|episode.アルフィース/side story_【創輝隊と庇護地の怪物】|S2.「創輝隊と庇護地の怪物:前編」
S2.「創輝隊と庇護地の怪物:前編」
青白銀の輝き。滑るように飛ぶ大亀は陽射しを照り返しながら庇護地の上空を旋回していた。
「なんですかこれは……とんでもないですね? そして、“アレ”は一体……」
金属質な亀の上で創輝隊士ウェイルが冷や汗をかいている。
上空から見渡す庇護地中心部南方の景色はひどい有様。街の一部が放射状に更地と化しており、家屋の残骸であろう砂埃が空高くにまで至ってきていた。
人々が逃げ惑い、泣き叫ぶ声も聞こえてくる。とても平穏の地として名高いイダシア塔下、女神の庇護地とは思えない惨状だ。
いつもの平穏なる景色を思い起こせば信じ難い光景だが……それよりも信じ難い“モノ”がそこに存在している。
それは【怪物】――――か。
庇護地の円周街道。その2番線南方にて怪異なる巨体が「ギョロギョロ」としながら存在している。
カエルのような顔面……3階建ての家屋よりはるか高い、というか大きい頭部。
上空から観察すると“怪物”の体躯は大半が頭部で構成されている。それには短い手足があり、這いつくばるような姿勢でそこに在る。
頭部の形状もそうだが、ソレ全体を簡単に言い表すなら【巨大なカエル】であろう。
顔の横には大きな羽のようなものが左右に広がっており、どうやらそれは耳らしい。全身はつるつるとしていて昼の陽射しをキラキラと照り返している。体色はほぼ真っ白に近い。
巨大なカエルの怪物……その巨体ゆえに動くだけで手足が家屋を破壊していく。その近くでは巨人騎士が3体、仰向けになって昏倒している有様まで確認できた。
上空を旋回しながら状況を見ているウェイルは困惑する。
「こんな化け物がどうしたって聖圏の中心に現れたんですかね? いや、待てよ……まさかこれってアレか、心の――」
ウェイルが自分なりに状況の答えを導き出そうとした時。その手に持っている金属の板から何か「音」が流れ始めた。
“――ウェイルぅ~? どこいるのよ、ちょっとこっち来てくんない?”
それは声であり、おそらく女性の音声。
ウェイルは金属板を用いて応答する。
「おや、ギザリー。通達はきましたか? 俺は空から情報収集中ですよ~」
“聞いたよ! もう降りて現地に向かってるけどさ……すごい騒ぎだね! そいでこっからも見えちゃうアレは一体なん……あっ、あんたが見えたよ。おぉ~~いっ!”
「ああ、このカエルみたいなヤツでしょ? これはおそらく“例の怪物”でしょうね。まさかこの庇護地で対処することになるとは思いませんでしたが……ああ、はいはい。見つけましたよ、そっち降りますね~」
怪物から響き渡る重低音。唸り声のようなそれを気にしつつ、金属の亀に乗ったウェイルは街へと高度を下げていく。
亀は音もなく優しく接地。わずかに地面の砂を巻き上げながら街道に降り立った。
亀の背からウェイルが跳び降りる。後ろ髪を掻きながら彼は言う。
「しかし、まいりましたね……。仮にこれが“心の怪物”で間違いないとして、我々は対抗するにも困ってしまいますよ」
「そりゃ、困るわよ! 困るけど……なんとかしないと。ほら、怪物対応手順もあったでしょ。この場合は怪物の注意を引きつつ、まずは“装怪者”を探さないとね」
困り顔のウェイルに応える人。それはスラリとした外見の女性で小柄なウェイルと並べば尚、その高身長が際立つ。
揃いの紺のブレザーは肩で羽織るようにされていて、それは胸元で蝶結びの紐によって留められている。また、彼女の両目周りには青い塗料で化粧が成されており、それは左右対称に同様の文様だ。
この女性――長い黒髪を後頭部で1つにまとめて垂らしている彼女の名は【ギザリー・ベントゥーア】、年齢26歳。創輝歴18年の古参隊士であり、遣獣は所持していないが特例聖人に列せられている。
隊士ギザリーは話しながら、身長より倍は長い槍を青白い輝きの刹那に出現させた。
空中で呼び出したそれを左手に掴んで頭上にてクルクルと回転させる。手癖なのだろう。
同じように手癖で金貨を手元でクルクルさせながらウェイルが言う。
「そうですね……しかしこの騒ぎだ。薄く輝いているとはいえ、簡単に“見つかる”かな? くそぅ、こんな時にブライズくんが居れば……」
さらに困ったように顔を顰めてウェイルは周囲を見渡した。ギザリーはその横で「こういう時は足が頼りだよ!」などと言って屈伸運動を始めている。
2人がそうしていると……ウェイルの手元にある金属板から今度は男性の声が聞こえてくる。
“よぉ、“見つけた”ぜ……怪物を認識して見上げているな? だが、装心不良で相方は錯乱状態だ。同調が成立していねぇ……ならば、なんでもいいからまずは怪物の動きを止めねぇとな”
「ん? ……あれっ、ブライズくん。君、旅行だったんでは?」
“・・・なにを寝ぼけてやがんだ、ウェイルの兄貴? さっき会議にも居ただろうが……旅行はアルバインのヤツだ。それよかともかく、姉貴と怪物を頼むぜ? 俺はまず、“シュルード”使って装怪者の家族親類を探すからよ”
通話先の男――少ししゃがれた低い音声の主の名は【ブライズ・ゼノンダード】。オルタウス・ゼノンダードの実兄にして年齢25歳。創輝歴10年の中堅隊士で彼もまた遣獣持ちの1人である。
一方的に指示を出された後、通話は切られた。ウェイルは「なるほど、よし!」と気合を入れた声を出している。
その横で長槍を振り回して準備運動を行っているギザリーはくちびるを曲げて小柄な男に問う。
「・・・・・彼ってさ、あんたの部下だよね?」
「ん……元ですよ、元。今は同じ特例聖人だし、まぁ……厳密にはまだ部下なのかな? まぁ、いいじゃないですかどっちでも。そんなことより目の前の事件です」
「ま、それもそうか。しっかしアレをねぇ……どうするって? 動きを止めるとか言ってた?」
「錯乱だと言ってましたからね。それ以上の刺激を与えてこちらに注意を向けさせ、ともかくに街や人を護りましょう」
「なるほど、オーケー……了解した!」
カエルの怪物が咆哮を空に向けて上げる。巨大な口を開いて上空に放たれた衝撃の余波が庇護地南方にある家々の窓ガラスを破裂させた。
ウェイルは瞬間的に金属の壁を呼び、ガラスの破片を防御する。
四方を囲うように召喚された壁の中……ギザリーは両拳に青白い電流を生じさせていた。
次第に拳だけではなく、その全身から青白い閃光が「バチバチ」と弾けるように放たれ始める。
彼女の足元、砂地に連続して波紋が広がっていく。ギザリーの両目周りにある青い文様は白く発光し、彼女の両眼もまた青白く染まった。
「ようはさッ、とにかく暴れろってんだろ?? そりゃぁ……得意分野だよ!! 全力でぶっ放すから、援護よろしくッ!!!」
犬歯をのぞかせて笑うギザリー。全身から霊気の奔流を垂れ流しに弾けさせながら、手にする長槍を真横に向けて足を大股に開いて“構えを作る”。
呼び出した壁を搔き消すように“送還”しつつ、ウェイルは渋い表情でチラリと後ろの女性を見た。
「・・・・・いいけど。一応、街中だから気を付けてくださいね? 崩壊してると言っても、さらに壊しちゃ創輝の面子がたちませんよ?」
「大丈夫さッ!! 斜め上に……怪物の顔面を狙うから、そんな危なくないはずッ!!!」
「・・・・・まぁ、この辺りの人はもう逃げたみたいだし、大丈夫か……大丈夫だよな?」
弾けて暴れていた霊気が次第に落ち着き、蒸気のようにギザリーを包んでいく光景。まるで羽化を控えた繭のようにも見える。
そんな状況を見てウェイルは肩を竦める。そして通りの先にある巨大な怪物を見上げた。
ウェイルはひょいと跳んで大亀の背中に乗る。彼の号令で大亀は再び大空へと飛び立つと、その背にある小柄な隊士はバランスを取りながら左右の腕を広げた。
広げた腕の周囲に金貨が無数と召喚され、回転・浮遊する。
崩壊した街中で聳えるように在るカエルの怪物。その巨大な顔面にある2つの大きな目玉の真ん前。
ギョロリと、怪物の瞳が宙を滑走するかのように飛ぶ存在を見つめた。
「攻撃してもなぁ……心の怪物だし。まぁ、注目させろってんなら……」
そう言ってぼやいた後。ウェイルは呼び出した金貨を用いて空中に大きく数字や文字、絵などを次々に描き始めた。
「ハイハイ、ご注目ください! 物珍しい金貨の手品ですよ~♪」
カエルの怪物から見ればウェイルなど人間にとっての蠅程度のものである。
だが、それが煌びやかに光る金貨で様々な模様を空に描くものだから思わずそれらを目で追っていく。
錯乱状態、という話しではあるがあまりに素っ頓狂な光景に気をとられているようだ。なにせこの怪物の心はただの少年でしかない。手品に見とれても当たり前なことである。
ギョロリと興味深そうに金貨の手品を眺めている怪物。
そこから少し離れた位置、更地となった家の跡地にて怪物を見上げている少女。
ぼんやりと輝く少女の姿を……これも遥か上空から“見定めている者”がある。
「……命じませんか? 撃ち落とせとでも……言いませんか? 状況が解っていない……どこまで解釈できているのか? …………初の装心か?」
金属質な翼を広げて飛行する人。その眼部には赤いレンズのゴーグルが光り、口には重厚なマスク、耳には覆うほどのヘッドホン(霊気音響機)を装着している。
黒のロングコートを靡かせて飛ぶその手足は細く長い。
「ならば力を理解される前にここで仕留めないといけませんねェ――――あぁぁッ、女神よ!!! その真意に今、我が敬虔なる信仰を示しましょう!!!」
カエルの怪物の視界に入らないようにしながら大空を飛行する赤眼の人。
金属の翼で自在に空を駆るその人は男性であり、名は【ネルガー・アストロ】、年齢32歳。創輝歴18年の古参隊士。遣獣持ちの1人であり、創輝隊の副隊長として隊の中核を成す1人でもある。
赤眼の飛行者、ネルガー。それが装着しているヘッドホンから音声が聞こえてくる。
“どうですか、ネルガー。装怪者はブライズが発見したと聞きましたが……状況としては「戦闘」ですか「停滞」ですか?”
若そうな声だ。最新式のヘッドホン越しにずいぶんと爽やかな印象を受ける男性と思われる声が聞こえてきた。
飛行するネルガーはレンズの内にある眼を険しくしながらマスク越しに返答する。
「あのね…………私が発見者だッッッ!!! 私が発見、指示を与えてブライズに調査をさせたのです!!! ……誤報が混ざっていましたね。この混乱ですから、致し方ありませんか?」
少し声を荒げた応答。ネルガーのいかにも苛立ったような答えを聞いて、通話越しの人は改めて聞き直す。
“なるほど、あなたが第一発見者ですか……訂正しましょう。それで――事態はどうなのですか、急ぎで報告をしてください”
爽やかな声は落ち着いた調子でそのように言う。
落ち着いた声を聴いたネルガーは静止飛行状態に移行。身体をわなわなと震わせながら報告を行う。
「ガッ――――グッ!! クゥォッ――――そぉうですねぇ。装怪者は呆然状態で対応待ち可能。怪物はブライズが言うように錯乱でしたが、今はウェイルの陽動によって一時沈静化。状況は停滞にあると言ってよいでしょう……それが現状ですよォッ!!?」
報告を行いながら節々に言葉を荒げるネルガー。赤眼の人は言い終えてからマスクの内側で荒々しく息を何度も吐き出した。
男性の荒ぶる呼吸音を聞きながら通話相手の人はこれも冷静なままに答える。
“報告ありがとうございます。一応、私も“そこ”まで来ているのですが……できればこのまま戦闘は避けたいですね。
ブライズからの報告でオルタウスが親族を発見したとありましたので、間に合うとよいのですが……”
「フゥ、フゥ……フゥゥ……!! おのれッ、この私をまたも蔑ろにして……増長するのもいい加減にッ――――あっ。」
空中で不安定に静止飛行していたネルガーは通信を切って思いの丈を大空にぶちまけようとしていた。
何がそこまで彼を怒らせたのかは不明だが……ともかく。
ふと、彼が見下ろした地上。カエルの怪物から少し離れた位置に青白い金属質な輝きが見えた。
ネルガーの装着する赤いゴーグルはレンズの倍率調整に優れる。それは100m以上の距離から教典を読むことができるほどである。
そのゴーグル越しに見えたのは……大柄な狼。青白く、金属質なその背中には紺色のブレザーを律儀に着用している男性の姿がある。
遥か上空にある赤眼の男を見上げているその人。青い頭髪に端正な顔立ちの青年――。
それは創輝隊隊長にして創輝階現盟主。最近に聖圏最高位である【教父】の立場を歴代最年少で与えられた希代なる信徒。
名は【プライグ・シャダール】。創輝歴26年、遣獣持ち。26歳にして創輝の3名家であるシャダールの一族を統括する当主でもある。
「――ネルガー。オルタウスが装怪者と親族を引き合わせるから、君はブライズと共に周囲の安否確認を取ってください。もし、何か戦闘が起きるようならここらは危険だ……可能な限り救助しましょう。私もひとまず近辺確認を行いますが、場合によってはウェイルに加勢します」
プライグは上空でレンズ越しに自分を見ている人に向けて金属板越しに指示を与える。
上空にある人はしばらくその場で不安定に静止飛行をしていたが……やがて高度を下げて街の上を探知飛行し始めた。
プライグは溜息を吐く。
「フゥ……彼はどうしても私のことが気に入らないんだな。どうしてこうなってしまったのか……いや、今はそれどころではないか」
少し距離はあるが怪物の巨体は見えている。
どれくらい高いのか。まだ残っている建物から見て、その3階以上には体躯がある。そしてつるつるとした皮膚にそれを震わせながら時折聞こえる呻くような重低音が異様さを実感させた。
これ以上被害を広げてはいけないと、プライグは跨っている青白銀の狼に指示を出す。
「“アウトロゥ”、感覚を澄ませながら街を駆けるぞ。状況によっては――――んっ??」
狼に指示を与えている途中、何かに気がつく。
プライグの視線の先……怪物を挟んでさらに距離をあけた場所。
そこに、溢れるように沸き立つ青白い蒸気のような状況を発見。それは砂埃に混じれて街の一部を覆ってしまうほどの圧倒的な輝きだ。
プライグ・シャダールは呟いた。
「まさか……ギザリー? 街中で“それ”は推奨できたものではないのですが……本気か?」




