|オレらはモンスター!!_プロローグ/episode.アルフィース(11.吸幹の怪物)|
11.
自然の中にぽっかりと空いたような光景。そこを通ると城内――霊具門の部屋へと出る。
ステンドグラスの光は頼りなく、廊下にある蝋燭の灯りが開きっぱなしの扉から入っているからこそどうにか視界を確保できた。
薄暗い部屋に戻ってきた青年と少女。
手をつないで現れた2人を……開かれた扉の先にいた男が目撃する。
「おや、お戻りかい……ああっと! いやいや、あたしゃな~~んにも見とらんですよ。やれやれ、掃除が忙しい忙しい……」
箒を片手にする庭師の男はニヤニヤとしながら青年らの視界から消えた。
ストレイドは「まったく、なにをニヤついてさ……」などと、庭師の配慮に感謝しながらも野次馬な彼の表情に呆れた。それは彼がそういう話題が好きな人だと昔から知っているからでもある。
薄暗い部屋に2人。青年と少女だけの室内。
「夕食の時間までまだあるか。今日は確か料理長が不在だったと思うが……オレも少し手伝いにいくかな……んっ?」
「・・・・・。」
夕食のことを気にしている青年。そんな彼の顔をじぃっと見上げている少女。
しばらく目と目が合っていた。やがて目線を逸らしたのは青年のほうで、彼は頬を掻きながらタキシード裏の細剣を取り出す。
「これさ、ほら……こうやって大きさ変えられるんだよ。昨日の怪物なんかは無理だろうけど……けっこう大きなのも通せるんだ」
ストレイドが細剣で霊具の門を弄ると開かれた空間の境界が広がったり狭まったりする。
空間の境目を弄って遊んで見せているストレイド。彼は少女を楽しませようとしているのだろうか。
「・・・・・ふぅん」
しかし、少女はまるで楽しそうではない。アルフィースはじぃっっと、細めた目で青年を眺め続けている。
そうした視線にストレイドは気がついていた。ただ、また臆病が出てしまって遊んで見せたのが実のところなのだろう。
自分をじぃっっっと、見続けている少女。その視線に耐え切れなくなったストレイドは空間の門を閉じた。
閉じて、少女に問う。
「それで……お嬢様? なにか言いたそうですが……なんでしょうか?」
「……今日はこのままお部屋に戻って、終わりなのですよね?」
「はい……左様でございますが? だってもう、夕食――」
「いいわ、それはいいんだけどね……1つだけ。今日はもう一歩、踏み込みたいのよね」
「・・・・・??」
自分に近づいて間近で見上げてくる少女。さらに近づいた視線を受けて、ストレイドは困惑しながら細剣を鞘に納めた。
少女が密着しているので左手にある鞘入りの細剣をタキシードの裏に仕舞えない。そのことを伝えようとしたが、たぶんそんなこと言うと怒りそうだなとストレイドは直感する。
アルフィースがこういう状態になっているときは余計なことを言わない方がいいと。ただ彼女の意図を汲み取ることに集中した方がよいと彼は長い経験から知っていた。
見上げているアルフィースが小首を傾げる。「解らないの?」とでも言いた気な様子だ。
ストレイドは――執事見習いの青年は「もしかして?」と自分の唇を右手で指さした。
アルフィースは――ウルスガンドの令嬢は「はい」と小さく返答する。
薄暗い部屋の中。開いた扉の先で蝋燭の炎が揺らいだ。野次馬な庭師がこっそり、若い2人の様子をうかがう。
青年は困り顔で虚空を見上げた。少女はそんな彼の胸元を指先で優しく突く。
大きく息を吸い込んで、強く吐き出す従者。
「はぁ、またかよ。また君から言わせちまった……なんだかなぁ」
彼の胸の動きを間近にして主は微笑む。
「素敵なデートスポットを教えてくださったお礼……なんてね?」
鞘に入った細剣を左手に持ったまま、執事見習いは視線を落とす。
また目を合わせてもらったお嬢様は嬉しそうに笑顔をみせる。
「いいんだな? ってか、オレは初めてなんだが……」
右手で自分の頬を掻きながら、男はボソボソと話す。
「そんなの私だって初めてよ……じゃぁ、いいわね?」
そっと、両手を彼の胸に当てて背伸びをする女。
「……本当はさ。君とこうしたいって、毎日思っていたんだ」
「私だってそうよ。だから嬉しい、待ち望んだ時だもの……」
意を決した男は背伸びした彼女の腰元を右手でおさえた。
身体を支えられた女はこの時になって頬を赤らめている。
見つめ合う男と女。伝わる互いの温かさ。
8年前から抱いていた想い、願いが――1つになる。
目を閉じた2人。触れたくちびるとくちびる。
想いが伝わり、送られ――――装じられた。
「 ・・・なに、この感じ。キスってこんなにも……ん、なにかしら? 」
――吸幹の怪物ー
バウランシア ーBOULUNCIA――
「 ははっ、夢じゃないよな。オレは彼女とキスを……んっ、なんだ? 』
少女には不思議な感覚がある。
まるで自分以外の心音が聞こえるような……心臓が2つになったかのように胸の高鳴りが異質に思える。
青年には明確な違和感がある。
まるで自分の身体が崩れて何かに置き換わっていくような……痛みも何も、“感覚が無い”という違和感。
そして扉からのぞき見している庭師は……呆然としていた。
薄暗い部屋の中には少女がいる。それは暗さもあって金の輝きを放っていることがよく解る。
人間はそれだけだ。他には【怪物】が1体、悠然として在る。
怪物の手足は4本、2本脚で立ち上がれるらしい。
それには顔のような部位があるので一見して人間に近い。ただ顔のようなものといっても、目や口があるべき位置にくりぬかれたような穴が開いているだけだ。
簡略化された人の姿……木をくりぬいて作られた単純な人形のようにも見える。
朧な蝋燭の光に照らされて、その人間のような怪物は体色が白色なのだとかろうじて判別できた。関節の無い手足が動く度に木の軋むような音が奏でられる。
異様な光景を見ていた庭師は悲鳴を上げることもできずに尻もちをつき、這うようにしてその場を離れようとした。
涙を流しながら逃げようとする庭師……そこに、全身を震わせるような“音”が襲い掛かる。
『なんだ、これ?? ……アルフィース、なんでそんな遠くに……いや、違うのか? というか天井か、これ……なんで部屋がこんな狭く??
いや、まてよ……これってどんどん、どんどん狭く……な、なんだ?? なぜだ、アルフィース……君がどんどん……次第に離れていく???』
白い木製のような怪物はさらに巨体となっていく。
怪物が成長していくだけで部屋の天井は崩れて壁は破裂した。成長する巨体は石材の天井、壁などを容易く砕き、なおも大きくなる。
上階が空き部屋となっていたのは幸いか。怪物の足元ではステンドグラスが砕け散る音が鳴り響いた。
『オレは……オレはどうなっている? なんでだ、オレは彼女とキスをして……これは夢なのか?? あのキスも、夢だってのか??』
怪物の全身から震わせるような音が周囲に鳴り響いた。それが声だと判別できる者はあまりないだろう。
特に足もとにある人には「何か大きくて響く、低い音」でしかない。落下する瓦礫に怯える庭師にとっては自分の泣き叫ぶ声も相まって何も解ったものではない。
瓦礫は奇跡的に庭師に当たっていないようだ。だが同じ室内にあった輝く少女には直撃している。
瓦礫が直撃した少女は押し出されるように倒れたが……とくに負傷もなく、ゆっくりと立ち上がった。
少女は呆然としたままに周囲を見渡す。
――壁も天井も崩れた。開けた景色には夕刻の朱い空が見える。
見上げれば遥か頭上に白い巨体。それが何モノであるのか……彼女は理解しつつある。
(これって……そうよ、“彼”はストレイド。それは間違いない……えっ?? “彼”って、だってこんな怪物……“バウランシア”?? これはストレイドで、でもバウランシア……なの??)
しばらく見上げて考えて……そうしてから少女は思う。
(いや・・・・・バウランシアって、それはナニ!? いやいや、なにってだからバウランシアよ。バウランシアは私の……私、の……心…………心、の怪、物――――)
声を発することができない。自分の置かれた状況を理解しつつある中、少女はしだいに表情を強張らせていく。
頭上から音が聞こえる。彼女にはそれが声だと解る。
『オレ……オレはどうなっちまったんだ? なにが起きて……そうだアルフィース、アルフィースは無事なのか? なんか色々崩れて……オレが壊した??
オレが……オレは……な、なんだよ、これ?? オレの手……どうなってんだ?? オレの足、なんだよ…………えっ??
そんな……これ、夢だよな? これってまさか……そんな……そんな!! オレは……オレは……オレはぁぁぁあ!?!!?』
白色の怪物は叫んだ。自分が置かれた状況を理解していくごとに現実を疑いたくなる。そんなことがあるはずない、だから現状は何かの間違いだと自分に言い訳をする。
完全ではない。不明なことが多いのでわずかな知識しかない。だが、まるで知らないわけでもない。
知っているから……【心の怪物】についての知識があるからこそ、怪物と化した青年は強い恐怖を覚えた。
『アルフィースッ!!! アルフィース、どこだ……あ、あぁ……!? そこに居たのか! 頼む、た、助けて……“戻して”くれ!!
これ、これって……“君”なんだろう!? お願いだ、頼むからオレを、オレをッ……オレを、人間に戻してくれ!!! 元の形にッ、戻してくれぇ!!!』
懸命に足元を探してやっと見つけた。それは光を放つ少女の姿。
怪物の青年は震える声で願う。「もとの姿に戻してくれ」と、巨体を屈ませて少女に迫る。
異形で巨大な顔面が落ちるように近づいてくる。
それ自体に恐怖はない。それが何かを知っているから少女が恐怖することはない。
しかし、それが発する言葉の内容に恐怖がある。
自分が置かれた状況……“彼”が理解した現状。
それらを思うと今すぐにでも逃げ出したくなる。だが、そうするわけにもいかない。
まずは何より……彼を助けることが最優先だと、少女は強く唇をかみしめて意識を鮮明とした。
「お願い……“元に戻って”、ストレイド……!!」
少女は願う。それはつまり祈るような指示……“命令”だ。
巨大な白い怪物の姿は次第に薄く、消えゆくように無くなり始めた。
怪物が消えると同時にその足元で次第に青年の姿が濃く現れる。やがて明確になった青年は黒いタキシードも破れなく着用していた。
夕刻の陽。朱い明りが崩壊した白城の一室を照らす。
朱い光を半面に受けて立つ青年と少女。
輝きを失った少女は何も言わず。真っすぐ、真面目な表情で青年を見ている。
元の姿に戻った青年は何も言えず。口元に手を置いて怯えた瞳で少女を見る。
天井の瓦礫が散らばる床。崩壊した部屋にある白い玉は変わらず。
少女はとにかく、青年が元の姿に戻ったことに安堵していた。
彼の無事を確かめようと少女が一歩、踏み出す。
それを見た青年は……目を見開いた。
「――――ひぃっ!?」
青年が大きく跳び退く。緊張で息を荒くしながら、自分に近づこうとした存在を凝視している。
口元に手を置き、目を見開いて自分を凝視する青年……まるで信じられないモノを見て怯えているかのようだ。
少女は戸惑いながらも、どうにか説明を行おうとする。
「ストレイド……違う、違うの! こんなのはあり得ない……だって、私……信じているから……そんなはずはないのよ……」
たどたどしく、判然としない言葉。身体が震えてしまって少女は上手く話せない。その表情は引き攣った笑顔だ。
青年は何も応えない。変わらず少女を凝視したまま、細剣の柄へと手を置いて僅かに刃を出した。
不安なのであろう。少女は彼にこの現状を共感してもらいたいと願っている。
不安なのであろう。青年は対峙するモノの正体を理解して警戒している。
距離をあけて立つ青年と少女。少女が一歩近づくと青年が一歩引く。
うまらない距離が怖くて……少女は思わず【命じる】。
「だめ、お願いだから……“離れないで”、ストレイド!」
「うっ……?! あ、あぁ……うぁ……あ……!」
少女が一歩近づく。青年は一歩も引かない、“動けない”。
“命じられた”通りに青年は動けない。「離れないで」――その言葉に抗えない。
少女はまだ知らない。だから彼が願いを聞いてくれたのだと思って安心した。
青年は知っている。だから自分が身体ばかりか精神まで侵されたと理解し、恐怖した。
「ねぇ、ストレイド……どうしよう。私はこんなこと信じられない。これは現実ではないよね……ストレイド、ねぇ……もし、夢だとしても……お願い、私を“助けて”……」
「あ、ああぁ……! やめろ、やめてくれ……話さないで……お、オレに命令を……命令をするなぁ!!」
「うぅぅ……ストレイド、私はもう……どうしたらいいのか……“助けてよ”……お願い……だから」
「だからやめろぉッ!! 願うな、命ずるな!! お、オレを支配するなッ!!!」
「――――えっ?? な、なに、どうしたの? 私、別に命令って……ただ、怖いから。助けてって……だって、あなた――」
「だからもうッ、何も言うなぁ!!! 君がッ、オレに命令をしたら……まさか、解っているのか!? もしかしたら、“理解できた上で”命じているのか!!! オレをだましていたのか!!?」
「えっ、なっ、いぇ……わ、解らない。解らないよ…………あっ!? なにこれ……めい、れい……これって、これも私の…………“力”??」
「あ゛あ゛あ゛あ゛!!! う、動けオレの足!! ど……同調者にされる、“拠り人にされる”、共犯にされる……オレも“断じられてしまう”ッ!!!」
「――――――スト、レイド?」
青年の恐怖した顔。その恐怖が自分に対するものなのだと少女は理解できた。
心の中――胸の内側がチクチクと痛む。まるでなにか棘でも刺さっているかのようだ。
恐怖する青年と茫然とした少女。
身体的に離れられない青年と精神的に近づけない少女。
距離をあけて立つ2人。そこに、男性の大きな声が響き聞こえてくる。
「おぉ~~~いっ、どうしたんだ!? おい、ストレイドこの有様は一体何事……っと、お嬢様も!? アルフィース様っ、大丈夫ですか!! 何が……いや、お怪我は!?」
声の主は体格の良い男性。黒いタキシードがみっちりとして張り裂けそうなほど、見るからに筋骨が隆々とした中年の男性である。
【アルフィース】はその声に気がついて言葉を零した。
「ネイリーさん……あ、あぁ……!」
駆けつけてきたのは城の家宰であるネイリー。執事長やら金庫番やら護衛隊長やらを兼務する頼れる存在。そして高名なるウルスガンドの家宰であるからには当然、女神への強く敬虔なる信仰を持つ。
彼の登場によってアルフィースは大いに困った。
今ある状況が現実だとするなら……それを誰かに知られるわけにはいかない。とくに信仰厚い人物には知られてはいけない。
【怪物】が城の一部を破壊した事実。自分はその宿主である【装怪者】だと……そのことを知られてしまえば自分が【異端】であると認識され、処刑の対象となるからだ。
アルフィースは涙を流した。恐怖によって震え、彼のことを「助けて」とすがるように見る。
それによって意識するまでもなく、【ストレイド】が口を開いた。
「――ネイリー執事長。お嬢様は現在、放心状態にあります。原因は不明なのですが……私たちがこの霊具門の部屋に居たら突然として爆発がおきたのです。すさまじい爆発で、御覧のように上の階まで壁やら天井やらが吹き飛んでしまいました。
運よく、私は何もケガをしておりません。お嬢様も負傷はないと先ほど仰っておりました。それだけは不幸中の幸いでありますが……しかしこれは一体、どうしてこうなったのか? もしかしたら久しぶりに起動したこの霊具が何か影響したのかもしれません」
ストレイドは現状の報告を行った。
執事見習いである彼にとっての上司、ネイリーに向けてすらすらと、淀みなく説明を行う。
突拍子もない報告内容だが……。
「なに、爆発だと? それは…………それはなんということだ!! お嬢様に怪我がなくてなによりだが……しかし、安静にしたほうがいい。早くお部屋に戻りましょう! 念のため、私がご案内いたします!
ストレイド、お前も自室に戻れ! 今は無事でもどこか負傷があるかもしれんからな。調査は私が引き継ぐから、まずは君達2人の安全確保が先だ!!」
ネイリーは若き部下の言葉を信じた。彼がウソをつかない、真摯な青年だとよく知っているから信頼した。
自分を信頼してくれている上司に対して虚偽の報告を行ったストレイド。
青年は自分の口元に手を置いた。そして横目に、少女の姿を見る。
少女は真顔であったが、彼と目が合ったことで笑顔となった。
笑顔の理由は「安心」。約束通り……自分のために「ウソをついてくれた」と思ってそのことが嬉しく感じられたからである。
アルフィースは執事長のネイリーに手をひかれてその場を離れていく。
「ストレイド……ありがとう……」
彼女は感謝の言葉を残していった。
ストレイドは凝視し続ける。何度も自分を振り返りながらその場を去る少女の姿……。
豪奢なドレス姿の可憐な少女が、青年には別のモノに感じられる。
「お、オレの口が……“勝手に”……助けた?」
青ざめた表情、口元に手を置いたまま。
くぐもった震える声で青年は呟いた――――。
|オレらはモンスター!!|




