91 霧の中のおかしとおかしなお茶会 アリスside
アリス視点です!
「あんた………怪しいなぁ、こんな田舎に何でいるわけ?もしかして世捨て人?」
不躾に、アシェルがヒューゴ先生に質問した。
「アシェル!本当に、怒るわよっ!」
「フンッ」
アシェルはそっぽを向いた。
ずっと失礼な態度をとっている。
「いいえ、構いませんよ。
私はこの静かな環境で勉強に励んでいます。近々、弁護士を目指して司法試験を受ける予定なので」
大人なヒューゴ先生は穏やかな口調で答えた。
「え、先生は弁護士になるのですか?」
弁護士はこの世界でも尊敬される仕事で、弁護士資格を取るには難解な試験を通らなくてはいけないけれど、頭脳明晰な先生なら難しくないと思う。
先生は頷いた。
「はい。エヴァグリーン国の弁護士資格は既に取得しているのですが、これからディスィジュエス共和国の弁護士資格も取得したいと考えているのです」
「ええ!?すでに弁護士資格をお持ちなんですか?」
さすがはヒューゴ先生だ。
先生は私の法律の授業も受け持ってくれていた。
しかも法律だけでなくあらゆる学問に精通していたので、全ての教科の教師をしてくれるくらい、彼は超スーパー教師だったのだ。
「外国人なのにディスィジュエスの弁護士になれるの?」
アシェルは怪訝な顔をする。
「近々、エヴァグリーン国が併合されますから。
今年度から、ディスィジュエス共和国の弁護士資格に国籍条項がなくなり、外国人でも弁護士になれるようになったのです。
ただ、併合後エヴァグリーン国の法律が今後変わる可能性が高いので、私だけでなく、国外に出る予定のない弁護士も皆、隣国の資格取得を考えている者が大半ですね」
先生は会話をしつつ、マロンケーキを食べ終わった私に今度は別のお菓子を勧めてくる。
「来週にも、受験準備にディスィジュエス共和国に前乗りして居住し始める予定です」
「先生がディスィジュエス共和国に住むのですか?本当に?」
私は驚く。
「はい。アリス様も戻られますよね。あちらでもお会いできたら嬉しいです」
「はあぁ!?」
アシェルは渋い顔をする。
「これから併合が進めば、隣国に移り住むエヴァグリーン国民が増えるでしょう。私は見知らぬ土地で頑張る方々の手助けができるようになりたいのです」
先生の瞳は輝き、表情には生気が満ちている。
確かに両国には貧富の差が歴然とあり、より豊かなディスィジュエス共和国に移り住みたいと思う国民は多いだろう。
そんな中、先生のような同国人の弁護士が助けてくれればエヴァグリーン国民にとって何より心強い存在になると思う。
「そうなんですね!素晴らしいです!先生!
…………………って、あれ、あれ?」
私は椅子から立ち上がって先生に握手を求めようと駆け寄るけれど、私の表面を取り巻いている霧が邪魔でどうも近づいた感じがしない。
(……………こんなに霧が厚かったかな?)
私は先生に辿り着こうと、両手を突き出してバタバタと上下させる。
「はい。アリス様、見ていてください。私はきっとお役に立ち……………………ゴホゴホゴホ」
ヒューゴ先生は霧を吸い込んでしまったのか、咳込んでいる。
「!スミマセン」
私はすぐに離れようとするけれど、
「いいえ? お気になさらず────」
先生は自らの居場所を教えてくれるように私へ手を伸ばし、私たちの手の先が触れ合った。
「チッ、命知らずな奴……………」
遠くでアシェルの舌打ちと不穏な声が聞こえたけれど、
アシェルの姿は目を凝らしても、
見えなくなっていた。
「へぇ、ヒューゴも隣国に行くのか」
「え?」
聞き慣れた声が頭に響いた。
「アリスって、モテるんだな。
身内だと案外そういうの知らないもんだよな」
(…………うそ、そんな、こんな所に居るはずがないのに…………)
「どこを見てるんだよ? ここだって」
それを聞いて、私は霧人間としてではなく、霧の内側の自分を強く意識して、私は勢いよく後ろを振り返った。
(あれれ!?広い!?)
私は、ぼんやりと仄明るい霧の満ち満ちた空間に立っていた。
キョロキョロ周囲を見渡していると、
少し遠くにテーブルのような影と人影が見える。
「・・・・・・・・・・・カイン!?」
大きなテーブルの席に着いていたのは、
カインだった。
「な、な、なんで、ここにいるのよ!?
というか、ここって………………………どこ!?」
「俺はずっとここに居たよ」
「……………!……………!?……………これって、夢??」
「夢じゃないよ」
この不思議な空間で、
カインはいつも通りの顔で、悠然とテーブル席に着いている。
目を凝らせば、テーブルの上にはティーセット一式と可愛らしい小皿に盛られたマロンケーキに色とりどりの茶菓子、お茶会の用意が完璧に揃えられていた。
(これは、ヒューゴ先生のお母様が用意して下さったものと同じ?)
「取り敢えず、まあ、座りな。
お茶が入っているよ。ほら、お茶菓子も」
カインは立ち上がり、ティーカップに紅茶を注ぐと、手際良くカップに角砂糖を落としていく。
花の形の角砂糖が山と積まれているシュガーポットから、一つ一つ、みるみるティーカップの茶色の水面に放り込まれていく。
「そ、そんなに甘くしないでよ」
「あれ?いつもこのぐらい入れてたよね?」
「…………最近は入れないの、そんなには」
そりゃあ、甘ければ甘いだけ美味しいと思っていた時もあったけれど、それは随分小さい頃の話ではないか。
カインはふっと鼻で笑う。
「へぇ?………そうだったかな………、アリスも大人に近づいてきたってわけか………… ……………
…………いや、これは右月の時の記憶?……………」
カインはブツブツ独り言を吐いた後、
私を上目遣いでみると、
構わずその仕上げた激甘紅茶を私の前に置いた。
「か、身体の、体調は、」
やっぱり、どこかおかしい。
これがカインなら、あの片言しか言葉も話せないような衰弱しきったカインは何だったのだろうか?
「うーん、どうだろう?城に置いてきたからな。
………まあ、作り物の人形だから」
「………………そ、そんな …………」
(もしかして、今の目の前のカインは 魂 ?)
平然と身体を置いてきたという。
私はまじまじとカインを見つめた。
「やあ、もしかして、カイン王ですか?」
「!?」
不意に声がして、
見れば、テーブルの向かい側の席には
ヒューゴ先生が座っている。
「ヒューゴ、せ、先生!?」
「ああ、アリスに引き込まれたんだな」
カインはなぜか納得している。
「はて、ここはどこですか?先ほどまで、私は私の湖の畔の別荘に居たと思うのですが」
ヒューゴ先生は不思議そうに首を傾げていた。
「この霧の中の場所はな………、そもそもはアシェルがアリスを外の世界と隔絶し監禁するために作った部屋のようなもの……なんだと思う」
カインが答える。
「やっぱり、ここはあの、私を取り巻いている霧の中なの?」
霧の中にこんな広い空間があるなんて
私は全く知らなかった。
「俺は自分の身体から弾き出されて、
魂の状態であちこちを浮遊してたんだけど…………
それが、突然引っ張られるようにここに吸い込まれて来たんだ。
この場所は段々と広くなっていき、
随分と居心地が良くなってきた。
アリスの気配も感じられるし、今では吹き曝しの外からの避難場所のように感じていたぐらいだ。
時々、こうして美味い物資も飛び込んでくるしな。ほら、けっこう快適そうだろう?」
カインは平然としたもので、紅茶のカップに口をつけて飲み始めた。
「まさか、こんなに近い場所にカインが居たなんて………それに、こんなにこんなに、元気だなんて!!何とか身体に戻れないの?」
私は呆れるやら、再び元気なカインに再会できた喜びやらがこみ上げてくる。
「残念ながら身体には戻れないんだ。
俺の身体の中は満員で、
────あれは、”人工知能”というやつらしい」
「人工知能?」
この世界では全く聞かなかった単語だ。
「フム、聞いたことがありますよ……”人工知能”とは、人間が行うような知的行動をコンピューターを使って人工的に再現する技術ですね。
大量のデータからパターンや規則性を自分で見つけ出し経験から学んで性能を高める。人間が細かく指示を出さなくても動くことができるのです。
つまり、特定の人物の人格を真似てなりきることもできるかもしれませんね」
「そんなことができるの?」
前世では聞いたことがある人工知能が、この世界でも実現しているなんて驚きだ。
「まだまだ新技術ですが、カメリア合州国では様々な場面に実装され始めているとか」
さすがにヒューゴ先生は知識が豊富だ。
「そんな………?
じゃあ、あのバアル氏がカインを治療したというのは嘘で、偽物のコンピュータをカインの身体に植え付けただけだったということ?」
「そうなんだ。事故に見せかけて俺の意識を追い出し、国王を傀儡にしエヴァグリーン国を乗っ取ろうという計画だろう。
実はノア先王と父上…ルゥ公爵にも既に人工知能が入っている。
バアル氏の連れてきた魂治療の医師団は城内で先王達の生前の情報収集をしていたようで、かなり擬似人格の精度は高くなっている」
カインは魂になって城内を浮遊している間、彼らの怪しい行動を目撃したらしい。
「お父様と叔父様達まで!?」
「今度はあいつら必死で俺の人生のエピソードを収集してるんじゃないかな。
でも無駄だよ。俺は子供の頃からずっと病弱で部屋に籠もって誰とも接触してなかったんだから……クックッ……」
カインは苦笑する。
「カ、カイン…………」
私はカインに声をかけようとした、その時、
『アリス!アリス!大丈夫!?
どうしたの!?・・・・・・もしかして、寝ちゃったの!!??』
突然、アシェルの声がお茶会の席の上空にこだました。
「ハァ、驚いたな。あちらもお茶会の途中でしたね」
ため息をついて、ヒューゴ先生が言った。
「どうしよう?怪しまれるわ!」
「アリス、もう行きな」
カインが言う。
「で、でも………」
カインをこのまま放っていいのだろうか?
カインの木人形の身体も、傀儡になっていると知ってはあのままにしておけない。国の危機でもある。
「それより、ヒューゴ、お前も隣国へ行くんだろう?」
「はい。カイン王」
ヒューゴ先生は頷く。
「アリスを頼んだぞ。
…………アシェル、あいつは相当に危険な奴だ。
この霧の中のこの場所もいつバレるか分からない」
「そ、そうよね?
カイン!早くここから逃げないと!」
それを聞いて、私は気が気でなくなる。
もしアシェルが、この場所に入り込んでいるカインを見つけたら、酷い目に合うような予感がするのだ。
しかし、カインは首を振った。
「俺のことは自分で何とかする。気にしなくていい」
『アリスーーーってば!!………おかしいなあ、急に寝ちゃうなんて???』
アシェルの声が大きく響く。
『そうですわねぇ。それに、ヒューゴも急にうつ伏せになって寝てしまうなんて、お客様がいらっしゃるのになんて不敬なんでしょう。母である私から深くお詫びいたしますわ。きっと日々寝るのも惜しんで勉強をしているのが悪いのでしょう』
続いて、申し訳なさそうに弁解するアメリ夫人の声も響いた。
カインは私の目をじっと見る。
「なあ、アリス、何か理由をつけて仲間を隣国に送るから。サディスもジョシュアも他の奴らも」
「えっ、そうなの?」
彼らとは、ここに来る前に別れの挨拶をしたばかりなのに。
「だから、絶対、アレと結婚したらダメだ」
「え………」
「俺も何とか止める方法を、今考えている」
「でも………」
躊躇っていると、カインは私の両肩を力強く掴んだ。
「アリスは唯一の生き残りだ。
必ず、誇りを捨てないで。
いいか?
もっと、王女の結婚は慎重にだな────」
「ちょっとちょっと!?」
この期に及んで
カインの小言が始まりかけた、
その時
バンッッッ!!!!
ぶっきらぼうにドアを開ける音が、
お茶会の部屋に響いた。
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