|オレらはモンスター!!_プロローグ/episode.アルフィース(END.可憐で快活な少女と大柄で温和な少年)|
E.
――グランダリア大陸。嘆きの女神に愛されたこの地を悲哀なる少女が駆ける。
彼女は裏切られ、放心の上に満身創痍となったところを森の中に誘われた。
山林を走る少女。ヒラヒラとドレスの裾を舞わせて走るのは少女アルフィース。
城の高級な絨毯ですらたまに転ぶ彼女だ。走るといっても、この山林をまともに走れているわけではない。
ほとんど歩くようなものである。身体に当たる木の枝や舞い落ちる木の葉にすらいちいち驚愕しているのだから、声だってやかましい。
仕方がない。こんな大自然など、超がつく高家のご令嬢では不慣れでも仕方がない。
しばらく山林をとろとろと駆けていたアルフィース。だが、それもすぐに体力が尽きてくる。
もとより寝不足で朝食も食べられていない。これで森の中を元気に駆けまわる方が無理というものだ。それも楽しいピクニックならまだどうにかなるかもしれないが……今は逃走の最中である。
追っ手は聖圏の高級兵士である騎士の4名。甲冑で重そうな連中だがそれでもこのお嬢様よりは動ける。
「――――う、うわわぁっ!?」
アルフィースは叫んだ。不安そうに周囲を見渡しながら後ろ歩きをしたものだから、ちょっとした段差から落下することになった。
斜面を少し転がって、腐葉土の上に倒れ込むドレスの少女。
「ぐ、ぐぐぐぅぅ……ッ!!」
痛みをこらえて起き上がる。一応は「声を出さないように」という気持ちはあるらしい。ただ、つい今しがたもそうだが……咄嗟の悲鳴はここまでで散々に鳴らし尽くしている。
何せ少女を追跡する者達の目標は断じること――少女を処刑することを目的としているのは間違いない。
先日に同様の境遇に陥ったであろう人が「断じられた」と父から聞かされた時はアルフィースも絶句していた。そこまでするのかと思ったが……正直、聖圏においてそれが【異端】となるなら当たり前の処置である。
女神のためなら……女神の意思なら何が行われても良いという節がある。
「はぁ、はぁ……もう……ちょっと……休憩……」
盛大な転倒からどうにか起き上がったアルフィースだが、ここでさすがに限界がきたらしい。
太い幹の木を発見するとそこに背を預けた。
崩れるように少女は座り込む。本来なら絶対に土くれの上になど座らない彼女とは言え、今はそんなことを気にできないほど疲弊しているらしい。
腐葉土の上に座り込んだアルフィースは呆然と上を見た。
木々の枝が伸びている。その狭間から見える空は青い。
ここは故郷のイダシアからずいぶんと遠いらしいが……天気は同じく晴れなのかと、呆然としながら思う。
自然の穏やかな風の中。朝の光を浴びながら、少女は眠気眼でうつらうつらとする。
追手が迫る危機的な状況を理解できていないわけではない。ただ、疲れただけだ。
……あっという間に全てが変わってしまった。
(どうしてこうなったのかな……なにか私、悪いことしたかな。もう、戻ることはできないのよね……)
どこから間違っていたのか。何か間違えてしまったのか。
それは解らないが、もう「いつも」に戻れないことは解る。
(きっと悪かったのね。わがままだったから? 勉強をなまけたこともあったし……お父様にはいつも甘えていたものね)
記憶が蘇る。幸せな日常。
幸福に包まれて優しさを当たり前と思っていた日々。
(これって私が不誠実だったからなのよね? 不誠実な信仰の民への罰なのよね? そこまで、信じてないってことも……ないはずなのになぁ)
いや、それは異なる。罰などではなく、単に触れただけなのだろう。
あなたは不幸だった。ただそれだけのことだ。
(裏切り者だなんて……きっとそれは私なのよね? 心のどこかで私は女神様を疑っている……疑ってしまった、からなのよね?)
そうかもしれない。だが、それは悪いことでもない。
きっと都合が良かっただけなのだろう。良いとか悪いとかではない。
(でもさ、罰だなんて……こんなやり方? ひどいわ、女神様って……わざわざ一番幸せな時間を一番辛い時間に変えてしまうなんて……残酷よ)
違う、知らない。むしろひどいって……それはなんでもかんでも女神のせいにする方が酷い。
さすがにここまでくると騙す方も悪いが騙される方にも責任があると思う。心を楽にしたいのだろうが、勝手に押し付けないでもらいたい。
(何がしたいのよ……人を化け物に変えて愛する人を絶望させて。苦しめて死なせるつもりなの?)
解らないがたぶん、装怪者は参考なんだろう。もちろん理由は知らない。
それは思うよ「何が言いたい?」って。それも答えて欲しいところだけど……ノックしても応答がないのだから知りようがない。
(もう、いいわ……疲れた。いつものようにご飯を食べて、遊んで、眠りたい。贅沢は言わないから、ただそれだけでいい……)
その「ただそれだけ」が難しい。人を全体で見ると、どれほどがその「ただそれだけ」にあるか。その中でもアルフィースはかなり恵まれていた部類であろう。
ただ「失う」ということに人は大きな負荷を感じるもの。もとより持っていたものが大きければ大きいほど、失うことへの負荷は高くなるだろう。
(追ってきてるわよね……じゃぁ、私は死んじゃうのかな。あぁ、悔しいなぁ……なんだかまた腹が立ってきた。もし、生き続けることができたら……いつかは戻りたい。そしてもし、戻れたならば――――)
アルフィースは故郷、聖圏のイダシアとそこにある人々を思い浮かべた。
現実逃避か。少女は失ったそれらを想い、そこに戻ることを想像する。
破壊された庇護地の一角……あの時見た【怪物】の異様で偉容ある姿が思い出される。
(戻れたら、“復讐”……してあげるんだから。
そうよ、私にこの先があるならば、必ず。必ずにこの“力”を我が物とし、使いこなし、そして見せつける。
天啓だなんて……私の罪がそうなら、この力だって神意じゃない?)
だから違う……いや、違わないか。罪は人の勝手だが、その力は確かに神意である。
ただ、こちらのモノではない。
(そもそもこのような仕打ち……かような狼藉が本来、このアルフィースに許されるはずない!
だからこの“力”で――女神の力ってものを、本当の神意ってものを――痴れ者共に教じてやる!!
そう、それが私の目的……これから私が生きる意義よ!!!)
眠気のせいだろうか。心の中とは言え口調がやたらと強い。
ずいぶんと攻撃的な淑女様は拳を強く握り、天に翳した。
半分眠ったような意識で見上げた空は眩しいほどに青い。
掲げた拳と共に視線を下ろしていく。
ぼんやりとした視界。下ろした視線の先。
茂みを踏みつけて、4名の騎士が姿を現す。
「――――あっ。」
少女の視界は鮮明となった。
心の中でどれほど強がろうとも、いざ“死”を目の前にすれば恐怖心は沸いてくる。
逃げようとも思ったが、座った姿勢から立つことができない。
「い、いや……やめて、助けて……だれ、か……死に、たく……ない……よ…………」
怖くて腰が抜けている。疲労もあって力が入らない。
怪物を送る存在も今はなく……ただ、独り。
信じたすべてから見放された少女……そこに、敬虔にして冷酷なる切っ先が突き付けられる。
そのままその悲哀なる少女は呆気なく幼い命を散らしていたかもしれない。
もし、誘われた場所に“彼”が存在していなかったとしたら――――
『 こらッ、何すてんだ、おめだづ!!! 』
|オレらはモンスター!!_プロローグ/episode.アルフィース|
END




