|オレらはモンスター!!_プロローグ/episode.アルフィース(9.霊具の門と豊かな自然)|
9.
寝室の前で待っていた「青年」/彼の姿を見て呆然とする「少女」
それはそれとして歌の稽古は時間通りに行われる。
青年と見合って硬直している少女に歌の講師は近づいて「講習のお時間に参りました」と言いながら深く礼を行った。
アルフィースは硬直したままに首だけ講師へと向ける。視線の先では熟した感じのある淑女が黙ったままに赤い眼鏡の縁をクイと押し上げていた。
初対面でもない、よく知っている人だ。無言の中で講師の強い意志を感じ取ったアルフィースはヘラリとした弱そうな表情で「ええ、もちろんですわ!!」と答える。
少女の寝室前で待ち構えていた青年、“ストレイド”は「あの、終わったらまた来ます……」と小さく言いながらその場から撤退していった。
去りながら何度もチラチラと振り返る彼の姿。アルフィースは呼び留めたい気持ちはあったが、背後にある生真面目な淑女の圧力がすさまじい。
(まぁ、“終わったらまた来る”と言っていたし……)
前回は仮病で休んでしまった歌の稽古をとりあえずはこなそうと。アルフィースは講師の淑女と共に寝室へと入った。
一回休んだせいか稽古は濃密であり、みっちり3時間を使用。
想定外に長くなった稽古に疲弊したアルフィースに向けて講師の淑女が言う。
「次こそは課題をこなしておいてくださいね?」
レンズ越しに鋭く視線を光らせながら講師は少女の寝室を出ていった。
ウルスガンドの家として歌の技能は肝要にして必携。イダシア最深部から天啓を霊術として引き出す際に声は何よりも重要な要素となるからだ。
濃厚な稽古で疲れたアルフィースはしばらく自室のベットにひっくり返っていた。
ひっくり返って天井を眺めてしばらく。口をだらしなく開いて疲れた喉と顎を気にしていると、ふと思い出す。
3時間前、「また来る」と言った。
ガバッ、と勢いよく起き上がる豪奢なアルフィース。ベットから立ち上がった少女はウロウロと室内を歩き回る。
まだ夕刻ではないが陽射しは落ち着いてきた頃合い。カーテンを開けたり閉めたり、扉の前に立っては離れて……。
アルフィースは独り、部屋の中で落ち着けずにいる。
落ち着かなくしていたら扉がノックされた。
「え~っと、お嬢様? アルフィースお嬢様、稽古は終わりましたでしょうか?」
扉の先から聞こえてきたのは聞きなれた青年の声。
アルフィースは胸に手を置き、息を呑んでから応じる。
「ど……どうぞ? 稽古は終わりましてよ。入ってくださいな?」
アルフィースの応答。ゆっくりと扉が開かれる。
ひょこっと顔を出した赤い髪の青年。執事見習いのストレイドだ。
青年はチラチラと周囲を見渡してから部屋に入り、扉を閉じた。
そして少女の方を向く。着飾られたドレス姿のアルフィースを見る。
「・・・なんかさ、いつもより稽古長くなかった? 確か予定だと2時間かからないはずだったよな?」
「この前なまけてしまったからね。テレサ様を少し怒らせてしまっていたかも。課題もすっかり忘れてしまっていたし……エへっ♪」
講師に怒られたという報告なのだがアルフィースは嬉しそうに笑っている。
ストレイドもまた「笑い事じゃないだろぅ」などといいながらも微笑んだ。
「……で、アルフィースお嬢様?」
「はい……なんでしょう、ストレイドさん?」
「さっきも言ったけどさ。ちょっと話したいことがあるんだ……いいかな?」
「ええ、よろしくってよ。是非ともお話し……聞かせてください?」
黒いタキシードの青年、ストレイドが少女の目の前に立つ。
豪奢なドレスの少女、アルフィースが青年を見上げている。
「ここでもいいんだけどさ……いいところがあるんだよ。散歩がてらに話そう」
「わ、私を連れ出すのね。連れ出して話すのね? 散歩ってでも、庇護地は今――」
「あぁ、いや、違うんだ。昨日は大変だったよな……今もあそこはのんびりできるような状態じゃないし。それより、今まで君を連れて行ったことない場所なんだけど……オレがたまにこっそりサボってる場所、なんだ」
「・・・「さぼってる」って、なまけること? ウフフ、人のこと言えないじゃないの♪」
「知っているんだろ? オレがズルいとこある人間だってさ。だから、今日はそのサボりに君を招待しようかなって……」
「主をそんな怠惰なことに誘うなんて……やれやれ、将来有望な従者としてどうなのかしら?」
「なんだよ……じゃ、来ない?」
「……行く」
「…………じゃ、案内するよ。付いてきて、アルフィース」
「・・・・・まったく。主に向かって付いてきてだなんて――――」
従者のストレイドが「付いてきて」だなどと手招きして背を向けたものだから、アルフィースは不満があったらしい。
だが、背を向けた彼が手を自分に差し出していることを理解すると押し黙った。
小さく「お願いします」と言って手をとる。
青年と少女の手がふれて、それはゆるく互いに握られた。
城の廊下を歩く従者と主。
周りをキョロキョロと気にしながら歩く青年。
自分の手を引く彼の後姿だけを見ている少女。
うまいこと誰にも見られなかった。
いや、1人だけ居た。それは庭師の男だ。
「あれ、どしたいストレイド。それに……あんれ、お嬢様?? なんだい、2人揃ってさ……」
「ああ、いや……別に。ちょっと散歩にね? 大したことじゃないから誰にも言わないで……」
「んん?? ・・・・・あぁ~~、はいはい。いいよ、おじちゃんは何も見なかった。さぁて、仕事が大変だぁ! 他を気にしている余裕もないほどにね~♪」
「…………ありがと、助かる!」
ストレイドは感謝の言葉を置いていく。アルフィースは庭師の男に向かって一礼した。
庭師の男が居たところ。それはもう、ほとんど目的地である。
古びた木製の扉。ドアノブが取れかけている大きな扉がある。
「お城にこのような扉……部屋? あることを知りませんでしたわ」
扉を見上げるアルフィースは首を傾げた。
「まぁ、この城も広くて入り組んでいるからな。にしてもここの当主になろうってんなら、知っておいてもいい場所だと思うぜ?」
タキシードの裏から取り出した細剣を扉の隙間に差し込む。ストレイドは慣れた様子で扉を開いた。
開くとそこには開けた空間。青を基調としたステンドグラスから僅かに光が入っている。隅には蜘蛛の巣があったり壁の塗装は剥げていたりと明らかに手入れが行き届いていないようだ。
それなりの広さだが物が少ない。それこそ蜘蛛の巣と部屋の中央にある“大きな玉”くらいしかない。それは白く、見るからに硬そうだ。
薄暗く、殺風景に陰湿な雰囲気の部屋。そんな場所に連れて来られたアルフィースは複雑な心境で複雑な表情をしている。
少女は(こんなところで話すことなのか……?)と。思っていたのと違う、やはり自分の勘違いだったのかと急激に不安となっていた。
不安そうな少女を見て、ストレイドは「勘違いするな」と言う。
「連れて来たかったのは“ここ”じゃないよ。いいか……見てな?」
ストレイドは部屋の中央にある大きな玉へと近寄った。そしてその下にある窪みを弄ってから再び細剣を取り出すと、剣を玉に“突き刺した”。
一見して白い鉄塊のような玉。それに剣はすんなりと差し込まれ、それと同時に玉は変化を始めた。
青白い光がチリチリと部屋に迸る。電流が弾けるかのような光景に少女は思わず目を閉じて両腕で防御の姿勢をとった。一方の青年はまるで平然と青白い光を浴びている。
驚いて防御体制で丸まっている少女を見て……青年は少し呆れた様子。
「――――おいおい、【霊光】を見るの初めてか? 霊具の名手、ウルスガンド家の次期当主なのに……まぁ、それもこれから学ぶことなのかな」
「えっ……? れい……こう??」
青年の落ち着いた声。それを聞いたアルフィースの緊張した心は和らいだ。
少女が目を開くと、そこには細剣を鞘に収めているストレイドの姿。
そしてぽっかりと開かれた――――“窓”(?)
そこには人が余裕をもって通れそうなほどの“景色”が開いている。
さきほどにあった白い玉は消えて、なんだか穏やかそうな……“自然”が見える。
「・・・・・なに、風景画でして? これって緑……木が……森の、中??」
アルフィースは見ているものをそのまま言った。
城の中、薄暗い室内。彼女が見ているものは確かに絵画か何かのように唐突不自然にその場所で観えている。
まるで開かれた窓に先に自然を……森の景色でも見えているようだ。
青年ストレイドはその自然の中に一歩、入って振り返る。
「絵じゃないよ。オレが開いたんだ、空間を……別の離れた場所とここを繋げたんだ」
「別の……場所? こことは違う、離れた場所……?」
「なんだったかなぁ。確か記録だとヤットコとかいう聖圏外れの……いや、微妙に帝域なのか? ともかくその辺りのさ、争いなんかからもまるで無関係で長閑で平和な場所だよ」
「・・・・・・・。」
「ほら、アルフィースもこっち来なよ! こういう自然ってのもたまにはいいものだぜ?」
「え……あっ。う、うんっ!!」
招かれるままにアルフィースは空間の境目を跨ぐ。
そんなことは初めての経験で少なからず戸惑いもあっただろう。
まるで心の抵抗なく通れたのは彼が笑顔で誘ってくれていたから。
ストレイドに対する信頼感があるからこそだ。
「わぁ……わぁっ!! すごい、すごい!!」
薄暗かった部屋の中、いつも過ごしている城内。
そういった場所とまるで異なる景色、空気。
夕方へと向かう時刻にやや陽は傾いている。ただそれでも陽射しは暖かく、揺れる枝葉の隙間を透って照らしている。
見渡せば木々が立ち並び、靴底にあるのは土の柔らかな感触。落ちた枝葉の積み重なった大地の感触を覚えて、アルフィースは戸惑いながらもどこか喜びも感じていた。
自然豊かな森の中。律儀なタキシード姿のストレイドは得意そうに胸をはる。
「どうだ、すごいだろう? さっきの白い玉はね、あれ古い霊具なんだよ……霊具の門なのさ。それこそ君の何代か前のウルスガンド様が解釈したものらしい。
オレが城に来た頃はあれを管理する担当の人が居たんだけど……それも兼務でね。あれ自体はもう使われてもいなかったんだ。というか、忘れられていたみたい。
それでその人が隠居するって時、オレに使い方だけ教えてくれたんだ。その、空間が開いた場所に目印があるんだけど……そこ目掛けて空間が繋がる仕組みさ。
どうしてここにって……そりゃ、解らない。むか~しに燃料の薪でも近くの集落なんかから安く仕入れたりしてたんじゃないかな?」
木漏れ日を見上げながら。青年は今起きた奇跡の理由を若干早口に語った。
説明をながらに聞いていたアルフィースは彼のタキシードを引っ張って瞳を輝かせる。
「エヘッヘ♪ よくわからないけど……すごいじゃないの、ストレイド!! あなたってこんな特技もあったのね!?」
「特技っていうか……この剣とあの玉がありゃ、別に大したことじゃないさ。いや、まぁ、適性のある人間にしかできねぇって言われたかな? それも言われてすぐできたし……ただ、やれるのは開くと閉じるだけだからこの霊具の使い手としちゃ半人前だよ」
「でもでもすごいわ!! 私、こんなことって初めて!! というかあなたってば、こんな素敵なところでいつもなまけていたの?? もっと早くに誘いなさいよ!!」
「おいおい、どうしたって従者が主のサボりを手伝えってんだい?
……まぁ、そうじゃなくって普通によ。一緒に散歩っていうか……デート、みたいな感じで? もっと早くに誘えば……それはありだった、かな……」
「・・・・・へぇぇ??」
「~~~~ッ、いいからっ! ちょっと歩きながら話そうぜ。疲れたらそこらで座ってよ……」
「ねぇ! 今、確かにデートですって? 言ったわよね?? じゃ、これもやっぱりデート?? あなたと私が!?? いつもの“見聞”ってのじゃなくって!!?」
「だからぁ! その辺りもだな、話したくって……まぁいいか。上機嫌になってくれたみたいだし、オレもここの方が気分変えれて話しやすいや」
「ねぇねぇ、ちゃんと答えてよ! そうよ、あなた昨日私に言ったのって――――あっ!? あれ、ウサギさんではありませんこと!? 本物!?!?」
アルフィースは青年の背中を指で突きまわしていた。突かれているストレイドは顔を赤らめて頬をしきりに掻いている。
そうしているうちにアルフィースは森の茂みに何かを見つけたらしい。
それは灰色のウサギだ。草をもぐもぐとさせているところを少女に発見されたウサギは巨大な彼女が駆け寄ってきたことに驚き、慌てて逃げ出した。
「ああっ!? な、なんで逃げちゃうのかな!? せっかくお友達になれると……ああそっか!! 絵本だとにんじんを渡してお友達になってましたわね!? よし、取りに戻りましょう!!」
「・・・アルフィースぅ。ウサギもいいけどさ、オレは君に話したいことがあるんだよ……3時間待ったんだから、今度こそおあずけにしないでくれよ?」
「え・・・・・あ、ああ……そ、そうでしたわね! よろしくってよ、えぇ、どうぞお話しくださいまして!?」
ウサギに浮かれたアルフィースを呼び止めるストレイド。
呆れて首を左右に振る青年。「ウヘヘ」と照れくさくしながら彼の元に戻ってくる少女。
2人は並んで森の中を歩き始めた。
話しがあると誘った使用人のストレイドと連れてこられた主のアルフィース。
他愛のない、それこそ「ここも良い天気でよかったね」などという会話から始まる散歩。
御転婆なお嬢様が物珍しいことを見つける度に迷子となる会話。
浮かれ気分のアルフィースといまいち踏ん切り付かないストレイド。
中々本来の目的を果たせず青年が焦り始めた頃合い。
歩いて喋って興味をもって……。
身も心も若干に疲れたお嬢様が使用人に提案する。
「ねぇ、ストレイド? 少しどこかに座って、落ち着いて話しませんこと?」
「・・・奇遇だな。オレもそう、言おうと思っていたところでしたよ……お嬢様?」
森の中で少女の御転婆に振り回されていた青年。
使用人のストレイドは呆れながら応えた――――。
|オレらはモンスター!!|




