夢の中の再会
混沌とした暗闇の中、フィリアは地を這っていた。
「マス、ター……マスター!」
戦いへの恐怖は、未だぬぐえない。
だが、アーシャを助ける。
その意識とイメージだけは、決して揺るがなかった。
「絶対、助ける!!」
短い期間だが、ずっと見て来た。
トラウマに苛まれ、劣等感に押しつぶされ、目の前で友を失った。
そんな彼女の終わりが、こんなふざけた悪夢。
――認められる筈ない。
「貴女は、こんな所で、終わっちゃ、いけない! 」
涙を零したフィリアは、こことアーシャの居る空間を隔てる壁に顔をぶつける。
「だって……」
続きは出て来ない。
ただ胸が苦しく、名前も何も解らない感情に喉が塞がれる。
「貴女がいないと、私は……」
歯を食いしばり、開くまで何度も壁に頭をぶつけた。
頭から大量に流血しようが、痛みを飲み込む。
「マスター!マスター!聞こえていたら、返事してください!マスター!私です!!フィリアです!!マスター!!」
連続して頭を叩きつけていると、わずかにヒビが入る。
そのヒビ割れを前に、フィリアは笑みを浮かべる。
「へ……マスター!私です、フィリアです!マスター!!」
――――――
アーシャの居る空間。
その隅に置いてあるクローゼットが、何度も叩かれだす。
「……フィ、リア……」
「そんな奴、居ないって」
「……違う、絶対、いる」
か細い声で反論していると、インキュバスの声がささやかれる。
「その子を思い出すって事は、また怖い思いをする事だぞ?」
マックスの声で、インキュバスの誘惑がささやかれた。
「ッ……」
「また奪われる、また失う」
床に黒い染みが広がり、焼け焦げた臭いが漂う。
自分の腕を焼いた、忌まわしい臭いにアーシャは顔をしかめた。
「……そんな辛い事ばかりだぞ?」
アーシャは、ずっと言葉を失っていた。
思い出される戦いの日々と、苦痛の瞬間。
「ここにいれば、ずっとそんな苦しみとは無縁だ」
「……それ、でも……私は」
「自分に嘘をつくな、素直になれ」
その言葉に、アーシャはここでの日々を思い出す。
苦痛も恐怖も無く、ただ楽しかった。
「……素直に」
「そうだ。お前は、ここに居るべきだ。全部、忘れよう」
甘い言葉に、アーシャの心が揺れる。
だが、甘いだけで、暖かくも冷たくもない。
冷たい手の感触が、アーシャの頬を撫でる。
心音も無ければ、呼吸さえない。
触られている感覚が有るのに、誰も近くに居ない。
「ッ……どけ!」
「グ!」
インキュバスを払いのけ、アーシャはクローゼットへ駆け出す。
閉ざされた扉を小さな拳で殴り、大声で叫ぶ。
「フィリア!フィリア!」
インキュバスを退けたせいか、次々とフィリアの記憶が蘇る。
湧き出て来る記憶と共に、罪悪感と哀しみで胸が痛む。
涙が零れ落ち、声もくぐもる。
「ゴメン!フィリア!やっと思い出した!ここを開けるから、ちゃんと謝らせて!お願い!」
取っ手を掴み、開けようと思いっきり引っ張る。
「ダメだ!そこを開けたら、また苦しむぞ!」
「うるさい!そんなの知った事か、どんなに痛くても、苦しくても、そこに温かさが有れば、私はそれで構わない!」
どんなに勢いをつけても、クローゼットは開かない。
代わりに、後ろから重苦しい気配が背中に突き刺さる。
気にせず、アーシャはクローゼットを引く。
「……ダメだ、お前はここに居ろ、皆死んだ、お前だけ生き残るのか?生きて、恥じをさらし続けるのか?」
「……」
「あの世でアイツ等は思ってるぞ、こんな風に」
「ッ!?」
背後から感じていた重苦しい気配は、全身にまとわりつく。
全身に油をかけられたような、重苦しい気配にアーシャは振りむいた。
「グ!?」
振り向けば、広がるのは燃え尽きた家。
目の前に立つのは、傷と共にススを全身に浴びた両親。
二人の目は虚無を見つめ、アーシャを見下ろす。
「何でお前だけが生きてるんだよ、親不孝者」
重なっているような、父親の声。
耳に入るだけで、鳥肌が立つ程不快だった。
「ッ」
「アンタが死ねば良かったのよ、何で私達が死ななきゃいけないの?」
父親とは別で、呪怨を込めたような鈍い声。
「……」
二人から浴びせられる言葉に、アーシャは黙った。
俯いていると、目の前に強化されたマックスが現れる。
「何で俺を守ってくれなかった?」
「マックス」
壊れた機械の腕で首を掴み、鋭い目を向けて来る。
ノイズのかかった声が、アーシャの脳を痺れさせた。
「俺は、お前の事、何度も助けたのに」
「……」
次々投げかける言葉に、アーシャは目を鋭くした。
まるで違う。
マックスの言葉でも、目つきでもない。
そして、マックスの顔を掴んだ。
「貴様が」
「な」
大きい気を吸い、歯を食いしばる。
「勝手にセリフを作るなぁぁ!」
硬く握られた拳を振り抜き、マックスを殴り飛ばした。
皮膚や骨ではなく、粘土でも殴ったような感触だ。
吹き飛ばされたマックスは両親を巻き込み、壁に衝突する。
「お前に私の両親の、マックスの何が解る!?」
殴ったアーシャは、またフィリアの居るクローゼットを叩く。
「フィリア!フィリア!!」
『マスター!』
「フィリア!?」
わずかに開いたクローゼットから、フィリアの声が聞こえた。
間を除きこむと、フィリアの青い瞳と髪を見つける。
「フィリア!」
「マスター!」
隙間に手を入れたアーシャは、フィリアの手を掴む。
確かな熱を持つ、小さな手。
――暖かい。
この世界には無かった温もりに、アーシャはフィリアと笑みを浮かべあった。
「ヌオオオ!!」
そして、アーシャはフィリアを引っこ抜く。
クローゼットも壊れ、二人は一緒に倒れ込む。
「ッ……フィリア、さっきは、ゴメン」
「……良いんですよ、こうして、また会えたんですから」
涙を浮かべ合いながら、二人は抱き合う。
両者の熱は、冷ややかな世界へ熱をもたらす。
焼けた臭いも、歪んだ風景も、全て遠ざかった。
二人の間に生まれた温かさだけが残る。




