|オレらはモンスター!!_プロローグ/episode.アルフィース(8.ウルスガンドの母と娘)|
8.
ウルスガンドの白城。そこにある一族のためだけの大きな食堂。
そこから食事を終えた少女が出てきた。
煌びやかな装飾を纏ったドレス姿。豪奢な装いのお嬢様が家政婦を1人連れて城内を歩く。
「――ではお嬢様。私は清掃の業務がありますので、これにて……」
お嬢様の寝室まで角を2つ曲がればというところ。そこまで至った地点で家政婦のリレットが丁寧にお辞儀をする。
「うん、付き添い頂きまして感謝いたしますわ。今日はこの後、歌のお稽古だったわね?」
「左様でございます。まだ講師の到着まで時間があります故、しばし寝室にてお待ちくださいませ……」
「ええ、そうさせてもらいましょう。では、リレットさん。ごきげんよう、また夕食時に……」
「はい、お嬢様。ごきげんよう…………もし、何かまた進展があったら教えてね!」
「いやぁ~、そんな急に何かないわよぉ。だって彼のことだから、まだまだここから時間がさぁ……」
「へへっ、だろうね!! では、私はこれにて……失礼いたします♪」
家政婦のリレットはこそこそと小声でお願いをした後、深く頭を下げてからその場を離れた。
小走りに去っていく彼女の後姿を見送って、アルフィースはまた小さく溜息を吐く。
臆病な人のことを思い浮かべながら、寝室に向かい始めた。
歩き出したアルフィース。そこに――
「あら! やっほ~~、アルちゃん♪ 昨日はちゃんと眠れた??」
不意と開かれた扉から女性が1人、姿を現して声を掛けてきた。
長い髪は一見して真っ白く見えるが、光の加減によってほのかに青の色味がでる。
ゆったりとしたガウンを纏っていて見た目に解らないが、その内にはメリハリのある体格が隠されている。
小柄で目の大きな顔立ちからやや幼く感じられるその人。だれがどうみても「美人」と言わざるを得ない妙齢の麗人と見受けられる。
実際にはその“夫”と同い年なのだが、夫同様にそのようにはとても見えない。
若々しいその女性。美女は朗らかな笑顔で目の前のアルフィースの頭を当たり前のように撫でている。
いきなりに頭を撫でられているアルフィースだが……まったく嫌そうにはしていない。それこそ「当たり前」「いつもの」くらいにすっかり安心した様子だ。
白髪の美女に向けてアルフィースが言う。
「ウへへ、おはようございます“お母様”!! どうしたんですか、今日はこんな時間から湯浴みをなさいまして?」
「エへへッ♪ 今日はね、お母さんアスタレートの舞踏会に向かいますのよ。彼の代理も兼ねて、教父様方ともお話なんかしちゃって……楽しみッ!!」
「まぁ、それは素敵ですわね! 兄家の皆様もいらっしゃるのかしら……久しぶりに私もパルミア姉様にお会いしたいですわ!!」
「うんうん、パルちゃん達も来るわよ~! だけどアスタレートの舞踏会は16歳から……アルちゃんは来年からね♪」
「もぅっ、来年が待ち遠しいですわ! 私もイダシア淑女紳士の集いに早く参加したいものです!!」
「大丈夫、きっと来年はお母さんが連れて行ってあげるから♪ ……でも、何日かお泊りになるのよね。今年もまた何日かアルちゃんに会えなくって寂しいわ……それが無念ッ!!」
会話は朗らかだが声は大きい。
アルフィースとその母親――【ラザミア・ウルスガンド】の会話はお淑やか風ではあるものの声量がお淑やかではない。
どちらかと言えば小柄なこの母親から発せられる音量に引っ張られているのだろう。
母親への信頼のせいか。影響を強く受けているらしく、アルフィースは他のだれかと話している時以上に大きな声で会話をしている。
ラザミア・ウルスガンドはそのくっきりとした瞳で娘の顔をのぞきこんだ。
「ん~~、ちょっと寝不足でして? 昨日はよっぽど怖かっただろうから……身体は無事だと話しはしてたけど、やっぱり心には強い衝撃があったようね?」
心配そうな母の言葉。
頬を撫でられているアルフィースは表情を明るくする。
「お母様、アルフィースは平気です。少しだけ睡眠が短かったのですが、もう、昨日の怖さは和らぎました。それにこうして今日もお母様のお顔をみれて……もっと平気になってます!」
「可愛い私達のアルフィース。よかった……本当に昨日は心配だったけど、でもそうね。こうしてあなたの顔を見て、話せている……変わらず当たり前に日常があることは幸せね」
「ええ、そうですわ! 女神様に感謝を……今日も平穏をありがとうございます!」
「そうね、感謝しましょう。私たちを見守ってくれている慈悲に満ちた大地の神に……」
母娘は互いの両手を重ねて平を下に向けた。そして俯くように祈りの言葉を落とす。
地の底に届けと、祈りを捧げる。
1分ほどそうして祈りを続けてから2人は顔を上げた。
太陽のようににっこりと、大きく口を広げて笑みを浮かべるアルフィース。
娘の元気いっぱいな笑顔をみた母は暖かな微笑みを返した。
母娘の背後から女性の声がある「奥様、お召し物をそろそろ――」。
舞踏会の準備。母親のラザミアは「あら、いけませんわ!」と思い出したようにする。
「いけない、いけない、急がないと!! ……アルちゃん、今日はお昼寝もしっかりしてくださいな? それとご飯はなるべく食べて、とくに野菜は頑張って!!」
「いやですわ、お母様? アルはもう野菜を嫌ったりしませんし、それに今日はさきほど起きたばかりですの。これからお歌の課題をして……はて、その後は何かありましたかしら?」
小首を傾げているアルフィース。母のラザミアはまたその頭を撫でた。
ラザミアはそっと、顔を娘に近づける。
息がかかる距離まで、額を娘の額につけて目を閉じる。
アルフィースには嬉しい気持ちと「なんだろう」という想いが浮かんでいる。
額を触れさせたままラザミアは呟く。
「きっと、周りの人は色々言うわ。お父様も兄家の方々も……他にも皆様はだれも素直にしてくださらないでしょうね」
「…………え?」
「だけど、大事なことは“あなたの想い”よ。セイデンの、ウルスガンドの娘……それはそうだけど。でも、あなたはあなたなのだから。信じるに値すると、信じたいと想うなら……負けちゃダメよ」
「それって……」
「大丈夫。あなたは強い……心が、気持ちが強い娘だから。きっと想いを成せる、その勇気と力がある」
「…………お母様」
額が離れた。微笑む淑女、ラザミアは穏やかな振る舞いでゆったりと娘に背を向ける。
一歩、踏み出してから。
母は背中越しに伝える。
「あなたは強い、どんな困難だって乗り越える強い心の持ち主よ。なにせこのラザミアの娘なのだから。だれより誇り高く、淑やかに……己が道を信じて行きなさい、アルフィース。あなたは自分の力で道を切り拓けるはずだから……」
「――――――!!」
女中の者が「もう時間内ですよ、奥様早く!」と必死に手招きをしている。
改めて慌てたようにラザミアが「ひぎぇっ、もうこんな時間でしてこと?!」とガウンの裾を巻き上げて居室へと入っていった。
アルフィースはその場に残され、立ち尽くす。
少女は考えている。
迷っていた……彼のことを想うと、自分の感情は迷惑になるのではないか、と。
少女は歩き始めた。
自分の寝室へと……まだ考えはまとまらない。だけど、後悔だけはしたくない。
自分勝手な想いかもしれない。迷惑はそうなのかもしれない。
だけど、もし、彼も自分と同じ気持ちで……同じ覚悟をしてくれているなら。
あの言葉が、風に紛れた彼の声が幻ではないのなら……。
そのことをとりあえずは歌の講習の後にでも確かめようと。
まだちょっと、やっぱり迷った気持ちを抱きながら寝室の前にまで戻った。
そして呆然となる。予想外の光景を見たアルフィースは思考停止する。
「――――よぉ、昨日ぶりですね! あの、ええっと……お嬢様?
ちょっとお時間を……お話しする時間を、よろしいでしょうか?」
そこには見慣れた青年の姿。
昨日に自分を抱えて走ってくれた人が――――――。
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