射的に顔を隠しながらキュリアは思った。
「お…おうおう、そうだろそうだろ…」
若い魔術師の勢いに引き気味になりながらも、自身の術式を褒められてロクスケは悪い気がしていない様だった。
「お、お前、思った事は無いか!?魔法の呪文って、何だ!?って…!?」
「へ………!?」
「長ったらしい呪文を抑揚もイントネーションも違えずに唱えないといけない、それも実は正確な発音が難しいから安全策のために似た様な文言を繰り返す冗長化。だったら魔法は呪文の詠唱自体が非効率的だ。最初から完成された術式を頭の中に構築させ、必要な時に走らせればいい。それが俺の術式だ。」
「なるほど!!すごいです、その発想…ゴホ、ゴホっ!!」
興奮しすぎたのか若い魔術師は最後にむせて激しく咳をした。
「おい大丈夫か!?とにかくこれでお前は…」そう言いながらロクスケは若い魔術師の肩をカウンター越しにポンと叩き、「火の玉も氷の槍も、『ラン』の一言で創り出せる…」それから若い魔術師の耳元で、
「………『魔法使い』になれるぞ。」
ゾクっ! その囁きに、陰で聞いていたキュリアの背筋も冷えた。
「まあ、ファイヤーライトは魔力消費も少ない分、自由度も低いが、通常版のファイヤーボールはオプションも豊富だから、大きさも飛距離も方向も、思いのままだぞ!!あんまり大きな声で言いたくないんだが…」それからロクスケは声を潜めて、「…ものすごく小さくして、弓矢より遠くへ飛ばす無茶をした奴もいたんだ…」
キュリアにも身に覚えがあった。彼女の脳内に設営されたヒールの術式にも、大量の引数がついていた。どれ1つ取っても訳の分からない物ばかりだったが…
すると若い魔術師は気まずそうに、
「あー、そういうのも使ってみたいですけど………ファイヤーライトを買ったせいで、軍資金が………」
「あ、ああ、すまん…」ロクスケは察した。俺の術式は高いからな。ファイヤーボールで金貨5枚、ファイヤーライトでも3枚だ。普通のファイヤーボールが金貨1枚である事を考えると、性能が値段相応なのを差し引いても高すぎる。「ま、まあ、無理しない程度に稼いで、それで戦力に不満があるなら、また来るといい…」
「はい!ありがとうございます!!」
若い魔術師は一礼し、呪文屋を去って行った。
「………私のヒールも、そういう物だと仰いますの!?」
言いながらキュリアがカウンターに近づいて来た。
「…お前、さっきの…いつから店内に…!?」
キュリアはカウンターに詰め寄ると、自身の豊かな胸に手を当てて、
「私の中の呪文を、抜き取るなり消すなりして下さい、店主様!!」
一瞬面くらったロクスケだったが、
「そんな事出来んぞ。それに…さっきの魔術師とのやり取りを聞いたろう!?俺ん所の呪文書は高いんだ。それでもありがたい事に、『欲しいけど高くて買えない』って、みんな言ってくれてるんだ。それをあんたは無料で手に入った。どれだけ恵まれてる事か…ましてやあんたは、治癒術師だろう!?」
だがキュリアはなおも食い下がる。
「私には創造神ラフカディオ様が下さった、治癒の奇跡があります!!呪文書の魔法など、必要ありません!!」
奇跡…治癒術師の中でも聖職者系の者達は、自身の治癒魔法をそう呼び、魔術師系のヒーラーを認めていない者がいる。そしてその傾向は、敬虔な信者程強い。だがロクスケは頭を掻きながら、
「あのなぁ………魔術師の魔法と聖職者の所謂奇跡とは、元をたどれば同じ物だぞ。」
「…何を言うのです…!?」
キュリアの声が一段低くなった。ロクスケは続ける。
「攻撃魔法も治癒魔法も元は同じ系統だ。だがいずれも長ったらしい呪文やら祝詞やらの詠唱が必要だから、一人の人間が憶えられる魔法の種類は限られてくる。だから、どっちかを極める者達に分かれたんじゃ無いのか!?『象牙の塔』が攻撃魔法を、『ラフカディオ信仰』が治癒魔法を…」
「…素人の妄言ですわ!!」
だがロクスケはニヤリと笑い、
「…俺は『ラフカディオ信仰』の神殿で、治癒魔法を修行してた時期もあったんだ。キンダーガーデンで魔法使いの素質が認められて、攻撃系と治癒系と、どっちに進むか決めるために、両方勉強させられたんだ。さっきの話も、こっそり神殿の書庫に入って読んだ書物から得た知識を基にした物だ。…まあ最も、俺の持論を神官にしゃべったら、即刻破門させられたけどな…とにかく、治癒魔法と『ラフカディオ信仰』は本来無関係、『ラフカディオ信仰』が、後付けで治癒魔法に手を出しただけだ。」
キュリアは頭を抱え、
「だったら猶更…破戒者の戯言など、聞く価値もございませんわね…」
もう我慢が出来ない。キュリアはロクスケに背を向けて、スクロールショップを出て行こうとして…ふと、さっきの怪我をした大工と、幼子の言葉と、自身の悩みが頭を横切り、足を止め、背中を向けたまま問う。
「それでは………『ラフカディオ神殿』は何故、攻撃魔法ではなく、治癒の奇跡に手を出したと言うのですか!?」
人は、生きている限り、いつかは必ず傷や病に会う。それが皆、『ラフカディオ様の思し召し』なのだとしたら、太古の神官達は何故、治癒魔法に手を出したのか…!?
「『ラフカディオ信仰』の始祖達が、ものすごく優しい奴等だったからじゃあ無いのか!?それこそ、苦しんでる民を見捨てられないってくらいに…」
即答だった。キュリアは一呼吸置いて、
「………聖人様達を『奴等』呼ばわりは不遜ですわよ…」
そう言い残して、スクロールショップを出て行った。




