90 タイムスリップは赤い屋根の小屋 アリスside
アリス視点です!
懐かしい名前がチラホラ出てきます。
かな〜りお久しぶりヒューゴ先生は、
【5 風雲急を告げる】から数話にかけて登場します。⟵(๑¯◡¯๑)
私がカインの居室でカインに付き添っていると、アシェルとミシェル様がやって来た。
「カインが再び動き出して良かったね?」
アシェルは、まるで機械が動き出したように言う。
「うん、·······まだ、ぎこちないけどね」
私もそう言うしかない。
あれからすぐ、カインは治療の甲斐があって目を覚ました。
だけどまだ意識が朦朧としていて、言葉はおぼつかず会話もままならない状態だった。
世界宇宙開発事業団の系列に魂治療の医療機関があり、そこの専門医がバアル氏一行に同行していたので診てもらうことができたのだ。
実は、私の父、元エヴァグリーン国王と王弟ルゥ•ブラーシ•ボトルブラシュ公爵が回復したのも、戴冠式の後にカインの依頼で専門医に診察を受けていたおかげらしい。
(お父様と叔父様が急にしっかりしたのはそういう訳だったのね。凄い効果だけど………どうしても胡散臭さを感じてしまうのよね)
とはいえ、あんなに具合の悪いカインをあっさり目覚めさせることができるなんて、感謝しないわけにはいかない。
「ギ••••••ギギ•••••••」
「カイン、大丈夫?気分は?」
「グ•••••••グ••••••••」
カインは焦点の定まらぬ目で私を凝視しながら、
カクンと頷いた。
明らかに様子がおかしいけれど、専門医によれば、生と死の狭間の臨界点を彷徨ったことを思えば、奇跡的な回復だということらしい。
「アリス様、大丈夫です。じきに回復して話せるようになりますよ」
ミシェル様は優しく励ましてくれた。
「ミシェル様、ありがとうございます。………これからも、ここでずっと、私が看病できたらいいのですけどね………」
私はミシェル様を窺い見る。
「アリス様、………すみません」
霧の向こうのミシェル様は罪悪感を感じたのだろうか、私に申し訳なさそうに謝った。
ディスィジュエス共和国へ戻る時が明日に迫っていた。
カインの診察時に合わせてバアル氏がやってきた。
「これならもう心配いりませんね。
さて、カイン王の治療との引き換えの
対価をお忘れなきようにお願いいたします」
「…………ああ。約束通り、ディスィジュエス共和国とエヴァグリーン国の両国へ魂治療の医療機関の分室を作ることを認める」
ミシェル様は苦々しく応じる。
これはお父様や叔父様も交えての協議の結果だ。
「カイン王には定期的に機関での検診と、アリス様には魂研究へのご協力をお願いしたく存じます」
バアル氏が恭しく言った。
「はい、分かりました」
私は頷く。
カインの治療の対価としては安すぎるぐらいだ。
始めはカインの治療と引き換えに、私とカインをカメリア合州国の研究機関へ連れて行きたいと要望するバアル氏だったけれど、ミシェル様との交渉で、ディスィジュエス共和国とエヴァグリーン国との両国に世界宇宙開発事業団の系列医療機関の分室を作り、そこでそれぞれ治療と研究協力をすることに決まったのだ。
とはいえ、ミシェル様としては、覇権国家であるカメリア合州国の公的機関の設置を認めるのは敵対的活動の拠点にならないかという憂慮があるようで、決断にはそれなりの覚悟が必要だったようだ。
(このままだと、エヴァグリーン国との併合がミシェル様のお荷物になるかも………)
ディスィジュエス共和国はカメリア合州国に並び立つ大国だ。外交に一つの失敗も許されないだろう。ミシェル様の肩には重責が重くのしかかっているのだ。
それなのに、ミシェル様のやることは、時々私に都合の良いような気がしてならない。
少し不思議なくらいだ。
「さあ、アリス!今日はこれから君に付き合うよ。行きたいところがあったんだよね?」
「えっ、でもこんな姿じゃ……」
懐かしい友人や恩師に挨拶をと思ったけれど、流石にこんな霧・わたあめ人間状態で行くわけにいかない。とても心配されると思う。
「気にしない気にしない!景色が見づらいなら、ちょっと霧を薄くしてあげられるから!」
無神経なアシェルがそう明るく言い放つと、少しだけ霧の向こう側が見やすくなった。
「ぼんやりお顔が見えるようになりましたね」
ミシェル様がじっと目を凝らして私の顔を覗き込む。
「………! やっぱり止めた!」
アシェルはそう言って、霧がまた濃くなる。
「アシェル! いい加減にしなさい」
アシェルの横暴をミシェル様が嗜めた。
「フンッ」
アシェルは反抗期の息子のように口を尖らせる。
「ア、アシェル、やめて……」
ミシェル様は平然としているけれど、アシェルが怒った時には空気がビリビリ険しくなるのを感じる。
膨大な神力で、銃口を当てられ脅されているのと同じようなものじゃないだろうか。
結局、少しだけ霧を薄くしてもらい、
アシェルは車の手配等の外出の準備を始めた。
私もイヴリンに同行を頼んで外出の身支度を手伝ってもらう。
「さて、どこに行く?」
黒塗りの長い外車に乗り込んで、後部座席に私とイヴリンと一緒に座るとアシェルが意気揚揚と尋ねる。
「そうね……」
ジョシュアくんやサディス様や近衛騎士のマシューくんなどの親しい人たちは、既に王城で戴冠式とパーティの合間に会いに来てくれて挨拶ができていた。
まずは、私の幼少期のバイオリンの先生に会いに行こうかと思い立つ。先生は現在は都市から少し離れた西南地方にある閑静な田舎街に暮らしているそうだ。
「まあまあ、アリス様!
……あらあら?…………すかり大人びた……のでしょうけど?
どうしてか、お姿ははっきりは見えませんわね?」
先生は、品の良い中年の貴婦人だ。
この国のバイオリン奏者の一任者で、今でも首都で定期的にコンサートを開いているという。
「はい、ちょっと事情がありまして」
「まあ……………」
先生は躊躇いつつ訝しみつつも、奇妙な私の状況には深くは追求しなかった。
「ああ、これからまた隣国へ行かれるのですよね……我々国民の為に………………
どうかどうか、お身体にはお気をつけくださいね……!」
先生は薄っすらしか見えない私の姿に目を凝らし、慈しむように目を細めた。
「ええ、先生もお元気でお過ごしください。困ったことがあれば王城を頼ってくださいね。またお便りします」
「アリスは僕が幸せにしますから、ご安心ください」
アシェルがすぐ横から話に割って入る。
「んまあぁ………!?
アリス様は隣国の御曹司の坊っちゃんとご結婚されるんですか………?」
アシェルはそれなりに有名人なので、一緒に挨拶すれば、いよいよ王女である私は結婚かと勘ぐられてしまう。
「ははは…………」
私はから笑いするしかない。
(私たち、結婚────するん、だよね?)
実際、ディスィジュエス共和国へ帰ってから、アシェルと私は正式に成婚への手順を踏んでいくことに決定していた。
それが、アシェルの、
この世界を滅ぼさない、誰も殺さない、
────奇妙な交換条件だったのだ。
「いやあ、エヴァグリーン国の田舎はとっても前時代的で落ち着いていていいね!まるでタイムスリップしたような懐かしい気分になれるよ!
………で、次はどこに行きたいの?」
外出が楽しいのか、アシェルは上機嫌で聞いてきた。
「うーん」
案外、他には思いつく場所がない。
王女の私は昔から王城の外に簡単に出ることは出来なかった。もし帰国できたら旅行に行きたいと目論んでいた景勝地なんかは沢山あるのだけれど、半日程度で行けるような場所ではなかった。
(この国の王女とはいっても、私はこの国のことをほとんど実際に見たことがないのよね……)
ふと、
かつての家庭教師であるヒューゴ先生が領地に帰っているそうなので、そこへ行ってみようかと思い立つ。
そう近い場所ではないけれど、車であれば行けないことはなさそうだ。
「この辺りは建設現場が多いでしょ?あそこに大きな病院が建つらしいよ」
車窓を指差したアシェルの説明によると、
ディスィジュエス共和国の民間企業の出資で医療機関や様々な行政施設の建設が、この国の至る所で始まっているらしい。
「霧が、出てきたね」
いつの間にか、辺りはうっすら霧に包まれていた。
「あれ、あの小屋は………?」
鬱蒼とした森を通り抜ければ、美しい泉の畔に赤い屋根の小屋が建っている。
以前に、サディス様が私の為に建ててくれた小さな赤い屋根の小屋にそっくりだ。
(そういえば、サディス様にパーティでこっそり話しかけられたわね………)
彼が伝えるには、例の小屋の片付けをしているから、必要な材料や工具があれば自分に知らせてくれるか現場に直接取りに寄って欲しいとのことだった。
そこには木工作用の様々な道具が揃っている。
人質になってから、全て木工作の道具はディスィジュエス共和国で揃えたけれど、木工技術の優れたこの国にしかない独特の道具もあるので、できれば引き取りたい。
「え、小屋?小屋って、あの?」
アシェルの顔が引き攣る。
「あの、って?」
「でも、おかしいな。あの山小屋はもっと北の最果て、この国には無いはずなのに………」
「あ、違うわよ。あの前世の岩手の山奥の山小屋じゃなくて、
私が以前に少しの間だけ使っていた木工工房の小屋に似ていて、」
「ああ、そうなんだ?じゃあ、行こうか」
アシェルはホッとしたような顔をして、車から降りると小屋へ向かって進み出す。
「でも………、ここだったかしら………」
実は、あの小屋へは誰かに運ばれて行ったので、私は場所をはっきりは覚えていないのだった。
私たちは赤い屋根の小屋に着いた。
「あなた方は、どちらからいらしたのですか?」
私たちに気がついて小屋から出て来たのは、ヒューゴ•ヤッデ•ファツィア
私の家庭教師だった青年だ。
「ヒューゴ先生!?」
「そ、その声は、…………まさか、…………………アリス様!?」
驚くことに、ヒューゴ先生は奇妙なわたあめ姿の私に直ぐに気がついてくれた。
「なになに!?アリス、ま、まさか、こいつとこんな貧相な小屋で暮らしてたの!?」
アシェルの周囲の空気がピリつく。
「ち、違うわよ!小屋違いだし!!!」
私は我に返る。
やっぱりここではなかった。
偶然、建物の雰囲気が似ているだけだったのだ。
よく見れば、その小屋は店舗のようで、店名の看板と窓にはオーナメントなどが可愛らしく飾り付けてある。
背後の敷地には他の建物も建っていて、そちらの方を住居にしているのかもしれない。
案内された店内にいたのは、絶世の美女と世間を騒がせたことで有名な、平民出身のファツィア公爵の第二夫人アメリ夫人だった。
彼女は公爵と離婚した後に田舎へ下り、趣味が高じて洋菓子工房とカフェを始めたと噂になっていた。
「ようこそいらっしゃいました。アリス様……、私たち、ずっと待っていましたのよ?」
噂通り凄い美女のアメリ夫人は、そう言うと私に親しげに近寄って来た。
美女に迫られると迫力がある。
「?待っていた?」
私は首を傾げた。
テラスに案内されて、
思い出話をしながらマロンケーキと紅茶をごちそうになる。
私はヒューゴ先生が私の依頼を受けて木工工房を用意してくれていたという話を今になって聞いて驚いた。
確かに、かつてヒューゴ先生からそんな内容の手紙を受け取っていたけれど、サディス様が木工工房の小屋を先に用意してくれたし、その後すぐ戦争が起きたり、私がディスィジュエス共和国の人質となったりで、結局、この小屋へは辿り着けなかった。
その後、小屋はお母様の洋菓子工房へと転用されたのだという。
「ここはとても静かでいい所ですね」
私はしみじみと言う。
それを聞いて、ヒューゴ先生は頷いた。
「ここに居ると何年も時が過ぎ去ったかのようです。
ここ数年は、本当に色々ありました。
この国の何もかもがすっかり変わってしまった。しかし、この森の館に居るとそれも幻のように感じられます」
「ヒューゴ先生………」
ヒューゴ先生の遥か遠くを見つめるような眼差しを見ていると、私もなぜか胸が熱くなる。
「で?? アリスとはどういう関係???
本当にただの先生と生徒なの????」
黙って静かに聞いていた、アシェルはヒューゴ先生に詰め寄った。
「アシェル!?へ、変な質問しないでよ!?」
「僕は何もしてない!
ただ、本当のことが知りたいだけなんだ!」
「えええ•••••••?」
本当のって、本当に何があるというのか。
私は子供みたいなアシェルを止めるけれど、
どうにも止まらなかった。
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