第2-1話 貰い物の呪文書って、何だ!?
某日、昼下がり、『南都』、大通り…
「光の海の彼方におわす、偉大なる創造神ラフカディオ様…」
柔らかく優しい声が響き渡る。
周囲には不安げな表情で見守る通行人達…
道端には、倒れた梯子と、散乱した工具。
そして、通行人達の輪の真ん中には、苦痛に顔を歪め、横たわる大工風の男と、彼の足に手をかざす、修道服姿の若い女性。
「御身が子、キュリアが、ここに乞い願い奉りまする…」
修道女…キュリアの両手からは眩い光の球があふれ出ている。
「どうかこの者の傷をばお癒し下さい…」
その瞬間、キュリアの手のひらの光の球が、一層明るく光り、そして消える。
What does "Fire Ball" means!? Chapter 2.
通行人達が固唾を飲んで見守り、大工が困惑した表情を浮かべる中、キュリアは微かにほほ笑む。整った上品な顔立ち、修道服のケープからわずかにのぞく前髪は、綺麗なプラチナブロンドだった。そして…露出度の低い修道服を内側から押し上げている胸元と尻周りは、神に仕える身でありながら、多くの男を堕落させかねない悪魔の造形だった。
戸惑いながら大工は恐々左足を、次いで右足を立て、両手を後ろについてゆっくりと腰を上げ…立ち上がる。
「………痛くない…」
おおおおお………!! 通行人達から歓声が上がり、拍手する者すら現れる。さいぜん大通りに鈍い音が響いて、屋根の上に登って作業をしていたはずのこの男が地にうずくまっていた時は驚いた物だが…たまたま通りかかった修道女が祝詞を読んでくれたのだ。
「ありがとう…ありがとうございます!!あなたのおかげで………!!」
大工がキュリアに跪き。両手を組んで首を垂れるが、キュリアは立ち上がりながら微かに微笑み、祈りを捧げる様に手を組み、
「全ては、創造神ラフカディオ様の思し召しですわ………今日、あなたがお怪我をなさった時に、たまたま私を使わされたのも………」
なんて謙虚な人だ…通行人達が感動しながら三々五々散って行く中、
「じゃあ、あの大工さんが屋根から落ちて怪我したのも神様のせいなの!?」
通行人に混じっていた小さな子供がそうつぶやき、慌てて母親と思しき女性が手を引いて、こちらに頭を下げながら向こうへと去って行く。
一人、残されたキュリアは、とぼとぼと大通りを歩きながら思った。
(あんな幼子にも分かる事なんですわ………)
この世は全て創造神ラフカディオ様がお創りになった。この世で起きる全てはラフカディオ様の思し召し。なら…
この世に起きる全ての不幸も、ラフカディオ様の思し召しなのだろうか…
我々人間は全て創造神ラフカディオ様がお創りになった。ラフカディオ様は我々人間を愛して下さっている。なら…
ラフカディオ様は何故、自身を信じ、崇める者達に不幸を与えるのだろうか…
ついひと月前にも、この『南都』を怪物が襲いそうになった。もし止められなかったら、『南都』の民の一体どれだけが犠牲になったか分かった物では無い。
しかも、怪物の接近を止める事は出来たが、それを為したのはキュリアと同じ年ごろの若い女性3人である。たった3人の女に化け物退治をさせたのだ。今では英雄と皆からもてはやされているが、これでは人身御供では無いか!!キュリア自身がヒーラーとして同行していたため、その目で直に見ていたのだ。討伐前の彼女等の悲痛な覚悟を…!!
そもそもこの世の不幸と言えば、十数年前、北から怪物の大群が攻めて来て、『奧都』は奴等の住処となり、大勢の無辜の民が命を落としたのだ。他ならぬキュリアの両親も、その中に含まれている。『南都』に遷都し、人間の住処が南に押し込められている今の世の在り方も、果たしてラフカディオ様の思し召しなのだろうか………
「創造神ラフカディオ様、御身は本当に………」
ぶんぶんぶん!! キュリアは慌てて頭を振って、沸き上がった考えを打ち消した。
(こんな事を考えるなんて………私の信心が足りぬ証拠ですわ………)
「ゴホ、ゴホっ!!」
咳をしながら通り過ぎる通行人に、
「神のご加護を…」
キュリアがそう言うと、通行人は会釈をして通り過ぎる。この世界で誰かが咳やくしゃみをした時の、何の事は無い風習。だがその事にすらキュリアは考えてしまう。
ラフカディオ様は人間を加護して下さる。なのに何故、人は病気になるのか、と…
ドンガラガッチャン!! 大きな建物のドアから、男が通りに吹っ飛ばされて来る。ローブを纏った魔術師の男。確かここは、冒険者ギルドだったか。
「てめぇ…何チンタラやってんだ、あぁ!?」
ドアが開き、頬に目立つ傷のある男が、凄みながら出て来た。
「あぁ!?てめぇこそ無茶言ってんじゃねぇぞ!!」
吹っ飛ばされた魔術師もゆっくりと起き上がる。
キュリアは、はぁ…と、ため息をつきながら通り過ぎる。
(人々の心も荒んでますわ…)
キュリアが去った後も、頬に傷のある男…スカーと魔術師との言い争いは続いていた。
「あの女どもがいねぇ今が、出し抜くチャンスだって分かってんだろぉ、あぁ!?メシ抜いてでも金貯めやがれ!!」
「あの店の呪文はバカ高ぇんだ!!それを全部いっぺんに買い揃えろだぁ!?だったら手前ぇも金出せや!!」
「装備の金は自分持ちだろうがよぉ!!」
2人は取っ組み合ったまま、ギルドの中に引っ込んで行った。
一方でキュリアは大通りを外れ、横道へと歩いて行く。角を曲がる度に道は狭くなり、やがて道は荷車がようやく通れる程度の細い路地裏にたどり着く。路地の両脇に軒を連ねる家々も、いずれ劣らぬくたびれ具合、住人も恐らくは決して豊かでは無い者達だろう。
(ラフカディオ様の愛は、平等には降り注がないのですね…)
キュリアも決して子供では無い。だが、『この世の不幸はラフカディオ様がお与えになった試練』『彼等の信心が足りないせい』という、周りの司祭達のしたり顔の常套句に納得出来る程、大人にもなれないのだ…
思索にふけるキュリアの目の前には、水路にかかる橋の側の、古びた家。ただし、ドアには広げた巻物の形をした看板がかけられており、そこに書かれているのは、"Rokusuke's Scroll Shop"の文字。魔法の呪文屋だ。そしてドアノブには"Open"と書かれた小さな掛け看板。
ガチャっ… ドアが開き、中からローブ姿の2人の若者が出て来て、キュリアとすれ違う。
「とうとう買っちまった…」「これで俺達も………」
各々手に巻物を大事そうに抱えて、興奮気味に話す2人。どうやら掛け看板の通り、営業中らしい。
「ごめんくださいましー…」ガチャ… キュリアは入口のドアを開け、中に入る。
まず、彼女の目に飛び込んで来たのは、両側の壁を天井まで覆いつくす陳列棚と、その上に乗っている巻物の数々。しかも左側の棚は魔術師用、右側の棚は治癒術師用、魔術師用でも入り口側は弱体魔法、奥側は攻撃魔法で、棚ごとに炎系、氷系、風系、土系と分けられているのだ。
(ここの店主は、余程几帳面な方なのですね…)
職業柄治癒術師用が気になったキュリアだが、やはりここも入り口側が強化魔法、奥側が治癒魔法で、治癒魔法も体力回復系、対状態異常系と分けられている。そして…最も一般的な体力回復魔法、ヒールの棚は空だ。
「ごめんくださいましー!?店主様は…このお店の方はいらっしゃいませんでしょうかー!?」
ついさっきまであの2人連れが客としていたからには店主もいたはずだ。なのに一番奥のカウンターの中には誰もいない。
「店主さまー!?これを…」そう言いながらキュリアは懐から1巻の巻物を取り出し、「こちらを、お返ししに上がりましたー…」
頭上高く掲げられた巻物の表紙には"Heal"の文字。そしてキュリアは、短く切りそろえられた爪で、
うっかり封紙を破ってしまう。
パラパラパラパラ………キュリアの頭上から異音が聞こえる。掲げた右手の中で、巻物…「ヒール」の呪文書が勝手に回転し、めくれて下に落ちて来たのだ。
「え………!?」
しかも下に垂れ下がってきたはずの紙は、物理法則を無視してキュリアの胸の辺りで一旦上に上がり、わざわざ彼女の顔面近く…目の前を、下から上に登って行ったのだ。そのせいで呪文書に書かれている内容が、1文字残らずキュリアの目に入って来る。
spell heal(position,rmax,rho,nmax,calorie,distance,levelpar,levelslp)
:
joule=4.184*calorie
levelpar=max(levelpar,levelparmax)
levelslp=max(levelslp,levelslpmax)
:
form ball(a,position,rmax,rho,nmax,life)
heat(a,joule)
search(b,position,nerve,distance)
paralyze(b,levelpar)
trace(c,b,brain)
sleep(c,levelslp)
:
「ああ、あああ………」
その意味不明な単語の羅列が、残らずキュリアの脳に焼き付けられる。バクバクバクバクっ!!修道服の下の膨らみのさらに奥で、心の臓が早鐘の様に鳴り響き、神に捧げた身体の敏感な部分が、じんわりと熱を帯びる。
:
end spell
:
subroutine ball(a,position,rmax,rho,nmax,material)
:
subroutine sleep(a,levelslp)
:
「御身に帰依し奉らん、御身に帰依し奉らん………」
天の啓示を得た喜びからか、快楽にふける事への罪悪感からか、キュリアはその言葉を何度も何度も繰り返した。天の啓示…いや、これは悪魔の誘惑だ………!!
:
subroutine paralyze(a,levelpar)
:
subroutine search(a,position,target,distance)
:
subroutine trace(a,b,target)
:
「ら、ラフカディオさまあああああぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"~~~~~!!!!!」
最後にキュリアは、聖職者らしからぬ叫び声を上げ、果てる。
:
end subroutine
「はぁ、はぁ………」
掃き清められた呪文屋の床にぺたんと座り込んで、キュリアは荒い息を上げた。豊かな胸が上下する中、白紙になった呪文書とその軸が、カランと音を立てて床に落ちる。
「…何事だ、騒々しい………」
奥から男の声がした。見るとそれはチュニック姿の冴えない男性で、両手には何巻もの巻物を持っている。男…ロクスケは、床に座り込むキュリアと白紙のスクロールを見ると、両手の巻物をカウンターに置き、額を押さえて、
「はぁー………またか…」
※ ※ ※
ようやく落ち着いたキュリアは、床から立ち上がり、修道服の乱れた裾を整えると、これまでのいきさつを説明した。
「もう1か月程前になりましょうか、この『南都』に化け物が襲って来た事がございまして、その際、私は化け物退治をする冒険者の一行のお手伝いをしたのです。その際ご一緒した魔術師の方から『ヒール』の巻物をいただきまして、でも私も癒しの奇跡は使えますから、この呪文書は他の方が使って頂いた方が良いと考えまして、これを売っているお店を訪ねて、こちらに返しに伺った次第なのです…」
そう言ってキュリアは白紙になった呪文書を手に取る。するとロクスケは、
「その呪文書の中身はもうあんたの中に入っちまった。返してもらう事は出来ない。元々その魔術師が俺に金を払ったんだから問題無い。」
空になった陳列棚を補充するために奥に戻ったら、入れ違いにこのシスターが入店して、大変な事になっていたらしい。
「はぁ…左様ですか…」
「わざわざ来てもらったのに悪いが、あんたは気にする必要は無いからな…」
「分かりました…それでは失礼致します。」
ロクスケに深々と一礼して、スクロールショップを去って行くキュリア。一人、残されたロクスケは、白紙のスクロールを片付けながら、
「それにしても…また封紙が破れちまうなんて…」
それから彼はカウンターに置かれた呪文書を見つめる。「ヒール」の呪文書と、もう1種類…ロクスケはそれを手に取る。表紙にはこう書かれていた。
"Firelight Programmed by Ageha"
ロクスケは窓の外の空を見つめ、呟く。
「お前は、今、どこに………!?」
※ ※ ※
一方、『南都』の大通りに戻ったキュリアは…
(何故、この様な事に…これもラフカディオ様の思し召しなのでしょうか………)
治癒術師である彼女が「ヒール」の呪文を手に入れた。この不条理は神の悪戯としか思えない。そして…
(私ったら、何てはしたない事を………ラフカディオ様、お許しを…)
誰も見ていなかったとはいえ、呪文屋での痴態を思い出し、赤面する。その時…
「痛たたたたっ!!」「だ、大丈夫か、お前…!?」
通りに面した建物で声がする。さっき彼女が傷を癒した大工が、腕を押さえて苦痛に顔を歪めている。
「ど、どうなさいましたの…!?」
思わずキュリアが駆け寄ると、大工の手首は赤く腫れあがっていた。
「ど、どうして………!?」
足の怪我はさっきちゃんと治したはず。この方は屋根から落ちて足を怪我されたと…屋根から落ちた!?その際身体を庇って、腕も打っていた………!?
(わ、私とした事が………!!)
キュリアは大工に駆け寄り、
「申し訳ございません!!私に治させて下さい!!」
「あ、あんたはさっきの………頼む…痛てててっ!!」
大工の側に跪き、両手を彼の腕にかざすキュリア。そして祝詞を唱えようとして、脳内に浮かんだ言葉を反射的に唱える。
「ラン、ヒール!!」
パァァっ!!その一言だけで、キュリアの両手から優しい光があふれ、大工の腕の腫れは引いて行く。光が消えた時、彼の顔からも苦痛が消え、腕を何度かひっくり返しながら見つめ、
「おお、治った…痛みも取れた…それにしてもすげぇな、教会のシスター様ってのは、たった一言で怪我を治せちまうんだな…」
その言葉にキュリアは穏やかな笑みを浮かべ、
「全ては、創造神ラフカディオ様のご加護です…」
だがその内心では、彼女はパニックを起こしていた。
(創造神ラフカディオ様、私を見放されたのですか~~~!?)
ファイヤーボールって、何だ!?
第二部 ヒールって、何だ!?




