|オレらはモンスター!!_プロローグ/episode.アルフィース(13.装怪者と拠り人)|
13.
朝の陽射しが聖都、イダシアを照らしている。
金属質な鈍い白銀色の輝き。神々しさのある塔を中心に栄えた庇護地には日常が戻りつつある。
先日にあった悲惨な事件。その傷跡は到底すぐに癒えるものではない。
だが、人々は生きる必要がある。生きるために生活のために家事をして、仕事をして、勉学をして、信仰をして――今日も日常を送るしかない。
例え災害に遭おうとも、例え大事件が発生しようとも、例え社会に強い疑問を抱こうとも……だれもが必ず生活をする。
食べて、寝る。排泄も必要だろうし、他にも精神の安定や生命の宿命を保つためにやらねばならないこともあるだろう。
例えば日常の全てがある日ある時、突然に崩れ去ったとして。
例えば生活の全てを失ったとして――
「――アルフィース、悪かったな」
青年【ストレイド】が零すように言った。
目も合わせずに言われた言葉。それを聞いた少女【アルフィース】は地面に足を着きながら言葉を返す。
「悪かったな……か。そうね、あなたは私を……裏切ったのよね?」
抱えられた状態から地面に降り立ち、アルフィースは青年から目を背けた。
崩壊した城の一室。壁も天井も無いそこから爽快に晴れた青空が見えている。
遥か眼下に見える庇護地ではいつもの日常が営まれていることであろう。
崩壊した一室の中央に変わらずある白くて大きな玉。つるつるな表面が陽射しを照り返して少し眩しい。
「裏切ったって……何が? オレはむしろ、お前を“助けた”んだけどな……」
「……お父様が仰っていたわ。“昨日この場に居た人から真相を聞いた”って……」
青い空を見上げ、青年に背を向けて立つアルフィース。
ストレイドは少女の背中をしばらく眺めてから、視線を白い玉へと向けた。
「なんの話しだ? オレはあれからアザール様と一言も話していないですよ」
「では、お父様ではなく他のだれかに話したんでしょう。それが伝わった……違いますか? だってあなた、さきほど“悪いな、許せ”などと言いましたし」
「ん? ……ああ、お前を抱きかかえた時か。そりゃ、いつもは許可をとってから抱きかかえていただろう。勝手に抱きかかえたら怒るから……」
「へぇ? そうかしら。あなたが勝手に抱きかかえることだって、今までありましたでしょう?」
「あったかもな。でも、そういう時は必ず事後にでも謝っていたぜ。いや、とういうか……」
「確かにそうだけど……え、じゃぁやっぱり本当は言ってない? でもだとしたら、一体だれが――」
「待て……いや、待ってください。それ以上、オレに話しかけないでください……頼むから」
「……はぁぁ? なによ、もう……どっちなのよ。私を裏切ったのか、裏切ってないのか……話すなってさ、その態度はなんなの??」
不機嫌にアルフィースは眉をひそめながら首を傾げた。
溜息混じりに振り返ると、そこにいる青年は白い玉の横に立って細剣を右手で鞘から引き抜いている。
左手は口元に置かれている。わずかにか、身体が震えているようにも見えた。
「…………私が怖いの? あなたを、怪物に……したから?」
怯えている青年。自分を抱きかかえて逃げてくれたかと思えばその情けない様子。
アルフィースは彼の様子が不満だし、昨日のことは自分でもよく解っていないけど悪いとも思っているし、抱きかかえて逃げてくれたのだから感謝したい気持ちもある。
だが、そのいずれも言葉とするには確信がなさすぎる。
全部ちゃんと聞いて、話してから想いを伝えたいと思う。
「……時間がない。彼らもすぐにここへと来るだろう。急いでくれ……話しをしている余裕もないだろう」
ストレイドは白い球形の霊具に敷かれている溝を弄り、細剣をかざして霊具に差し込んだ。
青白い電流のような迸りが生じる。
球形の霊具は変形を始めてそれは空間にぽっかりと開けた門となる。その先にある景色は自然豊かな……それはどこかの森林らしい。
一度見た光景なのでアルフィースは少し「ビクッ」と肩をいからせた程度に驚いた。
気持ちを収めてから青年に問い直す。
「私が怖いんでしょう? それはそうよね……だって“怪物”だから。ああ、怪物そのものではないけどね、怪物がこの中に入って居るのよね? まったく自分じゃそんな気はないけど……昨日のアレが自分の“力”だということは解っているわ、あっははは……」
アルフィースは自分の胸を指先で突いてみせた。口を大きく開いて笑ってもみせる。
明らかに自嘲する少女。その表情を見ることなく、ストレイドは答える。
「ああ、怖いよ。怪物もさ……あんな感じなんだな。情報でしか聞いてなかったけど、いざ“そうなったら”アレは……まぁ、怖かったか。でも、それはそうなんだけど、それより――」
ストレイドは細剣の刃に映る自分を眺めた。そこに見える人間である自分を確認して苦笑いをする。
ストレイドは横目に少女を見た。そこには引き攣った笑みで自分を見ている少女がいる。
彼女も怖いのだろう。自分が置かれている状況を思えば恐怖して当然だ。
安心や安全を失う絶望感はとてつもないはず。それは解っているのだが……。
ただ、それより。
人は何より、“自分を奪われること”に恐怖する。
「――お前【命じた】だろ、オレに。命令して意思を乗っ取った……そうだよな?」
「え……“めいじた”って? 私があたなに命、令……した? それはだって……何のことかしら? いつも色々とお願いはしているけど……それはほら、一応は主と使用人ですから」
「そうじゃねぇよ。拠り人……つまりオレに対して“強制”したよな、昨日? なぁ、解ってやってんだろ、装怪者……理解できてんだろう、本当は?」
「な、なに……どうしたのよ、一体。あなたは何を言って――――――あっ。」
ストレイドはアルフィースに“命じられた”と言う。アルフィースはそれが何を意味しているのか最初は解らなかった。
主従としていつも願うというか、確かに命令をしてはいた。この前もネックレスが欲しいと……命じたことになるか。
しかし、そうではない。そういうことではない。
ストレイドがここで言う“命じた”とは人間同士による会話、主従関係などにおける指示指令のことを意味しない。
それは心が繋がった【装怪者】と【拠り人】の関係のみで成立する絶対的な規則。今は定義されて【抑制力】と呼ばれるモノ。
拠り人は装怪者が“命じた”ことを実行してしまう。それも通常その人物が可能な範疇を多少は超えて実行できてしまう。
普段より早く走らせたり、重いものを持たせたり、物事を記憶させたり、計算をいつもより早く行わせたりと……使い様によってはそういった便利な使い方もある。
だが本来はその名の通り「抑制」するためのものだと考えられている。つまり、怪物と化した拠り人を操作する力こそが本来で、怪物化していない時のそれはあくまで副次効果に過ぎないということだ。
それが真実なのかはともかくとして……実際のところ、その気になれば装怪者は拠り人を自在に支配できるということになる。
それこそ、装怪者が自死を命じれば拠り人はそれを拒むことはできない。
命じる者と命じられる者……そこにはそうした関係性が明確に存在するということだ。主従の関係性とは意味合いがまるで異なる。
そうした装怪者の仕様。これらを理解するには意識したり、切っ掛けが必要となる。
アルフィースは理解していなかった。さきほどまではその力のことを認識していなかった。
だが、心当たりがある。昨日に見た彼の様子を思い出し、今に聞いた彼の発言を合わせると……。
「これ……これも、私の力? ストレイド……だから昨日、あんなにも怖がって……“動けなかった”から? 私、確か動くなとか離れるなとか……あれ、命令だったの??」
「……今、知ったのか? いや、どうでもいい……とにかく、やめてくれ。だから話さないでくれ、オレを……操作、しないでくれ……頼むッ!」
恐れている。青年ストレイドは強い恐怖心によって身体を震わせている。
手を口元に置いて背を丸めている青年。黒いタキシードの最中が小さく見える。
いつも頼ってきた、色々と願ってきた、きっと命じてもいた。
当たり前にしてきたこと……当たり前に言ってきたことが、今の彼には震えるほどの恐怖になる。
アルフィースは装怪者の仕様もそうだが、何より彼の恐怖を理解できた。
つまり自分が昨日、彼に行った所業は「くちづけをして身体を怪物に変えた」「命令をして強制的に動けなくさせたりした」――そういう行いだった。
どれも意図したものではないが、やられた本人からすれば意図しようがしまいがどっちみち変わらない恐怖である。
理解できたアルフィースは笑う。
「うふ、ウっフフフフ♪ ……アハッハハハハ、アァッハハハハハ!!!」
高笑いではない。何も嬉しいものでも得意になったわけでもない。
ただ、笑うしかなかった。なにせとんでもない“化け物”だと、自嘲が高じて大きな笑い声となった。
心に怪物を宿す、憑かれているにしても……これでは自らこそ怪物ではないかと、アルフィースは笑った。
愛する人の心も身体もおかしくしてしまう、そんな自分が怪物でなければ何なのか。
理解した。“愛する人”が“覚悟を誓う”ことで――成立する。
この“呪い”が発動する条件を少女は理解した。同時に、その解除方法も……。
笑った後、表情を落ち着かせて少女は歩き始める。
ぽっかりと開かれた空間の境目を越えて門の先……自然の中に足を踏み入れる。
昨日は心を躍らせて越えたものだ。それが今は何も楽しい気分はない。あるのは今後の不安と……沸々と沸いてきた心の奥底からの感情。
アルフィースは立ち止まった。空間の境界を少し越えて振り返る。
こんな状況になっても諦められない想いがある。頼りたい気持ちがある。
「ねぇ、ストレイド。大丈夫だから……私はもう、あなたに何も命じない。キスだってしないわ。だからもう……私は怖くないよ?」
手を伸ばす。境目に向けて少女は手を差し出した。
崩壊した一室の中に立つ青年はゆっくりと顔を上げる。微笑む少女は差し出した手の平を向けてくる。
「好きよ、ストレイド。愛してる……だから、一緒に――」
「……命じるのか? オレに、一緒にと……」
「違う、もう命令なんてしない。ただ、ずっと一緒だったし……大好きだし、守ってくれるって、約束もしてくれたから……だから、そうして欲しいだけ。寂しいから、怖いから……独りに、なりたくないから……」
「……解っているよ。オレだって君のこと……だけど……そんなことをすれば――」
「私ね、すごく嬉しかったんだよ。ずっと同じ気持ちだったと知ることができて……嬉しかった。私のこと護ってくれると言ってくれてさ。だって、昨日も助けてくれたじゃない? 私のためにウソをついてくれたよね。さっきも抱きかかえてくれて……ありがとう、ストレイド」
「いや、それはだって……あの時に君が言っただろう“助けて”……と。オレに命じたじゃないか。だから口が勝手に動いたんだよ……命じられたからウソになったんだ」
「・・・・・は?」
「だけど、さっき君を抱えて逃げたのは確かにオレの――」
「ちょ、ちょっと……“黙って、お待ちになって”!?」
「ウ――――――ッ!?!?」
少女は伸ばした手を下げた。そしてたった今聞いた言葉の意味を考えて黙る。
青年は口元に左手を置いた。別にそうしなくとも命じられて“黙る”しかないのだが……単純に口元へと手を置くのは彼の癖である。
少し考えてからアルフィースが口を開く。
「……昨日のウソは私が命じた結果であって、私を想って吐いてくれたわけじゃなかった?? あれ、つまりさっき私を抱きかかえて逃げたのも……命じられたから、それだけ?? ……へぇ、そう。」
「――――――ウゥッ!!!」
「ふぅ~~~ん、そっ……かぁ。なぁんだ、私は今度こそ勘違いしていたんだ! 自分で自分を護っただけで、護られたんじゃない。自分の力で自分を護った……ただそれだけのことだったんだ……アハッ♪」
「――――――フッ……ゥ!」
アルフィースは肩を揺すって俯いている。笑っているのだろう、微かに彼女の声が零れている。
ストレイドは何も話すことができず、その場で“待って”いた。動けもしないのだが、そもそも動こうとはしていないのでそこは関係ない。
立ち尽くす青年に少女は背を向けた。
そして少しだけ、横顔だけ見える程度にだけ振り返る。
「もう“話していいわよ”、“待たなくてもいい”……」
「――――プァッ!? ハァッハァッ……アル、フィース……オ、オレは……!」
命令から解放されたストレイドは胸と口をおさえて呼吸を整えた。息も整わない状況だが、どうにか絞り出すように彼女の名を呼ぶ。
アルフィースは顔だけ振り返ったまま立ち止まっている。
細めた目つき。落ち着いた表情で再度、少女は青年に問う。
「それで? ストレイド……一緒に来てはくれるのかしら」
「うっ……!? そ、それは……それ、は……お、オレもあの、本当は…………」
「――うん、解った。それじゃぁ、ここでお別れだね」
「!! ま、待ってアルフィース。オレは……本当は俺……だけど、行ってしまうと……俺も……だから、なんとか他に――」
「……今まで楽しい思い出をたくさんありがとう。これまでよくしてくれて、本当に感謝してる。どうか身体に気をつけて、お元気で……立派なウルスガンドの執事になってくださいね」
「あ、あぁ……!! アルフィース、違う……俺は、本当に君を……護ろうと……!」
「大好きだったよ……心の底から、あなたを愛していた。最後に迷惑かけてごめんなさい……さようなら、ストレイド」
「――――ッ、アルフィース!!」
アルフィースは森の中を歩き始める。そこはイダシアから遠く離れた山林だ。
薄紅色のドレスに装飾をあしらった装い。ヒラヒラしたその服装は登山には明らかに不向きであろう。急なことだったので仕方がないことではある。
遠ざかっていく少女の背中。山林の自然に消えていく姿。
走れば追いつけるだろう。だが、足が動かない。
青年ストレイドは崩壊した城の一室から動けず、ただ小さな背中が見えなくなるのを見送った。
跪く。自然との境界を前にして、額に手を置いて天を仰いだ。
涙が流れてくる。涙の理由を知る青年はだらしなく口を開いて嗚咽した。
見上げて涙を流す青年。開かれたままな霊具の門。
金属の擦れる音が聞こえてくる。
「――ここか! まったく、彼も案外と情けないものだ」
「しかも門が開いている……これは面倒ですよ!」
「なに、たかが小娘1人。駆けたところでたかがしれます」
「急ぎましょう。隊長を待っていたら本当に見失ってしまう!」
崩壊した城の一角に4名の騎士が姿を現した。騎士達は開かれている空間の門を目視すると口々に愚痴を言う。
彼らの中で唯一剣を持つ1人が門の前で座っている青年に気がついた。
黒いタキシード姿の青年に近づき、剣の騎士が問う。
「おい、ここから罪人は逃げたのか? ……それとも、逃がしたのか?」
甲冑の兜越しに聞こえる声。それは威圧感があり、あたかも尋問のような迫力がある。
脅しでもあるような低い声に問われて、タキシードの青年は慌てて振り返った。
涙と鼻水で濡れた表情で答えようとする。
「い、いぁ……お、俺は……あの……違くて……」
震えて涙を流す青年。
城の執事見習いである若者に向けて、剣の騎士が手にする刃の切っ先を向ける。
その光景を見かねた別の騎士が言う。
「副隊長、その人は例の“同調者”であります。拠り人なら“命じられた”のかもしれませんね」
「なに、こいつが……なるほど。ですがこうして残っているのは……捨てられた、ということか?」
「さて……ですが、拠り人のいない装怪者などただの人です。一日も経過してませんからどのみち警戒対象外ですが……どうします?」
「ほうっておきましょう。こんなふうに置いていかれるくらいだから、異端でもないただの被害者かもしれません。まぁ、尋問は別に任せて……我々は我々の仕事ですよ」
騎士の4名は口々にそう言いながら霊具の門へと向かっていく。
門に入ろうとする騎士達を見た執事見習いの青年は慌てて、手にしている細剣を空間の境目に差し向けた。
その細剣が弾き飛ばされる。青年の手を離れた剣は瓦礫の上に落下した。
剣を持つ騎士が振り上げた剣の切っ先を改めて青年へと向ける。
「……今、何をしようとした。まさか門を閉めようとなど、しておるまいな……?」
鎧の騎士から兜越しに睨まれた青年。執事見習いの男は何度か歯を打ち鳴らした後に震える声で返答する。
「ち、違う…………ひ、広げようと。通りやすいように……俺は……」
「……ま、よかろう。まったく、置いて行かれたのか逃げたのか知らんが不実な罪人なんぞにつけこまれおって……臆病者めが」
「――――――あっ。」
開かれたままの空間を繋ぐ門。騎士の4名は空間の境目を越えて山林へと入って行った。
小走りに甲冑をカチ鳴らしながら去っていく騎士達……。
執事見習いの若者はその場で力なく項垂れる。開かれた口から涎が垂れ、ひび割れた床に落ちた。
開かれた門の先、山林の景色に現れたウサギが一羽。
興味深そうに、空間の境目から項垂れた人の姿を眺めている――――。
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