治療
「マスター、しっかり」
「ガハッ!」
フィリアの背中で血を吐くアーシャの体温が、徐々に低下している。
背中に、折れた骨の感触が伝わる。
「で、フィリア、どこに行けばいい!?」
ショットガンを構えるサーバルは、警戒しながら訊ねた。
いつ出現するかわからない敵に、フィリアは震える。
「……い、医療棟が、どこかに、ある筈です」
「医療棟?傷の手当か?」
「いえ、彼女の呪いを」
「待て!」
説明の途中で、サーバルはフィリアを押し返す。
同時に銃撃が放たれ、近くの壁に弾痕が作られる。
「ヒ」
「また残党か、この分だと、外の連中も」
身体を震わせるフィリアは、戦場に居る現実を噛み締める。
感情抑制が外れたせいで、恐怖が込み上がる。
「……よ、よく、平気、ですね」
「慣れてんだよ、てか、本当に大丈夫かよ、いつもと様子違いすぎるぞ」
フィリアが震えた声を出した次の瞬間、残党部隊の悲鳴が聞こえて来る。
「なんだ!?」
立ち上がったサーバルは、手のひらを見せて静止を指示。
ショットガンを構え直して、ゆっくりと通路の先へ身を乗り出す。
フィリアもゆっくり顔を出すと、残党の一人の顔が銃撃で破裂する。
「……アイツは」
「強化人間?何故」
「……」
二人が目にしたのは、白い髪をなびかせる少女。
血の付いた手を拭いながら、彼女は近づいて来る。
「私は、マリー……敵意はありません、もうシステムの支配は受けていませんから」
「なんだと?」
白髪の少女は、両手を上げた。
サーバルは冷や汗を流しながら、ショットガンを突きつける。
「信用できるか、機械人形が」
「……そう思われても、仕方ありませんが、どうか、信じてください」
「……」
「サーバルさん、その世代の強化人間は、システムの支配が無ければ、基本無害です……信用していいかは、別ですが」
サーバル同様に、フィリアも疑惑の目を向けてしまう。
互いに睨み合いが続き、息を飲む音さえ聞こえて来る。
「……目的地は?案内します、早くしなければ、外の仲間が」
「チ、そうだった」
「い、医療棟へ!」
「フィリア!」
意を決したフィリアは、一歩前に踏み出した。
白い髪の少女は一礼して、方角を指さす。
「こちらです」
「……E型、医療ポッドのありかは?」
「存じています、ナビはお任せください」
白い髪を揺らしながら、マリーは移動を開始。
フィリアも一歩出ようとするが、サーバルに止められる。
「おい、良いのかよ」
「……今は、彼女を頼るしかありません」
難しい顔を浮かべるサーバルは、歯に力を込めた。
数秒唸り、マリーの方を向く。
「お前は後ろに居ろ、何かあったら、アーシャを連れて逃げろ」
「……はい」
笑みを浮かべたフィリアは、サーバルと共にマリーの後を追う。
追いつくなり、マリーは自分の耳の後ろに指を置く。
「……はい、直ちに向かいます」
「誰と連絡を?」
「仲間に医療棟の制圧を頼みました、ここから戦闘する事は無いでしょう」
「仲間居るのかよ」
「はい、皆さん、ここの連中に反感がありますから」
マリーの発言に、サーバルは目を細めてしまう。
だが、直後に各所から銃声が鳴る。
「あ、ありがとうございます」
「いえ」
やがてフィリア達は、医療棟へ到着。
血濡れた通路に、空の薬莢と残党兵たちの死骸が転がっている。
そして、マリーと同型の強化人間達とも合流した。
「M27、到着したか」
「L15、E型医療ポッドは?」
「確保してある、行け」
「はい」
防衛ラインを構築する彼らを通過し、フィリア達は目的地へ到着。
医療ポッドに数名の強化人間が、工具を手にして群がっている。
「到着しました、こちらで間違いないですか?」
マリーが手を差し出し、フィリアは何度も頷いた。
データとも一致する。
「……そう、これです、これがあれば、マスターを治せます」
「こ、こんな、物でか?」
「はい」
「皆さん、調整はどうですか?」
マリーの声に反応し、彼らは医療ポッドから離れる。
「使えなくはないが、ここまで動力が届いていない」
「……退いてください」
整備をしていた強化人間を押しのけ、まだ声を震わせるフィリアはポッドの動力パイプを外す。
胸にパイプを刺し、自分のアーマーの動力をポッドへと供給する。
「……よし、上手くいった」
「ちょ、そんな乱暴な」
「今は、これしか手がありません」
光の灯ったポッドのハッチを開け、フィリアはアーシャを中に寝かせる。
付属のキーボードを操作し、アーシャの体をスキャン。
無数の医療用アームを展開させ、外科治療と解呪治療を並行で開始した。
「傷は骨折と内臓を優先、後に外傷を縫合、そして、一番厄介なこれを」
フィリアの狙いは――アーシャ達タイタンを蝕み続けて来た呪い。
脳から異物を取り除くように、繊細な操作で呪いを取り除く。
傷の手当よりデリケート過ぎる故に、フィリアの呼吸は乱れだす。
「……はぁ、はぁ、はぁ」
汗が滝のように流れだし、ヘルメット内はフィリアの呼吸音ばかりが反響する。
少しでも手元が狂えば、取り返しがつかない。
「(こんな時、感情抑制があれば)」
感情抑制が無効化された事で、焦りと恐れで手元が震える。
そんな時、マリーへ通信が入る。
「こちらM27」
次の瞬間、近くから爆音が響き、施設が揺れる。
「キャ!」
「ッ、何が有った!?」
「残党兵です、ここへ集中的に進行しています!」
「何だと!?」
「……」
作業の手が止まってしまう。
敵が来るという恐怖で、指が動かない。
視線も安定せず、呼吸が乱れる。
「……フィリア」
「ッ」
サーバルの手が、肩に置かれた。
「……アーシャを、頼んだぞ」
「……はい」
「数名を残して、防衛線を死守します!サーバルさん!協力を!」
「おう!」
フィリアに向けて親指を立てたサーバルは、強化人間達と戦場へ向かう。
彼女達を見送ったフィリアは、未だ震える手でポッドの操作を再開。
「……クソ、動け……あと、ちょっとなんだ」
「フィリアさん、落ち着いてください」
動かない手の上に、マリーの手が置かれる。
「私が、操作をアシストします、貴女は、集中を……」
「……」
「大丈夫です、サーバルさん達は、負けません」
「分かってます、けど、手が」
「ここに来たのは、ここで震える為ですか?もっと、貴女がやらなければならない事がある筈」
「ッ」
マリーの言葉で、フィリアの目が見開く。
眠るアーシャを前に、歯を食いしばる。
「……」
大きく息を吸い込み、吐きだす。
「マスター、私が……」
呼吸はまだ荒い。
それでも、フィリアの手は動きだす。
最後に残った呪いの魔法陣へ干渉し、巻き込んでいる周囲の神経からも剥がしていく。
ポッドの中で、アーシャの指がわずかに動き、身体が淡い光に包まれた。
「必ず……貴女の願いを、叶えます!」
外では、爆発音と銃声が絶え間なく響き続けている。




