|オレらはモンスター!!_プロローグ/episode.アルフィース(10.可憐な少女と真摯な青年)|
10.
陽は落ちかけている。
小1時間はハシャイでいただろうか。お疲れな様子のお嬢様は使用人の青年に手を引かれて歩く。
執事見習いのストレイドはたまにこの森を訪れていた。それは気分転換のためであり、休息の時間を使ってここで過ごしていただけだ。
実際に彼は鍛錬や学習の機会を彼の意思でなまけたことはない。そういったことがあったとすれば、それはお嬢様の急な希望を成就するために止む無く、ということくらいだった。
では今日はというと……どうしても昨日の今日というタイミングで話したかった。
だから自分都合で……という意味では初めて業務をサボったということになる。もっとも、こなすべきスケジュールは一通り終えているので空いた時間に他者を手伝う部分を自分のために使っている、というだけではある。
ストレイドはとにかく要領良い人物なので人より多く業務をこなしながらも勤務の時間が割と余りがちだ。そうした時間は大半、お嬢様の都合に費やされることになる。それも業務といえばそうだろうが……。
だが、今日は違う。お嬢様の都合ではなく自分の都合。
自分の都合のために、お嬢様の時間をもらっている。
「ほら、ここに座りな」
ストレイドは平たい岩の上に持参していたスカーフを広げて敷いた。普段持ち歩くものではないのだが、こうなるだろうと思っていたので持ってきていた。
「あら、では遠慮なく」
アルフィースはスカーフの敷かれた岩に腰を降ろした。そうして「ふぅ」と息を吐いたところに容器が差し出された。
「ありがとう! さすが、よく解っていらっしゃいますわ♪」
「へいへい、お褒め頂きありがとうございますね……腹は減ってないか。何かつまむか?」
「いえ、これで充分――――ぷはぁっ! こういうところで飲む水はなんだかいつもより美味しく感じますわね!」
手渡された容器を傾けて、アルフィースが水を飲む。
袋に入ったクッキーをタキシードの裏に戻して、ストレイドは太い木の幹に背を預けた。
森林に流れる風は穏やかでほんのりと冷たい。
走り回っていた時は解らなかったが、陽が沈み始めたこともあってアルフィースは肌寒さを覚えた。
彼女がそう感じたとほぼ同時。タキシードの上着が少女の肩に掛けられる。
「あら。でも……あなたは寒くなくって?」
「別に平気さ。これでも熱さ寒さに対する訓練だってやってんだよ? 君が思うよりオレは強いんだぜ」
「うん…………たぶん、知ってる。あなたは私が思うより……いえ、私が思うほどに強くあろうとしてくれていること……気のせいだと思っていた。気のせいなのかなと、思っていた……」
「なにが気のせいなものか。オレはずっと、そのために鍛えてきたんだ」
羽織らせてもらったタキシードの上着。その襟もと握って引き寄せて、頬を当てる。
少女は彼の香りを感じながら呟く。
「昨日の言葉……あれは気のせい?」
少女の呟き。森の木々がさわめく音に掻き消えてしまいそうなほど小さな声。
その声は青年に届いている。使用人のストレイドは白いワイシャツのボタンを1つ外して首元を楽にした。
そうして襟を少し広げてから答える。
「だから、気のせいなものかって。オレは君を……お前を護るって、そう覚悟を決めたんだ。いや、もうずいぶんと前から決めていたんだけど……言えなかった。
オレは臆病だからよ。ずっと言いたいけど言えなくって……そんで結局に君から切っ掛けをもらってしまった。本当、情けねぇよ……格好悪ぃよな」
ストレイドは項垂れた。口元を手で隠して少女から目線を逸らす。
臆病な彼の怯えるような表情。
アルフィースは呆れて思う「何を怖がっているんだか」――と。
「あのね、ストレイドくん? 私アルフィースはあなたのことを格好悪いなんて思っていないわよ。
昨日はね……そうよ? 確かに私から何を言わされてんだかって、それは思ったわ。だけど言ったでしょう、あなたが臆病ってことは解っているってね?」
「それも限度があるだろ。間違ってもお前に……誇り高くあるべき君に、言わせる言葉ではなかった。オレがもっと強くて自分から言い出せていれば――」
「でも、訂正いたしますわ。あなたは臆病、それも“かなり”臆病って……だけどそれは違う!! 昨日は言いすぎましたわごめんなさい!!!」
「・・・・・お、おぅ??」
声を荒げている。この森に来てからいつもよりさらに声が大きくなりがちだったアルフィースだが、ここにきて一層、声を張るようにしている。
ストレイドは呆然として少女を見た。
そんな彼のことをしばらく睨むよう見上げた後……アルフィースは表情を柔らかにして云う。
「“こういうこと”に関してやや臆病ってところですわね……まぁ、それも仕方がなくってよ? なにせ相手がこの、アルフィースなのですから!!
流麗なるこのセイデンのアルフィースに対して、それでもあなたは言ってくれた!! ……揺れてて、しかも風でよく聞こえなかったけどね!?」
睨んだかと思えば笑って、そして今度は不安そうに眉毛を下げている。
表情をめまぐるしくしている少女。
その表情を見て、言葉を聞いていた青年は……。
ここにはわけのわからない怪物もいない、人々の喧騒もない、風も穏やかだ。
だから、改めて伝える。
「オレはお前を護る――そのためならなんだってやってみせる、乗り越えてみせる。
好きなんだ、君のこと。オレは君を――アルフィースのことを、愛している」
「!! ――――スト……レイド……」
使用人のストレイドは想いを伝えた。今度はハッキリ、聞こえるように伝えた。
主のアルフィースは彼の言葉を聞いた。今度はハッキリ、間違いなく聞こえた。
「うぅぅ……ふぇぇぇ……! うっ、ひぐぅぅ……!!」
「・・・あぇっ!? ちょっ、アルフィース?? な、泣くなよ……え、なんで……オレ、なんか間違った??」
泣き始めた少女。ぐすぐすと鼻をすすって泣く彼女の理由が解らず、ストレイドは狼狽えてとりあえず彼女の横で膝を着いた。
心配そうにしている青年。そうした彼の表情を見たアルフィースは左右に首を振る。
「間違えでな゛いぃ……!! 嬉じいのよ゛ぉぉ……嬉じぐっで泣いて、悪い゛でずか!?」
「へぇっ!? いや、その…………悪くないよ。そうか、嬉しい……そうか。オレ、間違ってなかったか……なんかその、勘違いっていうか思い違いっていうか……もし、そうだったらどうしようって、それが怖くって……だから……」
「そんなん゛、私もだがら゛!! 私だって、どれほど昨日から“勘違いだったらどうしよう”って、怖かっだことが!!!」
「アルフィース……ははっ、解った。オレも嬉しいよ、なんだかオレも……涙出てきたわ。
ずっとさ、8年間、迷っていて……君も同じ気持ちだったって、これ、夢じゃない……よな? はっははは……」
平たい岩の上に腰掛けたまま泣くアルフィース。
膝たちの姿勢で彼女を胸に抱き、頭を撫でているストレイド。
少女と青年はしばらく互いの積もっていた想いを交わし合った。
そうして気持ちを送りあっているうちに少女の気持ちも落ち着いてきた。
「・・・・・何よ。じゃぁ、あなたってば最初に私を見た時からもう?」
「それはなんといいますかね……まだもっと子供だったろ、お互い。だけどなぁ、お前ってあの頃から眩いというか、こう、ちょっと大人びてキレイだったから……」
「!!! ウォッホホホ!! それはだってかのセイデンの淑女たるアルフィースですもの!! 幼き頃から気品に満ちていて当然のことでしてよ!? そんな私にあなたってば、一目で惹かれてしまっていたのですね!!? これはなんと罪な我が美貌かッ!!!」
「まぁ、そうなんだけど……でもお前、あの頃の態度ひどかったでしょ? だからちょっと引いた感じはあったよね、正直」
「えっ・・・・・態度?? そう……だったかしら??」
「だっていきなり“あなたが私の下僕ね!”って……それが第一声だもの。キレイな娘だなって印象も“なんて嫌なヤツなんだ”って印象で霞んだ感じはあったよね」
「あぁ~~~~~、そういえばね? でもほら、まだ子供でしたし? 覚えたての言葉を使いたかったのよ、たぶん……」
「まぁ、お前は悪気あったわけでもないだろうし、オレも別に今では気にしちゃいないけど……言われた方は覚えているもんだぜ? 気をつけなよ、そういうところ」
「あぅ……な、なによ! こんな嬉しいときにそんな……うん、そうね。あの頃はごめんなさい。もう、だれにも言わないようにする……嫌われちゃうものね、そんなこと言ってたら」
「そう、しょげるなよ。オレはそういう生意気というか……気高いというか? そういう君の部分も好きなんだからさ。ちょっと傲慢なくらいが丁度いいよ」
「・・・・・傲慢ってほどのつもりもないけどね?」
「あっははは! そうだな、なにせかのウルスガンドのアルフィース様だからな~。はっはは・・・・・ハァ。」
溜息を大きく吐き出すストレイド。隣で彼の顔を眺めているアルフィースは一瞬だけ首を傾げて不思議そうにしたが、すぐに表情を険しくする。
そんな彼女の表情変化など知らず。ストレイドは溜息の続きを吐いた。
「そうなんだよな……セイデンの嶺壮なるウルスガンド。その1人娘……一方のオレは庇護地生まれの一般信徒で……信性だって特段高くない。格式から何から、本来はまともに話せるような立場でもねぇはずなんだよな……なのにさ。
そんなオレはやっぱり、周りからしたら烏滸がましいってなるだろうな。ただの使用人風情がって――」
「――こらッ、ストレイド!!」
「・・・・・あ痛ッ!?」
わき腹に強い刺激があった。痛みを感じたストレイドは跳び上がって少女を見下ろす。
そこにある少女は彼のわき腹を突いた指先をそのまま彼の顔へと差し向けた。
「さっきあなたなんて言いまして? ……んん?? ほら、もう一度言ってくださいな」
「えっ・・・さっきって、えと、オレが立場をわきまえないって――」
「そうじゃなくって、もっと前!! ほら、あなたさっき私に何を誓ったのよ!!」
「ちかった、誓う…………フっ、そうだな」
少女に指さされて、睨まれて。青年は自嘲してうつむき、頬を掻いた。
少女は彼の様子を見て今度は腕を組んで見上げてくる。どうやら彼の発言を待っているらしい。
青年ストレイドは顔を上げた。そうして見上げてくる少女を笑顔で見下ろす。
「周りがなんだってんだよな。お前をこれほどにも好きで、愛している……だから他はなにも関係ない。
オレはお前を護る、お前だけの騎士になるんだ。たとえ何があってもオレはお前を離さない!! ……って、さっき言ったばかりだったな。悪い、なんか弱気になってしまった」
「ふんっ、解ればよろしい。なによ、あなたが“少しだけ”臆病だなんて、解っていることでしてよ? また、そうして心が弱くなりそうな時は……どうか私を頼ってくださいませ。
これから私はいつもあなたの隣に……真の意味で一緒に居ますから。助け合って生きましょう……だって恋人なんだもの♪ ウフフ……大好きよ、ストレイド?」
「――――――。」
屈託なく、晴れやかな少女の笑顔。
幸せそうな彼女の姿を見て、青年ストレイドは改めて心を律した。
それからしばらく、2人はこれまでのことやこれからのことを話す。
お互いに想っていたことやこれから乗り越えなければならない課題。
そうしたことを話し合って、悩み合って、笑い合って……時間は過ぎゆく。
やがて空が朱く染まってきた。木々の狭間から射す光も勢いがなくなっている。
「そろそろ、戻ろうか?」
「ええ……そうね。戻らないと暗くなってしまいそうですわね」
ストレイドはアルフィースの手をとり、彼女を優しく立ち上がらせた。
アルフィースはストレイドの手を握ったまま彼の顔を見つめている。
「……ねぇ、また一緒にここ来ましょう! 私、とっても気に入りましてよ?」
「ん、そうだな~~。そりゃぁ何回だって連れて来てやるよ? ここはまぁ、デートには丁度良いよな。
そうそう、デートっていえば……オレさ、彼女ができたら一緒に行きたい店があって……昨日の騒ぎで潰れてなきゃいいけどよ」
「へぇ、お店?? 何かしら……でも、あなたのお勧めならぜひともご一緒したいですわ!!」
「ははは……まぁ、実は昨日も寄ってはいるんだがね。今度はちゃんとさ、お菓子とか甘いもの飲んだりとか……君の好きなやつを一緒にね?」
「昨日、寄った……?? はて、どこだろう……。しかし昨日かぁ、昨日は良くも悪くも大変な一日でしたわね」
「ああ、あの怪物には驚いたよな……オレもさすがにすぐは解らなかったわ」
「そうですわ、その怪物ですけど……ご存じでして? あれって実は心の怪物って呼ばれて――」
「おう、心の怪物だろ? 不信なる者……異端の装怪者がその心に宿す化け物。そいつを同調者だか騙した相手だかに送り込むんだってな? そうしたらああなるって……知ってはいたけど、あんなの実際見たら解らないもんだぜ」
「あら……ご存じでしたか。私は昨日にお父様から教えていただきましたわ」
「アレはなぁ、聖圏ではほとんど例が無いんだよ。何せ女神様を不敬する輩にしか宿らないから。異端の地域とかなんかであったらしいが……ほとんどは帝域とか中立地で発見されるんだ。それもこれまでだって数えられる程度にそもそも数が少ない」
「へぇ、お詳しいですわね。さすが、ウルスガンドの頼れる未来の当主ですわ!!」
「と、当主って……そりゃ君だろう? まぁ、その……怪物に関しては防衛知識として、聖圏の信兵としてある程度になったら習うよ。それにしたって謎は多いけどな……。
大体よ、どうやってあんな化け物を心に送るって……そもそも心に送るってなんだよ、って話。どんな気分なんだろうな、送る側も送られる側もさ……」
「はぁ、ふぅん……つまりあなたはイダシアである程度に至っている信兵様なのね!? ウフフ、教夫様とか教会の方々にしっかりと認められているんだ♪♪ ウヘッヘヘヘ……やはり私の見込んだ方ですわ!!」
「そんな大したもんじゃないって。でも、まぁ……少しでも相応しくありたいから……日々研鑽を重ねておりますよ、お嬢様?」
「くふっ、ふふふふ……ウフッフォ、オォッホホホホホホ!!! よろしくってよ、これ以上なく……よろしくってよォォォォォホホホホホッ!!!!!」
高貴な少女の高笑いが木々の生い茂る山林に響き渡った。この近くにある集落の人は「なんの動物?」と聞きなれない鳴き声にさぞ驚いたことだろう。
「・・・・・こりゃまた、なんつぅ高笑いだ。君さ、こんな自然の中だからいいけど……城では控えなさいよ?」
上機嫌が過ぎてしまったお嬢様の手を改めてとり、城への帰路を案内するストレイド。
弾むようにして歩くお嬢様はあまり運動神経が良くない。そういったこともよく知っている執事見習いは彼女の歩調を気にしながら主を霊具の門へと導く。
陽は傾いている。まもなく夕刻だ。
|オレらはモンスター!!|




