|オレらはモンスター!!_プロローグ/episode.アルフィース(12.お嬢様と崩壊した日常)|
12.
居室に運ばれた食事。喉を通るわけがなかった。
慣れた暖かな寝床。眠れるわけがなかった。
アルフィースは一晩中寝付けず、布団にくるまっていた。
ふかふかで暖かな寝床。安心できるはずの寝室に居てもまるで落ち着かない。
目を閉じるとこれからのことを考えてしまう。これからのことから目を逸らすと今日のことを考えてしまう。
今日の出来事は半分が夢だったら良かった。でも全部が現実なんだと、そのことを認めるしかない。
森の中で彼に手を引いてもらっていた時に戻りたい。笑顔で会話をしていた頃に戻りたい。
アルフィースは考える。
何も悪いことなんてなかった、していなかったはず。ただ好きな人にやっと好きだと言ってもらえて、喜んで、そういう関係なら当たり前なことを……普通なことをしただけ。
何故、自分なのか。
認めたくないけど、理解してしまっている。あの瞬間。愛する人と口づけをした瞬間に何かを……心にある力を、“送った”。
勝手に、流れて滑り込むように入っていった。その瞬間まで解らなかった。決して、わざとではない。
それか、そもそも――。
あの時か。愛する人の言葉を聞いた瞬間に何かが……心にナニかが灯された。
全身を伝った痺れるような感覚。それは恋の衝撃だと思っていた。誓いの言葉を聞いて幸せを感じた証拠なのだと思って、嬉しかった。
それは勘違いだった。
そう、あの“言葉”。それを聞いた衝撃はそういうものではなかった。愛の言葉を聞くのも初めてだから勘違いしてしまった。
女神を信じていないこともない。ただ、思えば心の底から信仰しているのか……父や執事長のような深い信仰があるかと言われると、自信は無い。
だけどそんな人間はいくらでもいるだろう。信仰の中心地、聖圏に自分だけなんて、そんなことはないはずだ。
だったら何故――?
何故、自分だったのか。本当に自分は異端なる存在なのか。
それもわざわざ、こんなにも幸福な時にそうなる必要があるのか。長年に想い続けた願いが成就した瞬間をわざわざ狙ったかのような、そんなタイミングである必要があったのか。
涙は最初、出ていた。
不条理な現実と悔しさ……「どうなってしまうのか」という不安が涙となって溢れ出ていた。
だが、何時間もそうしていたら……「どうすればよいか」という方向へと思考が傾き始めた。
アルフィースは願う「今ある日常を続けたい」。
真っ暗な視界。かぶっていた布団をまくると、薄く光を透すカーテンが見える。
昨日は彼が誤魔化してくれた……彼の優しいウソを思い出して、まずはそれに話しを合わせよう。
怖がっていた彼だけど……約束通りに自分を護るウソをついてくれた。だから、また2人で落ち着いて話せば協力しあえるはず。
護ってくれると誓ってくれたのだから、自分も彼を護ってあげたい――不安で暗い少女の心に光が宿る。
アルフィースはベットを降りた。
夜が明けて朝になっている。それはカーテンを見れば解る。
カーテンは開けなかった。だれかに見られることが怖く感じられた。
自分の臆病を隠すためにも、早く彼に会いに行こうと……勇気をもらいたいと思う。
いきなり怪物なんかになったらそれは誰だって取り乱すだろう。あの優しいウソをついてくれたように、今なら彼も落ち着いてくれているはずだ。
他の誰が何を思おうとも、彼と2人なら乗り越えられるはずだとアルフィースに希望が沸いてくる。
ふと、時計を見ればいつもの朝食の時間を過ぎていた。いつものあの娘が起こしにこないなんて、寝坊でもしたのなら珍しいことだ。
着せ替えに来るのを待とうかとも思ったが……早く彼に会いたいということもあるし、仕方が無いのでアルフィースは自分でやることにした。
寝巻を薄紅色のドレスに着替えて、最低限に煌びやかなイヤリングとネックレスとカチューシャとバングルを装着する。調整をしてくれる人は寝坊しているらしいので、久しぶりに自分の選択を行った。
身体を飾り終えると鏡台の前に座る。そうしてこれも簡単に軽く化粧を行った。急いだほうが良い気もするが、昨日の今日で彼に会うのだからまったく何もせずにはいられない。
一通り身だしなみを整えたアルフィースは立ち上がる。一息、吐き出して「大丈夫。きっと元通りだから」と自分に言い聞かせた。
それと同時――寝室の扉がノックされる。
「ぎゃっ!? ど、どどどなたらして!?」
意識はすっかり彼に向いていたので少女は跳び上がるように驚く。
返事があったので扉は開かれた。それはいつも通りのことだった。
「――――アルちゃん?」
「あら、リレット! どうしたのよ今朝は~~。私、もう着替えちゃったわ♪」
いつもと時間は異なるが、いつも朝に見る人が現われた。その「いつも」が嬉しくてアルフィースは扉に駆け寄る。
扉越しに顔をのぞかせるメイドのリレット。メイドの少女は寝室に入ろうとはせず、そのまま何かが入った籠だけを差し出してくる。
アルフィースは首を傾げた。
「へぇ・・・? なによぉ、どぉしたの。入ってきてよ、そんな何か……渡すなら中で受け取りますわ?」
手招きをするアルフィース。それに対してメイドの少女は首をゆっくりと、左右に振る。
その口元は笑みではある。だが、目は見開かれており、それは対象を凝視していると言ってよいだろう。
その娘では見たことも無いような目つきを察して……アルフィースは昨日に見た似たような視線を思い出した。
それは人間の姿に戻った彼が自分を見る視線と同じ。
怯え、恐怖した――
「アルちゃん……私、入れない。ここに置いておくから……ご飯は用意ないけど、せめてこのパンを……食べて?」
「な、なに……どうしたのよリレットったら。そんな床に籠を置いて……中身はパンですって? お行儀が悪いわ、食べ物をそんな……手渡してよ! ……ん、というかこれが朝食? なんでパンだけですの??」
「ごめんね。でも、だって……アル、ちゃん?」
「なに、そうよお話ししましょうよ! いつもみたいに、さぁ入って?」
「…………なんでも、ない。ごめんね、それだけで……それしか持ってこれなくって。だけど、せめてゆっくり……こ、ここから出ないでね? よく噛んで、食べて……ね」
「――――――え?」
メイドのリレットはパンの入った籠を床に置いて扉を閉めた。
寝室にパンと共に取り残されたアルフィース。少女は少し呆けてから慌てて扉を開く。
だが、そこにはもう誰もいない。チラリと、走り去るメイドの後姿が角を曲がる様子が一瞬見えたのみだ。
「……どういうこと? なんであの娘、あんな表情をして……あれじゃぁまるで……まるで私を――」
部屋から出たアルフィースは考える。
メイドの少女がみせた今までにない表情。まるで自分を見て恐怖し、怯えているかのような……あたかも“怪物”でも見たかのような、恐慌するかのような顔つき。
その理由は何か――思い当たることなんて、1つしかない。
「――アルフィース」
「えっ。あっ……あら? お、お早うございますわ、お父様??」
寝室を出た先。廊下で立ち尽くし、考え込んでいたウルスガンドの令嬢。
そこに声を掛けてきた人物は現当主。アザール・ウルスガンドは少し距離を置いて少女のことを見ている。
アザールの背後には金属の鎧に身を包んだ4人の姿。
それは騎士と呼称されるもので聖圏において重装備かつ高品質な戦士を意味する。
信仰を尊び、神意を成し、不実を裁く――教会の鋭利な刃だ。
彼ら4名のうち1人は剣を、他3人は槍を携えている。
父親のアザールが重そうに口を開いた。
「お早う、アルフィースや。今朝は良い……天気だね?」
騎士の4名を従えるように立つ当主のアザール。実際にどうかはともかく、彼の背後にある4名は何かを待つように微動だともしない。
戸惑いながら、アルフィースはドレスの裾を広げて父親の背後にある騎士にも挨拶を行った。
「え・・・えぇ、素晴らしい青空でございますわね! しかし、どうしましたの。その、なぜ騎士の方々が……あのぉ、皆様もお早うございます?」
「……あぁ、なんと淑やかな。さすがは我が娘、麗しく可憐で……これ以上になく、愛おしく……ッ!」
ウルスガンドの当主、セイデンの盟主にして少女アルフィースの父親。
アザール・ウルスガンドは聖塔イダシアでも優れて敬虔なる者、忠実なる信仰の民として誇り高い存在。それは先祖代々から受け継ぐ一族の生き様でもある。
信仰厚きアザール・ウルスガンドの脳裏に今、思い起こされるのは「あの日」の光景。
祝福に満ちた本当に幸福な朝――
「アルフィースよ……私達の、アルフィースや。教えてくれないか?」
「えっ? は、はい。何をでしょう?」
仲の良い夫婦があった。
長く子供を授かれなかった夫婦だが、ある日、ついに念願が叶った。
「昨日、城の一部が崩壊する事件が発生した。その時、お前はその場にいたんだね?」
「――――――!」
生まれたのは女の子。
夫婦だけでなく、家に仕える人々も一緒に彼女の誕生を祝福した。
「ケガはなかったと、それは本当に安心したよ。ただね……」
「――――――。」
歓喜と幸福こそが少女にとって最初の光景だった。
笑い合う夫婦。彼ら家族を囲う使用人達も楽し気に言葉を交わした。
赤子はさほど泣かず、されど小さな手を懸命に動かしている。
「その理由だが……何かが爆発したと。当初は私もそのように報告を受けたのだがね……やっぱり、それはどうにもおかしいんだよ。瓦礫の破片が爆発にしては飛んでいなさすぎるし、何より――」
「――――――。」
幸せな夫婦。
使用人の若い女性達は代わる代わるに赤子を抱き、若い男性達はちょっと怖がりながら赤子の手を触ってみたりした。
「聞き取りを行っているうちに証言があったんだ。“その場に居た人”なんだがね……こう、言っていたよ。“巨大な化け物が突然現れて城を破壊した”……と」
「――――――!?」
幸せな家庭。
祝福の中で産まれ、祝福によって産まれたと神に感謝された少女。
「教えておくれ、アルフィースや。本当は何があったんだい? ナニが城を壊してしまったんだい? ……知っているのではないかね?」
「――――――。」
それはウルスガンド夫婦にとって何にも代え難い、大切な愛娘――。
少女アルフィースは沈黙する。当主アザールから受けた問いの答えをわずかに保留する。
一度床を見て、落とした視線を正し、真っすぐにアザールへと向けた。
表情に微笑みを湛えて、セイデンの淑女は毅然として返答を行う。
「――さて、知りませんわ? あれはストレイドと……従者とお話しをしていましたら、突然のことでしたの。
きっと爆発がおきたのだと思いますわよ、原因は解りませんが……恐ろしい思いをしました。だけど、2人とも無事で何よりです」
「……そうか。お前は確かにそういう認識、なのだな……?」
「ええ、だからお力になれず申し訳ございません。早く、原因が解ることを祈っております……」
微笑んで返答したアルフィース。落ち着き払った所作と口調。
実に麗しく、可憐でいかにもセイデンの淑女に相応しい高貴な佇まい。それでいてなんとも年齢相応な愛らしさもある。
愛おしい少女の姿を眺めるアザール。微笑みを返す父親の瞳から涙がひとすじ、頬を伝って床に落ちた。
「アルフィースは……私の愛娘はごまかし、ウソをつくことが本当に苦手でね。すぐ、態度に出てしまう。そういう不器用なところもあるがそこがまた愛らしくってな……それと女神様に誠実で、信仰豊かな自慢の信徒なんだよ。次期ウルスガンドの当主として実に相応しい……そう、思っていた」
「お父様――どうしました。何故、そのようなことを仰いますか?」
「アルフィース……いや、こんな器用にウソを吐くお前は……何モノなんだ? もう、私の愛する娘ではないのか……いつから、不誠実な罪人と化した?」
「――ッ!? お、父、様……わ、私は……ッ!!」
「……残念だ。だが、愛しているよ……愛して“いた”よ。せめてどうか苦しまず……女神にッ、償いを……ッ!! をぉ、ぉ……ウオォォォォォォッ!!!」
アザールは膝を着いた。絨毯の上に座り込み、頭を抱えて蹲る。
獣が吼えるような声を城に響かせる。当主アザールは嘆きよ地の底へと届けとばかりに慟哭した。
うずくまって泣き叫ぶ当主の姿。それを見下ろす少女は思わず涙を流し、彼に近寄ろうと足を踏み出す。
よろめくように前に出た少女と、崩壊したように泣き叫ぶ当主。
それらの間を塞ぐように4名の騎士達が並び立つ。
「やれやれ、これでは確証には至りませんが?」
「自白はとれずとも、彼の証言にあの状況がある。充分でしょう」
「何より先日のこともありますからね。しかし稀なことですな」
「このような厄介が三度と現れぬよう、主に切と祈りを……」
4名の騎士は口々にそう言うと揃って少女を視る。
肉親の悲惨な姿を見て涙が止まらず、震えて立つドレス姿の少女。
涙する少女に向けて騎士の1名は冷酷なる剣の切っ先を突き付けた。
「さぁ、断じましょう。不信なる罪人に正しき裁きを……」
「うわ……あっ……嫌あぁぁッ!!!」
父の無様を受け止める時間など無い。向けられた刃の輝きを恐れた少女は叫んで走り始めた。
絨毯の敷かれた廊下を走る少女アルフィース。
背後から騎士の声が聞こえてくる。
「罪人さん、無駄ですよ~。この城は周囲にも信兵が控えていますからね! 面倒だから立ち止まって簡単に断じられてください! それとも罪人は罪人らしく、往生際悪くあるおつもりか? それでも“元は”気高きウルスガンドか?」
少女の涙は止まらない。絨毯の上で転び、肘をすりむく。
痛みを気にする間もない。振り返れば騎士の4名がぞろぞろと小走りに追いかけてくる光景。
立ち上がり、再び走る。慣れた廊下を逃げる。
慣れた光景から離れるために駆ける。
駆けながらアルフィースは思う。
絶望の中で考える。
(――お父様を失望させてしまった。お父様のあのようなお姿は私のせい…………え? 私のせいって、どうして?? だって私は何もしていないのに???
そもそも、なんでこんなことになっているの。なんであんなこと言われないといけないの? お父様はもう、私を愛してくれていないって……そんなことがあっていいの?
あんまりよ、こんなことが現実なんて有り得ないことよ。なんでこんな……力?? どうしてそれが私で、こんなことにならなければ私は……私を、“裏切った”?
“その場に居た人”って……まさか。だって昨日、ウソをついてくれた……私を護ってくれた。護ると約束、してくれたから……守ってくれたのだと……違うの、勘違いだった?)
考え事をしていなくとも元から運動が得意なわけでもない。アルフィースは足がもつれてまた転んだ。
廊下の角を曲がった場所で地に伏せた少女。
起き上がろうとしても力が入らない。抱いていた希望が疑わしくなった今、目指す光を見失った彼女には立ち上がるべき目標が見えない。
絨毯の感触が頬にある。高級な絨毯の柔らかさを覚えながら静かに涙を流す。
甲冑の擦れる音が近づいてくる。
鋭利な切っ先を間近にした恐怖心。少女アルフィースは口を大きく歪ませて嗚咽した。まだ、本能がどうにか絶望に勝っている。
ほとんど無意識に立ち上がるドレス姿の少女。落としたカチューシャを気にもせず歩こうとしたが、その身体はふらふらと力なく前のめりに……傾いた。
「――――――。」
「…………アルフィース」
「――――――。」
「……悪いな、許せ」
「――――――。」
「……ここからなら、こっちか」
「――――――。」
傾いた少女の身体。それは片腕に支えられて倒れなかった。
城の廊下に現れた“青年”。黒いタキシード姿の執事見習いは主を抱きかかえて走り出す。
この城に長く住む者だけが知る経路だ。長い歴史で増改築を繰り返した白城の、普段はあまり使われない入り組んだ道筋を進む。
タキシード姿の青年に抱かれるアルフィースは状況を理解していた。
自分がまた抱きかかえられていること、そのまま彼が走っていること。
アルフィースは何か言おうとした。今は室内だから前ほど風がうるさくない。
だが、口を閉じて何も言わない。あの時とは心境が異なるので何も言えない。
安心感はない。抱きかかえられて喜びもない。
あるのはただ、自分を抱くこの青年は父親と同じなのかという不安……。
この人も自分を“裏切った”のではないかという――――疑念である。
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